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アラウ ~ ドビュッシー/ピアノ作品集
ドビュッシーは、ショパン、シューベルト、シューマンと並んで、かなり疎遠な作曲家だったけれど、夏にアラウのドビュッシーBOXを聴いて、すっかり認識を改めてしまったのは、ちょっとコペルニクス的な転回(?)。

モネのような印象派の絵画が音になったようなイメージがするドビュッシーは、あまり好きなタイプの作曲家ではなく、同じフランス人の作曲家だとプーランクやラヴェル(のコンチェルト)の方が好みに合うのでそちらを聴く方が多かった。
そもそもモネやルノワールといった印象派の画家が好きではなくて、それよりは色彩鮮やかでちょっとシュールなアンリ・ルソーやシャガールが好きなので、絵も音楽も印象派・印象主義とは相性があまり良くないらしい。

ドビュッシーの作品集の定番というと、ギーゼキング、フランソワ、ミケランジェリ、ツィメルマン、ベロフ、チッコリーニ、ロジェ、ハースなどになるらしい。
独特のテンポとアーティキュレーションでシャンソンを聴いているような洒脱な(というか崩したというか)フランソワは全く合わない。
世評高いミケランジェリのドビュッシーは、CD2枚を5回は聴いたけれど、これも合わないタイプ。
音だけで構成されている人工的で無機的な感じがするのは、ブラームスでもベートーヴェンでも感じる時があって、そもそもDG盤のミケランジェリと相性が悪い。
Youtubeで聴いたツィメルマンは、世評どおり素晴らしいのだろうけれど、やっぱりこちらも強く魅かれるものがなくて。昔はツィメルマンのCDはどれもよく聴いていたので、好みの方向がすっかり変わってしまったらしい。

ロジェは昔から好きなピアニストだし、再録音したONXY盤は音がとても綺麗で詩情豊か。
強いクセがなくて繊細なパステル調のドビュッシーという感じ。
耳障りはとても良いけれど、強く魅きつけるものを感じられなかったので、BGM的に聴いてしまうのが難点。
ピアニストへの好感度がしっかりバイアスしているので、それでもロジェのドビュッシーは好きだけど。

結局、聴いた録音のなかでは、最もぴったりと好みに合ったのが、アラウのPhilips盤とベロフのDENON盤。
最近見つけたフランク・ブラレイのドビュッシーも極めて色彩感と表現豊かで面白くて好きなタイプ。

以前からアラウのドビュッシーBOXが出ているのは知っていても、興味がわかなかったのに、クラウディオ・アラウさんの<SJesterのバックステージ>の記事を読んで、聴いてみても良いかも...と思いはじめて、とうとうBOXセットを購入。(他にアラウのリスト・ベートーヴェンの記事もあって、今まで読んだアラウに関する記事のなかでは、視点がユニークでなるほどと納得できるし、共感できる内容だった)
ドビュッシーらしい弾き方なのかどうかはよくわからないけれど、ようやくドビュッシーの曲の面白さが実感できたし、ドビュッシーに対するイメージが一変。
やっぱり誰の演奏で聴くのかはとても大事なので、異聴盤はいろいろ聴くに限る。

アラウのドビュッシーは、音色が暖かくて線が太いので、長めの残響とあいまって、とても柔らかくて厚みのある響きは、絨毯のような質感のある音のタペストリー。
響きに透明感は少ないし、ガラス細工のような繊細さやパステルカラーのような淡い詩情のあるドビュッシーという感じではないので、ここが私の好みとぴったり。
強弱の濃淡やフレージングは明瞭で、旋律や伴奏も比較的くっきりと浮き上がり、どちらかというと油絵的な濃い目の色彩感と質感がある。
何よりも、繊細な音の移ろいを表現した響きだけで構築された世界ではなくて、音のなかや音の向こう側に生温かくて生き物のような有機的な生命力が宿っているように(私には)感じられるところがアラウのドビュッシー。
他のピアニストの演奏ではこういう感覚は感じることはないので、これが”アラウの”ドビュッシーの魅力的なところなのかもしれない。

アラウは「ドビュッシーの音楽は、ほかのどんな音楽とも違っています。それは芸術の新しい領域への跳躍でした。別の惑星の音楽のようです。....演奏家として、ドビュッシーの音楽のおとぎ話的な特性に興味があるのではありませんで、その音楽に潜在する精神的なものに興味を持っています。精神的な面のドビュッシーが非常にしばしば無視されています。彼はただその音の美しさだけのために演奏されることがあまりにも多すぎます。」と言っていた。
アラウのドビュッシーを聴いていると、”別の惑星の音楽”を聴いている気分になることもあるし、音の背後にあるいろいろなものを感じとれるので、アラウのドビュッシー像が音として明確に伝わってくる。
ただし、ドビュッシーを聴くときは、感じ方の個人差がとりわけ大きいように思うので、他の人はまた違った印象を受けるような気はする。

Debussy: Works for PianoDebussy: Works for Piano
(2003/09/01)
Claudio Arrau

試聴する(米国amazon)


アラウのドビュッシー作品集に収録されているのは、1970年代後半に録音した《版画》《映像》《前奏曲》の全曲、最晩年の1991年に録音した《ベルガマスク組曲》、《ピアノのために》より<サラバンド>、《レントより遅く》、《ロマンティックなワルツ》。
アラウは戦前ベルリン時代からドビュッシーを弾いていて、録音も1940年代以降、スタジオ録音やライブ録音など数種類残っている。そういうわけで、にわかドビュッシー弾きとは違うので、解釈にも年季が入っている。
ただし、1991年に録音したドビュッシーは、88歳という高齢ゆえのテクニカルな問題や独特のタッチとスローなテンポで、かなり特異な演奏。
1970年代の録音とは技巧面・テンポ・表現とも全く違っていて、この最晩年の録音が、最も”別の惑星の音楽”のように聴こえてくるところには、何とも言えないものがある。

                               

ドビュッシーの曲はいずれも標題が面白くて、曲はすっかり忘れても標題だけは記憶に残ってしまう。
頭の整理のために、標題の性格別に曲を分類してみると、かなり曲と標題が一致したし、自分の好みが良くわかる。

好きなタイプは、<異国の風景><寺院><エチュード風>。<静物>も結構好き。
はっきりと輪郭の定まった具体的なイメージが湧いてくる曲がやっぱりわかりやすい。

”霧””月の光がふりそそぐテラス””花火”とかは、かなり面白い。<自然・風景描写>系は、「好き」というよりも「面白い」と感じる曲が多い。

あまり興味を惹かれないのは<人物>系。
調性的に安定した”亜麻色の髪の乙女”のような曲や、コミカルな雰囲気の”風変わりなラヴィーヌ将軍”とか。(昔からこういうタイプの曲は好きではなかったし)

曲集ごとに考えると、一番聴きやすいのは、比較的旋律が明確でリズム感もよく、具体的イメージが強く湧いてくる《版画》。
一番刺激的なのは、最後に書かれた《前奏曲》の第2集。
第1集はまだ印象派絵画的世界だったけれど、第2集は調性感も希薄な曲が多くなり、そういう曲は現代音楽を聴いた時に感じる不可思議さに満ちている。
映像の第1集の”動き”や第2集もそれと似た感覚がある。

ドビュッシーは、数回聴いただけではまだまだわからない部分が多くて、そのせいで何度でも聴いてしまうし、ピアニストによって音もアーティキュレーションも雰囲気もかなり違いがるので、聴き比べに凝ったりすると、何回も聴く羽目になる。
こういうところは、ドビュッシーの音楽を聴く独特の面白さに思えるけれど、聴けども聴けども、やっぱり不可知な部分がかなり残ってしまう。
ドビュッシーを聴くのに大分慣れたせいか、音で聴くだけではなくて、(作曲理論に詳しければ)楽譜を分析しながらどう演奏に現れているのかを聴いた方が、その面白さが本当によくわかる気がする。


自然・風景描写
版画        雨の庭
映像(第1集)   水の反映
映像(第2集)   葉末をわたる鐘の音
前奏曲(第1集) 帆、野を渡る風、音と香りは夕暮れの大気に漂う、西風の見たもの、雪の上の足跡
前奏曲(第2集) 霧、枯葉、ヒースの茂る荒れ地、月の光がふりそそぐテラス、花火
とらえどころがなくて、好きとは言いがたい曲は多いけれど、他のどのカテゴリーの曲よりも、摩訶不思議で奇妙な面白さがあるのが、このカテゴリ。

特に印象に残ったのは、”雨の庭”、”帆”、”霧”、”枯葉”、”月の光がふりそそぐテラス”、”花火”
”雨の庭”は《版画》の曲なので、《映像》《前奏曲》よりも、旋律・色彩感が明瞭で、具象的なイメージが強い。
”雨の庭”はアラウが度々コンサートで弾いていたし録音していた曲なので、かなり気に入っていたらしい。じとじと湿っぽい”雨の庭”ではなくて、雨足がコロコロと変化して、庭もいろんな表情を見せてとっても躍動的。
モノトーンで幽玄な侘び寂びの世界の箱庭的日本庭園ではなくて、カラフルな装飾が華やかな広々とした空間が広がるフランス庭園のイメージ。
旋律のわかりやすさとリズミカルな曲想が弾けるように小気味良くて、この曲はかなり好き。

”雨の庭”とは全く違って、アラウが弾く”霧”は、曖昧模糊とした雰囲気。
まるで霧(か霧のなかに隠れている何か)が生き物のような意思を持っているように(私には)感じられるところが、とても不思議。
アラウの《前奏曲》の第2集を聴くと、全く現代音楽を聴いているような感覚がする曲が多い。
不可思議さ、神秘性、神話性とか、いろいろな概念が連想されて、背後には得たいの知れない有機的な生命体が潜んでいるような...。
ロジェの第2集を聴いていると、そういう部分が消え去って、印象派の絵画のように具象的な世界を聴いているかのように思えるので、この違いが面白く思える。
”枯葉””月の光がふりそそぐテラス””花火”とかも、曲想や調性感にはかなり違うところはあるけれど、いずれも意志を持った生き物がうごめいているような感覚がするのは同じ。

異国の風景
版画        塔、グラナダの夕べ
前奏曲(第1集) アナカプリの丘、とだえたセレナード、ミンストレル
前奏曲(第2集) ヴィーノの門
”塔”はアジアのバコダ(仏塔)のこと。アジア的エキゾティシズムに満ちているので、かなり気に入っている曲。
アラウの”塔”は、強弱のコントラストと色彩感が強く、旋律・和声とも明瞭に響いているので、アジア的・宗教的な雰囲気がたっぷり。まるで目の前にカラフルなパコダが浮かんでくるよう。

他の曲は、なぜかスペインの音楽の素材を使ったものが多くて、なかでも”アナカプリの丘”はカラフルな色彩感で躍動的で情熱的なイメージ。
風変わりなのは”ミンストレル”。青柳さんの解説だと、これはアメリカの音楽演劇団「ミンストレルズ」のことらしく、ちょっと間の抜けたというかおどけた雰囲気。

寺院
版画        塔
映像(第2集)   かくて月は廃寺に落つ
前奏曲(第1集) 沈める寺
なぜかお寺のモチーフが多いけれど、明るい色調でアジア(特に南方)のエキゾティシズム漂う”塔”と違って、”かくて月は廃寺に落つ””沈める寺”は、モノクロトーン的色彩の寺院を描いたような気がして、暗い色調で重々しく、厳粛な雰囲気。
”沈める寺”は、水没していく寺の様子がとてもダイナミックな曲想で描かれていて、スペクタクル映画みたいな雰囲気でとっても面白い。
”沈める寺”については、<鎌倉スイス日記>さんが”「沈める寺」の主観的分析”という記事を書かれています。

人物
映像(第1集)   ラモーを讃えて
前奏曲(第1集) デルフィの舞姫たち、亜麻色の髪の乙女、パックの踊り
前奏曲(第2集) 妖精は良い踊り子、風変わりなラヴィーヌ将軍、オンディーヌ、ピックウィック卿を讃えて
”ピックウィック卿を讃えて”は冒頭で、イギリス国歌が出てくるので、これはパロディ?と思った曲。
あまり好きなタイプの曲がないカテゴリ。アラウの”デルフィの舞姫たち”は、どんよりととっても気だるい雰囲気。(太極拳のような)スローなテンポの舞を見ているような...。
超有名な”亜麻色の髪の乙女”は、曲想は全然違うのに、いつもラヴェルのちょっとセンチメンタルな”亡き王女のためのパヴァーヌ”(こっちの方が好き)といつも曲名を混同してしまう。
この中では”オンディーヌ”が、妖精の幻想的な雰囲気があって好きな曲。
アラウの柔らかくて厚みのある響きの”オンディーヌ”には、中性的ではなくて、どこかしら女性的な表情や仕草を感じられるところが好き。
でも、ドビュッシーはどうしてこんなに女性的なものをモチーフにするのが好きだったんでしょう。

静物
映像(第2集)  金色の魚
前奏曲(第2集) カノープ
”カノープ”は、不気味な形態の壺。壺のなかから神話的なものが湧き出てくるようで神秘的。

エチュード風
映像(第1集)   動き
前奏曲(第2集) 交代する3度
こういうエチュード系の曲は、メカニカルな動きだけの曲に聴こえるか、別のイメージを連想させるかは、ピアニストによって違う。
アラウの”動き”を聴いていると、バルトークの《戸外にて》を連想させるようなタッチで、リズミカルな同一音型のオスティナートは、暗い森に潜んでいる昆虫の羽音のような響きに聴こえる。
バルトークはドビュッシーにかなり影響を受けているので、和声的に似たところを感じるのかも。
それに、アラウの弾き方がちょっと変わっている(と思う)。ペダルを多用して響きを重ねていくので、エチュード的なメカニカルな音の動きが不明瞭になり、音の動きが別の何かを象徴しているような印象。
無機的な音の世界ではなくて、有機的な生命力のある世界を感じさせるものがある。一体これは何をイメージしているのかと、いろいろ想像してしまう。

tag : ドビュッシー アラウ

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No title
今、ドビュッシー作品集を聴き終えたところです。1979年の2枚と1991年と1枚の違いが明確で、しかもそれぞれ内容のある演奏で、Yoshimiのおっしゃる通り、とてもドビュッシーが楽しめる内容。これまでに聴いたギーゼキング、ミケランジェリ、ベロフなどと比べて、とても素晴らしかったです。特に最晩年の演奏はとても温かみのある愛情に満ちた演奏で、ドビュッシーと思えない(いい意味で)演奏で聴きいってしまいました。BOXものは後、シューマンとベートーヴェンの旧盤を残すのみとなりました。アラウの世界にはまってしまいました。60歳を過ぎて、今更、アラウを知ったのはYoshimiさんのお蔭でもあります。感謝!
異世界のドビュッシー
saraiさま、こんにちは。

アラウのドビュッシー、とてもお気に召したようで、何よりです。
他のピアニストと全然違う異色のドビュッシーですが、アラウがどういうドビュッシーを弾きたかったのか、その思いがよく伝わってくるような演奏ですね。

91年の最後の録音は、技術の衰えが明らかですが、それをカバーするのでなくて、それをベースにして独自の世界を構築しているところが、アラウでしか表現できない独特のドビュッシーになっているように思います。
特に私の好きな「月の光」は、異世界の夜の砂浜に佇み、水平線のはるか高くから降り注ぐ月の光を見ているようなイメージ(映画「コンタクト」に出てくる情景のような)が湧いてきます。

印象主義絵画風のドビュッシーと違った異世界のドビュッシー、宇宙的な生命が宿るドビュッシーとでも言いましょうか。
好みは分かれるでしょうが、これだけ独自の世界を音で表現できるピアニストは、後にも先にもそうそういないでしょう。

私はベロフの新盤も好きなのですが、どちらかというと音と和声を楽しむ世界ですね。
今は、ポール・ジェイコブスのドビュッシーに凝ってます。
アラウとはかなり違った方向性ですが、ドビュッシーの世界に潜んでいる感情的なものを感じるところが似ています。
今の私にとっては、ジェイコブスとアラウがドビュッシーのべストになると思います。
No title
Yoshimiさん、こんばんは。

早速のコメントありがとうございました。
「月の光」、特に後半の高音域の響きは異次元のものでした。思わず、目を閉じて聴きいってしまいました。聴き慣れた「月の光」とは思えない世界でした。

実はこれまでのお気に入りはベロフの新盤でした。音の響きの新鮮さが素晴らしいですね。ただ、アラウはさらに音楽の深みが加わるのが凄い!

ポール・ジェイコブスですか・・・ メモメモ
CONTACT
Yoshimiさん、今晩は。

先のコメントを読まさせて頂いていて、映画「コンタクト」と書かれておりましたので、つい割り込んでしまいました。
おそらく、この「コンタクト」は、カール・セーガン原作の映画のことだと思いました。。
私は、この映画が大好きで、もう何年も前の映画ですが、今でも時々DVDで見ることがあります。最近、この映画の主人公であったジョディーフォスターさんが、SETIに寄付をしたとこかで、ニュースになっていましたね。
古い映画ですが、内容はいまでも型落ちしない斬新なものだと思います。
若くして亡くなられたカール・セーガンが今でも生きておられたら、どんな作品を作られたかと思うと、残念でなりませんでした。
《月の光》はテンポと音のニュアンスが独特です
saraiさま、こんばんは。

アラウの《月の光》で好きなのは、とてもゆったりしたテンポの中間部(アルペジオが入っているところ)です。
まどろむような遅いテンポで、初めて聴いた時はびっくり。でも、速いテンポで弾かれるよりも、ずっと好きです。
それに再現部の高音の弱音は、まるで語りかけてくるような独特のニュアンスがあって、本当に素敵ですね。
若い頃は絶対こんなテンポでは弾かなかったでしょうから、晩年のアラウならではの世界でしょう。

ベロフの音色はミケランジェリよりはずっと好きなのですが、表現がシャープで少し直線的ではありますね。
ポール・ジェイコブスは技巧がしっかりしていますし、響きもクリアですが、音色が温かいのが好みに合ってます。
特に、響きが多彩な和声感覚と、Songfulな歌い回しがとても気に入ってます。
現代音楽をメインのレパートリーにしていた人で、早くに亡くなったため、日本ではほとんど知られていませんが、米国では根強い人気があるようです。
『コンタクト』、懐かしいですね~
アメーバの友さん、こんばんは。

SFがお好きなので、やっぱり『コンタクト』はご存知でしたね。
ジョディ・フォスター主演の『コンタクト』のことですから、原作はカール・セーガンです。セーガンの本は『コスモス』だけ持ってます。
わりと地味な映画なので、この映画が好きという人は周囲にはほとんどいませんけど、私は初めて観たときにとても感動しました。

特に印象的なのは、映画半ばで出てくるパーティの夜、パーマーに向かって「神が存在しているなら証拠が欲しいわ」と言っていたエリーが(これは伏線ですね)、終盤の聴聞会で、「たとえ証拠がなくとも、自分の経験(宇宙への旅)が幻覚ではなく事実だったと信じる」と主張したところ。この部分と異世界の情景だけがずっと記憶に残っています。

『コンタクト』をよく観られているのでしたら、私がどのシーンのことを言っているのか、おわかりですね。
エリーが訪れた別の銀河の星の空は、地球の夜空とは違った色合いですし、衛星の月もありませんが、空には様々な色の星が瞬いていて、とても幻想的です。

ついでながら、アラウの《月の光》はYoutubeで聴けます。
とてもユニークというか、異色の《月の光》です。
他のピアニストの演奏を聴き慣れている人が聴くと、本当に異世界のような感覚がすると思います。
http://www.youtube.com/watch?v=hQcluJc9G5A&feature=player_embedded
感動の映画でした
Yoshimiさん、こんにちは。

この映画を見られて、感動されたと知り、とても嬉しく思いました。

>『コンタクト』をよく観られているのでしたら、私がどのシーンのことを言っているのか、おわかりですね。
最後に見たのは、1年くらい前のことですが、どこの場面もよく覚えています。
パーティーの人混みを抜け出し、少し肌寒いテラスでのパーマーとの会話の遣り取りはとてもロマンチックでした。途中、彼の裏切りとも思える行為で二人の仲はギクシャクとしますが、彼女の査問会が終わり、意気消沈して乗り込んだ車の中で待つ彼女、車に乗り込もうとするパーマーに質問する記者に対してパーマーが僕は彼女の経験が事実だと信じると言って、最後は彼女を支え場面にも感動しました。

それから、ご紹介頂いたYoutubeでのアウラの「月の光」。
聞き始めてすぐに何の曲なのか分かりました。
ほんとうに、ゆったりとした流れの曲ですね。
まるで、月の動きのようです。
ついでながら、コブスの「月の光」もYoutubeで聞いてみました。
(7月28日にこちらのコメントで紹介された物を参考にさせて頂きました。googleで検索したら、それが先頭に出ました。)
アウラの演奏は、とても柔らかいタッチでしたが、コブスはとてもクリアーで少し重厚な感じを受けました。
録音の仕方の違いもあるかもしれませんが、この曲に関してはアウラの方がしっくりときました。
アラウのドビュッシー
アメーバの友さん、こんにちは。

『コンタクト』は哲学的なテーマの映画で、ストーリーもやや地味ですから、同じ地球外知的生命体とのコンタクトを扱った『ET』などのわかりやすい映画と違って、あまり一般受けしないですね。
どちらかというと、『ソラリス』や『2001年宇宙の旅』などの路線に近いのでしょうか。

パーティのシーンは覚えてましたが、それはエリーのことだけで、パーマーのことは、ラストも含めてすっかり忘れてました。
同じ場面が印象に残っていても、その内容が微妙に違っているのは、常日頃考えている命題が違うからでしょう。

ジェイコブスに《月の光》の録音はなかったはずですが...。
私が7/28のコメントに記載したYoutubeの音源のことなら、あれはジェイコブスの録音ではありません。オーソドックスなタイプの演奏だと思いますが、中間部はちょっと激しくなりますね。
それとも、”コブス”って、ジェイコブスのことではなく、別の人の音源のことなのでしょうか?

ジェイコブスとアラウのドビュッシーを聴き比べると、ジェイコブスの方が技巧面での問題がなく、音質が自然です。
アラウは高齢で録音したので技巧的な問題がかなりあり(これが結構気になります)、さらに、PHILIPSの録音には編集が加えられているようで、エコーがかかったような変わったピアノの音がします。
それでも、アラウのドビュッシーはジェイコブスとは違った面があって個性的ですし、曲によってどちらが好きかは変わります。
でも、曲集全体として、どちらか選べといわれたら、ちょっと悩ましいですが、ジェイコブスを選ぶ可能性は高いですね。

それから、「アウラ」ではなくて、「アラウ」なんですが、チリ出身のピアニストなので、変わった名前なのです。
幼少の頃にドイツに留学して、ナチス台頭をきっかけに渡米するまでドイツでピアニストとして活動していました。
リストの高弟クラウゼに師事した彼のピアニズムは、古き良きドイツの伝統を受け継いだ重厚かつロマンティックな演奏でドイツ人よりもドイツ的と評されています。
だから、アラウのドビュッシーは、フランス人ピアニスト(やミケランジェリが弾く)印象派的ドビュッシーとは全く違います。好みが合わない人は全然受け入れられないと思います。
失礼しました
 Yoshimiさん、こんにちは。

《月の光》の件ですが、すいません僕の早とちりでした。
ジェイコブスの録音ではありませんでしたね。
あと、「アラウ」も間違えていて、失礼致しました。
どうも、ケアレスミスや早とちりによるミスが多くて、正確性に欠けてますね。

それと、ジェイコブスとアラウの聴き比べについて、それと「アラウ」についての解説ありがとうございました。

それから、「コンタクト」については、談義を交わしているうちに、また久しぶりに見たくなってきました。
少し調子の良い時にでも、時間を作って、見てみようと思います。

大したことではありませんので
アメーバの友さん、こんばんは。

私の性格上、単なるワープロのタイプミスは全然気にならないのですが、事実関係の間違いの方はとても気になるので、ついつい指摘してしまいます。
コメントの内容が多少間違っていても、大したことではありませんので、どうぞお気になさらず。
ようやく感性が慣れました
アラウさんのを聴き、小川典子さんの6枚組も入手して、ぜんぶ聴きました。
といっても、ムスコちゃんを抱っこして、いっしょに寝てしまったことが多いんですけど・・・夢か、うつつか、きめがたい空間に音楽が流れ、ドビュッシーならそれもありかなと・・・。

小川典子さんはラフマニノフやグリーグの協奏曲も私の好みに近いですね。ルビンシュタインより打鍵が柔らかく、女性らしいアンティームな雰囲気は素敵です。

ラフマノニフなら
ひでくんママ様、こんばんは。

アラウのドビュッシーは独特なので、ミケランジェリとかがお好きな人にはどうもイメージが違うようです。
ドビュッシーには名盤が多いので、いろいろ聴き比べると面白いです。
ベートーヴェンほどこだわりがないので、ドビュッシーの場合は、アラウの他にジェイコブス、ベロフ、ブラレイ、カールス、ブレハッチ、エマールなど、その時の気分と曲によって聴くものが違います。

小川さんのドビュッシーは聴いたことがありませんが、日本人ピアニストなら、安川加寿子さんの古い録音が評判が良いですね。

小川さんのラフマニノフは、タッチが丁寧で隅ずみまで弾き込んでいくので、じっくり聴くには良いように思います。
私にはテンポがちょっと遅すぎて重たくて、途中で挫折しましたが...。
ラフマニノフやグリーグは、速いテンポで力感のある演奏が好きなので、技巧の切れ味が良くダイナミックでスピード感のあるカッチェンやハフあたりをよく聴いてます。
さらりとした叙情感でややドライなタッチのラフマニノフの自作自演も好きですね。
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yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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