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アラウ ~ ブラームス/4つのバラード
アラウのブラームスといえば、ピアノ協奏曲の第1番と第2番が有名。アラウが得意としていた曲なので、録音も数多く、スタジオ録音が2種、ライブ録音は数知れず...というくらいに多い。
そのわりに独奏曲の方はあまり聴かれていない。ヘンデルヴァリエーション(スタジオ録音は1種類、ライブ録音は2種類)とピアノ・ソナタ第3番(スタジオ・ライブ録音がそれぞれ1種類)以外は、スタジオ録音しか残っていない。
もう廃盤になっているPhiipis盤の『ブラームス/ピアノ作品集』に収録されている独奏曲のなかで、一番良かったと思ったのが《4つのバラード Op.10》。

《4つのバラード》は、ミケランジェリとグールドの演奏がかなり有名で、この2人の演奏を聴いていると、20歳前後の若いブラームスではなくて、晩年のブラームスが作曲したような渋い(とういか鬱々と重苦しい)雰囲気が漂っている。
初めて聴いたのがこの2人の録音だったので、暗い雰囲気のバラードは好きではなくて敬遠していたけれど、いくら評判が良いとはいえ、そもそも元々相性の悪いピアニストの演奏で聴いたのが間違いだと後で気がついた。

ブラームスのピアノ作品全集の録音はいくつかあって、そのなかで一番良く聴くのはカッチェンとレーゼル。
この2人の《4つのバラード》は、それぞれ30歳代と20歳代の時に録音しているせいか、若々しい感情や爽やかな叙情感があって、青年期のブラームスの作品らしく聴こえる。
カッチェンはレーゼルに比べて少し内省的ではあるけれど、全体的にシャープな打鍵とクリアな音色でさっぱりした叙情感。
レーゼルの方は珍しく激しい感情が奔流しているような直截的なタッチで、聴いていてやや一本調子的で疲れてくるところはある。
この2人の演奏に共通して特徴的なのは、第4曲のテンポの速さ。スローテンポで弾くピアニストが多いけれど、この終曲の解釈は速めのテンポで軽やかに明るい色調というのが私のイメージなので、それにぴったり。スローテンポで緩々と弾かれるのは、どうも好きになれない。

                             

最近手に入れたアラウの1977年(74歳)の《4つのバラード》の録音。
ミケランジェリやグールドが録音した年齢よりははるかに高齢なのに、枯れた味わいどころか、若々しい感情が溢れるような躍動感や明るい開放的な雰囲気に加えて、重厚さもあるところがアラウらしくて、この演奏はとても好き。
77歳くらいアラウは、『アラウとの対話』のなかで、人間が年をとると枯淡の境地にならねばならないという考え方はおかしい、多感になっていくものだ、自分自身については表現力は昔よりはるかに強く、演奏に対する集中度もますます高くなっている、と言っていた。

アラウ独特の線が太く深く伸びやかな響きに豊かな色彩感が加わって、ブラームスらしい重みと曲想を鮮やかに表現するのによく似合っている。
1つの物語のような起承転結の流れを感じさせるように、曲ごとのテンポ設定やタッチの変化が明瞭でコントラストもくっきりと強く出ていて、とてもドラマティック。

カッチェンとレーゼルが若々しさを感じさせるブラームスなのに比べると、アラウはやはり壮年期らしい重みと表現の厚みのあるブラームスだけれど、いずれも晩年の鬱々とした重苦しさや寂寥感がないところがとても良い。

《4つのバラード Op.10》[ピティナの作品解説]

第1曲 ニ短調「エドワード」
有名な父親殺しが主題の”エドワード”。素材となったヘルダーの詩「スコットランドのバラード〈エドワード〉」は、問い詰める母親と息子エドワードとの対話で構成されている。

この曲がどうも好きにはなれないのは、もともと曲想が好きでは無い上に、ミケランジェリの陰鬱で淡々としたクールなタッチが、カポーティの『冷血』を思い出せるような冷たさで、この主題にぴったりの凄みがあって、とっても不気味に感じたからに違いない。

アラウの演奏の特徴は、劇を目の当たりに見ているようなリアリティを感じさせるところ。リストの《オーベルマンの谷》のように、心理主義小説を音で聴かされている気もする。
緩急・強弱の変化を強くつけ、エドワードの内面的な感情の葛藤が現れたようなタッチ。特に第2主題のアッチェレランドは急迫感十分。

第2曲 ニ長調
ブラームスらしい”子守歌”風の曲。
アラウの暖かくて色彩感のある伸びやかな音が綺麗で、ゆったりとした時間がのどかに流れるような夢見心地の安らかさ。
と思っていると、感情的に激しいタッチの第2主題が登場して、明暗が錯綜するところがブラームスらしい。

アラウは、この曲が「広大な天と地から受ける」感じがするという。(たぶん2つの対象的な主題が交互に現れてくるところを指している)
そう言われると、冒頭の夢見心地な旋律は雲の上をふわふわ漂っているようだし、次に出てくる主題は大地から湧き上がるような力強さがあって、その2つの主題が交代で繰り返し登場する。

アラウはさらにブラームスの歌曲『野の寂しさ』も連想すると言っている。
歌詞は、野原に寝込んで陶然と雲を眺めている人(たぶん男性)の気持ちを歌ったもの。この歌詞を読むと、最初に出てくる長調の主題部分の曲想に良く合っている。

第3曲 ロ短調
アラウはかなり速いテンポで強い切迫感があって、若いレーゼルと同じような力強いタッチ。
緩やかなテンポと穏やかな曲想の第2曲と第4曲に挟まれているので、緩急のコントラストが明瞭で、この何かに追いたてられるような緊迫感が良い。
ミケランジェリの演奏が面白く思えたのは、やや遅いテンポで、ゴツンゴツンと杭を打ち込むような明確で重たいタッチで弾いているところ。

第4曲 ロ長調
この曲はテンポがとっても気になってしまう。
普通は9分前後のスローテンポで弾いていることが多い。
例外的に速いのは、約5分半のカッチェン、約6分半のレーゼル。軽快で明るい色調で心地良い開放感があるところが、スローな演奏とは違っている。
普通より遅めなのはミケランジェリの11分、グールドの10分。内省的で沈み込むような鬱々とした重たさがあって、どうもこういう弾き方は好きにはなれない。
ソコロフもすこぶるスローテンポ(10分半)で細部まで濃密な繊細さで弾き込んでいるので、いくら好きなソコロフの演奏とはいえ、さすがにこの第4曲だけは避けてしまう。

アラウは9分くらいで弾いているので、ごく普通のテンポだけれど、冒頭主題はやや軽めの柔らかいタッチで、明るく華やかな音色なので、優雅で開放的な雰囲気。
ピアニッシモが続く第2主題も、もやもやとした雰囲気はあるけれど、弱音には暗く沈みこむような響きがなくて明るめの色調。
喩えて言えば、台風が去った後の晴れやかさや穏やかさや、凪のような悠々とした雰囲気があって、明るく白いイメージがする。スローテンポでも、こういう演奏なら全然大丈夫。

『アラウとの対話』のなかで、アラウはこの第4曲について「自然の神秘的体験を極めて強く感じさせます。初めは太陽の光のなかで、そしてにわかに暗がりが襲う中での神秘的体験です。」と言っていて、エンディングが特に素晴らしく、すべてがそこで停止するような恍惚の頂点に達する気がするという。

そういうイメージで聴くと、冒頭主題の晴れやかで煌きのある明るさも、”にわかに暗がりが襲う"もやもやとした中間部のやや曖昧さを含んだ不思議な明るさも、それに全体的に明るく白い光に覆われているようなイメージがするのも、なぜか納得してしまった。
この曲だけでなく、アラウの弾くバラードを聴いて良かったことは、今まで漠然と持っていた曲のイメージが明確になったこと。本当に、どのピアニストのどの(いつの)演奏で聴くかというのはとっても大事。


Brahms: Works for PianoBrahms: Works for Piano
(2003/08/25)
Claudio ArrauBrahms

試聴する(米国amazon)

『ブラームス作品集』のBOXセットの収録曲は、4つのバラード、ピアノ・ソナタ第2番&第3番、スケルツォ、変奏曲はヘンデルとパガニーニの2曲。それにハイティンクと録音したピアノ協奏曲第1番&第2番。

ピアノ・ソナタは第2番よりも第1番の方を録音して欲しかったし、後期のピアノ小品集が全然録音されていなかったのが残念。
アラウは、第1番は第2番よりも作品の力が弱いと感じていて、お気に召さなかったらしい。後期の作品も晩年になって数曲をリサイタルで弾いている程度。

アラウがよく弾いていたヘンデルヴァリエーションは複数の録音が残っている。
この1978年の録音は、スタジオ録音特有の穏やかさと晩年のゆったりとしたテンポで重みはあるけれど、技巧の衰えと多少の緩さを感じてしまう。
1963年のシュヴェツィンゲン音楽祭やルガーノのライブ録音の方が技巧・表現もずっと良くて、演奏に張りと生気があるので、いつもそちらを聴いている。

tag : ブラームス アラウ ミケランジェリ カッチェン レーゼル

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Author:yoshimi
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クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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