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フィッシャー ~ バッハ/平均律クラヴィーア曲集
最近、本を読んでいるとなぜかエドウィン・フィッシャーの名前がたびたび登場する。

最初にフィッシャーの名前を見かけたのは、ピアニストの青柳さんがバッハの平均律曲集の推薦盤の一つにしていた本。
次はブレンデルの『音楽の中の言葉』、バドゥーラ=スコダの『ベートーヴェンのピアノ・ソナタ 演奏法と解釈』、アラウの伝記・対話録『アラウとの対話』でも、フィッシャーが登場していて、彼らにはとても尊敬されている。

弟子のブレンデルとバドゥーラ=スコダが尊敬するピアニストにフィッシャーを上げるのは当然としても、アラウはフィッシャーと同門とはいえ、学んだ時期はほとんど重なっていない。
アラウによると、師のクラウゼがいつもフィッシャーに「練習したらどうだい。少しは五指訓練でもしなさい」と言っていたのを聞いている。当時、技術にこだわることは皮相の見方であるというピアニストの一群があり、フィッシャー、シュナーベル、エルトマン、エリー・ナイなどがそれ。ケンプもそう信じていたという。
アラウはテクニックが完璧であること自体はさほど重要視していないので、技巧を磨くよりも音楽を作ることを望む姿勢は素晴らしいと言っている。
次から次へとフィッシャーを尊敬するピアニストの話がでてくると、フィッシャーを聴かないというわけにはいかなくなって、同じ聴くなら青柳さんも推奨されていた平均律曲集に。SP時代、史上初の全曲録音で、現代ピアノで弾く平均律曲集の規範と言われている(いた?)らしい。

1933~36年にかけて録音されたフィッシャーの平均律曲集のCDは、同じ音源(だと思う)盤が複数あり、レーベルがEMI(原盤)、NAXOS、Membran(Document)の3種類。
NAXOS、EMI、Membran盤では、微妙に音質が違う。1930年代にしてはかなり良い音質。中にはノイズが気になるというレビューもちらほらあるけれど、録音した時代が古いので許容範囲かと。
少なくとも、1942年録音のアラウのゴルトベルク(RCA盤)よりはずっと良い音がする。(どうしてRCAはこれよりもずっと後の録音なのに、あんなに音質が悪いんでしょう)
それぞれの盤と試聴できるサイトは以下の通り。

Well Tempered Clavier (Reis)Well Tempered Clavier (Reis)
(2007/08/24)
Edwin Fischer

試聴する(米amazon)


Bach: The Well-Tempered Clavier, Book 1Bach: The Well-Tempered Clavier, Book 1
(2000/10/17)
Edwin Fischer

試聴する(ナクソス)


Bach J S: Well Tempered ClavierBach J S: Well Tempered Clavier
(2009/06/02)

試聴する(独amazon)


                             

NAXOS盤で聴いたフィッシャーの平均律曲集は、その後の時代の録音と違って、ベタベタと複数の録音を切り貼り編集できないので、ミスがそのまま残っているし、時々指がもつれたりして、ちょっと危なっかしいところはある。(音質が鮮明でない分、デジタル録音ほどにははっきりとはわからないけど)

青柳さんによると、フィッシャーは「グールドがああいう風にだけは弾きたくないと言ったという」ピアニスト。
私はグールドが録音したバッハ(とベートーヴェンとブラームス)はほとんど好きではないので、そのグールドが否定的だったフィッシャーの演奏なら、逆に好みにぴったり合う可能性は高いかも..と思っていたけれど、やっぱりその通り。
さすがに1930年代の録音なので音は悪いけれど、こういうボケた音質の録音を最近よく聴いているせいか、さほど聴きづらくも感じず、逆に音が柔らかくてとてもレトロな雰囲気で、昔懐かしい記憶を呼び起こしてくれるような感覚がする。

リズム感とテンポは呼吸するように無理なくて、体のバイオリズムにぴったりシンクロするようにほど良い感じ。
ただし、プレリュードでテンポが速すぎる気がする曲がいくつかある。とあるレビューにSP時代の録音で決まった録音時間に収まるようにテンポが設定されたと書かれていた。テンポが速くてセカセカしたように聴こえる曲があるのは、そのせいかも。

音質がとても良いとはさすがにいえないので、微妙な音のニュアンスはややぼやけてしまうけれど、タッチや響き、強弱を微妙に変化させた濃淡の移ろいゆくところが端正に聴こえるし、柔らかで暖かい響きのレガートはとても心穏やかにしてくれる。
ボケた音質とは反対に、声部はどれも明瞭に弾き分けられているので、主旋律と対旋律の絡みも明瞭で、柔らかい響きや穏やかな雰囲気に包まれていても、曲の輪郭がくっきりとして曖昧さは全く感じない。
単に音が並んで綺麗に響いているのでもなく、深い感情移入をした情緒的・感傷的なところもなく、抽象的な音の配列のなかにある何かが、自然と浮かび上がってくるようだし、押し付けがましさがなく自然に体の中に溶け込んでくるようにも感じる。

最初のプレリュードを絶賛している作曲家の人がいたけれど、せわしなくブツブツ切れるような右手のノンレガートのタッチがどうも好きになれなかった。次のフーガ以降はタッチに違和感があることはなくて、安心して聴けたけど。
ただし、急速系のプレリュードは、勢いは良くてタッチも力強いことが多く、ややフォルテが荒っぽく感じることも。
どちらかというと、テンポが遅いプレリュートやフーガの方が、タッチが丁寧になるし、起伏も細かくて情感がこもって、音楽の流れがとても自然に感じる。
そもそもプレリュードよりもフーガの方が好きなせいもあるので、フーガの演奏の方がずっと心魅かれるものがある。

プレリュードでも第3番は、柔らかいタッチの響きがとても綺麗だし、どの曲もノンレガートは控えめで、レガートが綺麗に響くし、続くフーガもとっても優しい雰囲気。
とくにゆったりとしたテンポの短調が良くて、第4番のフーガは、鐘がゴーンと鳴るような低音の深い響きやオルガンのような重層的で柔らかい響きに包まれて、静かで厳粛な雰囲気と淡い叙情感が交錯し、聴いていると神妙な気持ちになってくる。
(最初のプレリュードは別として)聴けば聴くほどに本当に素敵な平均律で、深い味わいのある演奏という言葉がぴったり。

静かな夜に独りでじっくりと聴いていると、旧知の友人と会ったような懐かしさと安心感があって、まるで音楽に語りかけられているようで、とっても不思議な魅力。
何度でも聴きたくなってくるので、平均律は当分の間フィッシャーで聴くことになりそう。

tag : バッハ

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私も愛聴してます♪
フィッシャーの平均律は、私もいつも聴いてます。グールドも嫌いではないですし、トッカータはグールドの演奏が気に入っているのですが、平均律はフィッシャーが断然お気に入り。(もっとも、私はそんなにいろいろ知りませんが・・・)
ちょうどyoshimiさんがフィッシャーについて書いていないなあと思っていたところでした。
プレリュードのテンポに関しては、同じように感じたことがあります。
私は特に第1集の後半が気に入ってます。(単なる好み)
フィッシャーとグールドの違いがよくわかりました
マダムコミキ様、こんにちは。

平均律は特に好きというわけではなくて、評判になった新しい録音を中心に聴いていたので、フィッシャーまでは気が回らずというところでした。
フェルナーとコロリオフのCDを集めたのでもう打ち止めにしようかと思っていたので、本にフィッシャーが登場しなければ、たぶん聴く機会はなかったです。

音が悪いので、ずっと聴いていると少し聴き疲れはするのですが、ゆっくり短調系の曲はかなり好きです。あまり深刻に重々しくは弾かないので、リヒテルよりは聴きやすい感じがします。
かなり速いテンポの曲は、あまり余裕なく弾いている印象をうけるので、聴いていても落ち着かない気分になります。

古い録音のなかでは、ホルショフスキの平均律はとても好きです。フィッシャーよりも、輪郭がしっかりして生真面目だけど、穏やかでほのぼのとした暖かみがあって、忘れた頃に聴きなおしてみたくなります。

グールドが”こういう風に弾きたくない”といったのは、技巧面のことか、表現のことかわかりませんが、たぶん両方なんじゃないかと思えます。
私はグールドが弾く現代曲(ベルク、ヒンデミット、プロコフィエフなど)は文句なく素晴らしいと思ってますので、曲によりけりというところですね。(少なくともアルゲリッチよりは、相性はかなりマシです。)
それに、グールドの81年録音のゴルトベルクなら、わりと好きです。
図書館で借りたフィッシャーの平均律ですが、ミスが多い。
素人でも知っている曲だとわかってします。私にはだめだわ。
 
bachフリーク様、こんばんは。

昔の録音はほとんど編集しませんから、ミスがそのまま残りますね。
ミスも程度問題ですね。音楽自体が損ねられていないのであれば、まあ良いのではないかと思いますが、お気に召さなくて残念でした。
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クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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