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ジャンケレヴィッチ著『ドビュッシー 生と死の音楽』
今年も、昨年同様、随分暑い夏になりそうだけれど、なぜか夏になるとよく聴くのがドビュッシー。
昨年はアラウやベロフ、今年はポール・ジェイコブスのCDを手に入れたこともあるし、そもそもドビュッシーの音楽は夏に聴いても、全然暑苦しくないので。

昨年はじめてアラウのドビュッシーを聴いていると、ミケランジェリとツィメルマンではどうもピンとこなかった《版画》《映像》《前奏曲》が、とても不思議な音楽に聴こえてきて、面白い音楽体験だった。

アラウが"別の惑星の音楽"と言っていたドビュッシー。
ドイツ音楽とは全然違う、それにラヴェルやプーランクとも違う、捉えどころのない感覚をおぼえたので、ドビュッシーの作品を解説本を探してみた。
ピアニストの青柳いづみこさんのドビュッシー本が有名らしく、文庫版をいくつかちょっと見てみたけれど、どうも私の知りたいこととずれているような....。
結局、一番ピタっときたのが、フランスの哲学者ジャンケレヴィッチの『ドビュッシー 生と死の音楽』(船山隆・松橋麻利訳、青土社、1999/10/05)。
たまたま図書館で見つけた本。ジャンケレヴィッチはアドルノのように音楽評論の著者がいくつもあって、ラヴェルやリストに関する著書も翻訳されていた。

ドビュッシー―生と死の音楽ドビュッシー―生と死の音楽
(1999/09)
ヴラディミール ジャンケレヴィッチ

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『ドビュッシー 生と死の音楽』は、フランスの哲学者独特のスタイルというか、大学時代にいくつか読んだ現代フランスの哲学書や文学評論を読んでいるような感覚。
文体自体は読みやすいし(翻訳がわかりやすいせいかも)、アドルノの音楽評論のような哲学的知識が必要な難解さがないいので、ほっと一安心。
ジャンケレヴィッチは、博識を駆使してドビュッシーの音楽に流れている様々な概念を解き明かしていくので、ドビュッシーの作品全般に加えて、ラヴェルやフォーレ、バルトーク、リスト、ショパン等も聴いていないと、作品を例示/比較対照して論じている部分ではイメージが湧きにくい。

ドビュッシーというと、印象派の絵画に喩えられるように、色彩感豊かな絵や風景をイメージさせる視覚喚起的な音楽と思われている(たぶん)。
たしかにそういうところはあるのだろうけれど、音が綺麗に並んでいるような演奏よりは、アラウのように有機的な生命力を感じさせたるドビュッシーや、ジェイコブスのような"Songful"な演奏の方を聴く方が個人的にはずっと面白い。
そういう点で、ジャンケレヴィッチのドビュッシー音楽論は、謎の多いドビュッシーの音楽のミステリーを、直観的で詩的な感性と論理的な文章でもって、解き明かしてくれる。
ドビュッシーの音楽を構成している要素が何か、それが曲のなかでどういう音や配列で表現されているのか例示しているので、曲を知っていれば知っているほど、納得できるところは多い。

主な目次をひろっていくと...

1 衰退
●屈地性●海の深さ、波と噴水、雨●グリザユと霧、二度について、連打される音●阻止された生成、淀む水●運動:旋回について●前奏曲、さえぎられたセレナーデ●正午の瞬間

2 実在
●光と高さ●空間と遠景●客観性●直接性、物自体●点描画法、不連続と形式

3 出現
●水に映る影●ほとんど無なるもの、風と雲●メリザンド、最後のピアニッシモ●最初のピアニッシモ●喜びの島と消え行く出現●束の間の出会い

「衰退」で分析されている概念は、下降線、物質の風化と崩壊、調和しない二度の響き、内側に曲がり球状や螺旋状になる旋律、永久に動かなくなった"瞬間"の音楽(前奏曲)、寸断されり感情、瞬間的で束の間の出会いと永遠の現在、崩壊と生成の停止をあらわす反復音、など。

「実在」では、光に対する意欲(嬰音好み)、遠景、宇宙的な偏在感覚、遠近法、客観性(非個人的、客観的性格)、無媒介の客観性=直接性・物自体(象徴的な置き換えがない)、非現実なこの世にいない存在(妖精、架空の人物など)、主観性から超脱した分析的明晰さ、輝かしく鮮明で繊細な神秘、上からではなく下から生を見る視点、偏在する生命の無限小の細部、ピアニッシモの無数のささやき、など。

「出現」では、無数の形への可能性をもつ無定形、限りなく不連続になった連続、無限小の芸術(瞬間のきらめきが出現するのは衰弱や稀薄が極まったとき)、始めると終わりの両端にある静寂、過去の思い出で最後の名残りの"最後のピアニッシモ"、未来へ向かう約束・希望・予言の"最初のピアニシモ"、消滅と同時に出現である"瞬間"、絶頂であると同時に引き潮の始まりでもある"正午"、など。

ジャンケレヴィッチの結びの言葉。
「ちょうど落下と浮揚、深淵への傾斜と高みへの上昇が、生という一つの躍動に二相に他ならないように、死と愛は、まったく同一の神秘にほかならないのである。ドビュッシーの音楽は、生と死の連帯、われわれが運命づけられている非在、存在のワクワクするような豊饒さを我々に告げているのである。その音楽は、神秘と詩の言葉によって、この世で何よりも大切なのは、世界そのものとその偏在性であると教えている。」

ジャンケレヴィッチ自身、ピアノ曲が好きで、自身でもピアノを弾くせいか、とりあげている作品はピアノ曲が多い。
ドビュッシーのピアノ作品全集をよく聴いている人なら、例示として多数の曲があちこちで言及されているから、曲と楽譜を思い浮かべれば、理解しやすいはず。
ただし、有名な管弦楽作品への言及も多いし、特に《ペリアスとメリザンド》についてはかなり詳しい。ドビュッシーの作品全般をよく聴いていれば、この本は面白いさと理解しやすさが数倍は向上すると思う。

ジャンケレヴィッチの改行が少ない文章と独特の文体で、直観的な鋭さを感じさせる詩的な言葉が淀みなく流れるように湧き出てくる。
具体的な旋律な和声の構成で説明する楽曲解説とは違い、哲学的な概念分析に基づいた文学的・詩的評論の趣き。
最初読んだときは、この独特の文体と出てくる作品の多さで、ドビュッシーの音楽のように捉えどころがないような印象がした。やっぱり学生時代と違って、この種の本を読むには頭が錆びついているに違いない。
それでも2度読むと、文体や文章を展開していくパターンにもなれて、ドビュッシーの音楽を聴いていても一体何を表現しようとしているのか、捉えどころかなかった部分が、ジグソーパズルのように少しづつ姿形をあらわしてきたように思える。


<書評>
橋本典子「書評 Vladimir Jankélévitch - La vie et la mort dans la musique de Debussy」

かなり詳しい書評、というよりも、本書の要旨。
章・節ごとに要旨と例示されている曲が簡潔にまとめられていて、頁数も20頁くらいなので、本書を読んでいない人でも理解しやすくて、とても参考になる。
ただし、文章は硬くて面白くもないので、ポイントをつかむには良いけれど、ジャンケレヴィッチの文章そのものを読んだときとは、ドビュッシーの音楽に対する感覚的・視覚的イメージが随分違ってくる。
やはり、ジャンケレヴィッチのドビュッシー論は、彼自身が書いた詩的で文学と哲学の薫りのする文章で一度は読んでおきましょう。


<関連記事>
ジャンケレヴィッチ著『ドビュッシー 生と死の音楽』 ~ 1.衰退 【読書メモ】
ジャンケレヴィッチ著『ドビュッシー 生と死の音楽』 ~ 2.実在 【読書メモ】
ジャンケレヴィッチ著『ドビュッシー 生と死の音楽』 ~ 3.出現 【読書メモ】



tag : ジャンケレヴィッチ ドビュッシー 伝記・評論

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音楽評論の世界
ムジカさん、おはようございます。

朝は涼しいです。昨日はドビュッシー初心者の私に、丁寧なコメントありがとうございました。私には水先案内人が必要なのです。

さて、先日この日の記事内容をちらりと眺めて、「こんな難しい理屈はいいわ!
音楽は聴いて快い感動があったら、それだけで充分・・・こんなの読むのも面倒や。・・・」 でした。

ところが、昨日、水先案内人のお導きよろしく、ドビュッシーを脳みそ深くで鑑賞できました。今まで聴いたことのない「不安定さ」を伴う「安定さ」というか、そうです、ミステリアスなのです。

今朝になって、こちらの記事を読んでみました。
難しくもないではありませんか!すんなり「なるほど」と感心しました。

ジャンケレヴィッチの評論も読んでみたいです。
音楽評論という分野に目を開かせていただきました。

今日も医者通いです。ムジカさんもお健やかにね!!!
ジャンケレヴィッチは詩的で美文です
ゆりさん、おはようございます。

今日は涼しいですね~。今年はまだ一度もクーラー入れてません。この涼しさがなるべく長く続いてほしいものです。

私の場合は、何かに感動するとその理由を知りたくなる性格なので、そうなると言葉でどこまで説明できるのか追求したくなってきます。
そういう点で、音楽評論を読むととても参考になります。

ジャンケレヴィッチの文章は、音楽評論にしては異色の詩的・文学的なスタイルで、とても美しいと思います。(たぶん翻訳が良いのでしょう)
昨年読んだ時にメモをかなり残していたので、最近それを読み直して、ちょうど記事としてアップする予定でした。
かなりの長文なので、お時間があるときにでも、またご覧くださいませ。

この本は絶版本らしく、古本は高値がついてますから、図書館で借りた方が良いですね。
お住まいの市の図書館に所蔵してしていなければ、近隣・府立図書館などから取り寄せてもらえるはずです。

私は先月から歯医者通いで、1週間に数回通ってます。
歯の方が厄介なので、おかげで耳鳴りにかまっている余裕がないのは良いのですが、歯医者さんに限らず、お医者通いが続くと、いい加減疲れてきますね。
ゆりさんもお大事にしてくださいね!
ジャンケレヴィッチの記事を恐らく
この記事がアップなされた時に閲覧させていただいたか
と存じます。

このピアニスト、ドビュッシーのアラウを偏見から
キイたことがありません。

 
takataka様、こんばんは。
記事をお読み下さって、ありがとうございます。

アラウのドビュッシーは、独特の響きとムードを持っていますので、聴く人によって好みがはっきり分かれます。
ドビュッシーに限らず、アラウならではの演奏が数多くあります。
もしご興味がおありでしたら、Youtubeに音源が多数ありますので、一度お聴きになられると良いと思います。
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Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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