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ミケランジェリ ~ ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第32番
ミケランジェリのベートーヴェンのレパートリーは、残っている録音から判断すると、ピアノ協奏曲が第1・3・5番。
本人は全曲レパートリーだと言っていたけれど、ガーベンの評伝によると、どうも第4番(か第2番のどちらか)は怪しいらしい。
ピアノ・ソナタの方は、第3・4・12・32番くらいだろうか。

最後のピアノ・ソナタ第32番は、ミケランジェリが生前にはリリース許諾していない(はずの)ライブ録音が3種類残されている。
一番古いのは1961年のリサイタル(BBC Legends盤)。
残り2種類は晩年のもので、心臓手術をする前の1988年(これは未聴)、手術後の1990年のリサイタル(Documents/membran盤)。

特に、1990年のライブ録音は、手術の後遺症からか、明らかなミスタッチが多くテクニックの衰えが顕著にわかるので、完璧主義者だったミケランジェリなら、許諾しなかったに違いない。
1989年、手術後カムバックした後にライブ録音したモーツァルトのコンチェルトも、指があまり回っていない。
しかし、このライブ録音はミケランジェリ自身が許諾して、DG盤の正規録音としてリリースされているので、昔ほどの完璧主義者ではなくなったらしい。
ガーベンによると、技巧的に安定した録音よりも、音楽の流れの良い録音の方をミケランジェリは選んだと言う。
この時期の彼だったら、もしかしたらこのベートーヴェンのピアノ・ソナタのライブ録音のリリースもOKしたかもしれない。

ミケランジェリの録音で一番よく聴いたのが、昔のEMI時代のブラームスの《パガニーニ変奏曲》、バッハ=ブゾーニの《シャコンヌ》。
リヒテルがミケランジェリの録音のなかで唯一賞賛したラヴェルのピアノ協奏曲も何回も聴いたし、グリーグのピアノ協奏曲は迫力満点の快演。リストの《死の舞踏》のライブ録音もいつもながら鮮やかな切れ味。
それより後年のものは(主にDG時代)、まず聴かない。べートーヴェンとブラームスのDGの録音はあまりにも相性が悪く、ドビュッシーを聴いても私の好みとは違っていた。

ピアノ・ソナタ第32番の1961年と1990年のライブ録音を聴いてみると、違いは歴然。
61年のライブ録音は、技巧的な切れ味鋭く、抑制的な叙情感と色彩感が美しい美的なベートーヴェン。
速めのテンポで、硬質・鋭角的な音色とdolceの甘くて艶やかな音色が好対照で、均衡のとれた引き締まった演奏。
アリエッタはひそやかな天上の調べというよりは、現世的な力強い賛歌。後年の演奏で見られる冷徹さは希薄で、抑制しつつも感情を込めて弾いているように感じられる。
完璧な彫刻のように造形的な美しさがあるけれど、後年ほどにクールというか怜悧ではないので、この頃くらいまでのミケランジェリの演奏はわりと好きな方。

Piano SonatasPiano Sonatas
(2003/10/21)
Arturo Benedetti Michelangeli

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”BBC LEGENDSのミケランジェリ”の記事

                             

1990年のリサイタルでは、青柳さんが『ピアニストから見たピアニスト』で、技術的にかなり苦しく、聴いていて痛々しいと言っていたほど。
実際、技巧的に完璧なミケランジェリを聴きたい人は、聴かない方が良いくらいに、指がコントロールできていなくて、フォルテの打鍵が力任せで不安定。ミスタッチも多い。第1楽章を聴き続けるのはかなり苦しい。
さすがに第2楽章は緩徐部分が多いので聴きづらさは減るけれど(それでもテンポが速くなると厳しい)、昔ほどの多彩な響きと色彩感のある美音は聴けない。

でも、隅ずみまで感情で満たされた演奏...というのは本当にそうで、昔の録音と聴き比べてみればはっきりとわかる。
基本的な解釈が大きくは変わっていないと思うけれど、晩年の録音では、抑制から解放されたかのようにディナーミクの揺れ動きが大きくなっている。
古い録音では、完璧な演奏のなかに壁のようなものがあって、その後ろに何かが隠されているはずだと思っても、なかなかその壁を突き抜けることができずに謎めいたものを感じたけれど、この晩年のベートーヴェンのソナタではそういう壁は全く消えている。
思い通りに動いていくれない指で、ベートーヴェンと(それにピアノと)格闘している姿が浮かんでくるよう。
技巧が衰えたり、高齢になると、テンポが落ちてしまうピアニストが多いけれど、ミケランジェリはテンポは以前と変わらず。
そのせいかミスタッチがとても多いけれど、それでも昔と同じ速めのテンポで弾ききっているところに、ライブ特有の気迫やある種の潔さを感じてしまう。

第1楽章は、抑制的なところのない大胆なディナーミクで、力強さと瞑想が交錯する闘争の音楽のように聴こえる。
第2楽章の主題旋律は瞑想的というよりは、とても明るい色調で柔らかく歌うような旋律の歌いまわし。第2変奏と第3変奏も同じトーンで柔和で穏やかな表情でしっとりとした叙情感が美しく。
第3楽章はテクニカルにかなり厳しいものがあるのがよくわかるけれど、それでも出来る限りの力を込めて、開放感や愉悦感を大らかに歌い上げるかのごとく力強くてダイナミック。
第4楽章以降もテンポを落とさず、弱音が続く部分でも瞑想的な雰囲気に陥ることなく、穏やかだけれどポジティブな明るさがあって、とても爽やか。
この雰囲気は最後のトリラーが入るコーダの部分まで変わらない。やっぱり昔と同じように、この第2楽章は賛歌だと感じる。

DG盤のベートーヴェンのピアノ協奏曲は、多彩な響きと独特のアーティキュレーションで人工物のように聴こえるし、評価の高い第4番のピアノ・ソナタや第12番《葬送ソナタ》は、音響的には美しいのだろうけれど、まるでコンクリートのように硬い表現。
これには全く馴染なかったけれど、最後のソナタのこのライブ録音には、(私が思うところの)ベートーヴェンのソナタらしい情熱や情感がこもっている。
技巧的な完璧さが失われていても、そういうところは気になることもなく、不思議とこちらを聴きたくなってしまう。

Arturo Benedetti Michelangeli Plays Mozart Chopin, Schumann, Beethoven, etc.Arturo Benedetti Michelangeli Plays Mozart Chopin, Schumann, Beethoven, etc.
(2007/04/17)
Arturo Benedetti Michelangeli

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tag : ミケランジェリ ベートーヴェン

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No title
Yoshimiさん、こんにちわ

ミケランジェリですか。氏のピアノって、調律が他のピアニスト用と異なるのか、音色と音感が独特ですね。

以前にFM放送にて、氏の演奏で、チェリビダッケ指揮の「ベートーベン:ピアノ協奏曲第5番」の実況録音を聴いたことがありますが、両者の音が合わないのが面白かったです。一時期、チェリビダッケ指揮の録音が大量にCD化されましたが、残念ながら、この録音はCD化されませんでした。
ミケランジェリの音
matsumoさま、こんにちは。

ミケランジェリは、演奏会に専用のピアノを持ち込み、専属の調律師を同伴していたことで有名ですね。
いつもピアノを持ち込めるわけでもないので、専属のイタリア人調律師に調律してもらっていたようです。
ヤマハの調律師だった村上輝久氏は、一時期、ミケランジェリの専属調律師であったことで知られています。気難しいミケランジェリとは、なぜか相性が良かったようです。

ピアノは、楽器と調律の条件に加えて、ピアニストのタッチで音が作られていきますので、他のピアニストが同じ条件のピアノで弾いたとしても、ミケランジェリのような多彩な音にはなりません。
普通のピアノで弾いても、ミケランジェリが弾くと、全く違った色彩感のある音がするらしく、タッチの方が音づくりへの影響が大きいように思います。

チェリビダッケのEMI・BOXセットは2種類持ってます。
今のところ、ミケランジェリ&チェリビダッケの「皇帝」でCD化されているのは、非正規録音(?)で何種類かありますが、ミュンヘンフィルの演奏会のライブ録音はEMIに限らず、どこにも出回っていないようですね。
ミケランジェリ
ミケランジェリは
アルゲリッチが練習に行くと地下室に連れ込んで卓球の相手をさせたらしい
そういえば
三毛猫様、こんばんは。

ミケランジェリは、ポリーニとアルゲリッチには、教えることがないとか言って、まともに教えなかったみたいですね。
天才的な2人の若手ピアニストに対して、自分には持っていないもの、自分を超える何かを、感じていたのかも知れませんね。
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yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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