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野々村馨 『食う寝る坐る 永平寺修行記』
子供の頃、大晦日に必ず見ていたTV番組は、NHKの「行く年くる年」。
除夜の鐘の鳴るお寺(たぶん永平寺)が映っていた記憶がある。
この番組はもう長い間みていないし、そもそもTVというものを見なくなって随分経つので、今でも永平寺が登場しているのかは全然わからない。

家が代々曹洞宗の檀家なので、永平寺にはなぜか親近感が湧く。
別に信心深くはないにしても、昔からお墓を持っているので墓参りは毎年数回、年忌法要は数年に1回はしている。お盆やお彼岸に限らず、休日には時々近所にある菩提寺にお参りしているので、お寺がらみの行事は日常生活にごく普通に入ってくる。

永平寺といえば、すぐに1冊の本を思い出す。『食う寝る坐る永平寺修行記』という新米雲水の修業記。
文庫版発売時に本屋さんでたまたま目にして、少し読んでみて面白そうだったのですぐ買った本。
この『永平寺』というところが重要で、他の寺院(延暦寺とか)の話だったら、絶対に本を手に取ることはなかったに違いない。

実際、読んでみると、あまりに予想外の事実が詰め込まれていて、一度読んだら忘れられない驚愕のノンフィクション。
今読み返してみても、やっぱり凄い内容で、いわゆる一般社会の常識が通用しない異世界に迷いこんだ感覚を覚える。

食う寝る坐る永平寺修行記 (新潮文庫)食う寝る坐る永平寺修行記 (新潮文庫)
(2001/07)
野々村 馨

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「行く年来る年」で画面に映る永平寺の映像は、静寂で清浄な地といった雰囲気がする。
しかし日常生活では、静寂どころではない。(沈黙していないければならない場所がいくつもあって、そこは完全に静かだけど)

人間の体から発する声や体がぶつかりあう音といった喧騒と、自我が徹底的にたたきのめされる極限状態にいる修行僧の緊張感が、文字を通してリアルに伝わってくる。

肉類は食べてないので精進料理のレシピブックを数冊持っているせいか、永平寺で日常的に食べている食事のシーンは興味深々。
修行僧の食事は、現代の栄養学を無視したようなアンバランスな食事。
成人男子には量的に少なすぎるので、おかわりが許されているご飯をたっぷり食べれば、お腹も膨らむという。
でも、ご飯の食べすぎは、脚気になるので禁物。脚気は副食を十分取らずに、白米を多量に食べるとかかるらしい。
でも、空腹を充たすためにはご飯をたくさん食べるしかない。
というわけで、脚気で病院に短期間入院する修行僧が続出。
すぐ治って退院するので大事には至らないけど、今でも脚気という病気にかかることがあるのかとちょっとびっくり。

あらゆる修行の過程で、近代の個性重視のヒューマニズム的教育を否定するように、外形重視(作法や型といった確立された手順の厳守。間違っていると、すぐに手や足が飛んでくるし、完全にできるまでたたきこまれる)、先輩雲水には絶対服従といった修行上のルールや罰。この過程で自我が徐々に否定されていく。
自我が消えて悟りへと向かうかというと、そう簡単にいくものではなく、利己性や本能的なものがむき出しになってくることも。
あまりに食事の量が少ないので、炊事当番にあたった雲水は、残飯を手づかみで炊事場で食べたり、物覚えの悪い雲水に教えるのを嫌がったり。精神的な余裕のない状況で現われてくる人間性の中味は、悟りの世界とは程遠い。

筆者の立場が修行中の新米雲水から、新参者を教育・指導しなければならない先輩の雲水に変わったときに、その立場ゆえの責任とか、したくなくてもしなければならないことがあるというのがわかってきたという。
自分が同じ立場だったらどうしただろうとか(この本を読んだので決して入門しようとは思わないと思うけど)、人間性についていろいろ考えさせられてしまう。

面白いのはレビューの内容。この本を読むなら、レビューも合わせて読むとさらに面白い。
軍隊でも、こんな「暴力的」な訓練はしていないであろうと思うほどに、殴ったり、蹴ったりということが、修行段階では普通に行われているので、嫌悪感を持つ人は少なくない。
「決死の覚悟がなければ、今すぐ帰りなさい」と入門時に先輩の雲水が念を押していたのも、大袈裟ではなく、本当にそれくらいの覚悟がなければ続かない。
とにかく、この現代日本でこういう生活があるのかと思うしきたりとか決まりといったことが、日常そのものなので、まるで異世界か中世の仏教寺院の修業記を読んでいる気分になってくる。

これは実際体験したものでないと、この修行内容自体についてどうこう言えるものではないし、1年くらいのわずかな修行期間の体験を記したものなので、語られていないことも多いとは思う。
それでも、普通は知られることがない永平寺の雲水の修行とはどんなもので、その修行を経験した人間の内面がどう変化していったのかという記録として、事実を追っていくだけでも、読む価値は充分。
今まで読んだノンフィクションのなかでも、とりわけ驚き満ちた本の一つでした。
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クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
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好きな写真家:アーウィット

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