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ガブリーロフ ~ ショパン/ノクターン、バッハ/平均律曲集
ガヴリーロフが2007年4月のリサイタルで弾いていたショパンの夜想曲。
英国ガーディアン誌のウェブサイトの記事<'Feel free': Gavrilov plays Chopin>から、7曲のライブ録音がダウンロードできます。

まさに記事が評したとおり、”Feel free”なノクターン。
こんなアゴーギグたっぷりで、ドラマティックな夜想曲は誰も弾かないだろうと思えるほど。
夜静かに物想いにふけるというよりは、感情の横溢して激しく浮き沈みするバラードを聴いているような気分。
今まで聴いたことのあるノクターンとは、全く違う曲に聴こえてくる。こんなに素敵な曲だったのかと思い直しました。

ショパンのノクターンを聴いているといつも眠たくなるので、この曲集は誰の演奏を聴いても好きになれない。
でも、ガヴリーロフのノクターンなら、まず眠気を誘うことはなく(逆に目が醒める)、音はとても力強いけれど、響きは濁ることなくクリア。
全体的に音量が大きく、フォルテは強くて、もとから線の太い音質なので鋼のようにビシビシ。普通の静かでちょっとロマンティックなノクターンが好きな人には、騒々しすぎてあまり向かないかも。
でも、このフォルテのおかげで、弱音の美しさが一層引き立っていて、この弱音がモノローグのように内省的な雰囲気。静と動が一瞬にして移り変わり、激しく交錯して、これ以上はないというくらいに大胆な起伏に富んだノクターン。

1曲目の演奏が終って、聴きなれたノクターンとはあまりに違うせいか、ややためらいがちに拍手している聴衆に向かって、ガヴリーロフが言った言葉が”Feel free”。
この言葉は、ガヴリーロフのノクターンの演奏そのもの。
ロシアのピアニストに関する本を読んでいたら、ガヴリーロフは若い頃から、感情の赴くままに弾いていると指摘されていて、自己抑制が課題...なんていう評価が書かれていた。

ライブ録音なので演奏後の拍手が入っていて、演奏が進むにつれて、拍手にも力がこもっていく。
これだけ個性的なノクターンを聴かされたら、好き嫌いはともかく、思わず拍手したくなりそう。
ハ短調Op.48-1が終った直後は、とりわけ盛大な拍手歓声。(たぶんプログラムの最後?)。
このノクターンの演奏が一番好きで、曲自体も良いけれど、ささやくように繊細で憂いに満ちているかと思うと、激しくドラマティックにと移ろいゆく表情が鮮やかで、ほんとにバラードみたい。

アラウのノクターンもかなりバラード風で重々しくもドラマティックなところはあったけれど(でもやっぱり眠くなる)、ガヴリーロフのノクターンはそれをはるかに上回って、こんなノクターンが聴きたかった...という、(普通の)ノクターンらしくないノクターン。
ガブリーロフのノクターンなら、眠たくなることもなく全曲最後まで聴けそうなので、全集録音してくれたら良いのに。

このライブ録音のことを知ったのは、たまたまガヴリーロフのプロコフィエフについてを検索して見つけた記事を読んでいて。
ウェブラジオ番組表をアップしてくれている「おかか1968」さんのブログ記事<おかえりなさい。アンドレイ・ウラディーミロヴィチ。>に、ガブリーロフの複雑なピアニスト人生が書かれていて、1990年代の挫折体験が書かれている。(かなり有名な話らしい。ガヴリーロフはあまり聴いてこなかったので、そういう話は知らなかったけど)
出典は、ガーディアン誌のインタヴュー記事<The pianist who fell to earth>

ガヴリーロフは、初めはEMI、次にDGと契約して次々と録音をリリース。1990年代半ばまではキラ星の如く輝くスーパースターだった。
1993年10月にDGに再録音したガヴリーロフのフランス組曲の美しさはEMI時代の旧盤と変わらず、ショパンのエチュードとはあまりに違っていて、全く驚きだった。
繊細さと力強さを合わせもった自由で伸びやかなフランス組曲の演奏からは、芸術的クライシスに陥っているかのような迷いや不安定さを感じることはないけれど、この頃かこの後くらいから、ガヴリーロフが暗中模索し始めた時期らしい。
ベルギー女王臨席のリサイタルを直前にキャンセルして以降、演奏会でのトラブルも多くなって、ピアニスト人生が暗転。DGとの契約も家も家族も失い、コンサートもほとんど開くことができず、長らく表舞台から消えていたようで、そういえば新譜が全然出ていなかった。

その5~6年後くらい、2000年に弾いていたバッハの平均律の第1番~第12番。Youtubeで聴いてみると、清々しく澄み切っていてとても温もりのあるバッハ。第1番のフーガや第4番のプレリュードとフーガはまるでモノローグのよう。
以前聴いたときは、ガヴリーロフにしては穏やかで、フランス組曲の方が自由で伸びやかな印象だった。
1990年代のガヴリーロフの苦境を知ってしまうと、この平均律の穏やかさは、まるで憑きものが落ちたかのように自分と静かに向き合っているような心境なんだろうか?と想像してしまう。
この平均律の方が、夜静かに想いを巡らすノクターンのような安らかさがあり、ゆったりとした短調の曲にはバッハらしい静謐な厳かさが漂っていて、聴けば聴くほどにじんわりと染み込んでくる。

Bach - WTC I (Andrei Gavrilov) - Prelude & Fugue No. 1 in C Major BWV 846


ノクターンは2007年春の音楽祭でのリサイタル。捉われることのない自由さで弾かれたノクターンは、ショパンのノクターンらしさとは異質な演奏に違いないけれど、なぜか作為性とかあざとさを感じることはなくて、内面から自然に湧き出てきたような音楽。
ピアニスト人生の天国と地獄を彷徨ったかのようなガヴリーロフのノクターンは、自由だけれど気ままに奔放というわけでもなく、強い確信を持った揺るぎなさを感じさせる。知性と感情とがようやく折り合いをつけるようになったのかもしれない。
このノクターンは好みははっきりと分かれる。あまりに自信に満ちた弾きぶりなので、こういうノクターンがあっても良いかも...と納得させられてしまう人は、意外と少なくないかも。(ダメな人はどうしても受け入れられないと思うけど)

tag : ガヴリーロフ ショパン バッハ

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早速聴いてみました♪
yoshimiさん、こんにちは。
早速聴いてみましたよ~。
すごーく面白い演奏です。私はとても気に入りました。
ノクターンはバラードのようにかなりドラマチックなものも多いのに、あまり大胆に演奏している人は少ないので、物足りない気もしていたので、この演奏は「そうそう、そうよね~。」みたいな気持になりました。
48-1と遺作が特に気に入りました。
48-1は、アラウの演奏も大好きで、いつも涙がでそうになってしまいますが、ガブリロフの演奏は反対に闘争的な感じで、確かに眠るどころじゃないですね。
いつも面白い記事を、ありがとうございます♪
そうそう、パン焼き機に、ときどきご飯入れてつくってますよ。美味しいですね。
でも、天然酵母じゃなくて、イースト使っちゃってますけれど…。
ノクターンらしくはないんでしょうけど
マダムコミキ様、こんにちは。

ガヴリーロフのノクターン、こういう風には誰も弾かないでしょうね~。
私はショパンのノクターン、ワルツ、マズルカは全然合わないので、CDを持っていても(アラウのCDも持ってますが)聴くことはまずありませんが、例外的にガヴリーロフのノクターンとアンダのワルツだけは聴きたくなります。

48-1のガブリーロフは、言われてみれば確かに”闘争的”ですね。あまりメロウなタッチは好きではないので、ガヴリーロフの演奏を聴いて、この曲がすっかり好きになりました。
ガヴリーロフはエチュードのポリーニ張りの演奏のイメージが強かったんですが、最近いろいろ聴いていると、タッチが力強いけれど音がクリアだし、構成力があって表現が多彩で、わりと繊細なところもあるんですね。
ガヴリーロフの表現は曲によってはもたれる時もあるんですが、バッハはフランス組曲も平均律も好きですし、ラフマニノフは面白いです。

ご飯パン、お気に召して良かったです。
わざわざ米粉を使わなくても、それにドライイーストでも充分美味しいですよね。
あの食感と味わいが独特で、一度食べるとやみつきになる人は多いようです。
最近、ドライイーストを使うときは、イーストを大幅に減らして天然酵母モードで焼く方法に変えましたが、もち粉(白玉粉、上新粉とかでも)を混ぜると、ご飯パンほど柔らかくはないですが、似たような甘みがあって、これも美味しかったです。
やっぱり色々あったんですね
yoshimiさん、こんにちは。
ノクターンはまだ全部聴けてないんですけど
聴いてみた数曲は、ほんとまるでバラードみたい!
既存の演奏とは全然違っていて面白いですね。
そしてリンク先のガヴリーロフの半生の記事も読んできました。
なるほど、そんなことがあったんだ…!

あ、でもフランス組曲の頃から暗中模索が始まっていたとは…
てっきり、もう終わった後なのかと思いました。
ショパンのエチュードとあまりに違いますもん。
フランス組曲、あれからCDを注文して丁度届いたところなんです。
で、今日1日聴きながら、幸せな気分に浸ってたんです。
この演奏を聴いてるだけじゃあ
実はものすごい葛藤してたなんてまず分からないですね。

いずれ、他のバッハも色々と聴いてみたいです。
あ、ラフマニノフも。
元々超絶技巧で何でも弾けそうな人だから
一皮むけると無敵な感じになりです。
ヘアスタイルからして、劇的な変化が...
アリアさん、こんにちは。

ガヴリーロフのヘアスタイルが、昔は真面目な坊ちゃん風、平均律ではジョン・レノンのような(昔懐かしい)ヒッピー風に変わっていて、いろんなことがあったんだろうな~と察してしまいます。

ガヴリーロフのノクターン、とっても変わってますけど、バラード風ですっかり気に入りました。
ラフマニノフとかショパンのエチュードを弾いていた時期の気負いや力みといった余計な力が抜けた感じですね。ドラマティックになるのが、ごく自然な成り行きのように思えてきます。

フランス組曲のCDを注文する時に調べていたら、EMI盤(84年)とDG盤(93年)があって、Youtubeの音源は84年盤でした。
試聴してみても、どちらにしようか迷いましたが、音質が好みに近かったDG盤の方に。
旧録よりフォルテのタッチがちょっと大人しくなった感じですが、新旧両盤とも基本的な解釈は変わっていないようです。でも、EMI盤の方が、明るくて伸びやかで、(音質のせいもあるのか)弱音ではちょっと傷つきやすいそうな繊細さを感じます。
コンサートのドタキャン事件が93年(か94年?)なので、暗中模索はDG盤の録音のすぐ後から始まったのかもしれませんね。

平均律は、しっかり聴き込んでみると、これもとてもいいですね。1番~12番まで全部Youtubeに映像があります。
まだ完全にカムバックしていない頃ですが、若い頃の演奏とは違って、内省的でモノローグ的なところが強く出ているように思います。
ガヴリーロフの録音は第1集の前半12曲だけなので、それだけDVDではなくてCDで出して欲しいんですけどね~。

若い頃のラフマニノフを聴いていると、スカっと切れ味良い技巧とかなりロマンティックなところが共存して、なかなか豪快で大らか。
ラフマニノフはガヴリーロフのメンタリティにとても合っているような気がしますが、テクニックとパワーで力技的なところがあって、曲によってはラフマニノフ的叙情感が吹き飛んでいるような...。
まあ、とにかく面白いラフマニノフです。第2番のコンチェルトは、ショルティ&カッチェンの筋肉質な演奏(これもかなり変わっています)と面白さでは良い勝負かも。

他の録音もいくつかチェックして、試聴したショパンのソナタ第2番は?と思いましたが、バラードの方は良さそうです。
CDで聴いたプロコフィエフのピアノ・ソナタは、ソ連時代の経験が解釈に反映されているせいか、特に第8番はソコロフの演奏よりもわかりやすく、説得力がありました。
(お笑い系とか爆笑系とかいう人もいる)あのエチュードを最初に聴いたのが悪かったようで、いろいろ聴いてみると、ガヴリーロフは意外と私好み。
ほんとに、あれだけの技巧があって音楽性を深めていくと、わが道を行く強烈な個性で、”無敵”のピアニストになりそうです。
ありがとうございました
おはようございます.
今年はいろいろ教えていただき、実り多き秋から冬でした。
金澤はすっかり雪で、軽登山靴を履いてダッフルコートを着て街歩きをしたり、雪かきをして乗用車を掘り出したり、のような日々がまだ珍しくて楽しいですね.まだ二冬目なので.
ガヴリーロフの流転,この記事で知りました。はBalakirevのIslameyが入口20世紀の偉大なピアニストシリーズで入手しましたが,早くも90年過ぎの本(クラシックのガイドブッk)にはDG移籍後に「消えた」と書いてありましたから。偉大なピアニストシリーズにはフランス組曲五番(EMI)はじめプロコフィエフの曲,Islameyまであります.超絶技巧のヒトのイメージで買ったので、暫くは面白くなくて放置.この記事を読む頃にはショスタコーヴィッチやプロコフィエフの曲に慣れてきたので楽しく聴けました。紹介されたDGのフランス組曲やラフマニノフの協奏曲も入手し,楽しんでいます。これも有難うございます。そのほかにスクリャービン集のLPも入手しましたが、これも良かった。
それにしてもEMIのCDはこもった感じの音ですね。なんか抜けない感じ.DGがすっきりしていたので驚きました。

Yoshimi様,よいお年を。来年もいろいろ教えてください。
ガブリーロフ、良いピアニストですね
ken様、こんにちは。

こちらもすっかり冷え込んで、冬らしくなりました。冬は頭も体も引き締まった感じがして、わりと好きな季節です。
でも、雪国に住むと大変そうです。大阪の寒さは寒さのうちに入らないでしょう。

「20世紀の偉大なピアニスト」シリーズは、ピアニストや巻によって収録曲に偏りがありますが、音源が複数レーベルにまたがっているので、ピアニストの主要な録音を知るには良いシリーズです。廃盤が多いのが残念ですが。

ガヴリーロフは、日本ではあまり人気がありませんが、初期~最近までいろんな録音を聴くと芸風の変化が激しく、音楽性が豊かで聴いていて面白いピアニストですね。
テクニックに優れた人ではありますが、ロマンティックな叙情感も強くて、(ミルクと砂糖がたっぷり入ったコーヒーのような)濃い味がします。

ガヴリーロフで私の好みに合うのは、バッハ、プロコフィエフ、ショパンのバラードとノクターンあたりでしょうか。ラフマニノフは”穴盤”と言っていた方もいるくらい、有名ではないですが、パワフルなテクニックと濃厚な叙情のバランスが良いですね。ショパンのエチュードは変わっていて面白いとは思いますが、これは他のピアニストで聴きたいです。
ガヴリーロフのスクリャービン(のプレリュード)もあまり知られていない録音だと思いますが、色彩感が豊かで濃厚な叙情感がありますね。ちょっと力感が強くて線が太い陽性なスクリャービン..という感じがしないでもないです。

EMIはモノラル時代から音質が悪いので有名で、ステレオ時代も昔(70~80年代くらいまで?)はかなり悪かったです。
今は、それほどレーベル間の差は大きくはないのではないかと思いますが、音質が良いと言われていたのは、DECCA。Philipsも良いと思います。
DGの録音は、他の盤を聴いても音質がクリアな印象が多いです。

今年はたくさん収穫があって実り多いお年だったようで、良かったですね。
この世界は、聴けば聴くほど果てがないので、これからもいろいろ良い出会いがあると思います。
では、よいお年をお迎えください。
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yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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