ガヴリーロフ ~ バッハ/フランス組曲 

2010, 11. 29 (Mon) 12:00

フランス組曲といえば、第5番が一番有名。この曲は誰が弾いても美しい曲なので昔から好きだったけれど、他の曲はほとんど記憶に残っていない。

偶然に知ったガヴリーロフのフランス組曲の全曲盤を聴いていると、第5番はアンデルジェフスキと同じくらいに素晴らしく思えたし、短調の第1番~第3番の美しさもとても印象的。
とりわけ気に入ったのが第1番。もしかしたら第5番よりも好みに合っているかも。
それにどの曲も、アルマンドの旋律は溜め息がでそうなくらいに哀感が漂って美しいし、クーランドは歯切れ良いタッチとリズムで躍動感いっぱい。
フランス組曲がこんなに綺麗な曲だったなんて、昔は聴く耳が悪かったんだろうか...と思えたので、もう一度、5番以外をグールド、リヒテル、シフ、ヒューイットとかでいろいろ聴いてみても、やっぱりそんなに綺麗な曲には聴こえない。

どうも”ガヴリーロフの”フランス組曲が魅力的に聴こえてしまうらしい。
タッチの力の入れ具合とか長さとか、ペダルをかけた響きやテンポ、フレージングとか、要は弾き方全てが私の波長にぴったり。
特にノンレガートでも軽やかで柔らかなタッチとペダルで微妙に変化する響きが耳に心地よく、流れるようなレガートや語りかけるような繊細で親密感のある弱音の美しさにうっとり。
本当に、どうしてこんなに美しいフランス組曲が弾けるんでしょう??

ガヴリーロフのフランス組曲は、レビューをいろいろ読んでいても、賛否両論あるらしく、バッハ弾きのオーセンティックな奏法にこだわる人は受け入れ難いところがあるらしい。
そういう奏法の細かな規範的なところはよくわからないので気にもしないけれど、全曲盤はガヴリーロフの録音だけあれば良いくらい。
短調の曲では羽毛のように柔らかく憂いを帯びたしっとりした音色がなんとも言いようのないほど美しく、後半の長調の曲は伸びやかで開放感に溢れていて、聴いているととても幸せな気持ちになってくる。

1993年に録音したDG盤のライナーノートには、バッハに対するアプローチについて、ガヴリーロフのコメントが載っている。
ガヴリーロフが言うには、3歳のときに初めてバッハを聴いて、すでに5歳にはピアノでバッハを弾くときの個人的なアプローチがある程度定まっていて、それは年を重ねていってもほとんど変わっていない。

バッハを弾くのはハープシコードかピアノか..という昔からの議論についても、彼の考え方は明確。
声部に色彩感を加えることのできる音の多彩さとその魅力という点で、ピアノが優っているし、バッハの音楽には完璧に似合っている。今の時代にとってバッハの多様性を強く伝えたるためには、音の豊かさを最大化するあらゆる手法を使うべきだ、とガヴリーロフは全く迷いがない。
ただし、ハープシコード演奏の様式やテクニックを下敷きにして演奏(draw)するべきだという意見には、極端に過度にならない限り、Yes。(ハープシコード的な響きをピアノで使っていることもある)

ペダルについては、ガヴリーロフは補助的に使っているという。
アルマンドは柔らかい響きが重なりつつも長すぎず、濁ることがない。浅めのペダルを短く細かく入れているのかも。クーラントはほとんどノーペダルらしい。
バッハへのアプローチに関して大きな影響を受けたのは、グールドとリヒテル。
全く正反対な演奏スタイルなので、グールドはロマンティックな要素を避けるためにノーペダル、リヒテルは時にかなり自由にペダルを使っていた。
ガヴリーロフは、この2人の伝統なスタイルを発展させて行きたいと強く思っているという。
ガブリーロフのこの言葉に続けて、”One could do worse.”と、ライナーノートの解説者は結んでいたけれど。

この両極端なグールドとリヒテルの両者の奏法を発展させていくというのは、なかなか想像しがたいけど...。
グールドのテンポの速さとノンレガートの切れの良いタッチ、リヒテルのペダリングのかかった響きの美しさとフレージングの滑らかさをあわせると、ガヴリーロフが弾いているフランス組曲のようなタッチに似てくると言えなくはないかも。
ガヴリーロフのゴルトベルクはちょっとグールド風、このフランス組曲はグールドよりはリヒテルの方に近い感じ。

それにしても、とても個性的で、とても美しく自然な音楽が流れるバッハ。
なかなか他のピアニストでは聴けない素晴らしさがあるのに、なぜあまり知られていないのでしょう?
ガヴリーロフのディスコグラフィを眺めていると、有名なショパンのエチュードや難曲のイスラメイ、豪快なラフマニノフにチャイコフスキー、それにプロコフィエフとか、力技の必要な難曲が並んでいるので(他にヘンデルもあるけれど)、彼が弾くバッハというのはやっぱりかなり意外。
同じバッハでも、92年に録音したゴルトベルクの方は、指が良く回るのは良いけれどテンポが速くて(変奏によってはショパンのエチュードみたいな猛スピードだったりする)、装飾音がごちゃごちゃしてたり、ノンガレートが硬くクリスピーだったりとか、ちょっとグールド風な感じのするところがあったりする。
フランス組曲とはかなり違った弾き方で、ゴルトベルクの方が、今までのガヴリーロフのイメージに近い。
ガヴリーロフのショパンのエチュードと同様、ゴルトベルクも全然合わなかったし...と思いながらも、聴いてみたフランス組曲が期待はずれに素晴らしくて、まるで別人のよう。
今まで聴いてきたピアニストの録音のなかでも、とりわけ意外性と驚きに満ちたものの一つでした。

French Suites Bwv 812-817French Suites Bwv 812-817
(2003/04/01)
Andrei Gavrilov

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