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ハイドン/アンダンテと変奏曲 へ短調 (ブレンデル,コロリオフ)
ハイドンのピアノ・ソナタと言えば、ピアノのレッスンではとてもポピュラー。
少なくともソナチネアルバムを練習した人なら、弾いたことがあるだろうし、ソナタアルバムでもモーツァルト、ベートーヴェンと並んで定番。
それにしてはあまり人気がなさそう。そういえば、私も心当たりが...。子供の頃のレッスンではハイドンのソナタの方を弾くのが好きだったのに、レッスンをやめてからはほとんど聴いたことがない。

以前、偶然にハイドンのピアノ/チェンバロ協奏曲を聴いたことと、最近ブログでハイドンの記事をいくつか読んだこととがきっかけで、なぜか今年はハイドンのピアノ曲をちょっと探検してみたくなって。
子供の頃からハイドンのほうがモーツァルトのピアノ・ソナタよりも好きで、なぜか何十年経っても、それは全然変わっていないところが不思議。

ハイドンの交響曲が多いのは、聴きはしなくても知っていたけれど、ピアノ・ソナタも60曲以上。
スカルラッティのソナタの555曲に比べれば少ないとはいえ、構成も長さも全然違うし、古典期以降では多分最多記録。
ソナチネ&ソナタアルバムは、そのうちの数曲だけ、それも学習者向けに選曲されているので、ハイドンのピアノ作品の幅の広さと面白さがあまりわからない。
ピアニストがハイドン作品集を選曲するときは、30番台以降のピアノ・ソナタが多く、特に必ずといって良いほど録音されているのが《アンダンテと変奏曲へ短調Hob.XⅦ:6》。
この曲は、ピアノ・ソナタやディベルティメントという別名のタイトルで収録されていることもあって、うっかり見落としかけたことも。
主題の美しさが、それまでイメージしていたハイドンとはちょっと違っていたのと、終盤の盛り上がりがベートーヴェンのピアノ・ソナタを連想させるものがあって、とても親近感を覚えたという曲。

《アンダンテと変奏曲》は、変奏曲にしては、変奏の展開が聴いただけではもう一つよくわからなかったので、曲目解説と楽譜を探してみた。変奏曲は楽譜で構成を知っておくとずっと聴きやすくなる。
ピティナの作品解説(Andante con variazioni f-Moll Hob.XVII:6)
楽譜ダウンロード[IMSLP]


主題が2つある二重変奏曲で、形式はA-B-A'-B'-A"-B"-A-コーダ。
最初聴いた時に、変奏曲にしては変奏の数とバリエーション(パターン)が少なく思えたのはこの構成によるもの。
楽譜を見れば、主題が2つあるので主題部分が長く、変奏部が2つだけ、フィナーレで主題が再現されて盛り上がってから、静かなコーダに入るというシンプルな構成。
第一変奏は、相変わらず弱音主体で静けさは漂うけれど、スタッカート、シンコペーション、トリルと、リズムの変化をもたせて、やや軽やかで動きが多くなる。
第ニ変奏は、音量的に大きくなり、息の長いレガートの細かなパッセージ主体で、ずっとピアニスティックになって流麗。
ここまでは、リピートがとても多い。初め聴いたときは、変奏曲なのに似たようなフレーズが続くなあと思ったもの。ピアニストによっては、リピートを省略して弾いていて、通常17~18分くらいの演奏時間が9~10分くらいに短縮される。
フィナーレは主題が再現されて、終盤に向けて半音階的に徐々に上行しつつ、最後にフォルティシモのオクターブ、重音、スケール、アルペジオなどが続き、ドラマティックに盛り上がる。
エンディングは、フォルテが残像のように現れながらも、徐々に弱音へと収束していき、消えるように静かに終る。

フィナーレのクライマックスのところを聴くと、ベートーヴェンの初期のソナタを連想させるような音の動きと力強さ。ここだけ聴くとべートーヴェンと間違えそうになる。
主題や変奏部分でも、ベートーヴェンの初期~中期最初の頃の標題のないピアノ・ソナタと似ている気がしてデジャブ的な感覚。
作曲技法的には違うのだろうけど、雰囲気的に似たものを感じるので、どっちがどっちの曲だったか段々こんがらがってきそう。そのせいか、ハイドンを聴いているとベートーヴェンも聴きたくなってくる。

Brendel plays Haydn - Andante & variations in F minor, Hob. 17/6 (Live Recoding)


                            

この曲の録音は多いので、CD、NML、Youtubeで10種類くらい聴いてみると、音の色彩感、テンポ、アーティキュレーションなどで、いろいろ違いがあって面白い。
結局、その演奏が好きかどうかの分かれ目になるとわかったのが、フィナーレの前半部分。
主題が再現されてから、コーダに至るまで、徐々に盛り上がっていくところの弾き方で決まってしまう。
聴き比べてみて、好みにぴったりだったのがブレンデルとコロリオフ。
若手で評価が高い(と思う)スドビンもブレンデルのような音の美しさと叙情的な表現でかなり良い感じ。

ブレンデルのスタジオ録音は1985年の録音。
線が細くクリアで色彩感豊かな音と、考え抜かれたアーティキュレーションで、精緻で明晰ながら、優美で繊細な叙情感が溢れていて、ブレンデルらしい演奏。
これは何度聴いても飽きないくらいに面白いし、この曲でこれだけ素晴らしければ、他の曲も凄いに違いないと思ってしまう。
ブレンデル評のなかで、一般の人にではなくピアノ演奏の専門家の評価が高く、楽譜とつき合わせて聴いて凄いと唸るピアニスト...というのがあって、なるほどと思ったもの。たしかに面白さが倍増すると思う。
ディナーミクの細やかな変化で、大小さまざまな起伏に富んで、細部までびっしりと情感で敷き詰められているよう。
少し息が詰まるようなくらいの濃密な叙情感があるけれど、その分、フィナーレのクライマックスでは、アッチェレランドしつつ音も輝きを増し、今までふつふつと溜め込んでいた感情が一気に堰を切ってあふれ出るように力強く激しい。
単に盛り上がっているだけではなく、リアリティのある強い哀惜のような感情を感じさせるところがとても印象的。
不思議なことに、全編にわたって強い叙情感を感じるのにベタベタとウェットな感じが全くしないのは、ブレンデルの演奏に知的で分析的なクールさを感じるせいだろうか。
理性と感情がうまくバランスされているせいか、ブレンデルのハイドンは精緻で細部まで考えつくされた演奏なのに、とても自然な流れと情感が感じられて、とっても魅了的。

Piano SonatasPiano Sonatas
(2009/01/05)
Alfred Brendel

試聴する(米amazon)
当初PHILIPS盤、今はDECCAから4枚組で入手できる。


ブレンデルとは方向性が全然違うけれど、とても印象的だったのがコロリオフのハイドン。
昔聴いた時はあまり印象に残らなくてすっかり忘れていたけれど、この曲はかなりいろいろ聴いたせいで、この地味ながらも独特の味わいがとても気に入っている。
バッハの得意なコロリオフは、緩徐楽章ではかなり瞑想的というか哲学的というか、独特のものがあるけれど、この《アンダンテと変奏曲》でも、寂寥感を感じさせるところが、他のピアニストとは違うところ。
ディナーミクの幅とコントラストがそれほど強くないし、線が太めでやや丸みのある音なので、比較的穏やかなトーンで進んでいく。
ブレンデルの演奏のイメージが、まだ強い感情的なつながりをもったかなり近い過去の回想だとすれば、コロリオフは過ぎ去った遠い過去を回想しているようで、強い感情や感傷ではなく追憶のようなさっぱりとした感覚。
フィナーレもアッチェレランドすることなく、インテンポで一歩一歩踏みしめていくようで、力強くはあるけれど、どこか悟ったような諦観を感じる。
このフィナーレはフォルテの指示があるせいか、やたら速いテンポでバンバンと勢い良く弾く人も結構いる。わかりやすくはあれど元気すぎて情緒に欠けるものがあって、なぜかコロリオフの抑制のきいた弾き方の方が好ましく思えてしまう。
かなり地味な演奏ではあるけれど、いろんな演奏を聴いた後に聴けば、その良さがじんわりとわかってくるようなタイプかもしれない。

SonatasSonatas
(2005/09/20)
Evgeni Koroliov

試聴する(米amazon)


コロリオフとブレンデルのハイドンのソナタ集については、Daisyさんのブログ<ハイドン音盤倉庫>”コロリオフのピアノソナタ集””絶品、ブレンデルのピアノソナタ”にレビューが載っています。
その記事がブレンデルとコロリオフのハイドンを聴く/聴き直すきっかけになりました。どうもありがとうござました。

tag : ハイドン ブレンデル コロリオフ

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アンダンテと変奏曲
yoshimiさん、こんにちは。
ブログの紹介ありがとうございます。実はアンダンテと変奏曲は、ハイドンのピアノ曲の中では苦手な曲でした。ハイドンの曲の中ではロマン派以降の構成に近く、ハイドンの曲らしくない印象をもつことにつながってました。ただ、古くからの録音の多さと、大規模な構成、深い情感をもつことから気にはなっていたというのが正直なところ。曲全体に漂う深い情感はお互いに才能を認め合った盟友モーツァルトの死をきっかけにしてその愛弟子に捧げたという意味があったんですね。
ブレンデルもコロリオフもご指摘通りの素晴らしい演奏ですね。私はハイドンの作品という視点でブログに取り上げてますが、yoshimiさんの記事を読むと、この曲が古典派からロマン派に至るピアノのための音楽の歴史の中で位置づけや、弾く立場の視点でも捉えられており、とても参考になります。
この記事で私もアンダンテと変奏曲をより深く聴くきっかけをいただいた気がしますので、手持ちのアルバムをいろいろ聴き直してみようと思います。
ブレンデルの4枚組のアルバムの中には、このアンダンテと変奏曲とは反対に非常に短く、アンダンテと変奏曲のほんの少し前に書かれたアダージョ(Hob.XVII:9)が含まれています。構成も単純なものですが、ハイドンの宝石のような素晴らしい音楽が込められた素晴らしい小品で、わたしが好きな曲。おそらくブレンデルの演奏がこの曲の美しさを最も際立たせた一番の演奏ですので、聴いてみてください。シンプルな曲なのでyoshimiさんならもしかしたらブレンデルよりうまく弾けるかもしれませんね!
アンダンテと変奏曲は名曲ですね
Daisy様、こんにちは。

《アンダンテと変奏曲》は晩年の曲だけあって、ロマン派へ向かう流れが強く感じられる内容なのかもしれませんね。
よく聴く変奏曲とは構成が少し変わっているところが面白く、旋律も美しいですが、特にフィナーレのクライマックスが素晴らしく感じました。
ブレンデルが、その一瞬の激しく劇的な内容を一番効果的に表現しているように思います。さすがにブレンデルは最初から終わりまで聴き応えがあります。

コロリオフは、youtubeでゴルトベルクのライブ映像をみると、まるで学者さんみたいな風貌です。地味でやや瞑想的な演奏とイメージがオーバーラップしてしまいました。

Daisyさんとは逆に、幼少期に馴染んだハイドンのイメージと違うところに新鮮さを感じたせいか、大好きなベートーヴェンの曲を起点にして、ハイドンを聴いてしまうようです。
順番から言えば、ハイドンがベートーヴェン的であるのではなく、ベートーヴェンがハイドン的というべきなんでしょうけど。
いずれにしても、ハイドンからベートーヴェンへと繋がっていく流れをいろんな曲で感じられるところが面白くて、親近感が湧いてきます。

《アダージョ》もとても素敵な曲ですね。
緩徐系の曲は、誰の作品でも苦手な方なのですが(途中で眠くなるので)、なぜかハイドンの曲に関しては緩徐楽章や緩徐系の曲に好きなものが多くて、我ながら不思議です。
ハイドンのアダージョやアンダンテは、モーツァルトとは違った素朴な美しさがあって、モーツァルトよりも好きなのです。
《アダージョ》は弱音主体のシンプルな構成なので、ピアニストのタッチの精妙さと音の美しさがはっきりわかってしまいます。
ブレンデルの隅ずみまでコントロールされた美しい音色と繊細な表現がよく映えてます。
シンプルな曲は、弾くのが(というか、聴かせるのが)難しいですね。私にはちょっと手が出ないです。
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yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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