レーゼル 『ベートーヴェンの真影 ピアノ・ソナタ全集 2 』 ~ ピアノ・ソナタ第30番 Op.109 

2011, 05. 20 (Fri) 18:00

好きになりたいと思って、何度聴いてもやっぱり好きにはなれない曲というのがあって、ベートーヴェンのピアノ・ソナタなら、《熱情》と第30番。
《月光》もそうだったけれど、第1楽章は誰の演奏でも眠たくなるのでしようがないとして、クライマックスの第3楽章はレーゼルのライブ録音を聴いて、こういう曲だったのかとようやくわかって、これはとても好きな曲に。

《月光》が素晴らしく良かったので、それなら《熱情》と第30番をレーゼルのライブ録音で。
2008年10月1~2日、紀尾井ホールでのリサイタル。カップリングは収録順に第9番、第30番、第6番、第23番。
前半の第9番と第30番は優美さと力強さのコントラストが強め。元々好きな第9番に続いて、第30番も今まで聴いてきた録音のイメージよりも、力感とダイナミズムを強く感じる。

ベートーヴェンの真影 ピアノ・ソナタ全集2ベートーヴェンの真影 ピアノ・ソナタ全集2
(2008/12/25)
レーゼル(ペーター)

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ピアノ・ソナタ第30番ホ長調 / Sonate für Klavier Nr.30 E-Dur Op.109[ピティナの作品解説]

第1楽章 Satz Vivace, ma non troppo
旋律自体はメロディアスだけれど、強い強弱のコントラストで、優美でしかもダイナミック。
過去の幸福を追憶するような濃密な叙情感があるので、あまり得意な曲想ではないので、誰の演奏が一番好きとも言い難い。
ゼルキンは優美でちょっと女性的だし、アラウはルバート多用で感情移入が深くすぎる。
レーゼルは、dolceの部分もかなりシャープなタッチで、クレッシェンドもかなり前の方の小節から。全体的に力感強めで、しなしなしていないので、こういう弾き方の方が私には聴きやすい。(人によっては力強すぎるように感じるかも)

第2楽章 Satz Prestissimo
この曲のなかで一番好きな楽章。Prestissimoでフォルテの多い曲というイメージがあるのに、楽譜を見ると弱音部分もかなり多い。このイメージは、オクターブで弾く主題の激しさと、からクレッシェンドしていく部分が長いので、緊張感が続くせいだろうか。
レーゼルは、冒頭の主題から速いテンポと鋭く力感のあるタッチ。全ての音がよく鳴っていて、堅牢な構造感と一気に駆け抜けるような緊迫感があって、今まで聴いた録音のなかでも一番好きな弾き方。

第3楽章 Satz Andante molto cantabile ed espressivo
変奏形式のピアノ・ソナタは、第12番《葬送》の第1楽章以来。
十年後に書かれたこの曲の変奏は、はるかに自由度が高く、変奏パターンが多彩。まるで達観した境地の仙人が、自由自在に戯れているかのような自由さ。
主題と第1変奏は、とても優美な雰囲気。
第2変奏は左右の手が交互に入るリズム感が面白くて、最初はまばらな音が飛び跳ねて軽快かと思うと、重音になると逆にとても優美に変わる。
第3変奏は左右が交代で同音型の旋律を弾く快活なアレグロ。この軽快で諧謔な雰囲気のせいか、なぜかディアベリ変奏曲を連想してしまう。
第4変奏は軽やかに舞うようなレガート。主題旋律がまたディアベリ変奏曲に似ているような。アタッカでアレグロのフーガはとっても楽しげ。
レーゼルが弾いていたブゾーニ編曲版バッハの「前奏曲とフーガ」のように、明快な打鍵の軽快なノンレガートと屈託のない清明な雰囲気で、とても晴れやか。

最終変奏は徐々に、旋律を構成する音価が短くなって音が増え、最後はトリルで敷き詰められてしまう。
このトリルの大きさがピアニストによってかなり違い、背景的にやや弱い音量で弾くか、旋律と対等に同じ音量で弾くかのどちらか。
レーゼルは後者。トリルが速く鋭いので、旋律よりも強く大きく聴こえる気がする。
トリルの存在感がとても強いけれど、不思議と邪魔にならず、まるで歓喜に満ち溢れているかのよう。
徐々にディミニュエンドして、最後は穏やかに主題の回想。トリルが入った変奏が息づまるような力強さだったので、力がす~と抜けたような心地良いエンディング。

レーゼルは、どちらかというと、楽章中で強弱・緩急の細かい変化をつけて優美な繊細さを出すよりも、テンポやディナーミクの強いコントラストをつけて楽章・変奏間の曲想の違いを明確にしている(と思う)。
そのせいか、構造的な堅固さと安定感があり、優美さが強くなりすぎないような柔と剛のバランスが良い感じ。
第1楽章はしなやかな優美さではなく、シャープな力感が印象に残るし、第2楽章も強い意志が漲っているような力強さ。
第3楽章も叙情性の強い変奏以外は軽快で躍動的。特に最終変奏の力強さと高揚感が素晴らしい。
もともとこの曲のしなやかな優しい雰囲気が好きではなく、力強くポジティブな意志が貫かれているようなレーゼルの演奏を聴いて、これが自分が聴きたかった音楽なのだと、ようやくわかったのでした。



[2012.6.6 追記]

「レコード芸術」(2012年3月号)に、昨年10月のツィクルス最終回となるリサイタル直前のインタビューが掲載されている。
生真面目な人柄だと思っていたレーゼルだけど、結構ユーモア好きの面白い人らしい。
(ドレスデン音楽大学でレーゼルに師事したお弟子さんのピアニスト高橋望さんも「怖そうな顔してますが、意外にジョークが好きな先生です」と言ってます。)

- 振り返ってみて個人的に深い思い入れや愛着を感じる作品はありますか?

「難しい質問ですが(と深い溜め息をつく)、特に深い印象を得たのは作品109(第30番)です。作品111(第32番)は22歳の時に弾きましたし、大曲と呼ばれる多くの作品は若い頃から弾いていましたが、年を追っていろいろなソナタを弾くうちにも多くの発見がありました。そのようにベートーヴェンと向き合ってきたなかで、一番深い印象を残した、また自分が弾いたなかで最も気に入っているのが今回の作品109ですね。・・・・・自分のなかでも非常に深い理解を得ることができたし、同時に演奏も今回の録音シリーズのなかでも特に満足する出来になりました。」

- その理由をもう少し具体的に紐解いてお話いただけますか?

「その日とてもコンディションが良かったのです。それが質問の答えではないことはわかっていますが(笑)。」(これはジョークのつもり?)
「私が特に作品109を好きな理由は最終楽章です。ベートーヴェンが書いたなかでおそらく3番目に長い緩徐楽章で、変奏曲形式をとりますが、シンプルなテーマのヴァリエーションのなかに、ほんとうに豊かな宇宙が凝縮されている。変奏ごとに多様な音楽内容が凝縮されているのが素晴らしく、それがこの曲に私が思い入れを持つ理由の一つです。」

- 最後にあなたが信条としていることがあれば教えてください。

「私は人間を楽しませることを望んだわけではなく、人間を善くしたかったのです。残念ながらこれは私ではなく、ヘンデルの言葉ですが、確かに真実です。」

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