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レーゼル 『ベートーヴェンの真影 ピアノ・ソナタ全集 3 』 ~ ピアノ・ソナタ第21番 「ワルトシュタイン」Op.53
ワルトシュタインは、長らくアラウのスローテンポの演奏を聴き慣れていたので、テンポが速い普通の演奏を聴くと、どうも居心地が悪い。
特に第1楽章のテンポについていけない。この楽章は、最速記録競争でもやっているのかと思えるほどに、どのピアニストもかなり速い。(といっても、Allegroなので、本来速く弾くのが普通だけど)

レーゼルのライブ録音のワルトシュタインのCDを手に入れたので、アラウのスローテンポのワルトシュタインを一時的に記憶から追い出して、速いテンポの演奏ばかりとっかえひっかえ聴いているとすっかり耳も慣れたらしい。
こういう快速ワルトシュタインもやっぱり良いなあ...とすっかり思い直してしまった。

第1楽章の録音時間を調べてみると、グルダ9'26"、ポリーニ9'58"、ゼルキン(ライブ)10'35"、ポミエ10'37"、ケンプ10'55",ギレリス11'07",ブレンデル11'20"(新盤。2度目の全集は10'46")、アラウ11'45" といったところ。
おそらく過去(と未来)のどの演奏よりも最速であろうグルダは、あまりに速過ぎて慌しく落ち着きなく聴こえる。(グルダ自身も、”ある一線を超えて”速すぎたテンポだったと録音しなおすことも考えたほど)
ポリーニの1988年の録音が速さの限界という感じがする。さすがに若い頃のポリーニは、凄く速いけれど、タッチも拍子も何も全く崩れることなく堅牢。
どうも私のテンポ感に合う演奏時間は、10分台半ばから11分くらい。となると、ブレンデルやギレリス、ポミエ。レーゼルのライブ録音も10'39"。
いろいろ聴いた快速テンポのワルトシュタインのなかでも、レーゼルの演奏にはすっかり聴き惚れてしまう。
《月光》の第3楽章や《熱情ソナタ》と同じく、こういう力感豊かでダイナミックな曲は、速いテンポと安定したテクニックで、美しいソノリティと余計な装飾のない演奏が好みにぴったり合うらしい。

ベートーヴェンの真影 ピアノ・ソナタ全集3ベートーヴェンの真影 ピアノ・ソナタ全集3
(2009/12/09)
レーゼル(ペーター)

試聴する
2009年10月、紀尾井ホールのリサイタルのライブ録音。カップリングはピアノ・ソナタ第5番,第16番,第10番。

ピアノ・ソナタ第21番ハ長調《ワルトシュタイン》/ Sonate für Klavier Nr.21 Op.53[ピティナの作品解説]

第1楽章 Satz Allegro con brio
アラウの演奏が、スローテンポでゆっくりと絵巻物を見るような描写的な語り口が優美で女性的だとすると、レーゼルはがっちりと安定した構成感とインテンポで一気に弾き進み、力感とスピード感のある男性的なタッチ。
といっても、力で押していくような一本調子の単調さはなく、硬軟とりまぜたタッチやペダリングで、ソノリティが多彩。弱音の柔らかな(しなしなしていない)優美さも美しく、安定したメカニックとこれだけ音響的に充実した響きのワルトシュタインはそうそう聴けないかも。

レーゼルの音はブレンデルのような煌きのある色彩感はないけれど、木質感のある落ち着いた音色で、どの音も粒立ち良く鳴っている。
若い頃の録音を聴くと、蒸留水のような透明感のあるクールな音色だったけれど、このライブ録音シリーズでは、濁りがなく木質的な暖かみのあるやや丸みのある音色なので、とても心地良く聴こえる。
タッチやペダリングによって、響きに透明感や重層感が出て音響的にいろいろ変化していくので、この速いテンポで一気に弾きこんでいくのに、全然単調さを感じない。
レーゼルはいつも左手側が強めに出てくるので、伴奏部分でも左手側の旋律がリズミカルでよく響いて存在感も強く、重みのある安定感がある。
強拍部分がよく響くせいか、それが繋がっていくとトレモロが拍子を刻むようなキビキビとしたリズム感があったり、上行・下行するアルペジオでは一つの声部として副旋律のように聴こえてきたりする。

全体的に緩徐部分でもそれほどテンポを落とさず、第2主題dolceもタッチは軽やかで柔らかいけれど、しなしなせずに力強い感じ。
90小節くらいから、右手が高音部と低音部の間を移動して旋律を弾くところは、2つの声部が対話しているような感覚。
167小節などで、デクレッシェンドしてフェルマータになる部分は、フェルマータ直前の休符がちょっと長め。肩の力が急にすっと抜けていって一休みして、再び、速いテンポで疾走しはじめていくところが、面白い感覚。
レーゼルのアルペジオの重なる響きは、どの曲を聴いても美しく、細かく音が詰まったパッセージでも粒立ち良い音が滑らかに繋がっていくのが颯爽としていて、聴いていてとても気持ち良い。終盤のコーダも、テンポが上がって、勢い良く滑らかに駆け上がっていく右手の上行スケールが爽快。
こういう一気に駆けぬけるような疾走感と緊張感のあるワルトシュタインを聴くと、気分もすっきり晴れやか。やっぱり良いものです。

ベートーヴェン/"ワルトシュタイン"第一楽章 演奏:ペーター・レーゼル(ピティナ音源配信/CD録音より)




第2楽章 Introduzione. Adagio molto - attacca - Rondo. Allegretto moderato
やや速めのテンポで表現もあっさり。線が太めで落ち着いた音色もあってか、陰翳が薄めで、深く沈潜するという感じはなく、暖かめの明るい色調で穏やかな雰囲気。

第3楽章 Rondo. Allegretto moderato
ppで弾く柔らかい響きと、f,ff,sf の力強いタッチのコントラストが鮮やか。
ロンドの冒頭はやや太めの柔らかい響きがふんわりとまろやか。その上を流れる右手の高音の旋律は、鐘のように優しい響き。
続いてf になると、弾力のあるタッチのフォルテの響きがよく響き、左手がスケールで上行するところのクレッシェンドがダイナミック。
ff で弾く両手の和音の響きは深く重みがあり、アルペジオも滑らかにうねるよううで、力強い打鍵と相まって、重層的な響きの安定感がとても良い。

コーダのPrestissimoは、インテンポでかなり速い。
キビキビと歯切れ良い弾力のあるタッチで、グリッサンドによるオクターブのスケールはとても滑らかなレガートなのに音も粒立ち良く聴こえる。
グリッサンドの弾き方がちょっと面白い。途中で一つだけ四分音符になっているG音のオクターブをアクセントをつけるように強く響いている。それが、後に出てくる和音と繋がって一つの旋律となって、これがリズミカルで気持ちの良い響き。他のピアニストは、このオクターブをこんなに強い音で弾いていないので、レーゼル独特のタッチ。
レーゼルの解釈だと、ベートーヴェンが使っていた時代のピアノとは違って、このグリッサンドを鍵盤の重い現代ピアノでppで弾くのは無理なので、メゾフォルテで弾く方が良いと言っていたし、実際そうしていた。

トリラー部分も速いテンポのまま、トリルが煩くならない程度に一音一音よく響き、ラストはさらに加速して軽やかで厚みのある和音で堂々としたフィナーレ。
過剰・大仰な表現をとらず、かっちり堅固な構造感とほどよい叙情感のある、力感豊かですっきり引き締まったレーゼルらしいワルトシュタインでした。

                         

レーゼルがこのワルトシュタインを弾いていたリサイタルは、NHK-BS放送のクラシック倶楽部でも放映していた。
その録画でレーゼルの演奏姿をみると、上半身のぶれが少なく、手の肘も開かずに、ペダリングもとても静か。体全体の姿勢が安定して、折り目正しい性格が姿勢にも現れているような...。
手の形を見ると、手の甲があまり動かず、指もあまり高く上げず、ややフラット気味の手指の形から打鍵している。
フォルテでも全然力まずに、軽いタッチで弾いている。それで力感・量感のある響きになるのだから、指の力がかなり強いのだろうか。
動きに無駄が無く、余計な力も入っていないので、速いテンポでも打鍵ミスは少ない。
打鍵後に指を上げるスピードが速い上に、低いポジションから打鍵するので、音が明瞭、粒の揃ったレガートになっている。
第3楽章のグリッサンドもほとんど力を入れていないような軽やかさ。それでも、G音のオクターブは深めに打鍵してしっかりアクセントがついているし、なんて滑らかで軽やかな綺麗なグリッサンドなんでしょう。
こういうタッチだからこの演奏が可能になるのかと、すっかり納得。

アンコールに1曲だけ弾いたのは、同じくベートーヴェンの「7つのバガテル作品33」の第2曲。
拍手が延々と続くので”しようがないなあ~、じゃあ1曲だけ”みたいに首をちょっと振る仕草をして、ピアノの前にさっと座った姿がちょっとユーモラス。
初期のパガテルはブレンデルのPhilips盤で聴いたのに、あまり記憶に残っていない。
レーゼルが弾いたバガテルはリズムが面白くて、とてもチャーミング。他のバガテルも聴いてみたいなあと思わせてくれたアンコールでした。

[2012.6.5 追記]
このCDのワルトシュタインを聴いていると、NHKのリサイタル中継録画の演奏とどうも違う気がするので、演奏時間をチェックしてみた。

NHK録画:第1楽章10:26 第2楽章3:35 第3楽章9:28
CD 録音:第1楽章10:39 第2楽章3:38 第3楽章9:38

演奏時間からみると、明らかに同じ演奏ではないので、「全てのコンサートを録音し、更にセッション録音を加え、レーゼルの“今”を最高のかたちでCD化するプロジェクト」というコンセプト通り、CDは前日のセッション録音を収録したか、それともリサイタルのライブ録音を一部編集したのではないかと。

CDの演奏だと、第1楽章の冒頭がやや遅い感じがするし、実際、NHKのリサイタル録画の方が演奏時間が短いので、ややテンポが速く、軽快で歯切れ良く強く感じる。
これは録音音質の影響もあって、CDの音質が残響がやや長めで時々響きがあまり明瞭でないのとは反対に、NHKのリサイタル録画の音質は残響が短めで音の輪郭がくっきりとしているので、全体的にすっきり引き締まって聴こえる。

NHKのリサイタル録画だと、ほんの小さなミスタッチが時々あるので、キズが少ない方をCDに残したのかもしれない。でも、両方の演奏とも、同じところでミスタッチが残っているし、編集したのかな?
実際のところ、CDの音源がどれなのか確たることはわからないし、これはレーベルに問い合わせても回答してくれないでしょう。


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Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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