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ポール・ジェイコブス 『Busoni ;the Legendary Recording』 (2) バッハ=ブゾーニ編曲/10のコラール前奏曲
米国人ピアニストのポール・ジェイコブスのディスコグラフィで有名なのは現代曲。
シェーンベルク、ドビュッシー(映像、版画、練習曲全巻)、それにブゾーニの評価が高い。
確かにドビュッシーとブゾーニは素晴らしく良くて、この曲で聴いたなかでは多分個人的なベストか同じくらい。
ジェイコブス自身、亡くなる前の最後のインタビュの一つで、「私はブゾーニの幻想的なハーモニー感覚に完全に惹きこまれています。それに、私が絶対に独自的だと思うような感情的な広がり(emotional range)があります。ブゾーニが過小評価されている偉大な20世紀の巨匠だということは、全く疑う余地がありません。」と、ブゾーニに傾倒していた。

Busoni;the Legendary RecordingBusoni;the Legendary Recording
(2000/07/24)
Paul Jacobs

試聴ファイル(allmusic.com)
CDのブックレットに載っている作品解説はジェイコブス自ら書いたもの(たぶんLPの転載)。13頁に渡る長文で英語のみ。
3ヶ国語で書かれている最近のブックレットの解説は内容が薄いけれど、米国のマイナーレーベルだと英文しか載せていないし、稀少曲の録音も多いので、作品解説が充実していることが多い。
ジャケットのポートレイトはジェイコブス自身がとても気に入っていたもの。

<収録曲>
 -ブゾーニ:多声演奏の訓練のための6つの小品
 -ストラヴィンスキー:4つの練習曲
 -バルトーク:3つの練習曲
 -メシアン:4つのリズムの練習曲
 -ブゾーニ:6つのソナチネ
 -バッハ=ブゾーニ編曲:10のコラール前奏曲集
 -ブラームス=ブゾーニ編曲:コラール前奏曲Op.122(6曲)

『Busoni;the Legendary Recording』というアルバムタイトルの通り、ブゾーニはどれも素晴らしく、初めて聴いた練習曲とソナチネ集も予備知識なしでも、昔から良く知っている曲のようにすんなりと入ってくる。
同じく初めて聴いたストラヴィンスキー、バルトーク、メシアンも、曲自体が魅力的。
異聴盤は聴いたことがなくても、ジェイコブスのピアノの多彩な音色にシャープなリズム感、和声の響きが美しく、安定した技巧と高い造形力で極めて明晰な演奏。練習曲と言っても単調さはなく、どれも音楽的で、ストラヴィンスキーの《Vivo》なんて本当に面白い。
20世紀のピアノ作品を集めたアルバムとしては、バッハ=ブゾーニ以外は録音が多くない曲なので、選曲がとてもユニーク。

ブゾーニのオリジナル曲を聴くと、古典・ロマン・現代の音楽的センスがブレンドされたような感覚がするのは、20世紀に入ってブゾーニの晩年に書かれたものが多いから。
《バッハのコラール”幸なるかな”による即興曲》のように調性が曖昧になっている曲もあるし、独特の和声感覚が不可思議な浮遊感と、ドライでウェットな独特の叙情感を感じさせる。
シャコンヌやトッカータ、バッハのコラールのような編曲とは違うブゾーニらしさは、オリジナル曲でよくわかるような気がする。
時に、初期に書いた(とても好きな)ヴァイオリンソナタ第2番で使われているリズムや和声も出てきたりして、ああやっぱりブゾーニの曲なんだなあとわかる。

ジェイコブスのブゾーニはどれも気に入ったけれど、聴きやすいのはやはり編曲版のコラール前奏曲。
バッハとブラームスの編曲があり、ブラームスについてはこの前書いたので、今回はバッハ。

                           

ブゾーニの《10のコラール前奏曲 KiV B27》は、バッハのコラール前奏曲9曲をピアノ独奏用に編曲したもの。
1曲だけ2つのバージョンに編曲しているので、全部で10曲になる。
ブゾーニのコラール前奏曲の録音は多いけれど、たいてい抜粋して弾かれているので、全曲通しで聴いたことがない。全曲録音も多くはない。
曲順は原曲の作品番号順ではなくて、10曲が一つの流れになるように配置されている(ように思える)。
明るいオープニングで始まり、明(動)と暗(静)がだいたい交互に並び、最後は躍動感のある第8曲に続いて、穏やかで内省的な第9曲で終る。

Bach-Busoni/10 Chorale Preludes, BV B 27 (楽譜ダウンロード)(IMSLP)


ジェイコブスが弾く前奏曲は、バッハ弾きのようにアーティキュレーションに凝ったものではなくても、歌うような旋律の流れは内面から自然に湧いてくるようで、よく評されているとおり”spontaneous”。
特に声部の弾き分けが鮮やか。カラフルな色彩感のある音色で違いを出すのではなく、響きの厚みの違いと硬軟のコントラストで、声部がくっきり分離して聴こえる。
低音部はもやがかかったような篭もり気味の音色で、木質感のある丸く柔らかな響きとフェルトのようなやや厚みのある重層感。オルガンで聴く響きとちょっと似ている。
その上を流れる主旋律と副旋律はやや硬質でクリアな音質で、レガートに旋律を歌わせてとてもしなやか。
声部がそれぞれ”songful”なので、まるで2人か3人で弾いているというか歌っているというか、重奏ならぬ重唱のような趣き。
音楽に生気と深い感情移入を感じるけれど、コンテンポラリーがメインのレパートリーというほどに現代的な感性があるせいか、ロマン派的感傷や情緒的なウェットなところが全くないのが良いところ。


第1曲 ”来れ、作り主にして、精霊なる神よ”/Komm, Gott Schopfer, Heiliger Geis. BWV 667
オープニングの曲らしく、明るく開放感に満ちたコラール。
ジェイコブスの柔らかさのあるタッチと美しい和声の響きがとてもよく似合っている。

第2曲 ”目覚めよ、と我らに呼ばわる物見らの声”/Wachet auf, ruft uns die Stimme. BWV 645
バッハのコラール前奏曲の中でも有名な曲。明るい雰囲気でクリスマスの頃になるとよく演奏されている。
ジェイコブスはわりと速めのテンポでとても軽やか。トリルや装飾音はとてもシンプルでさりげなく。
柔らかなタッチとしなやかで優しげな旋律の流れがとても心地良くて、このコラール前奏曲中の中でも一番好きな演奏。
特に3声の歌わせ方がそれぞれ違っていて、3人が重唱しているみたい。
伴奏とはいえ低音部が軽やかなタッチでニュアンス豊か。フェルトのような柔らかく厚みのある響きは、パイプオルガン(のペダル鍵盤?)の響きに近く感じる。
声部の分離と弾き分けが、バッハ弾きとも、そうでないピアニストとも違っている気がするのは、彼がチェンバロ奏者でもあるからなのかも。

Bach / Busoni / Paul Jacobs, 1979: Wachet auf, ruft uns die Stimme



第3曲 ”いざ来れ、異教徒の救い主よ”/Nun komm' der Heiden Heiland. BWV 659
これも有名なコラール。ジェイコブスはテンポが細かく変化し、主旋律は悲愴感を帯びて、強い感情移入を感じささせる。
柔らかい音色で静けさに満ちた副旋律とは対照的に、高音で弾かれる主旋律は強めのタッチとクリアな響きでくっきりと浮かび上がり、タイトルどおり切々とした祈りの声のように聴こえてくる。

Bach / Busoni / Paul Jacobs, 1979: Nun komm' der Heiden Heiland



第4曲 ”今ぞ喜べ、愛するキリスト者の仲間たち”/Nun freut euch, lieben Christen. BWV 734
これはソコロフの演奏がベストだと思っていたけれど、声部ごとの表情の違いと歌わせ方はジェイコブスの方が多彩で、とても面白い。
ソコロフの場合はすこぶる速いテンポと切れの良いタッチで、どちらかというとメカニカルな面白さが強い。持続音の響きがとてもくっきり明瞭。
ソロコフの方がメカニックは切れ良く安定しているけれど、ジャイコブスは声部ごとのニュアンスが豊か。特に左手の旋律はアクセントがよく効いてとてもリズミカル。こんな風に弾く人は少ないかも。

Bach / Busoni / Paul Jacobs, 1979: Nun freut euch, lieben Christen, BWV 734



第5曲 ”主イエス・キリスト、我汝を呼ぶ”/Ich ruf' zu dir. BWV 639
この曲も第3曲 ”いざ来れ、異教徒の救い主よ”と同じく、深い叙情感が漂う演奏。
表現は大仰ではないけれど、旋律には呼吸するように細かな抑揚やタメが入っているのに、それでも音楽の流れがは滑らか。直観的に内面から湧き出ているような自然な情感を感じさせる。

第6曲 ”朱なる神、いざ天の扉を開きたまえ”/Herr Gott, nun schleuß den Himmel auf. BWV 617
疾走感のある速いテンポと重厚な和声が、とても華麗でドラマティック。
こういう速いパッセージと音の詰まった和声の曲をオルガンで弾くとどう聴こえるだろう...と思って、オルガン原曲を効いてみると、テンポがかなり遅いのと、和声の響きがあまり重なっていないので、随分雰囲気が違う。
やっぱりブゾーニ編曲はかなりロマンティックなのだと、原曲を聴いて実感。

第7曲a ”アダムの罪によりてすべて損なわれぬ”/Durch Adams Fall ist ganz verdebt. BWV 637
第7曲b ”アダムの罪によりてすべて損なわれぬ”/Durch Adams Fall ist ganz verdebt. BWV 637


第8曲 ”汝のうちに喜びあり”/In dir ist Freude BWV. 615
これは第1曲のように明るくて華やかな曲。
重音主体なので、スタッカート的なノンレガートが軽やか。
この曲では、左低音部が太めの力強い響きがよく効き、弾力があってリズミカル。
生き生きとした躍動感と喜びが溢れる出るような雰囲気が、ジェイコブスらしいところ。

第9曲 ”我らが救い主、イエス・キリスト”/Jesus Christus, unser Heiland. BWV 665
内省的な静けさが漂っているけれど、第3曲や第5曲のような悲愴感は強くなく、淡々としたなかに。どこかしら光明が見えているような穏やかさを感じる。
ジェイコブスは、この曲では強い感情移入をこめた弾き方ではなく、ほぼインテンポで、粘りのあるタッチは使わず、しなやかで流麗なレガート。


このブゾーニ編曲版とケンプ編曲版を比較した面白い作品解説が<Database of Transcriptions, Paraphrases for piano solo and my commentary>というサイトの”Bach-Busoni, Bach-Kempff / "Orgel-Choralvorspiele"”
いわゆるバッハ弾きと言われるピアニストは、ケンプ版を弾く人が多い気がするけれど、実際、どちらの編曲版がよく弾かれているのでしょう?

<関連記事>
ポール・ジェイコブス~ブラームス=ブゾーニ/11のコラール前奏曲(ピアノ独奏編曲版)

ブゾーニ/バッハのコラール《幸なるかな》による即興曲(2台のピアノのための)

ツィンマーマン&パーチェ~ブゾーニ/ヴァイオリンソナタ第2番



tag : ブゾーニ バッハ ジェイコブス

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クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
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