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ジャンケレヴィッチ著『ドビュッシー 生と死の音楽』 ~ 1.衰退 【読書メモ】
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読書メモ(要点抜粋)
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1 衰退
屈地性
ドビュッシーの下降線は、無限の彼方にある地点、絶対下よりもっと低く、非在すらも越えてしまう地点を目指している。
ドビュッシーの旋律線の特徴をなす傾きは、下向きの傾斜として譜表上に現れている(フォーレの特徴が上向きの浮上であるのとは正反対)
晩年の作品では、旋律線が描くアラベスクは、ザラザラした半音階にすっかりおおわれ、苦しげにきしんだ音をたてる。

海の深さ、波と噴水、雨
ドビュッシーの音楽はつねにセイレンや妖精オンディーヌの声に耳を傾けてきた。男たちを死の深みへと惹きつけるのは、川や湖の誘惑の化身ルサルカなのだから。彼女は魔女の歌を歌い、遭難した人々を海の底へ引きずりこむ。
海底の深さが、いかなるエネルギーもゼロになる<絶対下>であるのなら、海そのものは、何よりもまず廃墟の場、もしくはミシュレの言うように、解体を企てる場。ドビュッシーの音楽が暗示しているのは、物質の風化と崩壊。
窓ガラスに、屋根にあたる雨足のとは、何よりもドビュッシー的なものだ。雨とは水の要素が水滴となって、無数にならんで空間を落ちていくものだからである。それはデモクリトスの空間を移動する原子同様に単調な落下だ。
「・・・水滴がクラブサン音楽風に、ホ短調で規則正しく、容赦なく舞い落ちてくる」と、ドメル・ディニエ夫人が《雨の庭》について語っている。

グリザユと霧、二度について、連打される音
ドビュッシー的風景に特有の色は冬の白さではなく、むしろ秋の灰色の景色であろう。大洋の景色、砂と灰の色をした景色、また霞と憂いに満ちた風景である。
ドビュッシーは対照性の際立った、彫の深いくっきりとした風景画を求めたりはしない。パレット上で多色配合をすることではなく、無限小の段階にまでニュアンスを分ける。

二度はもっとも調和しない響き。この不協和音は隣り合う音をトゲトゲしく震わせる。
各々の手でピアノの白鍵と黒鍵を弾くと、<霧>の和声、灰色の和音が得られることになる。
短二度の向うにはただ一つの音があるだけだ。音程が狭くなり、単一の音、点としての音へ解消されるとき、それは和声解体の最終段階である。....ゼロの地点、深みの絶頂点、いかなる傾斜もなくなる深淵の頂き、天底に到達した旋律は、音階の同度上に並んだ単一音へ解体されるのだ。繰り返し音は、その場ではね回り、弦上の弓のように自分自身の上でバウンドし、そして最後には沈黙の中へ消えていく。.トレモロはもはや同一音の繰り返しでしかない。

阻止された生成、淀む水
反復音は崩壊の最終段階だけでなく、生成の停止をも表している。
解決のない属7や属9の完全和音の連続は、この凝固状態の兆候である。そこでは時間が止まり、風化するのだから。結局、あらゆる活力が衰え、下への傾きをつくっていた持続の前進的なリズムが弛緩するからだ。

ドビュッシーの生成は、どこにも通じて折らず、その終わりにはただ<無名の墓>があるだけだ。したがってこの生成は、袋小路、出口のない道、閉ざされた、いわば終末的な時間である。
ドビュッシーは、むしろ重い水、淀んだ水、動かない水......の音楽家。どこかへ行く水の流れ、小舟を運ぶ川、流れ進んで他の場所へ通じるものには関心がなく、水盤の同じ場所へふたたび落ちてくる噴水を眺めながらうっとりと夢見心地になるのだろう。
淀んでいるのは水の音楽だけでなく、ある意味では、ドビュッシーの音楽全体が、妙に静的で静止しているように見える。

運動:旋回について
ドビュッシーの音楽が、運動の精によって活気付くようにみえるときでさえ、その動きには停滞感がある。
ドビュッシーの旋律は、内側に曲がって、球状や、螺旋状になる。

ピアノのための「映像」の《運動》について:
真の動きではなく、回転木馬のような、その場を動かない運動である。
文字通り動かないものへの<無窮動>。《雪の上の足跡》と同じく、どこからどこへ行くのでもないこの《運動》は、出発点も目的地もない。動くと同時に静止した運動とは周期運動にほかならない。


前奏曲、さえぎられたセレナーデ
ドビュッシーにとって、一つの音楽的<思すい>とは、進歩しないもの、つまり始めと同様、中間になっても<前進>しないものである。
ドビュッシーは、感情の盛り上がりや表現の誇張には見向きもしない。ト短調のヴァイオリンとピアノのための《ソナタ》の人を陶然とさせるテーマは、展開への限りない可能性を含んでいるからこそ魅惑的であるのだが、ドビュッシーは意識的にそれを利用しようとはしない。彼の表現の簡素さには類がないだろう。

<静止状態>と論理的展開への嫌悪が特別な形で現れている。始まりが絶えず繰り返され、けっして後が続かない、展開への序文でもある《前奏曲》は、前口上であり続ける。
《前奏曲》とは、序文で永久に動かなくなった音楽だ。それは本題への果てしない前文であるから、本題が始めることはない。
《前奏曲》では、生まれたばかりの感情の流れがそっけなく寸断されることがよくある。
ドビュッシーの前奏曲は、それ自体がこの瞬間である。シューベルトやラフマニノフの《楽興の時》でいわれるロマン的、気分的な意味での<時>ではなく、瞬間なのだ。一時のうちの瞬間。ドビュッシーの24の前奏曲は、24枚のスナップ。完全に不動の24の光景、<全存在>の24枚の映像を固定したものである。各前奏曲は、事物の普遍的な生の一瞬を、世界の歴史の一時を不動化する。この普遍的な生はここで縦割りにされる。つまいその生は、いかなる生成からもいかなる連続からもはずれ、一切の前後関係をもたない永遠の現在のうちに留められるのだ。瞬間と永遠を合わせ持つこれらの映像は、<束の間の幻影>が入り混ざるつづれ織りを形作る。

《前奏曲》《版画》《映像》のいずれにおいても、世界の歴史は、瞬間的なひらめきの中で、束の間の出会いの一回性の中で捉えられる。しかしこの束の間が、ドビュッシーにおいては、永遠の<現在>になるのだ。そこにあるのは、もっとも虚しい事象、つまり枯葉、霧、ヒースだけであり、またもっとも無意味な雑報、つまり水に映る影、葉ずえを渡る鐘、広大な荒野を吹き抜ける風、雨の庭、窓ガラスの向うで踊る雪だけである。他にはまったく何も起こらない。舞い舞う白い蝶と変哲のない歌を歌う以外には。

ドビュッシーにおいては、過去そのものが、現在の裂け目から再現する。それもロマン主義者たちに見られるように夢という永続的な形をとるのではなく、プルーストやヴェルレーヌにおけるように瞬間的な閃光や稲妻によって現れるのだ。


正午の瞬間
前奏曲に縮約された世界の不動性は、一日の真ん中で頂点に達し、その時こをあらゆる可能性が現実態となる。正午とは、長い午後への先がけとなる静止した時間だ、
ドビュッシーの音楽は、瀬戸際で遅れがちになり、未決定の時間を引き延ばす。すべてを断ち切る決定的瞬間の間際で、一歩手前の瞬間が、一時停止のままになっている。
正午とは存在がその歩みの絶頂に達し、いままさに反対斜面を降りようとする時である。
だから、ドビュッシーの正午は、すでに黄昏の翳りの方へ傾いている。この太陽は、ボードレールにおけるように、衰えてもう瀕死状態の太陽である。


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tag : ジャンケレヴィッチ ドビュッシー 伝記・評論

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クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
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