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ジャンケレヴィッチ著『ドビュッシー 生と死の音楽』 ~ 2.実在 【読書メモ】
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読書メモ(要点抜粋)
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2 実在
光と高さ(ドビュッシーの秋の詩とは違った側面について)

《グラナダの夕暮れ》《アナカプリの丘》《デルフォイの舞姫》《パゴダ》《イベリア》は、大洋の風景画ではない。これは東洋の、あるいは真昼の地中海の景色、光に燃え立ち、目も眩む光線に焼かれた風景だ。単色ノグリザユのあとには眩い光がある。
ドビュッシーの豊かな嬰音への好みは、光に対する意欲の現れである。

《金色の魚》でも嬰へ長調がきらめいて光の束を投げかける。《パゴダ》も黒鍵を駆使し、《そして月は廃寺に落ちる》でも経過的に豊かな嬰音が現れる。《グラナダの夕暮れ》はとくにあらゆる調性、光、香りの校訂本のようなものだ。
《喜びの島》は、熱の篭もった甲高いイ長調のギラギラした率直な光に照らされている。

ドビュッシーにおいては、夜そのものが光るのだ。
《イベリア》の夜の音楽である《夜の香り》と《月の光がそそくテラス》では6個の嬰音が、星をちりばめた闇の中でサファイヤのようにキラキラと輝いたり、また、「高い枝枝が成す薄明かりのもと」で無数の眼差しのような嬰音が燐光を放つ。

ドビュッシーの音楽:下方領域、地底の深淵、あるいは海底の深淵。残りの半分の上方領域の大気空間。
ドビュッシーのピアニズムではピアノの澄んだ高音域が使われる。

空間と遠景
遠景の効果は、特にドビュッシーの大得意な魔法である。ムスルグスキーとアルベニスは別として、彼ほど広がりや広大な空の印象を与えてくれる音楽家は、おそらくいないだろう。生物、大気現象、鉱物をあのように同時共存させることができるのは、宇宙的な偏在感覚に加えて、遠近法の視点があるからなのだ。早足で通りすぎて東西南北を結びつける風、荒野の風に運ばれた物音は、無限の彼方からやって来て、また無限の彼方へ去っていく。ドビュッシーの空間を満たす物音は、近づき、遠ざかる。現前から見えないところへ去り、ついにはもとの沈黙の底へ消えていく。

ドビュッシー固有のものは、何と言っても偏在性に対するある種の直観であろう。並はずれて鋭敏な感覚の持ち主である彼は、全世界の多様な存在を同時に感じ取れる。つまりそこに居ないすべての存在と、こうした不在が居るはずの無数の<他所>の潜在的な存在を感知できるのだ。
天、地、海の生き物が....大気という無限の広がりを通り抜けて、自分たちの運命のままに、奇妙にもお互いに脈絡なく存在しているのだ。
空間とは散在する全ての存在の運命が共存する場ではないか?


客観性
ドビュッシーのなかにある感覚信仰や自然の存在への愛着が、ショソンを代表とする苦む主観性や内省的意識への治療薬として作用する。ドビュッシーは果てしなく反芻される内省や孤独な独白、また唯我論に陥ったりはしない。
彼にとって、風景は心の状態ではない。風景は風景だ。

ドビュッシーが前奏曲と呼ぶ典型的な、静止した絵のような映像は、いかなる心情の吐露とも違って、つねに非個人的、客観的性格を持っている。
音楽によって浮かびあがった、幻覚を誘うこうした映像のどこかにドビュッシー個人がいるのだろうか?個人としてのドビュッシーその人は、陶然となって、夜と、光と、真昼の光と、真夜中の闇と一体化する。金色の魚、フェルトの象、道化役者の体長にと次々と姿を変える。
このように主体が客体の中へ埋没すること、<写実主義>と呼ぶのがふさわしいだろう。

直接性、物自体
ドビュッシーの客観性は、少なくとも一見したところ無媒介の客観性である。彼にとって現実の喚起とは、主観を通して現実を置き換えることではないし、まして感じられた与件に関する説明付きの省察でもない。彼の音楽においては、全存在のどんな卑小な物音でもほとんど直接に、つまり象徴的な置き換えなしに伝わってくる。
最初に与えられたものが、いかなる第2次的な構築よりも優先する。ピアノのための《映像》第4曲では、たしかに<葉ずえを通して>鐘の音が感知されるが、音楽的なざわめきを濾過するのは物自体なのだ。湿った葉が鐘の響きを蒸発させ、<虹色に輝く水蒸気>に変えて行く。

ドビュッシーも......音楽は髪のためではなく、耳のためにつくられるものであると断言している。それは抽象的な図形ではなく、聴かれる実体なのだ。
彼が目指そうとするのは、美化するための距離を置かない粗野な真実、媒概念のない、お上品ぶった理想化のない生の真実であるからだ。
ドビュッシーの音楽は、鳥の歌や泉の湧き出る音をそのまま語ることになる。すなわち様式化は最小限に止められるわけだ。

24の前奏曲を終らせるのは、勝利でも輝かしい栄誉でも気取った行列でもなく、現実に国の祝日で聴かれる本物の騒音である。
概して、《前奏曲》は、ヒース、水上の帆、枯葉、打ち上げ花火、風、霧といった物、自然現象、事象をテーマとしている。しかしときには《交代する三度》に見られるように、三度音程という上品で気取った抽象的な対象を使って、両手が鍵盤上で曲芸をすることもある。
《前奏曲》がたまたま生き物の姿を喚起するとしても、それは、パック、水の精、亜麻色の髪の乙女、ラヴィーヌ将軍といった非現実な、この世にいない存在である。これは現実感の欠如ではなく、むしろ無名の事物への好みをあらわしている。これらの人物は誰でもない。事物が物理的にそこにあるだけだ。
《雪の上の足跡》では、この足跡を残した人間、無名の通行人、匿名の人はどこにいるのか?そこにいない人によって雪の中に残された痕跡とは、過ぎ去った過去の証しにすぎない。この人は存在しないに等しい。《運動》もやはり、動くものが何もない運動そのもの、動く主体のない運動だ。
ドビュッシーの作品は、全体として、このようにいかなる主観性からも超脱しているところがある。ドビュッシーが描く<子供らしさ>は、ラヴェルやサティの場合にも似て、奇妙にも物に動じない、うわべは泰然自若とした様子を見せている。

子供や動物と同じく女性も、この無邪気な世界では単なるものとしての形をとることがある。


点描画法、不連続と形式
ドビュッシーには、トルストイにも見られる分析的明晰さのようなものがある。トルストイは、蟻、テントウ虫、そのほかの虫たちが草原を見るように低いところから、上からではなく下から生を見ることを勧めている。
この音楽は、.....偏在する生命の無限小の細部が強烈な照明によってクローズ・アップされ、超好感度の精緻な筆致が、ピアニッシモで無数のささやきを分析してみせる。
ひしめく光と物音は、ドビュッシーにおいて見事に表現されている。常軌を逸した音が、濃霧の中からたち現れて点々と光ることがある。

ドビュッシーは神秘的ではあるが、彼の神秘は輝かしく、鮮明である。神秘的でありながら繊細を極めている。このくっきりした神秘は、ロマン主義の曖昧で霧深い夜の神秘とは正反対である。
ドビュッシーの音楽をすべて、暈し、擦筆画、なんとなく物憂いの気分の美学に管弦したり、ドビュッシーの中に解けて朧に霞むものだけを考慮して、シニャックやスーラにも似た<点描画法>を認めないとすれば、ドビュッシーの真実の反面を無視することになるだろう。
ドビュッシーには、曖昧さを拒否し、いかなる混乱とも正反対の<持続の弁証法>がある。


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tag : ジャンケレヴィッチ ドビュッシー 伝記・評論

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クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
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