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オリヴァー・サックス著『音楽嗜好症』 ~ 「音楽と記憶喪失」
オリヴァー・サックスの『妻と帽子をまちがえた男』の「ただよう船乗り」のジミーと同じく、記憶が短時間しか保持できない症例が『音楽嗜好症』の「音楽と記憶喪失」のグライヴ・ウェアリング。
グライヴの症例は、BBC News Magazineのウェブサイトの記事"How can musicians keep playing despite amnesia?"(21/11/2011)でも紹介されている。
また、妻デヴォラの著書も『七秒しか記憶がもたない男 脳損傷から奇跡の回復を遂げるまで』というタイトルで翻訳されている。

ジミーの記憶は30秒くらいは持続していたが、グライヴは妻デボラの著書のタイトルのように「7秒しか記憶がもたない」。
クライヴはヘルペス脳炎にかかり、脳の記憶にかかわる部位が感染症に侵されたため、記憶が数秒で消えていき、新しい出来事や経験がほぼ瞬時に消滅する。
さらに、深刻な逆行性健忘症にもかかっていたため、過去の記憶のかなりの部分が消し去られていった。

医学的解説という点では、ジミーに関しては、主にコルサコフ症候群などの記憶障害の原因やその症状に関するもの。
クライヴについては、エピソード記憶と手続き記憶の仕組みと違い、音楽と記憶との関係など、記憶のメカニズムに関するものが主体。
クライヴの場合、記憶障害によっても、音楽に関する記憶が失われていないのは驚異的であり、サックスでなくとも、その理由を知りたいと思えてくる。

音楽嗜好症(ミュージコフィリア)- 脳神経科医と音楽に憑かれた人々音楽嗜好症(ミュージコフィリア)- 脳神経科医と音楽に憑かれた人々
(2010/07)
オリヴァー サックス

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『妻と帽子をまちがえた男』で紹介されたもう一つの記憶喪失の患者トンプソンの場合は、よどみない作り話を絶えず話し続けていたが、現実の出来事に対する理解は全くなかった。
それは、「一瞬一瞬で記憶が、そして経験が奪われてしまうときに、物語のような一種の連続性を維持するための戦略であり、必死の-無意識でほとんど反射的な-努力」だった。

クライブのようなほんの短い時間枠のなかでは、思考そのものが不可能だった。クライブは深いうつ状態に陥った。
「以前の人生は終わり、自分はどうしようもない障害を抱えて、残りの人生を施設で過ごすことになるのだと、ふと思い当たったからだ-突然、強烈に、一瞬だけ思って、すぐに忘れてしまうとしても。」とサックスは書いている。

回復の見込みがないまま、6年半を慢性精神病棟で過ごした後、脳損傷患者のための田舎の小さな居住施設に移った。
これは病院よりもはるかに居心地が良い施設だったので、徐々に「会話」できるようになっていった。
クライヴの「会話」は饒舌になっていたが、それは、会話を続けなくてはいけないという強迫観念に近いものだった。
もし会話が途切れると、「底知れない深い穴の上の小さな台」でバランスをとっているクライヴは、その深い穴にのみ込まれてしまうからだ。

クライブの一般的知識-意味記憶も、エピソード記憶ほど壊滅的ではないとしても、かなり損傷していた。
意味記憶はエピソード記憶が伴わないと実際には役に立たない。
しかし、自分が知っている話題にこだわり、次から次へ思考を移すことで、ある種の継続性を確保し、意識と注意の糸を切らさないようにしていた。
その思考を全体的につなげているのが表面的な連想なので、危うい状態ではあったが、この饒舌のおかげで、人との会話の世界に戻ることができた。

クライヴにとって非常に重要な現実が2つ存在していた。一つはデボラ、もう一つは音楽。
デボラとの過去の出会いから結婚後の生活の思い出全てが消滅してはいたが、他の誰も一貫して認識することはできないのに、デボラが自分の妻だと認識し、彼女がいると安心する。
記憶にはさまざまな種類があるが、感情的な記憶はとりわけ深遠で、記憶がなくても強い感情的な結びつきは育っていくという。
デボラの存在と彼への愛情があったからこそ、発病してから20数年間、少なくとも断続的には人生が耐えられるものになった。


もう一つの「奇跡」は、彼の音楽的能力がまったく損なわれていないことだった。
クライヴはイギリスの著名な音楽家で音楽学者で、記憶を失う前に現代音楽を演奏するロンドン・シンフォニエッタの合唱指揮者もしていた。
発病後1年くらいのとき、クライヴはなじみの合唱団を指揮したときのこと。記憶喪失によって苦悩に満ちていた表情は消え、曲を完璧に記憶し、その構成と展開を理解し、特別な指揮技術を使って、プロらしい、彼独自のスタイルを失っていなかったた。
また、サックスがクライヴの自宅を訪れたとき、サックスの求めに応じて、バッハの『平均律クラヴィーア曲集第2巻』の第9番を弾き始めた。この曲は覚えていないといっていたクライヴは、弾きながら「これは覚えている」といい、途中で即興を挟んだりすることもできた。

「クライヴは目の前で起こっている出来事や体験を記憶できない上に、脳炎より前の出来事や体験の記憶をほとんど失っている。それなのに、どうして、音楽についての驚異的な知識を失わず、初見での譜面を理解し、病気になる前と同じように見事にピアノやオルガンを弾いたり、歌ったり、合唱段を指揮したりする能力を持ち続けているのだろうか。」

神経学者ラリー・スクワイアの研究で、記憶には2つの全く別種の記憶-意識に上る事象の記憶(エピソード記憶)と意識されない手続きの記憶-が存在し、手続き記憶は記憶喪失では損なわれないことがわかった。
日常生活で行う様々な行為-髭をそる、シャワーを浴びる、ダンスをする、複数の言葉で流暢に読み書きができる、計算もする、コーヒーを淹れる道具を使える、家の周りの道もわかるといったことは、どうやってやるのか説明できなくとも、実際にできてしまう。

ここで、サックスが疑問に感じたのは、クライヴの見事な演奏と歌、巨匠の名にふさわしい指揮、即興演奏の能力には、知性と感情がしみこんでいて、音楽の構造だけでなく作曲家のスタイルや考え方に対する繊細な同調が感じられるのに、単なる「スキル」や「手続き」とみなしていいのだろうか、ということ。
エピソード記憶と顕在記憶は、子供時代の比較的遅い時期に発達し、海馬と側頭葉の組織が関わる複雑な脳システムに依存していて、クライヴのような深刻な記憶障害者ではそのシステムが損傷している。
一方、手続き記憶や潜在記憶は、脳のもっと広い未発達な部位-基底核や小脳のような大脳皮質下の組織、その組織同士の接続、大脳皮質との接続-が関わっており、このシステムの規模と耐用性が、手続き記憶の強さを保証している。海馬と内側側頭葉の構造が広範囲に損なわれていても、手続き記憶は概ね無傷で残る傾向がある。

エピソード記憶は、特定の出来事(たいていは珍しい出来事)の認知に依存しており、その記憶内容は人によって異なり、記憶を呼び起こすたびに修正・整理しなおされる傾向がある。
手続き記憶は、事実に忠実で、正確で、再現できることが重要であり、繰り返しと練習、タイミングと順序が絶対不可欠である。
練習によって意識的に獲得したものが、大脳皮質下のレベルで運動パターンにコード化され、無意識的になったとしても、演奏自体は機械的なものではなく、新鮮で生き生きとした創造的なものである。
クライヴが演奏を始めると「勢い」に乗って彼が進み、曲も進んでいく。この演奏する存在モード、演奏する自己は、記憶障害に冒されていない。

「クライヴが音楽を歌い、演奏し、指揮することができるのは、音楽の記憶がごく普通の意味の記憶ではないからだ。音楽を思い出す、聴く、奏でることは、完全に今現在にある。」
「メロディを聞くとは聞く、聴こえた、聞こうとしている、の全てが同時に起こることだ」(ヴィクトル・ツカーカンドル『音とシンボル』)


(2011/12/29 Reviesed)

tag : オリヴァー・サックス 伝記・評論

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手続き記憶
Yoshimiさん、今晩は。

サバン症候群に続いて、コルサコフ症候群。
エピソード記憶と手続き記憶。
人の脳の中で起きる現象には、まだまだ解明すべきことが沢山ありますね。
物質の世界ではもう当たり前の様応用されている量子効果ですが、最近は動物の中でもその量子効果が働いているとかいう説もあるようです。

それはそれとして、音楽ってどのようにして記憶されるのか、音階、音程、テンポ、音の種類、それぞれが同時進行、重ね合わせの記憶。まるで量子にそっくり。でも音楽を聞いた時の印象は人それぞれ。まだまだ興味は就きません。
そんな思いを抱きました。
音楽と脳
アメーバの友さん、こんばんは。

音楽と脳に関する専門書はいろいろ出てますが、コンパクトにまとまっているのが『音楽の感動を科学する』 。要旨はメモしているので、記録がわりに記事でも書こうかと思ってます。
『音楽好きな脳』という本の方が中身が充実して面白そうですので、そのうち読むかもしれません。

人間の脳は、宇宙や深海とともに、謎の多いフロンティアですね。
宇宙と同じくらいに、人間の脳のメカニズムは不可思議で神秘的なので、100年たっても解明できていることはわずかなのかもしれません。
そういえば、大学の心理学概論で、"情動"についてはほとんど研究が進んでいない分野だと先生が言われていたことを思い出しました。
読書の・・・
Yoshimiさん、こんばんは。

”情動”って、人の行動の元となるような思考みたいなものですね。
多少は、色々と調べて回りましたが、結局そのようなものであるのかなあーっと思いました。

ところで、オリヴァー・サックスの本は、ハヤカワ文庫からも出版されていました。もうご存知とは思いますが、ずいぶんと昔(1990年)に「レナードの朝」映画化もされていました。実話を映画化したノンフィクション作品のようですね。ハヤカワ文庫は、SF作品の出版が多く、自分が好きな出版会社です。この作品はSFとは違いますが、とても渋い二枚目俳優のロバート・デニーロとよても陽気な雰囲気がするロビン・ウィリアムズが出演している。おそらく、タイトルだけなら、当時聞いていたかも知れませんが、記憶にありません。いや、かすかに聞いたことがあるかもしれません。

少々、この方に興味を持ち始めました。
今は少し、余裕がありませんが、もう時期やってくるであろう、読書の秋にでもなったら、図書館でじっくり読むかもしれません。できれば、単行本ではなく、文庫本の方が、携帯が楽なので良いのでが、単行本が多いですね。

読みたい本を貯めておく、あるいはリストアップしておくという行為はとても楽しいです。時には、早く読みたいとワクワクする時もあります。時間が経つとタイトルを忘れてしまいそうなので、携帯にメモしておきました。
レナードの朝
アメーバの友さん、こんばんは。

"情動"というと、人間的な感情よりも、さらに原初的な情念のようなものだと解釈してます。
Wikipediaで確認しましたが、「人間の感情はその脳の発展した構造からきわめて複雑化しており、簡単に区別・分類できるものではないが、基本的には食欲や性欲など本能的な欲求にかかわる感情と、人間が独特にもっている尊敬や慈しみなどの感情に大別することができる。情動とは医学や脳科学の専門用語として前者の感情を指し、人間的な感情とは区別して考えられている。」とあります。心理学的には前者と後者の間くらいの概念かもしれません。
嫌悪、快感、不安など、喜怒哀楽という感情よりもずっとプリミティブな情意..というところでしょうか。

私は心理学の専攻ではないので、詳しくはわかりませんが、「人の行動の元となるような思考みたいなもの」ではないように思います。少なくとも、"思考"ではないことは確かです。
"思考"というと理性・論理に基づくものですが(非論理的な思考をする人もいますけど)、"情動"は理性・論理が介在するのではなく、時として論理では説明できないような非合理性を帯びた情意の動きだと思います。

サックスの本は、記事に書いている3冊の他に、「レナードの朝」も読みました。
私が特に興味を惹かれた話が多いのは、「音楽嗜好症」と「火星の人類学者」です。
「レナードの朝」の映画は封切した時に見てますが、映画はサックスの本の一部の話を取り上げているだけです。
本自体は多数の症例が出てくる医学的レポートのようなものです。
巻末についている、デ・ニーロやウイリアムズなどがどうやって役作りをしたかというメイキング・ストーリーは面白いですよ。

文庫本と単行本では、単行本の方が普通は保存状態が良いので、借りるときは必ず単行本にしてます。
昔からの習慣で、読みたい本・聴きたいCDは、amazonやHMVの紹介ページを、全てパソコンのブラウザのお気に入りに登録してます。
個々の情報量が多いですし、登録ページは、全てフォルダでカテゴリごとに分類して、読みたい度・聴きたい度別に順番に並べているので、探しやすいのです。
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Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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