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アラウ&ホロヴィッツ『アラウとの対話』 ~ 「レコードで聴くアラウ」 
アラウとジョーゼフ・ホロヴィッツの対話をまとめた『アラウとの対話』には、アラウの伝記、音楽観、演奏と録音に関する対話や解説・分析がきっしりと詰め込まれている。
アラウのピアノが好きな人には絶対的にお薦めしてしまう記録であり、研究書でもある。
アラウの演奏をいろいろな視点から、より深く味わうためには、絶好の本であることは間違いない。

アラウとの対話アラウとの対話
(2003/06)
アラウ、ジョーゼフ・ホロヴィッツ 他

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第5部むすびのなかで、「レコードで聴くアラウ」という章がある。

アラウの膨大な録音に対する分析であり、Philips盤だけでなく、それ以前に録音したEMI盤についてもかなり取り上げている。他にコロンビア盤、RCA盤、SP録音などにも少し触れている。
1982年に初版が出版されているので、1980年頃以降の録音(Philips盤)への言及はない。

スタジオ録音の編集について
完璧主義者のアラウは、演奏会とレコーディングでは、目的が全く違うものと考えていたので、スタジオ録音を編集することは当然と思っていた。

「フィリップス盤によるアラウのレコーディングはほとんど例外なく音の間違いはまったくない。EMI盤も完璧な場合が多い。・・・・調整室でテープを切る外科医たちの手出しが増えてきたことを示している。アラウ自身も、レコードは家庭で反復してきかれるものであるから、その役目はコンサートの目指すものとははっきり違う、と考えている。誤った音を温存しておくことについても、自分が奉仕すべき楽譜に加えられた侮辱であるとして、反対している。」

デジタル録音だけでなく、アナログ録音でも、昔から編集はされていた。
それでも、EMI盤の協奏曲録音を聴いていると、打鍵ミスがいくつか残っている。

「特に協奏曲は、スタジオ録音の陥穽にはまりやすい。・・・調整すべき主義主張もそれだけ多く、訂正すべき誤りもそれだけ多い。」

「ベルナルト・ハイティンク指揮によるベートーヴェンの『皇帝』では、冒頭のカデンツァと冒頭のトゥッティが、まるで別々の演奏から抜き出していたかのように聴こえる。アルチェオ・ガルリエーラ指揮のベートーヴェンの場合は、アラウのカデンツァはハイティンクのときよりよく融け込んでいるが、独奏部分ではピアノがふつうより大きく響く。推察するところ、機器のつまみをいじったり、テープのつぎはぎをしたせいだであろう。」

「さらに犠牲を強いているものは、録音スタジオでところ狭しと配置されるピックアップ群である。。・・・・個々の音の衝撃と鮮明度がこうして強調される一方では、そうした音の総合体も性格が変わり、論議を呼ぶこととなった。ピアノの色調も、アラウがドビュッシーを弾いたコロンビア盤とフィリップス盤を比較すればわかるように、離れた方がいっそうしっかりと固まる。」



ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番について
ハイティング指揮のPhilips旧盤を聴いても、印象がもう一つ。それよりは、アムネスティコンサートのライブ盤の方が臨場感もあって良く聴いている。

ガリエラ(ガルリエーラ)指揮のEMI盤を聴くと、ハイティング盤の方は全体的に音がどれも鮮明で滑らか。明るい色調で立体感が少ない感じはする。耳と音の距離がとても近い感じで、音の広がりが平面的な感じがする。
特に、アラウのピアノが、前面からやたらによく聴こえてくる。

ガリエラ盤は1955年のスタジオ録音なので、音が古めかしいけれど、音質の悪さで有名なEMIにしては、良い方なのかもしれない。
オケは少し離れたところから、全体としてまとまって聴こえてくるので、音と耳の距離感がとてもよい。音自体が滑らか過ぎずにひっかかりがあり、輝きや艶、立体感のある自然な音の聴こえ方がする。
アラウのピアノは、こちらもかなり前面からよく聴こえてくる。
これはちょっと篭もった感じ丸みのある音で、やや古さを感じさせるところはあるが、音自体はかなりクリアで、高音部は煌きのあるきらきらした音が綺麗。
どこか落ち着いておとなしい感じがするPhilips盤よりも、音が悪いとはいえEMI盤の方が、音と演奏に勢いがあり、音が弾けるように切れ良く、きらきらと輝く粒立ちが良い。フォルティシモのタッチも力強く、強弱のメリハリもよく利きいている。

「鍵盤の織りなすテクスチュアのどれもこれもが、表面に押し出されてひしめく細部によって構成されるようになると、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番のような作品に要求される光と影の絶え間ない戯れも、その別なく曖昧になってしまう。ハイティンク指揮によるアラウの盤にみられるのがこの例である。それに比べると、鮮明度が落ちるガルリエーラ指揮による盤は、アラウの漂うピアニッシモをかえってより確実に再現し、そのファルティシモはいっそう豊かである。」

Icon: Claudio Arrau-Virtuoso Philosopher of the PiIcon: Claudio Arrau-Virtuoso Philosopher of the Piano
(2011/02/28)
Claudio Arrau

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アラウの協奏曲録音について
アラウのピアノ協奏曲の録音中、もっとも良いものの一つとして上げているのが、EMIに録音したジュリーニ指揮フィルハーモニア管と録音したブラームスの2つのピアノ協奏曲。

「アラウによる協奏曲の録音は、全体的にみて、50年代から60年代初めにかけてのものがもっともよい。ジュリーニとガルリエーラの指揮が、明敏に想像力豊かにアラウを支えている。フィルハーモニア管弦楽団の演奏もすばらしいし、そのなかでも、独奏管楽器の貢献がいちじるしい。ジュリーニの指揮でブラームスの二つの協奏曲を演奏するアラウは、暖かみのある、詩的な解釈を見せており、双方ともにさんさんと照る太陽の光を浴びて絶頂に至る。」


EMI時代に、アラウがガリエラ指揮フィルハーモニア管と録音したピアノ協奏曲は、ベートーヴェンの5曲、チャイコフスキー、グリーグ、シューマン。
個人的には、ベートーヴェンと、特にチャイコフスキーが素晴らしく良かった。
両方ともLP時代の名盤らしく、Philips盤よりもEMI盤の方が良いと言うレビューをいくつか読んだことがある。

「ガルリエーラとフィルハーモニアはアラウの協演者としてグリーグの協奏曲において最大の力を出しており、デモーニッシュな力を叙情的なセクションの華麗な安らぎに配した演奏をしている。グリーグの裏面に入っているシューマンの協奏曲は光輝に充ち、力みのない演奏である。」

"もっとも刺激的な協奏曲のレコード"としてあげられているのが、意外にもショパンのピアノ協奏曲。
これはクレンペラー指揮ケルンWDR交響楽団とのライブ録音で、一度聴けば著者のホロヴィッツが言っていることが本当だとよくわかる。
まるでベートーヴェンかブラームスを聴いているような気分がするので、たぶんショパンのこの曲の演奏としてはかなり異質な気がする。
"サロン音楽"のような感傷的な流麗な演奏とは違ったショパンを聴きたい人にだけおすすめ。

「興味深いことに、この時期のアラウによるもっとも刺激的な協奏曲のレコードはコンサートの録音で、1954年、オットー・クランペラーが指揮したショパンのホ短調協奏曲である。アラウは、スタジオ録音におさまっているときにはめったに聴かれないような率直な華麗さ、それに遊び気分すらみせて演奏している。男性的なパッセージ・ワーク、音符の薄いクライマックスをものともしない力強さ、堅固で明晰な構想、そして、不純物の混じらない持久力と安定性。そうしたものが、エリアフ・インバル指揮の1970年盤に比べて、より推進力に優れ、綿密すぎる追求は避けた全体像によって、補強されている。こうしたものすべてが、たいへん興奮を呼ぶ。」

Chopin: Piano Conc 1/BalladesChopin: Piano Conc 1/Ballades
(2005/06/06)
Claudio Arrau

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アラウのピアニズムの変遷について
「強弱の差も少なく色調がぼかされていてもアーティキュレーションが的確であること、速度が目めぐるしく変化しても均等であり明晰であること。アラウのレコードから判断すると、こうしたものは初めから彼を作っているものの一部であった。」

「最盛期のレコーディングは1940年代までのものが入るが、もっとも快活な演奏で、ニューヨークでの初期の批評に述べられたように、きらきらと輝く、洗練された音で磨きたてられている。」

1940年代までのものもいろいろ聴いたけれど、年代のわりに音質がすこぶる良いのが、1946-1950年の録音を収録したコロムビア盤。
RCAに1942年に録音したバッハの《ゴルトベルク変奏曲》は素晴らしいけれど、こちらは音質がもう一つ。
1940年代の一連のバッハ録音には、「さまざまな声部を「辿る」能力、全体の均衡は破らずに、目立たない入りや補助的な声部に光をあてる能力など、彼のポリフォニックな演奏の才能が、もっとも純粋な形で披瀝されている。」


「次の10年ほどの間に録音された演奏はもっと荘重な歩調となっている。策を練る余裕を与えられて、駆け出すよりもためらっている様子である。輝かしい力のみなぎるパッセージでも、静寂に充ちたパッセージでも同じようにさえを見せている。しかし同時に、純粋な演奏のために弾き手が冷淡に見えることもある。」

1950年代はEMI録音が多い。ベートーヴェンのピアノ・ソナタ9曲、ショパンの《練習曲集》(全曲)や《ピアノ・ソナタ第3番》、シューベルトの《さすらい人幻想曲》など、独奏曲が多い。
1952年に録音した「『ディアベッリ変奏曲』は、同じ時代に出たデッカ・ブランズウィックから出たほかのレコード(『エロイカ』変奏曲と、二枚組のショパンによるもの)と並んで、それ以降に出た彼のレコードのどれよりも、魅惑的にアラウのピアニズムの美を再現していると言えるだろう。・・・・デッカ技術陣が捉えた力と光輝の配合は忘れ難いものである。」

「フィリップスによるアラウのレコーディングは、これに比べて重々しく、細部に力が入り、華やかである。・・・鍵盤全域の各音は、どのような速度でもどのような音力でも充実し磨き抜かれている。それがアラウの音の性格である。」

「そして、1960年頃になると、その録音はまた別の変化を記録することになる。底を流れていたなまの情感が表面にあらわれ、さらに遅いテンポとさらに大きいルバートを命ずるばかりではなく、アラウの音が構築する荘厳な建造物に人間の脆弱さをたえず投影しつづけるのである。それはまるで、彼の初期の録音を通じて、燃え上がったり下火になったりしていた炎が、弱熱の石炭床に投げ込まれたかのうようである。あるいは、50年代の録音を標準とすれば、大理石の下に血が通い始めたかのようでもある。」


スタジオ録音は、50年代よりも総じてテンポが遅くなっていき、特に緩徐楽章ではひじょうに強くて深い感情を感じさせることがある。
特にライブ録音を聴く実感としてよくわかる。スタジオ録音よりは速いテンポになることが多いが、深い感情移入を感じさせるロマンティシズムと、ライブ特有の白熱感や気力が漲っている。

「どうしてこのような変化がおこったのであろうか。アラウは、不安を追い払ったり、抑え込もうとすることよりも、不安を「利用」するようになったと語っている。もっと豊かな、もっと生気溢れる感情移入を推し進めるために、神経的なエネルギーを「創造の流れ」に利用するのだと語っている。なまかじりの心理学に頼る危険を承知のうえで、アラウが「人生最大の衝撃」と振り返る事件、1959年の彼の母の死をここで思い出さないわけにいかない。おそらく、喪の悲しみが新たな感情のはけ口を開いたのであろう。おそらく、自分のなかに浸透していた権威的人物の消滅によって、彼は解放され大胆になって、その芸術のなかにいっそう本音を吐き出せるようになったのであろう。」



tag : アラウ 伝記・評論

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CDが10枚もあってビックリ
Yoshimiさん、こんばんは。

クラウディオ・アラウのCD試聴をしようと思い、アマゾンのホーム・ページを開いて上から順に聞いて行ったのですが、いつまで経っても、次の曲があり。
よーく見てみるとCDが10枚もあるBOX版だってんですね。
半分試聴して、断念してしまいました。

大変お得で貴重なBOXセットですが
アメーバの友さん、こんばんは。

このBOXセットは大変お得ですが、1950年代の録音が多いですから、ピアノ音楽に詳しいCDコレクターや、アラウの大好きな人以外には、あまりお勧めしません。

それに、ピアノ曲に詳しい人でないと、どれを聴いてよいやら、迷うでしょう。
アラウ以外のピアニストでも、良い演奏がもっと良い音質のステレオ・デジタル録音でいろいろありますから、そちらをお聴きになることをお勧めします。
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yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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