*All archives*



ジュリアス・カッチェン 『Ica Classics Legacy』 (ライブ録音集)
先月リリースされたカッチェンの新譜は、Ica Classics盤のライブ録音集。
メインはブラームスのピアノ協奏曲第1番。ケンペ指揮BBC響の伴奏で、1967年10月11日、ロンドンのBBCマイダ・ヴァレ・スタジオのライブ録音(モノラル録音)。

カップリングはピアノソロで、アンコールピースを集めたものらしい。
ショパン《バラード第3番》、リスト《メフィストワルツ第1番》、シューマン《予言の鳥》、アルベニス《イベリア第2巻~トリアーナ》。いずれもライブのモノラル録音で、シューマンとアルベニスが少し篭もったような音に聴こえる以外は、音質はそれほど悪くない。
シューマンとアルベニスは過去の録音が全く残っていないので、とても珍しいレパートリー。
ボーナストラックが収録されていて、これも貴重なカッチェンのインタビュー。モーツァルトのピアノ協奏曲第20番とブラームスのピアノ協奏曲第1番について、カッチェンが語ったもの。

Ica Classics Legacy/Brahms Piano Concerto No.1 Ica Classics Legacy/Brahms Piano Concerto No.1
(2011/11/15)
Katchen(Piano), Kempe(Conductor), BBC Symphony Orchestra

試聴する
ICA internationalはNML(ナクソス・ミュージック・ライブラリ)の参加レーベル。会員なら全曲ストリーミング配信で聴けます。

カッチェンのブラームスのピアノ協奏曲第1番は、全部で5種類の録音が残っている。(Youtubeの録音も含めて)
各楽章の演奏時間は、このica盤が最も短い。
ライブ録音で最終楽章に拍手が入っている場合は、実際の演奏時間は少し短いけれど、DECCA盤が少し遅く感じられる以外は、体感するテンポはどれも同じくらいに速い。
緩徐楽章の第2楽章のみ、1961年のライブ録音がスタジオ録音と同じくらいにゆったりとしたテンポなのが他のライブ録音とは違っている。

      第1楽章/第2楽章/第3楽章
1951年 21:08/13:28/11:13 (ブール指揮/Live)  
1958年 21:21/14:12/12:03 (モントゥー指揮/Stadio)[DECCA]  
1960年 21:27/13:03/11:36 (コンヴィチュニー指揮/Live)   
1961年 21:32/13:56/11:26 (ローター指揮/Live)[Youtube]
1967年 21:04/12:58/11:16 (ケンペ指揮/Live)[ica]

1960年以降のライブ録音なら、音質の違いで印象が少し変わるところはあるけれど、演奏内容自体はほとんど変わらない。
1960年のコンヴィチュニー指揮のライブ録音は、モノラル録音なので音質が少し落ちるけれど、力感・量感のあるカッチェンのピアノの音をよく捉えている。エンディングもテンポが落ちずに、打鍵も一番力強くて、颯爽としている。
1961年のライブ録音は、第2楽章がスタジオ録音並のゆったりしたテンポなので、より深々とした息遣いと情感が感じられる気がする。録音年のわりに音質がとてもよくて、これが一番好きかも。
ica盤は音がクリアで聴きやすくはあるけれど、ピアノ・オケとも若干遠めから聴こえ、低音の重厚感やゴツゴツとした骨太感がやや薄めで、全体的に音が少し高めに感じられる。
ホールではなく、スタジオで公開録音しているらしく、狭い空間で残響が短く、ピアノの音が中空から聴こえてくる。
ボリュームをかなり上げて、低音を最大にセットすると、低音の重層感も出て、ちょっとマシ。
1967年と一番新しい録音なのに、ica盤は音質面ではかなり残念。

ブラームス/ピアノ協奏曲第1番 ニ短調 Op.15 [作品解説(Wikipedia)]

第1楽章 Maestoso
テンポ指定がなく、Maestoso(威厳を持って)のみ。カッチェンの録音では、いずれも21分台の前半くらいの演奏時間。
それほど遅くはないテンポでも、やはり20分以上かかる長大な楽章。同じく好きなアラウの演奏では、23分台。

冒頭から暗雲が垂れ込めて嵐が渦巻くような雰囲気。
弱音のピアノソロから、徐々に波が荒立っていくようにクレッシェンドして高音域へと上り詰めていくところは、張り詰めた緊張感が漂っている。
再び弱音にもどって、波が静まり、それを何度も繰り返していくところが長大なプロローグのようにも思える。
ピアノのクリアな音色とシャープで芯の引き締まった張りのある響きは、青白い炎が揺れるような叙情感。
25歳くらいの青年ブラームスの感情の嵐が、曲に乗り移っているのかように、感情の波が寄せては退いていくような部分が延々と繰り返される。

突然、量感のある力強いフォルテで、ファンファーレのようにピアノが和音で飛び跳ねてから、曲想がすっかり変わる。
ここからずっと荒波が湧き立っていくかと思うと、また突然静かになったりして、緩急、強弱が極端なくらい交互にやってくる。
テンポが速くなると、カッチェンらしい力強く重みのあるシャープな打鍵が冴えて、ほんとに切れ良く勢いがある。
緩徐部分は、ブラームスらしい陰翳の濃い叙情感とその合間から明るい日差しが差し込んだような穏やかさや開放感、高揚感が交錯する。

この第1楽章は、数あるピアノ協奏曲の名曲の中でもかなり長大な楽章。その上、主題旋律の展開が明快というわけでもなくて、感情が絶えず揺れ動いて、とりとめのないようなところがある。
構成を考えながら聴くと段々よくわからなくなってくるので、そういうことは気にせず、揺れ動く感情にシンクロするようにすると、なぜか自然に身体のなかに入り込んでくる。

第2楽章 Adagio
主旋律部分にラテン語の祈祷文「」が引用されており、これは、作曲家シューマンを念頭していたらしいけれど、ブラームスは、クララに宛てたものだとも言っていたという。
この祈祷文は、後にブラームスが削除してしまって、私の持っている楽譜には載っていなかった。
あまりに自分の感情が表れすぎてしまった...と思ったのだろうか。

第1楽章とは打って変わって、平和的で安らかな雰囲気に満ちている。
この曲を聴いている、どちらかというと、若い頃のブラームスのクララに対する思慕の情を感じてしまう。
息の長い旋律は心の奥深くにずっと流れている秘めた感情のようで、それがフォルテになると時々浮かび上がってくるかのようでもあり...。

第3楽章 Rondo: Allegro non troppo
第3楽章は、鍵盤上で激しく上下行を繰り返して、若干の緩徐部分を挟みながらも、ほとんど一気呵成に走り抜けていく。
テンポはかなり速く、冒頭から勢いよく駆け出し、ピアノソロの力強くて重量感のある音がとてもカッチェンらしい。
全体的にペダルも少なめで、使ってもいても浅めなので、音の輪郭もくっきり。
アクセントを良く利かせたメリハリの良さとスピード感、急な勾配のあるクレッシェンドとデクレッシェンドも淀むことなく滑らか。
強弱と緩急のコントラストと移り変わりの鮮やかさが、力強さと技巧一辺倒ではない明晰さとクリアな叙情感を感じさせるところ。

カデンツァの冒頭のアルペジオも、いつもどおり、テンポを落とさず、力強いタッチで一気に弾きこんでいる。
続くフィナーレもスピードを落とすことなく、左手の重みのある低音部が良く効いて、低音から高音へ盛り上がっていく。
このカデンツァからフィナーレにかけて、疾風怒涛の如く横溢する感情が解放されて、雲に覆われた空がさっと晴れ渡ったような爽やかさ。
ヴィルトオーゾにありがちな直線的な表現ではなく、力感・量感・スピード感という技巧優れたところと、若々しい情感溢れる音楽性が両立しているところは、いつ聴いても惚れ惚れする。

ショパン/バラード第3番 変イ長調 Op.47
カッチェンのショパンの録音は、1950年代のピアノ・ソナタ第2番、第3番、バラード第3番、幻想曲と数曲のモノラル録音が残っている。
この頃弾いたショパンは、かなり大時代がかったような、重厚でドラマティックな演奏。
ルバートを多用しているのでリズムに粘りがあり、山あり谷ありと激しい起伏は、19世紀のロマンティシズム風(?)なのかどうかはわからないけれど、時代がかった弾き方に聴こえる。
巷のショパンとはかなり違っていて、普通のショパンを聴きなれている人には、かなりの不評。
でも、個人的にはショパンらしくないところが面白くて、好きなのだけど。

《バラード第3番》は、1965年10月4日のロンドンのブロードキャスティング・ハウスでのライブ録音。
最初の録音は1949年のスタジオ録音。

予想はしていたけれど、やっぱり、普通のショパンにしては、骨太なタッチと力感・重量感があって、ブラームスを聴いている気分。
弱音部分でも、線の細くて儚げな繊細さは薄く、粒立ちの良い硬質の音できりっと引き締まっている。
低音から立ち上るようなフォルテやクレッシェンドは、パッショネイトな情感が溢れて、力強くダイナミックで"男性的"。
シームレスに滑るような流麗なタッチとは違って、一音一音が力強く発音も明瞭だし、スケールとアルペジオは指回りの良さで切れが良く、力感と量感のあるフォルテは本当にブラームスの重厚な和音そのもの。
でも、"ショパン弾き"ではないせいか、時々弾きにくそうなパッセージがいくつか。特に、音が詰まって近接した和音で旋律をつなげていくところは、ややもたつき気味に聴こえる。
そういうところはあっても、線のしっかりした力強いタッチで、ロマンティシズムとダイナミズム溢れたショパンはとても素敵。


1950年代のスタジオ録音。粘りのあるルバートやリズム、大仰なフォルテに激しい強弱のコントラストと、ショパンにしては?と思わないでもない。
1965年の録音では、そういうところがかなり影を潜めて、流れが良くなり、ずっとすっきりした弾き方になっている。


リスト/村の居酒屋での踊り "メフィスト・ワルツ第1番" S514/ R181
これもモノラル時代の1954年に録音していた曲。ライブ録音はショパンと同じく1965年10月4日ロンドンの演奏会。
この曲はリスト作品のなかでも、比較的有名で録音も多いけれど、何度聴いても好きにはなれない曲。
モノラル録音と比べると、演奏時間が10分。音質がかなり良くなっていることもあり、響きのバリエーションが広がり、表現的に幅が広くなったのは確か。
それに、ブックレットの解説コメントでは、"これほど明確に表現されたdemonismを聴いたことがない"とある通り、中間に挟まれた緩徐部分以外は、テンションが高く緊張感が漲っている。

シューマン/森の情景Op.82 ~ 第7番予言の鳥
これはいつ聴いても摩訶不思議な曲。
初めて聴いた時も、今聴いても、シューマンらしくないような曲想という気がする。
主題部と再現部が特に神秘的。静寂さのなかで、問いかけるようなポロロン、ポロロンと主題旋律の短いフレーズが、何度も繰り返される。中間部は、普通のロマンティックな安定した和声に変わる。
聴けば聴くほど、この神秘的な雰囲気がとても気に入ってしまった。
"予言の鳥"という鳥がどういう姿形をしているのかは知らないけれど、なぜかカラフルなオウムのような鳥のイメージが浮かんできてしまう。
カッチェンのディスコグラフィでは初出。1958年9月29日ロンドン・BBCマイダ・ヴァレ・スタジオのライブ録音。

アルベニス/《イベリア》第2巻 ~ トリアーナ
カッチェンがアルベニスをレパートリーにしていたのは意外。たぶん、アンコールピースのレパートリーだと思うけれど。
カッチェンのアンコールピースには、ファリャの《火祭りの踊り》やドビュッシーの『月の光』とか、いろんなタイプの小品が入っている。

"スペインのショパン"といわれるのは、グラナドス。
アルベニスは"スペインのドビュッシー"と言いたくなるほどに、ドビュッシーの音楽を南国風の情熱的な作風にしたような気がする。ドビュッシーは《イベリア》を絶賛し、時折、ピアノで弾いていたという。
アルベニスとグラドナスを聴くと、やっぱりドビュッシーとショパンの違いがしっかり感じられる。

アルベニスの作品は、旋律も和声も両方とも美しく、南国風の異国情緒がありつつ、土俗性のない洗練された美しさを感じる。
それに、《イベリア》を始めとして、爽やかな開放感がある曲も多くて、聴いていてもうっとり。
ドビュッシーにも南国風の曲はいくつかあるけれど(「ハバネラの門」など)、それよりも、アルベニスの曲の方がずっと好みにあっている。
《イベリア》は全部で4巻12曲。「トリアーナ」は第2巻の第3曲にあたり、曲名はセビリアのジプシー居住地。軽やかだけれどパッショネイトな雰囲気。
"2拍子の闘牛場の行進曲(パソドブレ)"のリズムとよく言われているが、基本はセビリャーナス(3拍子)なので、2拍子のリズムを感じるのは難しいという説もある。[作品解説(上原由記音スペイン音楽セミナー),試聴ファイルあり]

カッチェンの「トリアーナ」は、シューマンと同じく1958年9月29日ロンドン・BBCマイダ・ヴァレ・スタジオのライブ録音。
他の曲の演奏よりもタッチが多彩で、色彩感がとても豊か。
普通は6分~6分半くらいで演奏するところを、カッチェンは4分30秒あまりというかなり速いテンポ。
とても軽快なタッチで、生き生きとした躍動感とパッショネイトな雰囲気が素敵。
中間部でテンポがやや落ちて、ロマンティックで叙情的な曲想になると、かなり細かいパッセージが続く。ちょっとモタモタとした感じがするし、少し和声が濁り気味かも。
カッチェンだけかと思って、他のピアニストの録音をいろいろ聴いても、同じような演奏。あまりに音が密集しすぎているせいらしい。
カッチェンは最初からテンポが速いので、この中間部でもそれほどテンポが落ちていない。
中間部をかなり遅いテンポで弾いているピアニストの場合は、音はごちゃごちゃせずに比較的クリアに聴こえるけれど、もともた感が強くなる。それに最初の主題部がかなり遅いテンポで始めることになるので、スピード感がなくなりがち。
やっぱり軽やかで勢いのあるカッチェンのテンポの方が良いなあ~と。

《関連記事》
 『ジュリアス・カッチェンにまつわるお話』
 ジュリアス・カッチェンのディスコグラフィ



tag : カッチェン ブラームス ショパン シューマン アルベニス ケンペ フランツ・リスト

※右カラム中段の「タグリスト」でタグ検索できます。
Secret
(非公開コメント受付中)

カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
ブログ内検索
最近の記事
最近のコメント
カテゴリー
タグリスト
マウスホイールでスクロールします

月別アーカイブ

MONTHLY

記事 Title List

全ての記事を表示する

リンク (☆:相互リンク)
FC2カウンター
プロフィール

yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

お知らせ
ブログ記事はリンクフリーです。ただし、無断コピー・転載はお断りいたします。/ブログ記事を引用される場合は、出典(ブログ名・記事URL)を記載していただきますようお願い致します。(事前・事後にご連絡いただく必要はありません)/スパム投稿や記事内容と関連性の薄い長文のコメント、挙動不審と思われるアクセス行為については、管理人の判断で削除・拒否いたします。/スパム対策のため一部ドメインからのコメント投稿ができません。あしからずご了承ください。