*All archives*



板東&習志野俘虜収容所とクラシック音楽
-------------------------------------------------------------------
板東俘虜収容所
-------------------------------------------------------------------

12月になって頻繁に演奏されるクラシック音楽というのはいろいろあるけれど、なぜか日本だけで流行っているのが、ベートーヴェンの『交響曲第9番』。
第九の日本初演は、1918年6月1日、鳴門市の板東俘虜収容所のドイツ人捕虜が行った演奏会、というのが定説。

日本国内の俘虜収容所というと、太平洋戦争当時のものが思い浮かぶが、第一次大戦時でも国内に俘虜収容所は数ヶ所設置されていたという。
日英同盟により、イギリスの敵国ドイツと中国・青島で戦い、およそ5000人のドイツ人が捕虜となった。
捕虜の大半が日本の丸亀・松山・徳島の俘虜収容所に分散収容されていたが、その後、鳴門近郊の板東へ約1000人の捕虜が移送される。
板東俘虜収容所での音楽活動は盛んで、ハンゼン軍楽兵曹指揮の「徳島オーケストラ」、エンゲル二等海兵指揮の「エンゲル・オーケストラ」、吹奏楽中心の「シュルツ・オーケストラ」が結成され、板東で開催されたコンサートは100回以上にのぼる。
この板東俘虜収容所が第九初演の舞台となり、その逸話が『バルトの楽園』として映画化されている。

<参考サイト>
「音楽の力。1917年―1919年板東(日本)におけるドイツ捕虜収容所の文化的生活」(ベートーヴェン・ハウス ボン 特別展示会)(当時の写真、楽譜など画像資料を多数掲載)
「板東俘虜収容所」(鳴門市ホームページ<第九のふるさと>)
「丸亀のドイツ兵俘虜について」(香川近代史研究会)

映画『バルトの楽園』(2006年6月全国公開)
バルトの庭:映画『バルトの楽園』のロケセットを「歓喜の郷」より移築。「BANDOロケ村~歓喜の郷」は、すでに閉館。
鳴門市ドイツ館 Das Deutsche Haus:板東俘虜収容所のドイツ兵士と地元市民との交流を記念して建設



-------------------------------------------------------------------
習志野俘虜収容所
-------------------------------------------------------------------

板東俘虜収容所のように、ドイツ人俘虜が音楽活動をしていたのが、習志野俘虜収容所。
アルトのパパさんのブログ<ブラームスの辞書>の記事"Schnadahupfel"で、「習志野俘虜収容所」に関するエピソードを初めて知りました。

記事によると、習志野市がホームページで当時の俘虜収容所の様子を紹介していると書いてある。
調べてみると、「大正8年の青きドナウ 習志野俘虜収容所 Kriegsgefangenenlager Narashino」に詳しく載っている。
習志野俘虜収容所では、第九を演奏したかはどうかははっきりとはわからない。
「習志野捕虜オーケストラは、所内でたびたび演奏会を開き、ベートーヴェン、モーツァルト、シューベルトそれにヨハン・シュトラウスの「美しく青きドナウ」までが演奏されていた」と書かれているので、音楽活動は盛んだったらしい。

また、記事のタイトル"Schnadahupfeln"とは、「南ドイツあるいはオーストリアに伝わる戯れ歌」。
ドイツ兵俘虜たちが仲間とよく歌っていた歌は、「Narashino Schnadahupfeln」として楽譜に残されている。

収容所内ではドイツ料理やワイン、ビールなども出されていたらしい。
毎日の食事は、日本側が用意した食費、材料、薪炭、調理設備を使って、食事当番の俘虜兵が調理する。
俘虜兵の中には職人やマイスターがいたので、所内でソーセージやワインを自分たちで作ることができた。
近隣住民にも、収容所内で作ったドイツ菓子やソーセージを配っていたという。

「大正8年の青きドナウ」を読むと、習志野捕虜収容所のドイツ兵の中には、日本の産業や文化に深く関わっていた人がいる。
当時、山梨県のぶどう園の技術指導をするため来日中、戦争に巻き込まれ俘虜となったのがワイン技師ハインリッヒ・ハム。彼は俘虜の身から解放された後、ドイツに帰国したが、彼が指導したぶどう園が現在のサントリー山梨ワイナリー。
日本に残ったドイツ人兵でソーセージ職人カール・ブッチングハウスは、東京・目黒にソーセージ工場を作り、ヨーゼフ・ヴァン=ホーテンは明治屋でソーセージの技術指導を行った。
フリッツ・ルンプは帰国後、日本文化研究のオーソリティーとなり、有名な浮世絵研究を残した。習志野では、日本の民話のドイツ訳も完成させたという。これは出版されている。
他にも、日本で大学教員やビジネスマンとなった兵士もいる。
フリードリッヒ・ハックは、外交ブローカーとして日独防共協定締結に関わったが、ナチス・ドイツ時代にスイスに亡命し、日本の終戦工作に尽力したという。

<関連サイト>
「習志野の歴史を知ろう ~ 美味し 懐かし 大正浪漫 ドイツ風食文化発祥の地・習志野」
 ~ソーセージ、バームクーヘン、ワイン…ドイツの味が日本に伝わった時代~(全編)
 ~ソーセージ、バームクーヘン、ワイン…ドイツの味が日本に伝わった時代~(後編)
「市史を食べよう ドイツ捕虜編1~5 (料理レシピ集)」(広報習志野/新ならしの散策)


-------------------------------------------------------------------
番外編:メシアン《世の終わりのための四重奏曲》
-------------------------------------------------------------------
第2次大戦中、捕虜収容所で作曲・初演されたことで有名なのは、フランスの作曲家オリヴィエ・メシアンの《世の終わりのための四重奏曲》。[Wikipediaの作品解説]
フランス軍のメシアンはドイツ軍の捕虜となり、ドイツとポーランドを分けるゲアリッツ=ズゴジェレツの強制収容所StaLag VIIIaに収容された。(Stalagは、ドイツ語の捕虜収容所Stammlagerの略語。ナチズム時代の強制収容所名として頻繁に使われていた)
同じく捕虜の身となった三人の音楽家と出会ったメシアンが作曲したが、四重奏曲にしては楽器編成が変則的でピアノ、ヴァイオリン、チェロ、クラリネット。全8楽章構成で、楽章によって使う楽器が違う。
捕虜収容所での初演は、ヴァイオリンがジャン・ル・ブーレール、クラリネットがアンリ・アコカ、チェロがエティエンヌ・パスキエ、ピアノがメシアン。

Quartet for the End of Time - Louange a l'Eternite de Jesus- Olivier Messiaen
Performer: Yvonne Loriod, Christoph Poppen, Manuel Fischer-Dieskau, Wolfgang Meyer
これは第5楽章「イエスの永遠性への賛歌」。長いヴァイオリンのソロと一定のリズムで和音を刻むピアノ伴奏による静謐な曲。賛歌にしてはやや陰鬱な和声に、どこかしら神聖さに対する畏敬の念のようなものを感じる。
ぼ~として聴いていたら、第8楽章「Louange à l'immortalité de Jésus(イエスの不滅性への賛歌)」と間違いそうになる。この2曲は曲想や音の流れが似ている気がするので。





tag : ベートーヴェン メシアン

※右カラム中段の「タグリスト」でタグ検索できます。
Secret
(非公開コメント受付中)

No title
Yoshimiさん、こんにちわ

数年前に映画『バルトの楽園』を観ました。映画の中では、捕虜達はかなり自由に外に出ることができ(と言っても、村内だけでしたが)、また、食べ物も当時の日本人より遙かに素晴らしいものだったようでした。

第九の演奏会場面では、合唱団も独唱者も男ばかりでしたので、音響的にかなり変だった記憶があります。
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
習志野収容所のドイツ料理
matsumoさま、こんばんは。

『バルトの楽園』、もう観ていらっしゃると思っていました。
捕虜の待遇が比較的良かったのは、第1次大戦時は日本国内での空襲や戦闘がなかったので、万事余裕があったのでしょうね。

調べてみると、捕虜の食事はかなり良かったようです。
ドイツ料理やワイン、ビールも出てきたそうです。
捕虜のなかにソーセージやワインの職人(マイスター)がいたので、所内ではソーセージやワインを作ってました。
そのソーセージの製法を日本人技師が習得して全国へ広めたので、習志野が”ソーセージ発祥の地”ということになるようです。

男声合唱だけの第九というのは、もう一つ想像しにくいですね。
女声パートは、音程を下げて歌っていたのでしょうか。
No title
Yoshimiさん、こんにちわ

そう、映画の中でも、色々なものを作っており、収容所だけで1つの村みたいな感じになっていました。

なお、第9ですが、本編ではソプラノ部分はテノールが、アルト部分はバスが歌っていました。ただし、エンディングで流れていたのはカラヤン指揮の普通の演奏でした。
DVD観てみます
matsumoさま、こんばんは。

収容所の情報をいろいろ探していると、どんな生活をしていたのか、興味が出てきました。
一つの村のように同胞と共同生活をして、食事も自由に作れたのなら、それほど日本に悪印象も持たずに、そのまま日本で働く人も出てきたのでしょうね。

それに、男声合唱の第9もどんなものなのか、実際聴いてみたらわかるでしょう。
女性パートを1オクターブ下げて歌っていたのでしょうね。
これはDVD探して観ないといけません。
いろいろ教えて下さって、ありがとうございました。

メシアン
あれっ、収容所は松山じゃないのかな、ととっさに思いました。あれは日露戦争の俘虜なのですね。その昔、中公新書で読んでから、かつての日本の在り方がその後の軌跡と随分違うので驚きました。それにしても戦争はテクノロジーの駆動力であると同時に、意図せざる国際交流なのだと改めて思いました。
最後のメシアンの曲は惹かれました。ピアノはメシアン夫人ですね。探して注文してしまいました。メシアンの曲とヴァイオリンがかくも美しく聴けるなんて、と思いました。届くのが楽しみです。とはいえ、米国からなので、いつ届くやら。
メシアン、緊張感が漂ってます
kenさま、こんにちは。

松山の俘虜収容所のことは知りませんでした。
日清戦争時の清国人俘虜、日露戦争時のロシア人俘虜を収容していたという全国初の俘虜収容所なので、有名なんですね。
クラシック愛好者の間では、映画にもなった板東の方が知られているようです。

太平洋戦争時の俘虜収容所では捕虜虐待などでいろいろ問題があったようですし、日本軍の旗色が悪かったので、国際交流どころではなかったかもしれません。
板東や習志野を話を読んでいると、この頃の収容所生活はのどかなそうですね。

メシアンのカルテットは、作曲時のエピソードで有名な曲です。お気に召して何よりです。
彼の作品でピアノが入っているものは、ロリオ夫人がほとんど録音しているでしょうね。
メシアンの意図をくみとった作品解釈という点では、夫人の演奏は安心して聴けるように思います。
穏やかな曲想のなかにも、張り詰めた緊張感が漂っているのは、異常な環境下で書かれた体験が投影されているような気がしてきます。
私の初メシアン体験は、トゥーランガリラ交響曲なので、こういう曲を書く人なんだと刷り込まれてしまいました。
四重奏曲とは随分作風が違いますが、トゥーランガリラは面白くてとても好きなのです。
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
ブログ内検索
最近の記事
最近のコメント
カテゴリー
タグリスト
マウスホイールでスクロールします

月別アーカイブ

MONTHLY

記事 Title List

全ての記事を表示する

リンク (☆:相互リンク)
FC2カウンター
プロフィール

yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

お知らせ
ブログ記事はリンクフリーです。ただし、無断コピー・転載はお断りいたします。/ブログ記事を引用される場合は、出典(ブログ名・記事URL)を記載していただきますようお願い致します。(事前・事後にご連絡いただく必要はありません)/スパム投稿や記事内容と関連性の薄い長文のコメント、挙動不審と思われるアクセス行為については、管理人の判断で削除・拒否いたします。/スパム対策のため一部ドメインからのコメント投稿ができません。あしからずご了承ください。