*All archives*



アンブローズ・ビアス 『悪魔の辞典』
確か中学時代にたまたま本屋さんで見つけたアンブローズ・ビアスの『悪魔の辞典』。
タイトルが面白そうだったので少し読んでみると、これが常識とは全く違っていて結構面白い。
品行方正で世の中の常識が大事だと思う真面目な人にとっては、"悪魔の"辞典なのかもしれないけど。

ビアスによる言葉の"定義"は、建前と常識の砂糖衣にくるまれているエッセンスの毒性を、シニカルな言い回しで突いてくる。
軽妙なウィットを通り過ぎて、皮肉に満ちた痛烈な言説が散りばめられている。
はははと笑える面白い視点のもの("BACK")や、確かにそういうところはある...と思うような一面の真理が含まれているもの("PREDILECTION")から、あまりに真実でありすぎて笑うに笑えないもの("ABORIGINES")まで、毒性の強さもいろいろ。


悪魔の辞典 (角川文庫)悪魔の辞典 (角川文庫)
(1975/04)
アンブローズ ビアス、奥田 俊介 他

商品詳細を見る
私が持っているのは、昔の角川文庫版。表紙のイラストは、昔の方が辞書らしくて品が良かったのに。
訳文がときどきわかりにくく、日本語にしては直訳的で変なものもある。

新編 悪魔の辞典 (岩波文庫)新編 悪魔の辞典 (岩波文庫)
(1997/01/16)
アンブローズ ビアス

商品詳細を見る
これは岩波文庫版。こちらの方が辞書らしい装丁。この新訳版は、紹介文を読むと角川文庫版よりもくだけた感じでわかりやすそうな気がする。部分的に読み比べても良いかも。

常識・道徳にまつわる言葉は、その自己正当化と利己性の側面から定義しているものが多く、価値観や常識のフィルターを外して、"原理的"に考えると、その通りなのかも。
人間関係がらみの言葉の定義にも、痛烈な皮肉が込められている。
職業に関する言葉は、政治家、医者、弁護士が多い。定義は、ブラックジョークの類でよく登場するのと同じタイプ。
一番印象が強くて、記憶にしっかり残ったのが、"ABORIGINES" と "BACK"。
他にも、上手いことをいうなあと思った言葉はいろいろあれど、すぐに定義が思い浮かぶものはそう多くはない。

政治・経済
- ADMINISTRATION 【行政機関】政治において巧妙に仕組まれた抽象的概念。総理大臣または大統領の身代わりとして、殴る、蹴るの乱暴狼藉を受けるように仕組まれている。悪辣な先導や非難に耐える藁人形。
- DIPLOMACY 【外交手腕】自国のために虚偽を申し立てる愛国的術策。
- VOTE 【投票】自身を馬鹿者にし、自国を破滅させてしまう、自由人の力の道具ならびにおよび象徴。

職業
- ACCOMPLICE 【共犯者】他の一名と語らって犯罪に荷担し、しかも有罪であると知りつつ、みすみす共犯関係に入るもの。たとえば有罪であることを承知の上で犯罪者を弁護する弁護士がその例。(略)
- DENTIST 【歯医者】口の中に金属をはめ込みながら、ポケットからコインをいく枚も抜き出す手品師。
- LAWYER 【法律家】法律の抜け穴に長じた者。

定説
- ABSURDITY 【不条理】自分自身の意見とは明らかに相容れない所説ないし信条。
- MAN 【人間】これが自分の姿だと思う姿に、ひとり恍惚として思いふけり、当然あるべき自分の姿を見落とす動物。その主要な仕事は、他の動物たちと、自分の属する種族を絶滅することである。
- OPTIMISM 【楽天主義】醜いものも含めて全てが美しく見え、悪いものはなおのことだが、ものすべてが良く見え、そして間違っているもののすべてが正しく見えるという主義または信念。
- PYRRHONISM 【懐疑説】その発明者(ピロ。ギリシャの哲学者)の名をとってつけられた古代哲学。懐疑説を除いて全てを絶対的に信じないという説から成っていた。懐疑説を研究する近代の教授連は懐疑説そのものまで信じなくなってきている。
- RESPONSIBILITY 【責任】神、宿命、運命、運勢、または近所の人の肩へとたやすく移ってしまう離れ易い負担。占星術が行われていた時代には、星に責任転嫁するのが普通だった。

歴史
- ABORIGINES 【原住民】新発見された国土の開拓を妨害しているほとんど価値なき人間ども。彼らはやがて妨害することをやめ、国土の肥料となる。
- DELUGE 【ノアの洪水】この世の数々の罪悪(ついでに悪人どもも)を洗い流してしまった世にも名高き最初の洗礼実験。

建造物
- CEMETERY 【共同墓地】会葬者たちが嘘つき合戦をし、詩人が物笑いの種を書き、石工が賭け金稼ぎに仕事をする孤立した郊外の一郭。
- PALACE 【宮殿】豪華な御殿で、特に高級官吏のそれ。キリスト教会の高位の者たちの住居は宮殿(パレス)とよばれ、一方その宗教の「創始者」の住居は乾燥場、もしくは路傍として知られていた。そこに進歩あり。

人間関係
- ACQUAINTANCE 【知り合い】お金を借りるくらいの面識はあっても、お金を貸すほどはよく知らない人。相手が貧乏であれば、「一面識しかない」といわれ、裕福でしかも有名人だったりすると、「懇意な」と呼ばれる友人関係のこと。
- BACK 【背中】自分が落ち目になったとき、つくづくと眺めることが特に許される友人の身体の一部。
- DEFAME 【中傷する】他人について嘘八百ならべる。他人についてありのままをいう。
- FRIENDSHIP 【友情】天気の良い日は二人くらい充分乗れるが、悪い日にはたった一人しか乗れない船。
- NEIGHBOUR 【隣人】わが身と同じよう愛するように命じられているのだが、その命に逆らわせようとわれわれに対して万策を尽くす人間。
- PREDILECTION 【偏愛】幻滅への予備段階。

Secret
(非公開コメント受付中)

なんだか懐かしい
こんばんは。
中学生のとき、筒井康隆の「乱調文学大辞典」を読んでいたことがあるのですが、「悪魔の辞典」のパロディであることを何かで知りました。
その後も何度か、「悪魔の辞典」からの引用を見つけることはありますが、まともに読んだことはないのです。今度読んでみようかな。
筒井訳もあります
吉田様、こんばんは。

「乱調文学大辞典」というのがあるのですね~。
私は読んだことはありませんが、「悪魔の辞典」には、筒井康隆が翻訳しているバージョンもあるようです。
いくつかの言葉の定義を読み比べてみて、翻訳センスが合うものを選んだ方が面白く読めそうです。
角川文庫版は翻訳がやや硬いですが、その文、辞典らしい格調があるように感じられます。でも、よくわからない訳もあって、ちょっとこなれていないかもしれません。

ビアスの定義のもつシニカルさは、人間的な機微を感じさせるモームとは違って、ブラックユーモア的冷笑を湛えたサキに似ていると感じます。
私はモームもサキも好きですが、痛烈さと意外性という面ではサキの方が面白いし、毒性が強いですね。
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
ブログ内検索
最近の記事
最近のコメント
カテゴリー
タグリスト
マウスホイールでスクロールします

月別アーカイブ

MONTHLY

記事 Title List

全ての記事を表示する

リンク (☆:相互リンク)
FC2カウンター
プロフィール

yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

お知らせ
ブログ記事はリンクフリーです。ただし、無断コピー・転載はお断りいたします。/ブログ記事を引用される場合は、出典(ブログ名・記事URL)を記載していただきますようお願い致します。(事前・事後にご連絡いただく必要はありません)/スパム投稿や記事内容と関連性の薄い長文のコメント、挙動不審と思われるアクセス行為については、管理人の判断で削除・拒否いたします。/スパム対策のため一部ドメインからのコメント投稿ができません。あしからずご了承ください。