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『ブラームス回想録集〈3〉 ブラームスと私』
ブラームス回想録集全3巻の中で、一番内容的にバラエティがあって密度が濃いと思ったのがこの第3巻。
第1巻も面白いけれど、手紙の文面が結構多くて、若かりし頃のブラームスに関する回想が多い。
晩年の気難しいひげ面ブラームスとは違った細身の青年ブラームスが爽やか。特にブラームスのレッスンやピアノ演奏に関する回想が印象に残っている。

第3巻の目玉(らしい)のは、シューマン夫妻の娘オイゲニー・シューマンのシューマン一家とブラームスとの生活に関する回想。
私はそれよりも、ヴィトマンの回想の方がブラームスの生活を幅広く伝えていて、面白かった。
愛犬にまつわるエピソードやイタリア旅行記など、とても印象的なエピソードも多数。
他に、作曲家スタンフォードが語るブラームスとイギリスにまつわる話、作曲の弟子イェンナーが伝える師ブラームス、ゴルトマルクが語るライバル作曲家(?)ブラームスなど、違った立場から語られるブラームス像からは、ブラームスの率直さと複雑さが混在した一筋縄では解釈できない人となりがうかがえる。
スタンフォードの話も結構面白くて、おかげで、昨年か一昨年に聴いた時にはそれほど記憶に残っていなかったスタンフォードの作品をまた聴き直してしまったくらい。

ブラームス回想録集〈第3巻〉ブラームスと私 (ブラームス回想録集 (3))ブラームス回想録集〈第3巻〉ブラームスと私 (ブラームス回想録集 (3))
(2004/09/01)
オイゲーニエ シューマン、カール ゴルトマルク 他

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シューマン一家とブラームス(オイゲーニエ・シューマン)
オイゲーニエは、シューマン夫妻の娘。彼女の回想を読むと、ロベルト・シューマン亡き後のシューマン家の人々とブラームスがどれだけ深く親密な付き合いをしていたのかが、よくわかる。
ブラームスは、クララの弟子たち以外に、娘達にもピアノレッスンをしていた。
クララの弟子たちとオイゲーニエとでは、技術的にかなりレベルが違うので、指の訓練用練習曲の選び方が違っていたり、相手によって練習方法に変えていた。

スイスのブラームス(ヨーゼフ・ヴィトマン)
ブラームスとの出会いに始まり、スイスでのヴィトマン家との交流、ブラームスのオペラ観や結婚観、音楽・文学以外の話題を語るブラームス、遺言と財産の使い道、など、音楽以外に関する回想がかなり多い。

小柄でずんぐりした体型で亜麻色の髪をした(ヒゲのない)33歳のブラームスの演奏を初めて聴いたヴィトマンは、「名人芸とも違う激しい演奏とその独特な風貌」の印象が強烈だった。
ブラームスの全身からは力が漲り、獅子のごとき胸板とヘラクレスのような肩幅で、ピアノを弾きながら後ろに頭を豪快にそり返していたという。
洞察力を表わす美しい額にブロンドの睫毛の下からはゲルマン人の眼が演奏の喜びに光り輝き、芸術家魂が指先まで伝わっているようだった。
(※ブラームスの青い瞳の印象深さは、他の著者の伝記でも頻繁に語られている。)

ベルンのヴィトマン家に滞在したブラームスはいつでも元気っぱい。
成功した人物の顔に特有の静けさと光がブラームスを照らし、創造的な仕事から得られる幸福感や深い人間性、あらうることについて考察する誠実さや素直さが現れていた。
産業技術や自然科学の進歩に対しても敏感で、鉄道馬車の広告付き切符やよくできた玩具等実用的な発明を歓迎し、電気やエジソンの蓄音機など大発明を賞賛していた。例外的に自転車は大嫌いだったそうだけど。

《四つの厳粛な歌》は、語り伝えられるような、クララの死やブラームス自身の最後を予感して作られたものではないというのがヴィトマンの解釈。
クララが亡くなる前に作品はすでに完成しており、自分自身の誕生日に贈ったものとブラームスは言っていた。
それに、病気が進行していても、ブラームスは全く気にかけていなかったことを、身近な友人達は知っていたという。

ブラームスと共に巡ったイタリア旅行記が珍しくて面白い。
ブラームスがイタリア好きなのはイタリア・ルネサンスの造形芸術もさることながら、イタリア人気質のため。明けっぴろげで情熱的な人々と一緒にいるのが楽しかった。
ゲルマン民族やブラームス自身にない気質を持つ人たちと過ごすのが好きだったらしい。
ブラームスが感心したエピソードは、古代遺跡のある地域のとある小さな駅で、小銭と大理石のかけらを売る子や地元民がドイツの高名な歴史学者モムゼンのことを知っていたこと。
ドイツの田舎町ならインテリ以外は気にもとめないドイツ人学者の名声が、イタリアの下層階級の人たちにまで響き渡っていることを大喜びしたという。

一番記憶に残ったエピソードは、音楽ではなく、なぜか愛犬アルゴスの奇跡のようなエピソード。
ブラームスが犬を飼っていたとは知らなかったので意外だったこともあるけれど、まるで名犬ラッシーみたいだったので。
グリンデルヴァルトの氷河へ旅行したブラームスは、そこで小さな赤毛のシュナウツァーと逸れてしまい、探したけれども見つからなかった。クレパスに挟まった可能性があるが、秋の落日真近い氷河を探し回るのは危険極まりなかった。
ブラームスは仕方なく諦めて自宅に戻ったが、4日後の早朝、扉を引っかく音で扉を開けてみると、アルゴスの姿が!
4日間かけて、小犬の小さな足でいくつもの氷河や山を越えて(アイガーの中腹に沿って、シャイデッグとヴェンゲンを越え、ラウターブルンネン、インターラーケン、トゥーン湖、最後にベルン)、ヘトヘトになりながらも、ブラームスの家に帰ってきたという。
犬にも帰巣本能というものがあるのかどうか知らないけれど、家からはるか遠くにある氷河で迷子になっても、方角を間違うことなく戻ってきたのは凄い。

ブラームスと付きあう(カール・ゴルトマルク)
ライバルの立場にある作曲家で、それも、音楽上、ブラームスとは対立的な関係にあったと言われるワーグナーを支持しているゴルトマルクの回想。
彼らは感性も気質も水と油のように全く違うので、ブラームスはゴルトマルクの音楽自体は好きではなかったが、なぜか人としては好意を寄せていた。
彼らの付き合いは30年近く続いていた。ゴルトマルクはブラームスから音楽上いろいろ攻撃されていたらしいが、彼の誠実さは認めていた。
ゴルトマルクの回想では、ブラームスの棘のある話のエピソードがたくさん出てくる。
ウィーンの冗談好きが言いふらしたネタ。ブラームスがパーティに招かれ、辞去する際に、「どなたかお気を悪くさせるのを忘れていたら、ごめんなさいよ」。
そんなブラームスも作品が認められるようになると、駆け出しのころの「粗暴で反抗的な」ところが消えて、人当たりもよく丸くなったという。


イギリスのブラームス(チャールズ・ヴィリアーズ・スタンフォード)
英国の作曲家スタンフォードがウィーンやドイツで、見聞きしたり、実際に会ったブラームスと、英国でのブラームスのエピソード。
英国ケンブリッジ大学の博士号授与とイギリス訪問招請の実際の正確な顛末が書かれている。

ハンブルクでスタンフォードが初めて聴いたブラームスの自作自演《ピアノ協奏曲第2番変ロ長調》。
ブラームスの演奏はミスタッチが続出。ソロパートにちりばめられた危険極まりない跳躍音型は正確さとは無関係に弾かれ、間違った音は両手からこぼれんばかり。緩徐楽章はビロードのような肌触りで見事だったが..。
「その威容といい解釈といい、あれほど凄い協奏曲の演奏を聴いたことがない。....正しい音が書かれているのだから、音を外すなどという些細なことは誰も気にしない。」
ブラームスの演奏する姿は、よく見かけるベッケラース教授のスケッチ姿と瓜二つだったという。均整のとれない変わった体形だったらしいが、何よりも目が印象的。
「あんな綺麗な目を見たことがない。深い青で透明。彼の友人曰く「目の中に向かって飛込みができる」。」

「ブラームスが《ピアノ協奏曲二短調》を指揮すると、作品全体に新しい光があたる。特に第一楽章のリズムの揺れだ。厄介な四分の六拍子でかかれており、(略)ブラームスは均等ではない四つ振りだ。このやり方で引きずったり急いだりを押さえ込み、楽章の最後の一音まで徹底的に維持するのだ。テンポは自由自在でところどころビューローのようでもあるが、抑えが利いているので、全体のバランスは崩れない。まさしくルバート本来の姿である。」
それに、「遅い楽章では、無味乾燥な四角四面の演奏を嫌っていた。」(交響曲ハ短調のエピソードが書かれている)

「ブラームスの人柄とは、非凡を絵に描いたようなものである。ユーモアがあり豪胆で目端が利く。周囲に向けては態度が悪かったこともある。しかし、子供好きで彼らからもその文句のつけようのない部分と、ちょっとひねくれて「お下品」なところを慕われていた。」 
同じ年格好の人にはつっけんどんな態度のブラームスでも、年長者にはとても控え目だったという。

スタンンフォードは、「もしもある作品が、それを創った人物の魂を読み解く手掛かりになるとすれば、ブラームスの残した最後のコラール前奏曲、感動的な"世界よ、あなたに別れを告げよう"にこそ、作曲家の心がはっきりと表れている。」と言っている。
《四つの厳粛な歌》は有名だけど、この曲が収録されている最後の作品《11のコラール前奏曲集 Op.122》はオルガン曲を聴く人以外は、あまり知らないに違いない。
このコラール前奏曲集は、ブゾーニが編曲していたことで知ったので、いつも聴いているのはピアノ編曲版。

これは原曲のオルガン演奏。
Bernard Lagacé: O Welt, Ich Muss Dich Lassen - Op. 122, No. 11 (Brahms) - 1978




思い出すこと(エセル・スマイス)
独立心が強く、当時の男尊女卑的思想に批判的だった女性の視点で見たブラームス像なので、かなり手厳しい。
そういう面もあったのだろうと思う部分(女性作曲家に対する偏見らしきもの)と、彼女が理解するブラームス像に強くバイアスがかかっているのではと思える部分があって、あまり読んでいて気持ちの良いという回想ではない。


ヨハネス・ブラームス 人間、師匠、芸術家――研鑽と体験記(グスタフ・イェンナー)
ブラームスが教師を職業にしなくて良かったかも...と思えるほどに、作曲家を育てるには、厳しいスパルタ教育者だった。
唯一、ブラームスから長年にわたって直接教えを受けた弟子イェンナーの"汗と涙の修業記"。
まだ30歳代の若い頃、クララ・シューマンの弟子たちや娘オイゲニーたちにピアノをレッスンしていた回想録を読むと、誉めることもするし、親切に辛抱づよく教えていた。
クララがブラームスは"最高のピアノ教師"と評していたほどに、ピアノ教師になっていたら弟子志願者が殺到したかもしれない。

一方、作曲家ブラームスに「君は音楽についてきちんとしたことを何一つ学んでいない。見せてもらった和声法やら作曲法やらオーケストレーションやらは、どうにもならんじゃないか」と宣告された23歳の若き作曲家イェンナー。
イェンナーが弟子になるまでのいきさつと、実際の教育方法を綴った体験記を読むと、精神的に粘り強く素直な性格でなければ、ブラームスの弟子は務まらないに違いない。
イェンナーがウィーンのブラームス宅近くに引越して、弟子入りしてから1年経った頃、ブラームスはこう言っていた。
「いいかね、これからも僕にほめられることは絶対にない。それに耐えられないようなら、きみの心の中にあるものは、すべて意味がなかったことになるんだ。」
それでも、ブラームスの厳しい指導にめげずについていったイェンナーは、どうにか作曲家らしくなっていった。

ブラームスと「赤いはりねずみ」で食事を共にし語らった時間のなかでも、ブラームスは自分の作品のことや人生について語らなかった。
ブラームスは短く細切れに話すので、必要な時だけ仕方なく口を開くが、その言葉は鋭く正確で核心を衝いていた。
しかし、肝心なことをぼかして話すので、何を言っているかわからないことも多く、自分自身や作品について話すと、わかりにくく真意を理解するのも難しかった。
誤解されていても、それをさらに助長するところがブラームスにはあったらしく、その状態を克服しようと努力した人たちだけがブラームスの信頼を勝ち得た。
弟子イェンナーが言うくらいだから、数々の伝記で伝えられる通り、かなり気難しく、言葉に棘があったり、誤解を招くことが多かったのは事実らしい。

作曲指導には厳格だったブラームスも、弟子の将来のことは気にかけていた。
ウィーンで音楽家としての地位を確立し地盤を固めるために、外出するときにはどこでもイェンナーを同行させたり、音楽関係の仕事で彼を推薦したり、いろいろバックアップしていたようだ。

イェンナーの回想録には、ブラームスの作曲に対する考え方も書かれている。
特に歌曲の作曲法について詳しく、ほかには、転調、変奏曲、ピアノ・ソナタなどについて。

「変奏は少なければ少ないほど良い。でもその中で言うべきことがすべて言えていなくてはいけない」
ブラームスはこの形式を非常に厳格なものと考え、主題選びの段階から細心の注意を払うようにイェンナーに言った。
「変奏曲向きの主題は本当に少ないんだよ」

ブラームスは、まず主題の低音(バス)に注目するようによくイェンナーに言っていた。
「低音は旋律よりも重要なんだ」
上声の旋律は、低音に補足されて初めて形をなす。そして、低音が変奏されるとさらに強い影響が及び、全体の性格が明確になる。曲全体が勝手気ままな変奏を与えないためにも、「絶えず目標を見定めていること。低音部ががっちりしているときだけ、それが可能なんだ。さもないと宙ぶらりんになってしまうぞ。いざ真っ直ぐに、迷わず目標に向けて出発だ」

イェンナーが変奏の調を変えても、怒られることはなかった。ただしブラームス本人はベートーヴェンと同様、変奏曲で調性を変更するのは限定される用法と考え、一貫した変奏の究極の姿、すなわちバッハの《シャコンヌ》を至高のものとみなしていた。

イェンナーはブラームスの自宅に通って指導を受け、昼食を共にし、ウィーン音楽界の会合や演奏会にも一緒に行き、避暑地イシュルへも教えを受けに行っていた。
イェンナーがブラームスと一緒にいた時間は、彼の友人・知人達のなかでも、とりわけ長いかもしれない。
その間、ブラームスからいろいろな話を聞き、生活の一部をともにしていたようなものなので、厳しい師ではあったけれど、尊敬と敬愛の念を抱いていたのが、回想から伝わってくる。




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yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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