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チャールズ・ローゼン著 『ピアノ・ノート』 (2)
チャールズ・ローゼン著 『ピアノ・ノート』 (1) の続き]

(以下は、印象に残った部分の抜粋です。また、文中で言及されていた曲やピアニストの録音に関する参考音源をあげておきました。)



第7章 演奏スタイルと音楽様式
超絶技巧の理想は実際よりむずかしく聞こえることである。(実際の演奏よりむずかしく聞こえない作品を書いたのはおそらくブラームスだけだろう。連弾曲として書かれた『ハンガリー舞曲集』の独奏用アレンジがその典型だが、ピアニストとしては努力した分報われたいと考えるから、リサイタルではこの曲をまず演奏しない。


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参考音源
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これはピアノ独奏版《ハンガリー舞曲》第4番&第7番のジュリアス・カッチェンの演奏映像。放送用録音らしい。
実際、ピアノ独奏版はリサイタルで演奏されないだけでなく、録音も僅かで、映像資料が残っているのはさらに珍しい。
今まで聴いたなかでは、カッチェンとキーシンがテンポも速く技術的にも安定している。
カッチェンの《ハンガリー舞曲》はブラームスらしい陰翳とパッションがあって、独特のコクのある演奏はいつ聴いても楽しい。
連弾版は全部で20曲あるけれど、ブラームスがピアノ編曲版を書いたのは第1~第10番のみ。
カッチェンの《ブラームス:ピアノ作品全集》には、その10曲が録音されている。(過去記事:カッチェン《ブラームス:ピアノ作品全集》より (5)ハンガリー舞曲集

Hungarian Dances Nos. 7 & 4 (Julius Katchen)


ピアノ独奏版の楽譜を見ると、一見、音はそれほど込み入ってなさそうに見える。
でも、左手の跳躍幅がかなり広いし、重音や和音で低音域から中音域へ跳躍することも多い。さらに、右手はほとんど重音なので、両手とも速いテンポで、音を歯切れ良くバタつかずに、しかも音楽的に弾くとなると、かなり至難の技。
ローゼンの言う通り、「実際の演奏よりむずかしく聞こえない曲」というのも納得。
Hungarian Dances (Piano Solo) [楽譜ダウンロード;IMSLP]

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現在、ピアノによるバッハの演奏習慣は混乱している。
50年前には現代楽器でバッハを弾く標準的な奏法があったが、その長所や欠点は別として、これはもはや通用しない。そもそもバッハをピアノで弾くこと自体が誤りとされたため、おそらくこのころから問題が起きたのだろう。

1940年代、50年代には、ハープシコード信仰のプロパガンダにめげずにピアノによるバッハ演奏を守り通した学究派が、抑制の効いた醒めた演奏アプローチこそ正しいと考えた。このアプローチは音楽学校で教えられるようによって、市民権を得た。フーガの演奏では、テーマが現れるときは他の声部を従属的なダイナミック・レベルに抑えることが重要だとつねに考えられてきたが、こういう弾き方だと、フーガは絶えずメゾフォルテで登場するテーマの連続として聞こえる。だが、これはバッハのフーガの正しい奏法とは言えない。バッハのフーガの興味の中心はメインテーマではなく、テーマが他の声部の興味深いモチーフといかに絡み合うかだからである。

1950年代にパリで聴いたイギリス人ピアニスト、ソロモンのフーガは、ほとんど啓示に近かった。第2巻のハ短調フーガは、ソロモンの弾き方はどの声部からも何物も浮き立たせてこないが、にもかかわらず、各声部の音すべてが聞こえてくるのだった。音質は当時バッハ演奏にふさわしいとされていた、シンプルな統一されたカンタービレで、テンポは穏やか、動きは内省的で、響きのバランスが素晴らしく、奏法が正しかろうとまちがっていようと、その演奏は深く心を動かすものだった。

バッハを現代楽器で演奏することに関して、混乱した考え方が端的に現れたのが、ラルフ・カークパトリック編纂の優れた楽譜『ゴルトベルク変奏曲』への序文だった。このなかでカークパトリックは断固とした調子で、ペダルは響きの特殊効果のためにのみ、使うべきで、レガート効果を得るために使ってはならない、レガートは指使いでのみで達成すべきだと述べている。ここでカークパトリックは明らかに、レガートを弾くためのペダルはごまかしだと感じている。だが奇妙なことに、彼は音色効果のためのペダルに疑問を抱いていないようだ-この効果は作曲者のバッハには思いもよらないもので、奏法としては時代錯誤なのに。カークパトリックはまた、ピアノとハープシコードの指使いが当然違うことに思い至っていない。ピアノでは指使いが音色に影響するが、ハープシコードではどんな指使いをしようが音色は単一だ。・・・・・カークパトリックのこの理屈に合わない指摘は、鍵盤奏者が鍵盤を押す、という純粋に身体的・筋肉的経験に支配されていて、それが音楽の見方や解釈にどう影響するかを端的に物語っている。

現代のピアノによるバッハ演奏に普遍的に通用する標準奏法がなく、本物の響きも、学究的な醒めたカンタービレも忠実さや説得力を欠く今日、バッハ演奏は感性のずば抜けたピアニストにのみ可能な、きわめて特異な成功例から、電話機の保留音のようなコンピューター音楽もどきの、全曲通してドライブ感のない欲求不満のものまで、多岐にわたる。

20世紀初頭のモダニズムの巨匠たちはピアノ技法の変革という点ではほとんど貢献していない。ピアノ音楽は彼らの最高傑作にとっての媒体ではなかったが、ストラヴィンスキーは作曲にピアノを使い、シェーンベルクとベルクは新しいスタイルの実験にピアノを使った。シェーンベルクのピアノ曲の手法は、自分でもそう言っているように、本質的にブラームスから発したものだが、作品にはドビュッシーの影響がありありとしている。ベルクのピアノ音楽は19世紀後半のスタイルから派生している。この二人の作品がしばしば誤った演奏によって損なわれるのは、前衛音楽なのだから一点の曇りもない演奏によって、細部にいたるまで全て聞きとれねばならないという偏見のせいである。

ベルクの方が和声の一貫性がある。シェーンベルクは和声構築よりも、表情豊かなモチーフに優れていた。

1920年代、30年代の若い作曲家たちは、1830年代から1850年代に発展したピアノ奏法になんら改変を加えなかったが、例外としてセルゲイ・プロコフィエフがいる。彼はロシア人作曲家のつねとしてフランスの伝統に影響されたが、ピアノの乾いたパーカッシブな響きを、かつて誰も試みたことのない方法で用いた。

今日の職業ピアニストの多くが(そしてむろんアマチュア・ピアニストの大多数が)こういう音楽(前衛モダニズム)と折り合えずにいる。たとえばクラウディオ・アラウはこの世代でもモダニズムの重要作品を弾くことのできる、おそらく唯一の重要ピアニストだろう。


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参考音源
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アラウの珍しいシェーンベルク録音。曲目は《3つのピアノ曲Op.11》
1959年3月ロンドンにて、ラジオ放送用に録音したもの。
吉田秀和氏の著書『世界のピアニスト』(新潮文庫版)によれば、60歳過ぎに来日したアラウは記者会見で、シュトックハウゼンの選択自由(チャンス・オペレーション)の手法をとりいれた『20のグループ』も彼の好む曲だと話していたという。

Claudio Arrau plays Schoenberg 3 Piano Pieces op.11-2

第2曲を聴いていると、ときどき、シェーンベルクの弟子だったアルバン・ベルクの《ピアノ・ソナタ》を連想するような旋律が出てくる。
アラウが弾くシェーンベルクには、濃密な叙情感を感じさせるものがあって、ドビュッシー録音と同じように、作品に内在する感情的な何かを浮き彫りにしようとしているように思えてくる。
当時56歳くらいのアラウが、1959年にこういうシェーンベルクを弾いていたというのはちょっと驚き。ローゼンの言葉にまた納得。

Claudio Arrau plays Schoenberg 3 Piano Pieces op.11-1 [Youtube]
Claudio Arrau plays Schoenberg 3 Piano Pieces op.11-3 [Youtube]

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多くの音楽家が20世紀の難解な音楽スタイルから遠ざかろうとしている。だがこういう音楽家はすばらしい喜びを取り逃がしている。全ての芸術分野に言えることだが、困難を克服して得られたものは、簡単なものをこなして得る平板な経験よりもはるかに意味がある。

ベートーヴェンになってピアノ音楽の音色は大幅に拡大したが、対比効果のために、あるいは単にその本来的おもしろさのために、彼がときおりモーツァルト的な質感や音響技法を使いつづけたことは忘れがちである。ベートーヴェンはモーツァルトよりもレガートを多用したが、スタッカート気味で昔風のノン・レガートなタッチをもちいることもよくあった。

モーツァルトのピアノ音楽で、ピアニッシモがフォルティッシモと隣接するのはただ1箇所しかないが、ベートーヴェンはその初期作品からすでにこういう強い対比がしばしば登場する。ベートーヴェンのテンポ記号はハイドンやモーツァルトと非常に似通っているが、もっとニュアンスに富み、テンポについてももっと柔軟な解釈を要求している。
また、「エスプレッシーヴォ(表情豊かに)」と指定されたパッセージが頻出するが、明らかに、自由なテンポ解釈でという意味だった。
ベートーヴェンのスタイルは幅が広く、モーツァルトほどの優雅さに欠けることもあるが、テンポにそれほど厳格でない場合が多いばかりか、手の位置もずっと多様で、新しい音色を出すために必要な、異なるタッチを弾き分けることを可能にしている。

(終)

tag : シェーンベルク ブラームス カッチェン アラウ 伝記・評論

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はじめまして
こんにちは。ホームベーカリーを買ったばかりでいろいろ検索していたら、こちらのblogに辿り着きました。
なんと偶然にも…私もベートーヴェンとブラームスを愛するピアノ弾き(アマチュア)でして、こちらのblogにとても親近感が湧きました♪いま練習しているのはブラームスのピアノソナタ、第1番1楽章です。
Yoshimi様の記事を読ませていただくと色々勉強になりそうです。また伺わせていただきます!
愛すべきベートーヴェンとブラームス
むらさき様、初めまして。
ブログへのご訪問・コメント、どうもありがとうございます。

ホームベーカリー、とっても楽しいですね!
手間隙かけずに、美味しいパンが焼けますし、いろんな粉やイーストを使うとバラエティも広がります。
おかげで、パンライフが見違えるように充実しました。
「ゴパン」を持っていなくても、美味しい「ご飯パン」が食べられるのも、良いですね。

ピアノ弾きの間で、ベートーヴェンとブラームスの両方を愛する方はあまり多くはないようなので、同じ趣味の方がいらして嬉しいです^^。
ブラームスのピアノ・ソナタなら、有名なのは第3番ですが、私が一番好きなのは第1番なんです。
練習したことはありませんが、第1楽章は力強さと短調の叙情的なところが交錯して、若い頃のブラームスらしくてロマンティックで素敵ですね。
その他の曲では、ヘンデルバリエーションと自作主題の変奏曲、後期の小品集、それにピアノ協奏曲第1番も好きな曲です。

では、またお時間があるときにお立ち寄りくださいね。
今後ともよろしくお願い致します。
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プロフィール

yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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