レーゼル 『ベートーヴェンの真影 ピアノ・ソナタ全集 8 』 ~ ピアノ・ソナタ第31番 Op.110 

2012, 04. 06 (Fri) 12:30

レーゼルのベートーヴェン/ピアノ・ソナタ全曲集演奏会録音プロジェクトもとうとう完結。
最終回のリサイタルは、2011年10月12日、紀尾井ホールにて。
このCDは全てライブ録音だと思っていたけれど、セッション録音も交えて...とPR文に書いている。たしかに、リサイタルは1日だけなのに、シリーズのCDにはリサイタル前日も録音日として記載されている。
一部編集しているのか、それとも曲(または楽章)ごと、入れ替えているのか、どちらなんだろう。
でも、録音で聴いた演奏自体が良かったので、編集のことを気にする必要もないかと。

今回のリサイタルでは、ベートーヴェンが初期と最後に書いたピアノ・ソナタ4曲を、第2番、第31番、第1番、第32番の順番で演奏している。
第2番はそれほど好きな曲ではないけれど、第1番は結構好き、第31番と第32番はこの上なく好きという、またとないプログラム。
でも、全曲を一気に聴き通すのはかなりヘビー。これをライブで聴いた人はかなりの集中力が必要だったのでは。

ペーター・レーゼル ベートーヴェンの真影 ピアノ・ソナタ全集 8ペーター・レーゼル ベートーヴェンの真影 ピアノ・ソナタ全集 8
(2012/01/25)
レーゼル(ペーター)

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ピアノ・ソナタ第31番 変イ長調 Op.110[ピティナ作品解説]

プログラム前半の2曲目が、ピアノ・ソナタ第31番Op.110。
レーゼルは予想通り、細部まで凝った感情表現や派手な緩急強弱のコントラストをつけるのではなく、精密で安定した切れの良い技巧と澄んだ豊かな和声の響きが美しく、淀みなく滑らかな音楽の流れと過剰な飾りのない表現。
聴けば聴くほど自然に身体のなかに浸みわたってくる。今まで聴いた31番ソナタのなかでも、とりわけ素晴らしくマイベストになりそう。
今まで一番良く聴いてきたアラウの新旧2つの録音に比べて、レーゼルは細かいディナーミクのコントラストが緩めで、ルパートも控えめなので比較的インテンポ。
タッチや表現が粘ることなく、淀みなく流れ、輪郭が明確ですっきりとしたフォルム。
特に、柔らかく温もりのある音色と澄んだ響きが美しく、厚く長めの残響の和声でも、濁りなく充実した響きに包まれるような感覚。落ち着いた音色は多彩に変化し、響きのバリエーションも豊か。
フォルテになると、レーゼルらしい左手の力強く弾力のあるタッチで、明確に打鍵していくので、ゆるぎない安定感がある。
レーゼルの31番ソナタは、内面の軌跡が描かれているような叙情美しいこのソナタのなかに、過去の感情が浄化され、強い意志の力が流れているように感じさせるものがある。


第1楽章 Moderato cantabile molto espressivo
柔らかく軽やかであっても、芯のしっかりした響きが伸びやか。音の輪郭も明瞭で、落ち着いた色彩感が綺麗。
濁りのない澄んだ響きには厚みと暖かみがあって、包みこまれるようなとても心地良い響き。
主題部分の左手伴奏和音や、続く右手のアルペジオは、アクセントがついた1拍目の音がよく響き、リズミカルに一つの旋律のように繋がっている。
弱音部分でも粘りのないタッチで、細部の繊細さに拘泥することなく、淀みないレガートが滑らか。
かなり細かくペダルを入れているのだろうか、残響が長めで、異なる和音が連続する低音部のパッセージでも音が濁らない。
この美しいソノリティと過剰さのない表現は、清々しく爽やかな叙情感。過去や雑念を洗い流したような、澄み切った心情を感じさせる。

第2楽章 Allegro molto
シンプルな和音とシンコペーションのリズムが面白いスケルツォ。
両端楽章とは全く異なる曲想と音の配列は、全く別世界で戯れているようにも聴こえる。
少しゆったりとしたテンポをとり、ややノンレガートなタッチと正確に刻んだリズムで、一音一音が明瞭でかっちりとしたフォルム。

展開部は、左手の飛び跳ねる音がリズミカルで、右手は一音一音明瞭に下行していく。音が無邪気に戯れているような雰囲気。ちょっとユーモラスな部分もあるかも。
ここは左右の手を交差して弾くところで、高音部のフレーズの最後の2音を強いスタッカートで弾く人が多い。
レーゼルのスタッカートは少しふんわりした柔らかいタッチなので、雰囲気的な統一感がある。(この弾き方はとても好き)
最後はもやもやとした曖昧さが立ち込めて、主題が再現される。
ユーモラスな雰囲気の中にも、主題部には漠然とした不安感や焦りなような何かが漂っているかのようにも感じる。
でも、休符の小節の直前、リタルダンドの後に突如現われるフォルティシモの和音は、突き刺さるように強くて切れが良い。
まるでそういう迷いを断ち切るかのように潔く響いている。

第3楽章 Adagio,ma non troppo - fugue,allegro ma non troppo
最初のアリオーソ。テンポや強弱をそれほど細かくは変化させず、左手がきちっとリズムを刻み、右手の旋律はクリアな響きで淀むことなく、やや淡々としたタッチ。
そのなかにも細部で小さな揺らぎが挟み込まれているので、単調さや素っ気なさはなく、レーゼルらしいストイックな叙情感が美しい。

続いて現われる最初のフーガ。各声部の旋律線がしっかりと分離されているけれど、レーゼルのフーガは何よりも旋律がからみあう和声の重なる響きに厚みがあって、豊かに響く。
左手低音部のフォルテも力強く立ち上り、崩れることのない構築物のような重層感があり、揺らぐことない力強さのある堂々としたフーガ。

2度目のアリオーソ。最初のアリオーソに比べて、全体的に弱音寄りになり、左手側の和音のタッチが柔らかく、右手側の旋律は少し弱々しげ。
静かに内面と対峙しているように、哀しみがほのかに漂うようなストイックな叙情感のなかにも、最初のアリオーソよりも強い感情が篭められているような気がする。

2度目のフーガは、最初のフーガとは逆に下降する。アリオーソの痛みをゆっくりと癒しているようにも聴こえる。
冒頭はuna cordaのはずだけど、それほど弱音化していないので、弱音ペダルを踏んでいないような感じがする(たぶん気のせい)。
最初からかなりクリアな響きで、比較的早く生気が蘇るように、輪郭もしっかりして、響きも明瞭。
左手のオクターブも弾力があって力強く、リズムと音色が多彩に変化し、動的になっていくフーガの絡み合う旋律の和声の響きが豊か。
やがてフーガが解体していくようにリズムが崩れて拡散しつつ、モノフォニックなコーダに入るところは、アッチェレランドしてかなり速いテンポ。

コーダに入ると、最初のフーガの主題が左手オクターブ、右手の単音の旋律から和音の旋律へと順番に現われ、輝かしい復活の喜びに溢れている。
左手オクターブの重音で弾くフーガの主題は、杭を打ち込むように弾力があって力強い。
この速さでも、打鍵もリズムも精密で少しも乱れるところがなく、このまま一気に駆け抜けていく。この力感と疾走感は圧巻。
特に、左手の力感のある明瞭な打鍵とシャープなリズム、分散和音でも重音でも音の粒立がちよく、濁りのなく充実した響きがレーゼルらしい。
最後に低音部から力強く立ち上ってくるアルペジオは、フィナーレに相応しい重層感のある堂々とした響き。
今まで比較的抑えた表現だったせいか、感情が解放されたような高揚感と、強くゆるぎないポジティブな意志が輝いているかのような、本当に素晴らしいエンディング。

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