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レーゼル 『ベートーヴェンの真影 ピアノ・ソナタ全集 8 』 ~ ピアノ・ソナタ第1番 Op.2-1
レーゼルのベートーヴェン/ピアノ・ソナタ全集全曲録音プロジェクトの最終回は、2011年10月12日に紀尾井ホールで行われたリサイタル。
ベートーヴェンが初期と最後に書いたピアノ・ソナタ4曲を、第2番、第31番、第1番、第32番の順番で演奏している。
後半のプログラムは、最初と最後のピアノ・ソナタを2曲続けて演奏するというかなりユニークなプログラム。
レーゼル曰く、「私としては作曲時期こそ離れていますが、それほど大きな違いは感じていません。というのも、作品2-1の最終楽章と作品111の第1楽章は雰囲気が非常に似ていて、怒りや不屈といった気持ちを抱くものですから、弾き手としては自然に入っていけるのです。」(「レコード芸術 2012年3月号」掲載のインタビューより)

若きベートーヴェンの意欲に満ちた第1番は、疾風怒濤のような荒々しさがある。
レーゼルのピアノで聴いていると、強い意志と渦巻くような情熱が漲るなかにも、洗練された美しさと端正さがきらきらと輝いている気がしてくる。
ベートーヴェンはいつの時代でも、理性と感情の均整がとれた美しさがあると思う。

ペーター・レーゼル ベートーヴェンの真影 ピアノ・ソナタ全集 8ペーター・レーゼル ベートーヴェンの真影 ピアノ・ソナタ全集 8
(2012/01/25)
レーゼル(ペーター)

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ピアノ・ソナタ第1番ヘ短調Op.2-1 [ピティナ作品解説][楽譜ダウンロード(IMSLP)]


第一楽章の冒頭部分から、師ハイドンのピアノ曲とは違ったベートーヴェンらしさが刻印されている。
Op.1の3つのピアノ三重奏曲第3番ハ短調よりもさらにストレートに、暗く揺らめく情熱がほとばしるベートーヴェンの世界。

第1楽章 Allegro
ヘ短調で悲愴感のある冒頭スタッカートのアルペジオの主題がとても印象的。時々調性を変えながら繰り返しエコーする。
最初の2つの音を聴いただけで、この曲だとすぐわかってしまう。
第2主題は、左手か右手のどちらかが絶えず細かく動きまわり、立ち止まることなく走り続けているよう。
左手がオクターブ離れた音で急速移動する伴奏の音型は、ピアノ・ソナタ第7番や第8番《悲愴ソナタ》とかでもよく出てくる。
レーゼルの澄んだ響きと落ち着いたクールな音色が爽やか。張りのある音でひく滑らかなレガートも綺麗。
弾力のあるタッチで弾かれる左手の伴奏は、その音型のなかに埋め込まれている旋律がくっきりと浮き上がってくる。
時折挟まれる左手のシンコペーションのリズムは、ピンと張った弦をはじくように、強いアクセントになっている。

第2楽章 Adagio
ベートーヴェンは、andanteよりもadagioを指示していることが多いという。(中野達哉さんの『ブラームスの辞書』によれば、「Adagioのベートーヴェン、Andanteのブラームス」)
ベートーヴェンのadagioは、端正なロマンティシズム漂う美しい旋律と和声の曲が多い。
この楽章も、ゆったりと歌うようなレガートな旋律とシンプルな分散和音の伴奏に、牧歌的な穏やかさと優しさが満ちて、うっとり。レーゼルの透明感のある明るい響きがほんとによく映えている。

第3楽章 Menuetto,Allegro
メヌエットはヘ短調で漠然とした不安感と悲痛感が漂い、どこかしら落ち着かない雰囲気がする。
トリオはヘ長調に転調して明るく軽やか。主題が右手から左手へと順にあらわれ、その後で弾かれるユニゾンの主題の響きがとても綺麗。

第4楽章 Prestissimo
第1楽章よりも、さらにベートーヴェンらしい疾風怒濤の勢いのある楽章。
右手の和音が力強く連打されるところは吹き荒れる嵐のようで、左手の三連符の伴奏がアルペジオを交えながら鍵盤上を上行・下行し、絶えず疾走しているような雰囲気。

21小節目で高音部から一気に駆け下りてくる下行スケール。
右手の4分音符を浮き上がるように強く響かせる人が結構多い(これがわりと面白い響きに聴こえる)。レーゼルはこの音にアクセントはつけず、あえて強調することはしていない。
その直後にユニゾンで2回続けて弾く"A♭-G-F♯-G-A♭-G-F♯-G"の旋律は、不吉に忍び寄る足音のようでゾクゾクとする。
34小節目から右手オクターブの主題が繰り返し下行して行きつつ、左手の分散和音の伴奏がじわじわと上行していくところは、嵐に立ち向かおうとする静かな力強い意志のように聴こえる。
展開部は、ほっと一息つくような、伸びやかで愛らしい主題。高音の旋律の響きが、甘くきらきら煌いている。

最終楽章は疾風怒涛の如き曲想のせいか、嵐が叩きつけるようにフォルテを勢いよくバンバン弾く演奏が多いので、耳に痛い。たしかに迫力はあるけれど。
レーゼルのフォルテはタッチがシャープで力感はあっても、音が割れずにクリアで引き締まった綺麗な音で、耳に突き刺さるようなこともなく。
右手で弾く主題の3つの和音のうち、第1拍の強拍にくる最後の和音にアクセントをつけ、響きが長めで伸びやか。
速いテンポでも勢いにまかせることなく、鋭く精巧なタッチとクリアな響きで引き締まったフォルムは、激しい感情が噴出する情熱というよりは、きりりとした凛々しい覇気を感じさせる。


                       

ベートーヴェンの伝記を読んでいると、師ハイドンとのエピソードがいろいろ登場して、これが結構面白い。
師弟関係といっても、実質的には直接ハイドンから指導を受けたことは少なく、ベートーヴェンは他の作曲家に作曲技法を学んでいる。
すでに有名な大作曲家であったハイドンは、公私とも多忙で、イギリス渡航の時期とも重なって、ベートーヴェンに詳しく作曲に関して教えることは無理だったらしい。

ベートーヴェンは、一応ハイドンに対位法の指導を受けたが、これがかなりアバウトで、まともに対位法を使って作曲できるレベルの指導ではなかったという。
ベートーヴェンが他の作曲家に対位法を学びに行ったとき、対位法の基礎が習得できていないことに驚かれてしまったほど。
ベートーヴェンの最初の作品であるピアノ三重奏曲3曲を初演で聴いたハイドンは、3番目のハ短調は出版しない方が良いと忠告したが、ベートーヴェンはそれを受け入れずに、そのまま出版した。これも、2人の関係をややこしくした原因の一つ。

ベートーヴェンの作品番号1は、彼の得意なピアノ・ソナタでなく、なぜか、ピアノ三重奏曲。
『室内楽の歴史―音による対話の可能性を求めて』(中村孝義著)の分析では、すでにピアニストとして有名なベートーヴェンがピアノ・ソナタをデビュー作として発表すれば、作曲家としてのイメージがピアノ作品に限定されかねない。
当時、新人作曲家たちは、重要なジャンルの弦楽四重奏曲を作品番号1として発表し、デビューするというパターンが定石。
この弦楽四重奏曲はハイドンが完成された様式を確立しているため、ベートーヴェンがすぐには太刀打ちできない分野。
結局、当時さほど優れた作品がないピアノ三重奏曲なら、作曲家として認められやすいという判断によるもの。
それに、普通、作品番号1は師に献呈されるはずなのに、ベートーヴェンはそうしていない。
最初に師に献呈したのは、作品番号2のピアノ・ソナタ3曲。

ベートーヴェンの初期の作品を番号順に見てみると、最初の10曲はわりとマイナーな分野の室内楽が多く、そこに作曲家として名をなそうという野心的なベートーヴェンの戦略的な視点が見てとれるという。
 Op.1 ピアノ三重奏曲第1番~第3番
 Op.2 ピアノソナタ第1番~第3番
 Op.3 弦楽三重奏曲
 Op.4 弦楽五重奏曲
 Op.5 チェロソナタ第1番~第2番
 Op.6 四手のためのソナタ

当時、ピアノ三重奏曲は、家庭音楽的な娯楽的色彩を持っていたが、ベートーヴェンは、いわゆるウィーン古典派と言われる理想的スタイルからは逸脱した、新鮮な着想と清新の意気に満ちた作品を書いた。
第1番と第2番は長調で明るく軽快。第3番のハ短調になると、これはいかにもベートーヴェン的な世界。
第1楽章の主題の性格が、大きな感情の揺れをストレートにぶつけるようで、不安感を呼び起こす暗鬱な情熱と不気味な雰囲気。展開部もベートーヴェンらしく主題を徹底的に展開していくので、楽章全体の性格は重く、力強く激しい緊張感に満ちた性格。第3、第4楽章も同様。
作品番号1は好評で、ベートーヴェンの新人作曲家としてのデビューは成功だった。

<参考文献>
『ベートーヴェン〈上〉』(「ハイドンとベートーヴェン」),メイナード・ソロモン著,岩波書店,1992
『室内楽の歴史―音による対話の可能性を求めて』,中村孝義著,東京書籍,1994

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yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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