レーゼル 『ベートーヴェンの真影 ピアノ・ソナタ全集 8 』 ~ ピアノ・ソナタ第32番 Op.111 

2012, 04. 12 (Thu) 20:00

レーゼルのベートーヴェン/ピアノ・ソナタ全集全曲録音プロジェクトの最終回は、2011年10月12日に紀尾井ホールで行われたリサイタル。
プログラム最後の曲は、当然のことながら、ベートーヴェンが書いた最後のピアノ・ソナタである第32番ハ短調Op.111。
リサイタルを聴いたブロガーの人たちは、軒並み絶賛している。このCDの録音がリサイタル当日のライブ録音なのか、前日のセッション録音なのかどちらなんだろう。
ライブ録音でなくても、これだけ素晴らしい演奏がCDで聴くことができただけで充分満足。

ペーター・レーゼル ベートーヴェンの真影 ピアノ・ソナタ全集 8ペーター・レーゼル ベートーヴェンの真影 ピアノ・ソナタ全集 8
(2012/01/25)
レーゼル(ペーター)

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ピアノ・ソナタ第32番 ハ短調 Op.111[ピティナ作品解説]

第1楽章 Maestoso-Allegro con brio ed appassionato
レーゼルにしては、大胆なくらいについた緩急・強弱のコントラスト。
"峻厳な運命に対する抵抗と闘争"と"束の間の安息"を表わしているかかのように、疾風怒濤のような急迫感、緊張感に厳しさ、それと対極にある瞑想するような静寂さとが、見事なくらい鮮やかに対比されている。
Allegroに入った時、これは凄い演奏かも..という予感。
導入部のMaestosoが終わって、Allegroに入ると、単旋律とユニゾンの主題が9小節にわたって提示される。
強いアクセントのついた3音(C-E♭-B)がオドロオドロしく、この楽章の至るところで、この音型がエコーする。「運命の動機」のように、これが頭にこびりついて離れなくなる。
ritenente から a tempo でテンポが戻ると、8分音符が連続する単旋律のユニゾンがアッチェレランド気味に一気呵成に鍵盤上を駆け上がっていく。シャープでクリアな打鍵でかなりの急迫感。
主題の応答部はホモフォニック。緩徐部分はかなりテンポを落とし、弱音の静寂さが立ち込めている。
再びa tempoで主題が提示されるところでは、静寂さを打ち破るように、鋭く力強く突き刺さるようなタッチで始まる。
この繰り返し交代する緩急・強弱のパッセージは、変拍子のようにテンポやリズム感が一変して、別々の世界。
第86小節から右手の厚みのある和音で弾く主題と、上行する左手アルペジオの響きが、クレッシェンドしながら豊かに重なっていき、この勢いはかなりの迫力。

レーゼルのタッチは、急速部分では鋭く峻厳な打鍵で、一音一音釘を打ち込むように、力感があり明瞭。(レーゼルが若い頃に録音したプロコフィエフの《ピアノ協奏曲第2番》第1楽章のカデンツァの冷徹峻厳な演奏を思い出した)
66歳という年齢でも、速いテンポの細かいパッセージは崩れることなく、精巧で力感のある打鍵のコントロール力が凄い。
密度の高い音が重なりあう和声の響きは豊かで重層感があり、ペダリングが巧みなせいか、テンポが速くても混濁することがなくて美しい。レーゼルの濁りのない音色と和声の響きの美しさは、どの曲の演奏でも印象的。
何度聴いても、この第1楽章は本当に素晴らしい演奏だと思う。


第2楽章 Arietta  Adagio molto semplice e cantabile
テンポ、ディナーミク、タッチ、音色の色彩感と和声の響き、それに音楽の流れが完璧に調和して、いままで聴いてみたいと思っていた理想の演奏。
冒頭の主題はややゆったりしたテンポでも、molto sempliceの指示があるので、弱音の繊細さに耽溺することはない。
弱音の音色がやや暗く、音が少し沈んでいくように感じるところは、横たわって疲れた身体と傷を癒やしているような寡黙なモノローグ。
第1変奏、第2変奏に入ると、テンポもかなり上がり音色も明るく輝き始めて暖かい。柔らかく重なりあう響きとレガートな旋律がメロディアス。
第1変奏から第3変奏まで、楽譜上の音価が半分ずつ短くなっていき、段階的に(倍速で)速度が上がっていく。
ピークに達した第3変奏は、一貫して符点のリズムで統一され、躍動的なエネルギーが溢れている。ここをジャズ的という人もときどきいる。
レーゼルのインテンポで崩れないリズムと淀みなく繋がる旋律は、舞い上がるように軽やか。開放感と力強い高揚感で輝かいている。
まるで内面的な感情の軌跡のように、瞑想的なモノローグが叙情的な歌から歓喜の舞踏へと変容していく。

第4変奏に入ると、両手とも低音部で演奏され、弱拍部分で繋がれたある右手の和音の旋律は、霞がかったようにぼわ~と響く。
その後、スケールで駆け上がって両手が高音部へ移り、右手の旋律と拍子を刻むような左手の旋律は、透き通るようにクリアな音色で温もりと煌きがあり、鐘の音のように綺麗。
終結部に近づくと左手伴奏が高音のオスティナートから低音のアルペジオに変わり、弱音の静けさから一気に解放されて、豊かで力強い。
最後にトリルが登場すると動的な動きが止まって、水面の波紋の広がりを見ているように、時間の流れが変わる。
連打される左手バスの鐘のような音が、三重トリルの響きのなかに溶け込んでいく。

第5変奏へ入る前の移行部はかなりゆったりと弾いている。主題が和音の中に織り込まれて、そのまま途切れることなく第5変奏に。
主題は数小節にまたがる息の長い旋律になり、対照的に伴奏部分は第3変奏のように32分音符で分散和音で音が様々に変わり、内声部は拍子を刻むよう。動的な流れのなかにも、規則的なリズムが鼓動している。
クレッシェンドとデクレッシェンドが繰り返され、sfが交代する様子は、まるで大きな波のうねりのようなゆったりとした躍動感。
インテンポで、終盤に向かって着実に前進していくように、大きなうなりの中で徐々にクレッシェンドし、力強いフォルテと、最後は少しアッチェレランドしてクライマックスに。
輝きのある音色と途切れることのないレガートな流れのなかで、じわじわと内面から高揚感と開放感が湧き出てくる。(もう少しパッショネイトな高揚感があっても良いかも)

フィナーレは言葉では表わせないような美しさ。
3つの声部がそれぞれくっきりと浮かびあがり、透明感のある響きの美しさは、魂が浄化された純粋な世界。
右手の高音部のトリルが天高くクリアに響き、主旋律の弱音は静かに、伴奏的なパッセージはリズミカルで時々オスティナートのように響く。
最後にやや螺旋気味に上行するユニゾンは、澄み切った高音が天上の調べのように清らかで美しく。
やがて地上に舞い降りてくるかのように、ユニゾンのスケールで一気に下行し、穏やかに静かにゆっくりとフェードアウト。

ピアニストが音楽のなかに溶け込んで、音楽自らが自然にその姿を現しているかのような最後のソナタだった。
レーゼルが演奏を終えると、聴衆の拍手が鳴り止まなかったという。
今までのリサイタルでは、アンコールとしてベートーヴェンのバガテル集から1曲だけ弾いているけれど、この最後のピアノ・ソナタの後にアンコールなんてありえない。
レーゼルが自らグランドピアノの蓋を静かに閉じた後も、聴衆のスタンディング・オベーションが続いていたそうです。

                            

CDのブックレットの最後2ページには、レーゼルからのメッセージの言葉が日本語・ドイツ語で書かれている。
レーゼルにとって、このベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲演奏会というツィクルスは、「挑戦を伴う仕事であり、私は勇気と情熱を持ってこの仕事に取り組みました。」
コンサートシリーズの主催者である新日鉄文化財団とCD製作者のキングレコードに対する謝辞も書かれている。
最後の言葉は「私の生涯の夢がかなったのですから。」

この全曲演奏会が始まるきっかけとなったのは、2007年4月29日東京・紀尾井ホールで行った30年ぶりの来日リサイタル。
ハイドン、ベートーヴェン、シューベルトの最後のピアノ・ソナタ3曲というプログラムで、この時の演奏があまりに素晴らしかったため評判になったことから(「音楽の友」2007年ベストコンサートでピアノ部門1位)、このベートーヴェン全曲演奏会・録音プロジェクトが始まった。
それ以前の2005年ドレスデン音楽祭では、紀尾井シンフォニエッタ東京とベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲を演奏している。このときのレーゼルの演奏が素晴らしかったため、紀尾井ホールでの来日リサイタルにつながったという。(ドレスデン音楽祭のレポート)

旧東独時代に国営レコード会社ドイツ・シャルプラッテン(VEB Deutsche Schallplatten)に録音したベートーヴェンのピアノ・ソナタは、今CDが入手できるものが7曲。全集録音はしていなかったらしい。
そのうち、ベルリンの壁の崩壊とともに、東ドイツの社会主義体制も崩壊。同時にドイツ・シャルプラッテンも消滅した。
東独時代に膨大なレコーディングを行っていたレーゼルも、90年以降は新譜が見当たらない。
西側のレーベルとは契約せず、新規の録音をすることがなかったらしい。("Answers"というウェブサイトのプロフィールでも、"the pianist's activity in the recording studio began to taper off in the latter twentieth and early twenty first centuries"と書かれている。一方、演奏会は欧州、米国、アジアで頻繁に行っている) ドイツ統一後、旧東独の音楽界の主要ポストに西側の音楽家などが就任し、レーゼルは長い不遇の時代を忍耐強く過ごしたという話もあるらしい。

30年ぶりの来日リサイタルをきっかけに、遠く離れた日本から、ベートーヴェンのピアノ・ソナタとピアノ協奏曲の全曲ツィクルス、それにピアノ・ソナタ全集録音のオファーがあるとは、レーゼルにとって思いがけないことだったはず。
多くのピアニストにとって、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集を録音することは、"生涯の夢"に違いない。
レーゼルにとって、「ベートーベンは常に傍らにいてくれる最上の友人であり、生涯到達しえない謎の人でもある。」
全集録音を完結させるために毎年数曲ずつ演奏会で弾き、録音していった4年間の歳月は、25年間を費やして32曲のピアノ・ソナタを書き上げたベートーヴェンとじっくりと向き合うために必要な時間だったのでしょう。

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