*All archives*



佐藤健太郎著『医薬品クライシス―78兆円市場の激震』(新潮新書)
創薬関係の本を何冊か読んだなかで、一番よい勉強になったのが、佐藤健太郎氏の著書『医薬品クライシス―78兆円市場の激震』(新潮新書,2010年1月)。
医薬品に求められる科学的な要件・機能、創薬のプロセスとその難しさ、最近の医薬品研究・開発トレンド、2010年問題など、今まで知らなかったことが多い。
文体・内容ともわかりやすく、化学・医学の専門的知識がない門外漢でも理解しやすい。
多少は知っていた医薬品や業界の知識から、なるほどと思うこともいろいろあったし、創薬にまつわる基礎的な知識を得るには良い一冊だった。

医薬品クライシス―78兆円市場の激震 (新潮新書)医薬品クライシス―78兆円市場の激震 (新潮新書)
(2010/01)
佐藤 健太郎

商品詳細を見る
 佐藤健太郎「ゼロリスク志向」と「2010年問題」(波 2010年2月号より)

製薬業界の「2010年問題」に関する資料はネット上に多数ある。
NHKのドキュメンタリー番組でもルポされていた。
「追跡!AtoZ:新薬が生まれない」(2010年3月13日放映、NHKのホームページでは番組の一部が視聴できる)

番組のなかで図示された売上構成グラフを見れば、日本の大手製薬企業の収益が少数の医薬品に依存しているのが一目瞭然。主力製品群の特許切れにより、ジェネリック医薬品に切り替えられてしまった場合、他産業では考えられないような売上激減が起こる。


<読書メモ>

1章 薬の効果は奇跡に近い
本書の対象医薬品は、病院で処方される「医療用医薬品」。
製薬会社の新薬開発投資は、軒のみ総売上の約20%。世界最大手・ファイザーの研究開発費は年間9000億円。(他の多くの製造業の研究開発費は、売上高のせいぜい2~6%前後)
世界の製薬業界全体の新製品は、年間たったの15~20製品(新規な構造を持った低分子医薬の製品のこと)
膨大な臨床データに基づいた厳しい審査があり、製品を作りだすこと自体が極端に難しい。臨床試験の壁は年々高くなっている。
新薬を出すのは恐ろしく難しいが、一発宛てれば大逆転---という、極めてギャンブル性の高い世界。

「医薬分子はターゲットたんぱく質への結合という面では、できるだけ大きい方が有利だ。しかし生体膜という障壁を突破するには、サイズは一定レベルより小さくなければならない。また胃液や消化酵素に耐えるために非常に丈夫な構造である必要があるから、医薬分子を構成するために利用できるパーツはかなり限られてくる。
また人体の6割が水である異常、医薬となる化合物はある程度水に溶けないと話しにならない。また肝臓、血中アルブミンといった防御システムをかいくぐるためには、脂溶性が低い方が基本的に有利となる。ところが生体膜を通過して医薬が患部に届くためには、ある程度の脂溶性が必要だ。
医薬研究者は、これだけ矛盾した条件を満たしつつ、無数のタンパク質の中から標的だけを正確に捉える分子を設計しなければならない。」


2章 創薬というギャンブル
医薬品業界における「研究」と「開発」の違い;
「研究」-臨床試験以前の段階、つまり動物実験で有効性と安全性を確かめる段階。
研究段階(動物レベルで充分や薬効と安全性を示す化合物が手に入るまで)で5年ほどかかるのが普通。

「開発」-臨床でヒトに対する試験を行う段階。
時間と膨大な費用がかかる。数百~数万人に医薬候補化合物を投与し、効果と安全性を綿密に検証する。
化合物が医薬品として認可されるまでには、百億円単位の費用と10年以上の歳月を必要とする。
研究段階で数千もの化合物から絞り込まれた医薬候補品のうち、臨床試験の関門を突破した「医薬」となるのは、わずか数%。

臨床試験に入る化合物は、2種類以上の動物での毒性試験をクリアしている必要がある。
臨床試験は第Ⅰ~第Ⅲ相の三段階。有効性が確認できないか、その薬を服用することによる利益を上回る害があると判断されれば、その段階で試験は停止(ドロップ)。第Ⅱ相は最もドロップする化合物が多い。
第三相試験(多数の患者が対象。比較対照の医薬品との効果の違い、副作用の有無などを確認)の結果、十分な安全性と効力があると判断した場合、厚生労働省に新薬承認を申請し、審査が行われる。
長期にわたる安定供給力も審査対象。新薬が承認されていなくとも、製造工場を建設しなければならない場合もある。
審査には、最低でも1年(※)、最近では3~4年。結局、プロジェクト開始~新薬承認・発売まで通算15年ほど。
※特別な医薬品、緊急を要する医薬品の場合。

3章 全ての医薬品は欠陥品である
※この章では、一般の人が抱いている医薬品(に限ったことではないが)への期待と、実際の医薬品の役割・機能とのギャップがいろいろ書かれている。

「医薬というものは病気の原因を直接叩き、根治させるものではない。
その調整能力によって決定的な破綻を防ぎ、自然治癒能力による回復を待つのが医薬の本質だ。医薬は基本的に対症療法であり、根治を目指すものではない。抗生物質や抗ガン剤は、病原菌やガン細胞といった病気の原因を直接叩くタイプの医薬だが、これらはあくまで例外に属する。」

「医薬とは、病気によるリスクをゼロにするものではない。薬を投与せず、自然治癒力だけに任せるリスクよりも、薬を投与した方が総合的に見てリスクが少なくなると見込まれたときに使われるものだ。重篤な疾患に対してはそれなりのリスクを伴う医薬を処方しなければならないこともある。」

毒と薬は紙一重。抗ガン剤の多くは、DNAの破壊等によりガン細胞の増殖を抑えるが、同時に正常細胞にもダメージを与え、強い副作用を弾き起こす。免疫抑制剤の副作用もこれと同じタイプ。

医薬品の効力には個人差がある。肝臓にある代謝酵素の量・組成は個人だけでなく、人種間でも大きな差があるため、他国で行った臨床試験データがそのまま利用できない。(ex.抗がん剤イレッサの副作用)

臨床試験のデータで有効率が半分以下という薬は珍しくなく、25%という薬もある。医薬品の場合は服用者の四分の一が病苦を免れれば、立派な効能と考えられている。


4章 常識の通用しない78兆円市場
アメリカの薬価は約42兆円と世界一で、世界の製薬企業の主戦場。2位の日本市場の約6倍という巨大市場。
医薬広告も盛大、薬価も各社が自由に設定可能。
ex.特殊な白血病の画期的治療薬ノヴァルティス社のグリベックは、月当りの薬価が2200ドル。

2010年問題:特許切れの恐怖
医薬品は特許権存続期間は特許出願から20年間(申請により5年まで延長可能)。
先発品は研究段階や臨床試験に膨大な費用を投入。ジェネリック医薬は簡単な試験を通過するだけで販売許可。先発品の1/3~1/5という低価格。

アメリカには強力なジェネリックメーカーが存在。患者負担がもともと大きいため、先発品からの切り替えが早く、ジェネリックは数量ベースで市場の50%超。(日本では2012年に30%まで引き上げる厚生労働省の計画)
先発品の売上げは、特許が切れた瞬間に急落し、2年でシェアは1/10に落ち込むと言われる。(日本はジェネリックメーカーの力が弱く、今のところそれほど急減することはない)

高収益で不安定な業界構造:「新製品を創りにくいが、一つ一つの製品は巨大な利益を生む。しかしその売上げは、ある日を境に急落する」。医薬品業界では、一つの製品が失われただけで経営に大打撃。
ex.世界最大手ファイザーの売上約4兆5000億円のうち、リピトール(高脂血治療薬)の売上が2007年では全体の1/3)

1990~2000年代初頭には、大型製品(1剤で年商10億ドルを超える新薬。ブロックバスター)が相次いで誕生。2010年前後に一斉に特許が切れるため、利益は激減する。
同時に、医薬品開発費用の急増(一説には5-6倍)、特許切れのリスク分散のため、買収・合併による製薬企業の急速な巨大化=メガファーマの誕生。

5章 迫りくる「2010年問題」
問題の本質は2010年前後に多くの医薬の特許が失効することではなく、それをカバーする新薬が出てこないこと。
FDAの新薬承認件数:1998年53品目、2002年以降年間30品目以下、2007年18品目。
ex.ファイザーが総力を挙げて開発していた化合物、トルセトラピブの臨床試験の中止。(他社でも同様の事例が頻発)
世界の製薬企業は2007年頃から大規模なリストラを実施。

HTS(high-throughput screening)、SBDD(Structure Based Drug Design)、Combinatorial Chemistryや、ゲノム解読・創薬など、新しい創薬技術への資拡大が研究開発費肥大化の一因。
新技術にも複雑な反応・化合物には使えないなどの限界がある。ゲノム解読も創薬には至らず。

創薬技術自体は、20-30年前から飛躍的に進歩したにも関わらず、新薬が生まれない理由:
-作用機序のはっきりした「わかりやすい」疾患(高血圧、胃潰瘍、細菌感染症など)には、すでに完成度の高い薬が多数あり。残っているのは、「薬を創りやすい」病気ではなく、ガン、リウマチ、アルツハイマー症などの難病。
-医薬のターゲットとなるタンパク質で有力と見られる標的が少ない。
-「モデル動物の不備」による動物実験の難しさ。高血圧や高脂血症などは、症状の改善が数値化しやすい優れたモデル動物がある。中枢系に問題があるアルツハイマー病などをモデル動物でシミュレートするのは難しい。

メルク社のバイオックスによる副作用問題が発覚後、FDAでは審査化が厳格化し、新薬の承認確率が大幅減。
2005年頃から臨床試験長期化の傾向が顕著。研究段階では、危険のありそうな化合物を創薬段階の早いうちからふるい落とす試験法が発達。

大合併が招いた保守化。会社の規模が大きくなれば、市場・売上の大きな大型製品の開発を狙うようになる。失敗すれば大型リストラ。

6章 製薬会社の終わらない使命
研究機関に新薬は創れない。大学や公的機関でも優れた研究は数多く行われているが、彼らに実用的な新薬を創り出すことはできない。

現在では、大企業による新興ベンチャー買収や提携がトレンド。買収価格が数百億円から数千億円というベンチャーバブルも。資金力のないベンチャーは、良い化合物を創ってその権利(または会社ごと)大企業に売る。ベンチャーはハイリスクで多産多死。成功したのはごく一部の例外。

多くのバイオベンチャーの切り札は、抗体医薬(現在主流なのは低分子医薬)。
ex.画期的な抗体医薬はリウマチ治療薬「レミケード」。
切れ味鋭い効き目と高い安全性をもつ抗体医薬の承認が進む。(古典的な低分子医薬の臨床試験通過率が5%前後、抗体医薬の成功率は約30%)。
サイズが大きい抗体は相手方のタンパク質をしっかり認識して結合でき、副作用の原因となる他のタンパク質に作用を及ぼさない。
抗体医薬は、製造に高度なバイオテクノロジーが必要で、品質保証が難しい。抗体医薬の「ジェネリック」に相当するバイオミュラーは、先発品とほぼ同様の臨床試験を要求され、高い技術力と資金力が必要。参入障壁が高く、先発品の市場が奪われる恐れが少ない。

抗体医薬は万能な救世主ではない。大きなタンパク質であるため細胞、中枢系には入り込めないため、対象疾患は特殊なガンやリウマチ、一部の感染症のみ。
高コスト構造:遺伝子組み換え技術や完全無菌状態での細胞培養など製造コスト、抗体作成技術等への特許ライセンス料負担など。

「核酸医薬」:RNAを医薬として用いた治療薬。
「iPS細胞」:医薬のような対症療法ではなく根治が可能。他者の臓器移植のような拒絶反応もない。課題はiPS細胞はガン化しやすい、細胞を再生できても臓器を作るのは別技術が必要。コストと生命倫理の問題なども不可避。


<関連情報>
新薬の研究開発環境と製薬業界の課題について-いわゆる2010年問題を中心に-(中央社会保険医療協議会薬価専門部会、2010年6月23日)
医薬品業界の現状とジェネリック医薬品市場(日本政策投資銀行、2010年3月24日)
2012/01/17 エーザイ 欧米で抗てんかん薬来年度発売2012/02/17 武田薬品、5新薬投入 収益源多様化(インターネレッジパートナーズ/Biz Blog)


Secret
(非公開コメント受付中)

Yoshimiさん、こんにちは

確かに、医薬品の製造販売許可って、簡単にとれると思っている人って多いですね。また、医薬品に副作用が無いと思っている人も。諸外国で販売されているものがなぜ日本では販売されないのか不思議に思っている人もいますし。でもひとたび、それで副作用が話題になれば、審査が悪いのだからと言うことになってしまいますので、当局も慎重にならざるをえないと思います。

さて、審査期間が「最低でも1年、最近では3~4年」と書かれていますが、1年は特別な医薬品、緊急を要する医薬品の場合です。一般的には数年かかることが多いです。ここで注意しなければならないのは、審査自体は実際にはそれだけかかるのではないことです。と言うのは、審査は独立行政法人「医薬品医療機器総合機構」の審査担当官達が中心となって行うのですが、まず、そこで、医薬品製造販売承認申請書(紙にするとA4ファイルで厚さ1m以上あります)を読んで(会社の方から説明することもあります)、種々の疑問が起きるので、それを申請会社に問い合わせます。これに対して、申請会社が回答書を提出するのですが、そこで、追加試験が必要となる場合があります。これらを全てクリアーした後、識者を交えた調査会が幾つかあり、そこで、また、種々の疑問が出てきますので、また回答する必要があります。そして、最後の調査会を通って、ようやく、厚生労働大臣が認可すると言う訳です。すなわち、一般的には、審査自体より、回答書作成のために時間を食ってしまうので、3、4年間もかかると言う訳です。
新薬承認の難しさがわかります
matsumo様、こんばんは。

詳しい解説をどうもありがとうございます。
実務経験がないと、本に書かれている文章でしかわからないことが多いので、コメントいただいた内容は良い勉強になります。
教えていただいた審査期間が「1年」の部分には、注釈をつけて置きました。

私も含めて普通の人は、医薬品開発の難しさというのはわからないでしょうね。
特に安全性の面で、(他の工業製品よりも)要求されるレベルが非常に高いですね。
本を読んでいて、製薬会社の研究開発投資があれほど巨額なのか、だんだんわかってきました。
海外データが使えない具体的な理由も書かれていましたので、自己責任とはいえ、日本では未承認の薬を個人輸入するのは、かなり危険なものを感じます。

日本よりも審査が速いと言われるFDAも、薬害問題発生後、試験項目や提出書類が増えて審査が長期間化しているそうですから、ただでなくとも難しい新薬承認がますます遅れて行きそうです。

平行して、『新薬誕生』(ダイヤモンド社)という実話ものも読みました。
「レミケード」などの大型医薬の開発過程がわかりやすく書かれていますので、本書の内容が具体的な事例によって理解できる部分がいろいろありました。
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
ブログ内検索
最近の記事
最近のコメント
カテゴリー
タグリスト
マウスホイールでスクロールします

月別アーカイブ

MONTHLY

記事 Title List

全ての記事を表示する

リンク (☆:相互リンク)
FC2カウンター
プロフィール

yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

お知らせ
ブログ記事はリンクフリーです。ただし、無断コピー・転載はお断りいたします。/ブログ記事を引用される場合は、出典(ブログ名・記事URL)を記載していただきますようお願い致します。(事前・事後にご連絡いただく必要はありません)/スパム投稿や記事内容と関連性の薄い長文のコメント、挙動不審と思われるアクセス行為については、管理人の判断で削除・拒否いたします。/スパム対策のため一部ドメインからのコメント投稿ができません。あしからずご了承ください。