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歴史のなかの耳鳴りと治療法
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歴史的文献に記録されている耳鳴りと治療法
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Tinnitus(耳鳴り)という言葉は、ラテン語tinnre(=ring または tinkleの意味)が語源。
耳鳴は現代特有の問題ではなく、すでに古代から耳鳴に対する治療が行われていた。
治療の歴史は古代エジプトにまで遡る。
紀元前1550年頃に書かれたエジプト医学パピルスである"エーベルス・パピルス"に、「a bewitched ear」(呪文にかけられた耳)に関する治療法が詳しく載っている。(耳に薬を流し込んで治療する絵など)
エーベルス・パピルスは、さらに昔の紀元前3400年頃までの文章を転写したものだと考えられている。

メソポタミア文明アッシリアの楔形文字で書かれた粘土板(Assyrian clay tablets)にも、耳鳴りに関する記述がある。
耳鳴りは3つのタイプ(歌う、囁く、話す)に分類され、それぞれの治療法が書かれている。

その後の時代でも、古代ローマ、ブザンティン、中世、ルネッサンス期の文献に耳鳴りに関する記述が残っている。

難聴と耳鳴りとの関連は、アーユルヴェーダ科学において、古代インドで最初に報告されている。
ほぼ同時代の中国でも、耳鳴は陰(Yin)と陽(Yang)の混乱した相互作用の結果だと考えられていた。

耳鳴りの歴史的な記述を見ると、かなり文化的な要因に左右されている。
古代オリエントの神秘主義では、耳鳴りは"the divine"(神、神性)に対するsensitivity(感受性の強さ・鋭敏さ)だとみなされていた。
古代エジプト人は、耳鳴りは"壊れた耳"が原因で起こるものであり、治療として外耳道にオイルやハーブを注いでいた。
中世期の間でも、使う物質を変えて、この治療法が続けられていた。

古代ローマのプリニウス『博物誌』には、ザクロの皮をアーモンド油と煎じて、耳の中の虫を退治したり、難聴・耳鳴り・化膿などの耳の病気に効果があると記されている。

ギリシャ-ローマ期の古代では、哲学者のプラトンや数学者でもあるピタゴラスによれば、耳鳴りが聴こえる人は、神の音"cosmic music"が聞こえる能力があるとされており、高く評価されていた。
紀元前400年頃、異なるアプローチで症状の分類をしたのが古代ギリシアの医者ポクラテス。
彼の見解では、耳鳴りは頭蓋内の小血管が拍動して頭に反響するのが原因。
ヒポクラテスとアリストテレスは、耳鳴りを"マスキング"するというアイデアを紹介している。"人が音をたてると、耳の中の唸り声が止まるのはなぜか? 大きい音が小さい方の音を圧倒するからだろうか?"

バビロニア・タルムード(旧約聖書,ミシュナに次ぐユダヤ教の聖典)では、 "curse of Titus"(ローマ皇帝ティトゥスの呪い)として表わされ、耳のなかの唸り声はサウンドセラピーに反応し、その後慣れていく、とされている

ローマ期の医学では、耳鳴は鬱状態やてんかんなどの病気と関連しているとみなされ、この状態は共通する病態生理を持っていると推測されていた。(今日では、完全に異なった方法でこれらの病態の経路は説明されている。)

中世の錬金術師で医師でもあったスイス人のParacelsus(パラケルスス)が、15世紀初頭に耳鳴りの音源は過剰なノイズ音だと最初に指摘した。
フランス人医師のG.J.du Verneyは1963年に最初の包括的な耳の解剖学・生理学・病理学書を出版したが、その問題をさらに特定して内耳にあると場所を定め、聴覚神経の誤情報だと記述。

20世紀には、耳鼻咽喉科医のR.LWegelが1931年に、Arch. Otolaryngologyの記事でこう発表している。
"耳鳴りは病的な症状である。耳鳴りの存在が活動性/進行性の病変を徐々に示しており、耳鳴りが止まることは組織の変性や衰えが抑制された、という印象を持っている。"、"完全に耳鳴がない人というのは、たとえ存在したとしても、極めてまれである。"



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歴史上の人物と耳鳴り
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ジャンヌ・ダルク:耳鳴りに悩んでいたが、耳鳴りが彼女の死を引起したのではなく、他にも考慮すべき重大なストレッサーを持っていた。

ミケランジェロ:ルネサンス期の偉大な芸術家も耳鳴りがしていたことで有名。
"A spider’s web is hidden in one ear, and in the other, a cricket sings throughout the night."(片方の耳の中にくもの巣が隠されている。もう一方の耳では、コオロギが夜中ずっと鳴いている)と、難聴と耳鳴りについて書き残している。

ベートーヴェン:1801年に友人への手紙で、ベートーヴェンは自分の耳鳴りについて書いている。
"only my ears whistle and buzz continuously day and night. I can say I am living a wretched life"(私の耳は昼も夜も、 ヒューという笛の音やブンブンといううなり声が聴こえ続いている。私は苦難な人生を送っていると言えるよ)

スメタナ:《モルダウ》で知られるチェコの作曲家。失聴と耳鳴りに苦しんだ。耳鳴りを "high E"(高いE音[ミの音])と言っていた。
彼が作曲した《弦楽四重奏曲第1番「わが生涯より」》の最終楽章で、耳鳴りの音がヴァイオリンで表現されている。

Smetana String Quartet No. 1 in E Minor (IV)

※3:47あたりで、キーンというヴァイオリンの高音が聴こえる。その後、快活な曲想が一変して、陰鬱な表情に。


ダーウィン:耳鳴りの音量や周波数を毎日記録していた。

小林一茶:耳鳴り、めまい、難聴に悩まされていた。耳鳴りをうたった俳句を残している。

  夜の霜 耳はしんしん 蝉の声


石川啄木:1910年10月13日、耳鳴りを題材にした短歌を作っている。
当時、朝日新聞での週6日の勤務や夜勤、『一握の砂』の編集作業などで、睡眠もあまり取れず、心身の疲労はかなり酷かったらしい。(こつこつと空地に石をきざむ音その2[『一握の砂』を朝日文庫版で読む。近藤典彦])

  遠方に電話の鈴の鳴るごとく
  今日も耳鳴る
  かなしき日かな



倉田百三:「出家とその弟子」で知られる作家。強迫性障害と耳鳴りに悩まされていた。(不安の力(Ⅶ)―倉田百三の場合 [医療法人 和楽会])


<出典>
History of Tinnitus [European Federation of Tinnitus- Associations (EUTI)]
Tinnitus in history [Auris Medical]
Tinnitus Retraining Therapy [WorkSafeBC]
Noises No One Else Can Hear [Los Angeles Times]
古代ローマ プリニウスの『博物誌』とザクロ [ペルシャザクロ薬品]
耳鳴りの豆知識(1) [森耳鼻咽喉科医院]
耳鳴りの栞 [ゾンネボード製薬]


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(非公開コメント受付中)

感想
Yoshimiさん、こんばんは。

たいへん興味深く拝読しました。
耳鳴りを持っていた歴史上の人物として、ダーウィンと石川啄木については、初めて知りました。
耳鳴りは苦痛には違いないけれど、その受け止め方にも各人各様な個性を反映しているようでinterestingでした。

YouTubeのスメタナ《弦楽四重奏曲第1番「わが生涯より」》の最終楽章で、耳鳴りの音がヴァイオリンで表現されているのを聴きました。
以前NHKFM放送で偶然に聴いたことがありましたが、今回はじっくりと何回も聴くことが出来ました。
スメタナの生涯にとって耳鳴りの出現が如何に悲しいものであったかがわかります。

耳鳴りに不意打ちされた今の自分の心境とも重なり、辛いながらも人生を全うした先人のお話に心を動かされました。
貴重な記事をありがとうございました。

スメタナの場合は
すず子さん、こんばんは。

私もダーウィンと石川啄木が耳鳴りもちだったのは初めて知りました。
いろいろ調べると新たな発見がありますね。
ダーウィンは他にも持病が多数あったそうです。

スメタナにとっては、耳鳴りが苦難の人生の幕開けの象徴だったのかもしれません。
耳鳴りを模したヴァイオリンの音を境に、曲想が陰鬱になっていますから。
耳鳴り以上に、失聴したことは作曲家としては大変辛かったでしょうし、最期はシューマンと並ぶ悲愴な結末でした。
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クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
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