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レーゼル 『ベートーヴェンの真影 ピアノ・ソナタ全集 6 』 ~ ピアノ・ソナタ第27番,第28番
レーゼルの『ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ全集』は全8巻からなり、各巻の収録曲の配列はレーゼル自身が新たに考えたもの。
基本的に、作曲年代順(作品番号順)に並べることはなく、調性や曲想の関連性・対称性、また、各巻には一般的に有名な曲を1曲は入れておくという方針で配列している。
レーゼル自身、この曲目構成に「『そうでなければならない!』。自分でも良くできた構成だったと思ってます」。

第6巻の最後の2曲は、珍しくも第27番と第28番と連番になっている。
といっても、ベートーヴェン中期の最後の作品第27番は1814年、後期の最初の曲第28番は1816年に書かれた、作曲法も作風も大きく異なり、2曲連続して聴くとその変化がよくわかる。

ベートーヴェンの真影 ピアノ・ソナタ全集6ベートーヴェンの真影 ピアノ・ソナタ全集6
(2010/12/22)
レーゼル(ペーター)

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ピアノ・ソナタ第27番ホ短調 Op.90 [ピティナ作品解説]
第1楽章 Mit Lebhaftigkeit und durchaus mit Empfindung und Ausdruck(速く、そして終始感情と表情をともなって)
ドイツ語で速度と表現が指定されている。他の曲の楽譜をぱらぱらと見ると、思ったよりもドイツ語での指定が多い。

いかにもベートーヴェンといったホ短調でやや悲愴感のある劇的な雰囲気と旋律は、コリオラン序曲やエグモント序曲にちょっと似ている気がする。
29小節から右手で2オクターブ一気に下降するスケールはとってもドラマティック。
ロ短調に転調した55小節目の主題で、和音からアルペジオへ変わった左手伴奏の暗い音色と律動感は、嵐が迫りきつつある予感がする不穏さ。
120小節から、両手で徐々に鍵盤上をすり上がっていく部分は、左手のsfで強調された音が良く響いて旋律のように繋がっていき、息詰まるように。
全体的に緩急・静動のコントラストが強く、どんよりした暗い鉛色の不吉な暗雲が垂れ込め、全編に緊張感が流れている。こういう雰囲気の曲はいつ聴いてもゾクゾクっとする。


これはアラウのPhilips旧盤。
Arrau - Beethoven sonata no.27 op.90 - mov.1



第2楽章 Nicht zu geschwind und sehr singbar vorgetragen (速すぎないように、そして十分に歌うように奏すること)
軽やかで優美な明るい曲想は、第一楽章とのコントラストが鮮やか。
旋律が軽やかに流れているわりに、静けさが漂っている。喩えていうと、雨雲と去った後の秋の水色の空のような透明感。何か憑き物が落ちたようなさっぱりとした感覚。
歌謡性のある主題旋律が何度も何度も登場し、展開が変化に富む...というわけではないので、ロンド形式というのが、元々聴きにくく感じるせいもあって、あまり好きな楽章ではない。。

チャールズ・ローゼンの作品解説書『ベートーヴェンを"読む"-32のピアノソナタ』で、第27番の終結部の解説を読むと、かなり変わった指示が書き込まれている。たしかに楽譜を確認してもその通り。
282小節から4小節間に渡る長いリタルダンド、その直後から4小節後までアッチェレランド、その4小節目の後半(2拍目)に突如 a temp が現われて、次の小節で終結。
ローゼンは「最後24小節にわたり、複雑ではあるが繊細な着想が語られた後、最終小節はさりげなく投げ出されるかのようだ。・・・ この効果は繊細でとても美しく、叙情の中に控えめなユーモアが篭められている。」
最後にアッチェレランドで盛り上がって、そのままフィナーレ...という期待を裏切るように、a tempoで沈着冷静に。
ほのかなユーモアを漂わせて終わるところは、ベートーヴェンらしいひねりが利いていて面白い。

ベートーヴェンを “読む”ベートーヴェンを “読む”
(2011/12/22)
チャールズ・ローゼン

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この第2楽章に続けて、テオドール・アドルノがベートーヴェンのピアノ・ソナタの中で「最もミステリアス」と評したという第28番Op.101。
第1楽章冒頭から、第27番で終わる「中期」のベートーヴェンとは違った世界に入っていくのを実感する。

ピアノ・ソナタ第28番 イ長調 Op.101 [ピティナ作品解説]

第1楽章は美しい叙情と静寂さに満ち、第2楽章は対照的に符点のリズムで躍動的な行進曲風のスケルツォ、第3楽章は沈みこむような陰鬱な叙情に覆われ、第1楽章の主題の回想を経て、第4楽章のフーガ。
各楽章の作曲技法や曲想の違いが面白くて、特に第2楽章と第4楽章が記憶にこびりついてしまった。ふと気がつくと、頭の中で記憶が勝手にこの2つの楽章のどちらかを再生している。こういうのを"Brainworms(脳の虫)"というのかな?
ハンマークラヴィーアの解説は巷にたくさんあるだろうけれど、ローゼンの『ベートーヴェンを"読む"』では、その影に隠れてしまって地味な存在(?)の第28番をかなり詳しく解説している。
ローゼンによると、2つのチェロ・ソナタOp.102と同時に作曲されているので、第1楽章はこの2曲に似ているし、チェロソナタ第4番(Op102-1)と楽章構成や曲想の共通点も印象的。
「形式が極めて変わっているため、ベートーヴェンが構造を実験的性格のものと考え、2つの異なる音楽素材で作曲しようと望んだかのようだ。彼の作品の中で、このような二重の試みを行った例を、私はほかに知らない。」

第1楽章 Allegretto, ma non troppo
8分の6拍子の叙情的小品。
第30番と第31番の第一楽章に通じるような叙情性を感じる楽章。
その3曲の中では、第28番が一番落ち着いた静寂さを湛えて、内省的な雰囲気があり、ときどき高音部のばらけた音の配置のなかに音楽が拡散していくようにも聴こえる。
レーゼルの弱音は、音色は明るく、タッチも柔らかくレガートで優美。過去を回想するような叙情感が美しい。
ダイナミックレンジをあまり大きくは取らず、ゆったりしたテンポや、休止の間のとり方で、この曲のもつ静寂な雰囲気がよく伝わってくる。

ベートーヴェンには珍しいmfの指示がある。これは「より柔らかな伴奏声部の響きに対し、カンタービルの旋律を際立たせることを意味している。」(ローゼン、以下同)

第2楽章 Vivace alla Marcia
符点のシャープなリズムが一貫して流れる行進曲風。楽譜を見ていると、上行下行を繰り返している。
主旋律が中~高音部寄りにあり、両手の旋律が重ならないところも多いので、和声に重厚感も少なく、厳めしいミリタリー調にはあまり聴こえない。ところどころ入っているトリルの装飾音がリズミカルで響きも面白い。
レーゼルの演奏にも余計な力みがなく、明るめで透明感のある抜けの良い音で弾くと、軽妙。
現代的な乾いた感性に近いものを感じるせいか、どこか諧謔で摩訶不思議な雰囲気がする。

中間部は、一転してレガートで鐘が鳴るような旋律で始まる。(ベートーヴェンがリピート記号を書き落としているので、原典版ではリピート記号が追記されている)
小鳥が囀るような旋律が可愛いらしい。レーゼルの演奏では、何かを"問いかけて"いるような曖昧さを感じる。


第3楽章 Adagio, ma non troppo, con affetto - Allegro
Adagioは、第31番のアリオーソ的な悲愴感があるけれど感情を込めて歌うような旋律ではなく、深く沈潜して重苦しい。

ローゼンが解説していた9~16小節のペダル指示について。
14~16小節の最後の半拍にのみペダルを要求しているが、演奏上は、その前の小節にもペダルを使ってバスの響きを保持するか、譜面通りのペダル指示でタッチとルバートによりバス音を際立たせるか....。この部分は、「ショパンのような響きがする」。

第1楽章の主題が回想された後、トリラーを経て、イ長調の主題が現われるところは、フィナーレらしく力強く華やか。
第1楽章と違うところは、主題のフレーズの後で、フェルマータの休止が加えられて、旋律の流れが止まってしまうところ。
この効果は、「自信を持って思い出すことがなかなかできない記憶」のようで、断片的に繰り返される。
ちょっともどかしい感じがする。最後にやっと答えを見つけだして、確信したかのように、力強いフォルテでフーガに入っていく。

このフーガの最終楽章は、「複雑なソナタ形式で、おどけた作品であるばかりか田園的でもあり、ヨーデルの動機が第44-48小節に現われる。」
フーガの抽象性の中に、飄々とした軽快さと諧謔性が織り込まれているような自由闊達さがある。
終結部は最後のソナタ3曲に通じる部分が多いように思える。
フーガが2回現われる第31番は、最後はポリフォニーが解体されてモノフォニーで輝かしく高揚して終わる。
第30番の最終楽章の最終変奏や、第32番の第2楽章は終結部分でトリルが現われる。
第28番はフーガが延々と続き、最後は左手低音部の長いトリルを背景に、展開部の主題が変形されてリタルダンドしながら回想される。飛び跳ねるように軽やかでちょっとユーモラス。最後にa tempoして、フォルテで力強いエンディング。

ブレンデルが"作品101は激しい曲ではない、このなかで情熱をほとばしらせることは問題外。あらゆる喜び、あらゆる力と確信がきわめて冷静に告げられる。"と断言していたけれど、アラウはかなり情熱的に弾いていた。
ブレンデルが弾く第28番はたしかに冷静な面持ちでソノリティがとても美しい。どこか分析的で人工的(artificial)な風に聴こえることもあるけれど、他のピアニストと違って、クールなフーガが逆に面白い。
ソコロフはダイナミックレンジが広く、テンポの遅い楽章(特に第3楽章)は繊細で内省的な弱音に深い叙情感があり、最終楽章は速めのテンポで力強く、アラウとはまた違ったパッションがある。
レーゼルは、レガート的な優美さが品良く、極端な強弱のコントラストやテンポの変化を避けて、淀まず、走らず、熱くなりすぎず。表現過剰でない情感とクールすぎない理性が(私には)ほど良いバランス。

レーゼルの音源がないので、アラウの旧盤のスタジオ録音とソコロフのライブ録音で。(ソコロフにはスタジオ録音もある)
演奏は三者三様。アラウは、急速楽章はごつごつとした骨太なタッチでがっちりとした構成感、緩徐部分はルバートがきいて深い感情移入を感じさせる。
ソコロフはダイナミックレンジが広く、急速部分は切れ良く軽快で、弱音部分では深く沈潜していく。
レーゼルは、端正ですっきりとした構成感にレガートな優美さと透明感があり、いくぶんさっぱりとした叙情感。
今のところこの3人の演奏が私の波長にぴったり。

C. Arrau plays Beethoven Sonatas No.28 & 29, Op.101 & 106


Sokolov Beethoven Sonata op 101



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ブレンデル『音楽のなかの言葉』 ~ ベートーヴェンの後期様式の特徴

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アラウ
こんにちは。
アラウの27,28を聴かせて頂きました。ベートーヴェンのピアノソナタは好物なのですが、いままでアラウの旧盤には縁がなくてまったく聴いてこなかったのです。こうして聴いてみると、情緒豊かでどっしりとした重厚なピアノを聴かせてくれるんですね。音質も悪くありません。
少しづづ(亀のように)アラウの音盤を集めています。今のところ、新しいものが多いのです。ベートーヴェンの旧録音も気にしてみます。
最後になりましたが、レーゼルも視聴しました。よさげです。
アラウの旧盤は良いですよ!
ポンコツスクーター様、こんばんは。

ハンドルネームを変えられたのですね。
これからもよろしくお願いします。

アラウのスタジオ録音はほとんど持っていますが、よく聴くのは1960~1970年くらいの録音です。
これくらいまでの時期のものだと技巧的に安定しているので、安心して聴けます。
ソナタ全集の方もいつも聴くのは旧盤です。骨太なタッチでありつつ情感豊かで、とても味のある演奏ですね。
重量奏法のせいか低音部はしっかりとした安定感があります。

新盤のソナタ全集も持っていますが、これは音質がとても良いですね。
旧盤でこの音質だったら...とも思いますが、録音年から考えてそもそも無理な望みです。

旧盤のソナタ全集は最近再販されています。
私が買った以前の全集盤(ハイティングとのピアノ協奏曲全集付き)の半額ぐらいですから、わりとお得です。

レーゼルのベートーヴェン・ツィクルスのリサイタルの評価はとても良いですね。
ライブ録音(セッション録音も混在してますが)の全集は国内盤で全8巻なので、全集BOXが出るのを待っている人も多いようです。
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Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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