ルドルフ・ゼルキン ~ ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第26番「告別」 

2012, 07. 09 (Mon) 18:00

5年ほど前、村上春樹の『意味がなければスイングはない』に載っていた「ゼルキンとルービンシュタイン 2人のピアニスト」という評論を読んで、興味を持ったのがルドルフ・ゼルキン。
試しにブラームスのピアノ協奏曲とベートーヴェンのピアノ・ソナタ数曲を聴いてとても好きになったので、録音コレクターをしていた。
その頃に好きだったゼルキンの演奏は、ベートーヴェンの熱情ソナタ、ピアノ・ソナタ第31番、ディアベリ変奏曲、ブラームスのピアノ協奏曲第2番、メンデルスゾーンのピアノ協奏曲第1番、ルガーノライブ、カーネギーホールの75歳記念コンサート。

特に、カーネギーホールの75歳記念コンサートのライブ映像は、何度も繰り返し見た(聴いた)し、特に告別ソナタが好きだった。
ゼルキンの告別ソナタは、スタジオ録音が50年代の古いものしかなく、ステレオ録音の正規音源はこのライブ録音しかないと思っていた。
でも、8月にリリース予定のベートーヴェン録音全集BOXでは、告別ソナタは"セッション録音"と表記されている。スタジオ録音が残っていたのかな?

カーネギーのリサイタルはCDのライブ録音のみ。残念なことにDVDが出ていないので、ライブ映像はNHKが放映したらしい。
ゼルキンといえば、端正なイメージがあったけれど、ライブ映像を観ると、端正どころか気合いの入った演奏姿で、これを見ているだけでも楽しめてしまう。
"spectacular performance"というレビューの通り、曲が白熱した部分にさしかかると、全身を使って弾いている。
これは、メンデルスゾーンのコンチェルトでも同じ。派手なパフォーマンスをしているというよりも、ついつい力が入ってこういう演奏スタイルになるらしい。それにドタンバタンというペダル音もゼルキンの録音にはよく入っている。

完璧主義者のゼルキンは、スタジオ録音をしても結局リリースを許諾しなかったものが膨大に残っているという。
リサイタルになると、そういう完璧主義者の一面が消えて、その瞬間の演奏に没入する情熱的なピアニストに変身するらしい。
「ゼルキンのコンサートに足を運んだ人は、ゼルキンの演奏はレコードで聴くより、ライブの方がずっと感動的だと口を揃えて言う。」(村上春樹『意味がなければスイングはない』)

全盛期ほどに切れのあるテクニックではなく、指回りの悪さは感じるけれど(特に第1楽章)、75歳の高齢とは思えないほど安定した弾きぶり。
第3楽章冒頭のアルペジオは明瞭で混濁することもなく、主題のレガートな歌わせ方も品良く優美。
全体的にリズミカルで生き生きとした躍動感と、"再会"の喜びがとめどなく溢れ出てくるようなピアノがとても素敵。
昔も今も、告別ソナタの最終楽章というと、すぐにゼルキンの演奏が浮かんで来る。

75歳記念カーネギー・ホール・ライヴ75歳記念カーネギー・ホール・ライヴ
(2001/12/19)
ゼルキン(ルドルフ)

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ピアノ・ソナタ第26番 変ホ長調「告別」 "Lebewohl" Op.81a [ピティナ作品解説]

ベートーヴェンにしては、珍しく自らつけた標題"Lebewohl"。
各楽章にもそれぞれ「告別」「不在」「再会」を意味するドイツ語の副題がついている。
長年ベートーヴェンを庇護してきたパトロンで作曲の弟子でもあったルドルフ大公が、ナポレオン軍のウィーン包囲によって、地方へ疎開する際に献呈したという話は有名。
全編、ルドルフ大公へのベートーヴェンの強いシンパシーが感じられるような情感が溢れている。

旅立ちにちなんだ曲ですぐ思い出したのは、バッハのカプリッチョ 《最愛の兄の旅立ちに寄せて》BWV992。この曲もゼルキンが度々リサイタルで弾いていた。

第1楽章 "Das Lebewohl"(告別)  Adagio-Allegro
冒頭は3度順次下降する音型がとても印象的。
続く主題は別れに対する哀惜よりも、爽やかなで開放感のある心が浮き立つような旋律。
絶えず上行下行を繰り返し、頻繁に現われる下降音型や半音階には不安定感と暗い色調を感じる。
安全無事な旅路を願う気持ちと、切迫している情勢への不安感が交錯しているような雰囲気。

Rudolf Serkin Beethoven Les Adieux Sonata 1rd mvt



第2楽章 "Die Abwesenheit"(不在) Andante espressivo
副題どおり、大公の"不在"に対する沈鬱な気持ちがストレートに伝わってくるような曲想。

第3楽章 "Das Wiedersehen"(再会) Vivacissimamente
第2楽章からアタッカで繋がり、冒頭は10小節の長いアルペジオの序奏。
ペダルでアルペジオの重なりあう響きがとても華やか。
主題旋律は優しく喜びに溢れた分散和音がとても綺麗。コーダはPoco Andanteでテンポが落ちている。ワルトシュタインや熱情のコーダでテンポが上がるのと正反対。
再会によるほっとした安心感と心穏やかな気持ちに満たされたようなエンディング。


この第3楽章のゼルキンの気合いと情熱溢れる演奏は何度見ても楽しい。
Rudolf Serkin Beethoven Les Adieux Sonata 3rd mvt




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6 Comments

Tea316  

No title

こんばんは。
本当にたくさんのピアニストを聴いてらっしゃいますね。
音楽の中でも特にピアノがお好きなのですね。
ずらっと並んだピアニストのお名前を見ても、お恥かしながら私が知っているのは一握りほどです(汗)。

ゼルキンも知りませんでしたが、本当に第3楽章の演奏は凄いなあ。かなりもうお年を召してらっしゃるようなのに、この気合いと情熱は素晴らしいですね。何度も聴きたくなってしまいます!

先日ポール・ルイスのベートーヴェンの演奏をこちらで教えていただいて、とうとうCDを買ってしまいました!これからゆっくりと聴くつもりです。彼のベートーヴェンもお気に入りになりそうです。

もしよろしければ、私のブログにリンクを貼らせていただけませんでしょうか?

2012/07/09 (Mon) 18:48 | EDIT | REPLY |   

yoshimi  

好きなピアニストを発掘するのは楽しいです

Tea316様、こんばんは。

以前はそれほど数多くはクラシックを聴いていなかったのですが、5年ほど前にゼルキンとカッチェンのCDに遭遇してから、すっかりピアノに嵌まってしまいました。
高校時代までピアノを練習していたので、ピアノ曲には親近感を感じるせいもあるでしょうね。

カテゴリのピアニストは、当時は人気があったのに早世したり、もともと知名度が低かったりと、今(でも)メジャーな人は少ないので、ご存知ないピアニストが多いと思います。
なぜかそういうピアニストのCDに出会うことが多くて、これが好みにぴったりだったりするのです。

ゼルキンはベートーヴェン弾きとして有名でしたね。
でも、レパートリーが限られていることと、廃盤になっているCDが多いので、大量の録音が今でも聴けるケンプやアラウほどには聴かれていないように思います。
メンデルスゾーンのピアノ協奏曲も名盤の一つです。この曲はゼルキンの演奏を聴いて好きになったのですが、これも70歳前後(?)のライブ映像があります。(画面が暗いですけど)
ミスタッチ続出でもやっぱり楽しいですね~。お暇な折にでもご覧くださいませ。
http://www.youtube.com/watch?v=dS3gvax0N24

ルイスのベートーヴェンは、彼のシューベルトがお好きなら、とても気に入られると思いますよ!
タッチが繊細で微妙なニュアンスのある音が美しく、しなやかで力みのない自然体のベートーヴェンだと思います。
最近の若手ピアニストのベートーヴェン録音の中では、とりわけ優れた演奏(の一つ)ではないでしょうか。

リンクはご自由に貼っていただいてかまわないです。
私の方でもTea316様のブログにリンクさせていただきますね。
このごろは本と映画の情報に疎くなっているので、ブログ記事はとても参考になります。
それに事後連絡ですみませんが、当方の「救世主兄弟」の記事中で、「私を離さないで」のブログ記事にリンクさせていただいてます。

では、またお時間のあるときにお立ち寄りくださいませ。
今後ともよろしくお願いいたします。

2012/07/09 (Mon) 23:40 | EDIT | REPLY |   

Tea316  

No title

こんにちは!
ブログを早速リンクさせて頂きました。ありがとうございます。

メンデルスゾーンのピアノコンチェルト1番はわりと好きな曲です。ラン・ランやユジャ・ワンなんかが、若さに任せてかっ飛ばす演奏も良いですが、ゼルキンの様な演奏も違った味わいがあり、また良しですね。

私の拙ブログ記事をリンクしてくださってたのですね。もったいないようなお言葉を頂いて恐縮です。こちらこそ今後ともよろしくお願い申し上げます。

2012/07/10 (Tue) 14:13 | EDIT | REPLY |   

yoshimi  

リンク、ありがとうございました

Tea316さま、こんにちは。

メンデルスゾーンのピアノ協奏曲は名曲ですね!
私は第2番よりも第1番の方が好きです。
最近では若手ピアニスト(小菅さんなども)がよく録音しているので有名になったような気もしますが、昔は録音があまりなかったように思います。

ゼルキンのスタジオ録音は1960年頃の全盛期のものですから、男性的でダイナミックです。(ライブ映像はずっと後の演奏ですが)
1915年、12歳の時のウィーンでの演奏会デビューで弾いた曲なので、ゼルキンの十八番ですし、愛着もひとしおなのでしょう。

私の方もリンク集に追加させていただきました。
アーカイブを少しずつ拝見していますが、興味を惹かれる記事をいろいろ見つけてしまいました。
また順にコメントさせていただこうと思っています。

2012/07/10 (Tue) 22:13 | EDIT | REPLY |   

ポンコツスクーター  

ゼルキンはいいですね

こんにちは。
私のなかでゼルキンといえばベートーヴェンとブラームスです。ソナタだと中期の三大ソナタ、29,31が特に好きです。セルとのブラームスは録音がやや硬いものの、質実剛健な味があってよいですね。オーマンディ(でしたっけ)との2番は聴いてみたいですね。
ゼルキンの足音は有名ですよね。この「告別」でもそうですが、まるで大太鼓のようなパンチが効いていて音楽に溶け込んでいます。

2012/07/11 (Wed) 18:13 | REPLY |   

yoshimi  

ゼルキンのベートーヴェンとブラームス

ポンコツスクーターさま、こんにちは。

私もゼルキンの録音は、ベートーヴェンとブラームスを聴くことがほとんどです。
それ以外のレパートリーが少ないですし、CDもあまり出ていませんね。
なかでは、晩年にアバドと録音したモーツァルトのピアノ協奏曲集はとても人気があります。
かなりスローテンポで躍動感がもう一つと思う曲も中にはありますが、音が綺麗ですし、ゼルキンが曲と語り合っているような親密感を感じます。

ベートーヴェンなら、この告別、熱情ソナタ、第30番と第31番(1960-70年代の録音)、ディアベリはよく聴きました。
特に第31番の淡々とした中に強い叙情感のあるアリエッタと、格調のあるフーガの演奏が好きです。
ゼルキンのベートーヴェンは、特にハンマークラヴィーアが有名ですね。
ライブ録音しか持っていませんが、この曲はまだしっかり聴けていないので、どのピアニストの演奏でも記事に書いたことがありません。
いつかそれほど苦労せずに聴けるようになれるかなあ..と期待してます。

セルとのブラームスの第2番は、無駄をこそげ落として張り詰めた様式美が美しく感じます。この曲の好きな演奏の一つです。
オーマンディとの2番はとっても明るいブラームスです。どちらも好きなのですが、どちらをとるかと言われれば、やっぱりセル盤になるでしょう。

ゼルキンの足音はトレードマークですね。グールドの"唸り声"(というか歌声、鼻歌、etc.)と同じで、音楽の一部と化してます。
これがなかったら、逆に物足りなくなったりするかもしれません。

2012/07/11 (Wed) 18:43 | EDIT | REPLY |   

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