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熊谷徹 『顔のない男 - 東ドイツ最強スパイの栄光と挫折』
学生時代に凝っていた小説のジャンルの一つが、スパイ小説。
グレアム・グリーンとジョン・ル・カレのスパイ小説が好きだったし、ハヤカワ文庫にある他の作家のスパイ小説も結構読み漁っていた。

グレアム・グリーンもジョン・ル・カレも、さらには、ジェイムズ・ボンドシリーズの作者イアン・フレミング、それに文学作家のサマーセット・モームも、英国の情報機関に所属していた経歴の持ち主。

グレアム・グリーンのスパイ小説といえば、代表作『ヒューマン・ファクター』。キム・フィルビー事件を題材にしたノンフィクション的な小説。
ジョン・ル・カレもかの有名な「MI6」(イギリスの秘密情報部SISの旧称。Military Intelligence section 6=軍情報部第6課)に所属していた。
スパイ小説は多数書いているが、グリーンとは違って、あくまでもフィクションとしての面白さがある。
代表作は『寒い国から帰ってきたスパイ』とジョン・スマイリーを主人公にした三部作。
サマーセット・モームも、1910年代、英国諜報機関に勤務し、ソビエト連邦が建国される直前のロシア革命時に現地で工作活動を行っていた。
モームの諜報活動の経験を元に書かれたのが短編小説集『アシェンデン』(原題:Ashenden: Or the British Agent,1928年)。

でも、ベルリンの壁崩壊後、冷戦構造が消滅してしまったせいか、従来の共産主義VS資本主義という構図のスパイ小説がリアリティを失って衰退してしまう。それと同時に私にスパイ小説熱も醒めてしまった。
久しぶりに読んだスパイものは、ノンフィクションの『顔のない男―東ドイツ最強スパイの栄光と挫折』。
旧東ドイツに関する資料を探していて、たまたま見つけた本だったけれど、これがとっても面白い。
歴史ノンフィクションならではのリアリティと、スパイ小説よりもスリリング(かもしれない)な展開は、「事実は小説より奇なり」みたいな面白さ。

顔のない男―東ドイツ最強スパイの栄光と挫折
顔のない男―東ドイツ最強スパイの栄光と挫折顔のない男―東ドイツ最強スパイの栄光と挫折
(2007/08)
熊谷 徹

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第1章 世界を震撼させたスパイ・マスター
第2章 社会主義防衛の使命感に燃えて
第3章 東西ドイツ・スパイ戦の実態
第4章 ヴォルフの仮面を剥いだ二重スパイ
第5章 偽情報で敵を撹乱せよ!HVA情報工作部隊
第6章 ドイツ統一とスパイたちの黄昏
第7章 シュタージ文書をめぐる攻防戦
第8章 ヴォルフのインテリジェンス哲学
第9章 無数の顔を持つ男・ヴォルフの敗北
第10章 ヴォルフの挫折に何を学ぶか
(第10章は結びとして置いたのだろうけど、私には蛇足に思えた。)

旧東ドイツの情報活動を統括していた組織は 国家保安省(シュタージ)。
その対外諜報組織HVAのトップとして、30年以上に渡って諜報活動・工作活動を指揮していたのが、マルクス・”ミーシャ”・ヴォルフ。
マルクス・ヴォルフは、在ソ連時代にミハイルと呼ばれていたため、「ミーシャ」という渾名(あだな)がある。
(そういえば、青池保子の少女コミック『エロイカより愛を込めて』(これはスパイ漫画)に出てくるソ連(ロシア)の諜報機関の親玉のコードネームが「小熊のミーシャ」だった。

ヴォルフの諜報活動の中でも最も有名なのが、ギヨーム事件。
当時の西ドイツ首相ブラントの側近ギュンター・ギヨームが実は東ドイツの情報部員だと発覚し、ブラント首相が辞任に追い込まれたが、ドイツ史上最も成功したスパイ事件と言われる。
ただし、ヴォルフもギョームも、最初から意図的に計画していたスパイ活動ではなく、何年も地道に西ドイツの政界で精力的に働いていた結果として、思いもかけずに抜擢されたことから、大スパイ事件に発展した。
面白いのは、当時、東西ドイツを融和させる方針だったブラント首相が失脚しそうになるのを妨害して、ブラントを助けたこと(ブランド自身は知らなかったが)。
結局、とある出来事からギョームにスパイの嫌疑がかかって、逮捕される。
ブラントも長年にわたって東ドイツのスパイを側近にしていたことで、機密情報が東側に渡っていたため、失脚した。

ドイツ統一後、逮捕されることを察知したヴォルフはロシアに亡命。
しかし、ロシアもゴルバチョフが失脚して、ソヴィエト連邦が崩壊し、結局ドイツへ戻ったところで逮捕される。
裁判では、最初は有罪判決が下されるが、連邦憲法裁判所では、無罪。
東ドイツ国内で情報活動を指揮したこと自体は合法的なものであったという理屈から(そうでなければ、西ドイツ側の情報機関の合法性と矛盾するので)。

しかし、西ドイツ国内で情報活動を行っていた東ドイツ人・西ドイツ人のスパイは、有罪。
理屈としては、その通りなのかもしれないけれど、相手国にとって違法な活動を自国領内で指揮命令していた立場の人間は無罪で、その指示に従って敵国の現場で工作活動をしていた人間は有罪というのは、どうも腑に落ちないものがある。

西ドイツのスパイ罪の量刑はかなり軽い気がする。10年以内の禁固・懲役刑で途中で釈放されたりする。
逆に東ドイツやソ連のスパイ罪の量刑は、最も重くて極刑。
米国でも数十年というから、どうして西ドイツはスパイ罪の量刑がそんなに軽いのか?(欧州の西側諸国ではどうだったのだろう)
産業スパイなのか、軍事機密なのか、機密の重要度や種類によっても違うのだろうけど。

<書評>
「顔のない男」[弁護士会の読書]

<参考情報>
「インテリジェンスを読み解く30冊」(対談:佐藤優氏)[手嶋龍一オフィシャルサイト]

tag : 東ドイツ 伝記・評論

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