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マリア・ユージナに関する文献
マリア・ユージナ(ユーディナとも表記される)に関する情報は、インターネット上の音楽サイト、CDのライナーノート、音楽関係の本に載っているが、情報量はあまり多くはない。

最も有名な逸話は、スターリンとモーツァルトのピアノ協奏曲第23番の録音に関するエピソード。
偽書とされているソロモン・ヴォルコフ『ショスタコーヴィチの証言』など、多くの文献で紹介されている。
この録音に対して高額の謝礼金を受け取ったユージナは、大胆というか恐れを知らないというか、スターリンに手紙を送り、「スターリンが国民にもたらした悪の赦しを神に祈ってもらうために謝礼の一部を修道院に送った」と伝えたという。
スターリンに粛清されなかったのは奇跡的に運が良かったと思うけれど、いくらお気に入りのピアニストとはいえ、かの独裁者はどうしてユージナの手紙を黙殺したのだろう?

ユージナを知っていたリヒテルが、モンサンジョンによる伝記『リヒテル』のなかで、ユージナについて語っている。
リヒテルは、「正直なところ、ユージナが本当に好きではなかった」とはっきり言っている。
ユージナは怒りっぽくて、クリテムネストラ(情夫エギストと共謀して、戦争から戻ってきたアガメムノーン王を殺したギリシア神話の王妃)のようなタイプで、いつも黒いドレスを着てコンサートでは運動靴を履き、リボルバーと一緒に歩き回っていたという。
リヒテルは、ユージナのことを、”エキセントリックで、人並み外れた(extraordinary)芸術家。疑いもなく誠実だったが、作曲家との関係に対しては不誠実だ”と思っていた。それでも、彼女の葬儀にはラフマニノフを弾いたのだった。

他に、カレートニコフ『モスクワの前衛音楽家』や武藤洋二『天職の運命―スターリンの夜を生きた芸術家たち』にも、ユージナへの言及がある。

ユージナは若い頃から教職についていたが、彼女の信仰と反政府的言動によって、国外での演奏活動を制限されている。さらに、音楽院の教授職を解職されたことや演奏・録音活動を禁止されたことも、度々あった。

最初に就任したPetrograd Conservatory(1921-1930)の教授職は、ユージナの宗教的信仰とソヴィエト指導部に対する公然とした批判によって、解職。
その後、Tbilisi State Conservatory (1932–1933)で大学院のピアノコースの教職に招かれた後、ゲンリヒ・ネイガウスの推薦により、1936年からMoscow Conservatoryの教授に就任。
1951年に同音楽院を退任した後は、1944年から室内楽と声楽を教えていたモスクワのGnessin Instituteで教育活動を続けていた。
しかし、宗教的態度と西側の現代音楽を擁護(advocation)したことを理由に、1960年に同音楽院から追放される。
それでも公開演奏会は続けていたが、その録音は禁止。レニングラードの演奏会のアンコールで、当時禁じられていたパステルナークの詩を朗読したことから、公開演奏会も5年間禁止。
1966年に禁止措置が解けた後、Moscow Conservatoryでロマン主義に関して講義していた。

ユージナの演奏活動は、1930年以降、ソヴィエト国内に限定されていた。
例外的にユージナが国外で行った演奏会は、1950年のBachfest Leipzig(ライプツィヒ・バッハ音楽祭)、1954年のポーランドの2回のみ。
最後の演奏会は、1969年のモスクワでのコンサート。

1978年、ロシアでユージナが出会った著名な作曲家の想い出などを綴った回想録がモスクワで出版されている、


ユーディナの録音で一番好きなのが、リスト編曲による《バッハ/前奏曲とフーガBWV 543》の1953年ライブ録音。
同曲のスタジオ録音よりも力強く、高い集中力と緊張感で一心不乱に捧げる祈りのように確信に満ちた演奏。

Maria Yudina plays Bach-Liszt Organ Prelude & Fugue, BWV 543
(Live recording, Moscow 1953)


<バイオグラフィ(日本語)>
マリヤ・ユーディナ [wikipedia]
ユーディナ,マリア [総合資料室/一世による歴史的ピアニスト紹介]
マリア・ユーディナ ソ連の女傑ピアニスト [花の絵]
ソ連時代にも信仰心を失わなかったピアニスト、マリヤ・ユージナ[ラジオ・ロシアの声]


<バイオグラフィ>
Maria Yudina[wikipedia]
Maria Yudina [bach-cantatas]
Maria Yudina [Woman at the Piano]


<ユーディナ自身の執筆>
"Several words about the late precious artist Vladimir Sofronitsky" by Maria Yudina
Dmitrii Dmitriyevich Shostakovich (On his 60th birthday),by Maria Yudina
'Nevel' diary, 1916
"I know the only way to God: through art."
"I do not insist that my way is universal; I know that other roads exist.But I feel that my way is the only one available to me; everything divine or spiritual has first revealed itself to me through art, through a branch of it -- music. It is my calling! My trust and my strength is in this. I have to follow the way of spiritual contemplation eternally and constantly, and prepare myself for enlightenment, which is to come one day. This is the sense of my life here; I am a link in the chain of art."


<書籍>
 ソロモン・ヴォルコフ『ショスタコーヴィチの証言』[中公文庫]

 ブリューノ・モンサンジョン『リヒテル』[筑摩書房]
"She was immensely talented and a keen advocate of the music of her own time: she played Stravinsky, whom she adored, Hindemith, Krenek and Bartok at a time when these composers were not only unknown in the Soviet Union but effectively banned. And when she played Romantic music, it was impressive – except that she didn't play what was written. Liszt's Weinen und Klagen was phenomenal, but Schubert's B flat major Sonata, while arresting as an interpretation, was the exact opposite of what it should have been, and I remember a performance of the Second Chopin Nocturne that was so heroic that it no longer sounded like a piano but a trumpet. It was no longer Schubert or Chopin, but Yudina."
[Maria Yudina[wikipedia(英文)]]

 武藤洋二『天職の運命 スターリンの夜を生きた芸術家たち』[みすず書房]
「ショスタコーヴィチと一緒にペテルブルク音楽院でピアノを学んだマリーヤ・ユージナは、史上最大の戦争である独ソ戦中モスクワにとどまりラジオでピアノを演奏し続けた。ジヴという隣人の話では、ユージナはモスクワ市民にふりかかった災難、苦しみを自分の演奏によって軽くしたいので、モスクワに留まることは愛国者の義務だと言った。ナチスはモスクワを壊滅させ更地にしてしまうために猛攻撃をつづけ、一昼夜に数十回の空襲があるという危険な状況になったので、ジヴはモスクワを離れたほうがいいと誘ってみたが、ユージナは、最後の瞬間までモスクワに留まり最後の飛行機で去るつもりだと答えた。彼女は、ほとんど毎日のように演奏活動をした。
 首都は一時的にモスクワからクイブィシェフに移された。最高総司令官の立場からスターリンはモスクワに留まっている。スターリンはラジオでユージナの演奏を聴いた。モーツァルトが大作『フィガロの結婚』を作曲中に完成させたピアノ協奏曲第23番、この傑作をスターリンは聴いた。曲も演奏も気に入って再び聴きたくなった。そのレコードは作られていないことが分かり、独ソ戦中の非常時にもかかわらず、独裁者の要望をかなえるために、関係者はすぐさまレコードの製作にとりかかる。
 ユージナはその日のうちに演奏せよという依頼を受けた。レコードは徹夜で作られ、次の日スターリンは、この世に一部しかないレコードを受けとった。ユージナには異例の高額な演奏料が支払われる。彼女は注文主スターリンに手紙を書く。ユージナの甥ヤーコフ・ナザーロフは、手紙の内容についてマリーヤおばさんから直接きいている。彼の証言では、ユージナは、心くばりと音楽への関心に感謝したうえで、スターリンが国民にもたらした悪の赦しを神に祈ってもらうために謝礼の一部を修道院に送った、と書いたのである。
 自己破滅的なこの手紙の主マリーヤ・ユージナは、心からのキリスト者であった。彼女は「神と芸術」で生き、日によっては「芸術と神」になった。スターリンの手紙の日は、おそらく「神と芸術」の番であった。
 彼女は一流の演奏家にもかかわらず、いつもお金がなかった。それは神様のせいである。神を心の中に宿しているユージナは、苦しんでいる人を見ると見殺しにすることはできず、借金して手を差しのべた。弟子や友人、知人たちに負債がたまっていくが、この借金は止めない。キリスト教徒として天国の存在を信じていたユージナは、他人のお金で人助けをしたと、天国の入り口で叱られるのではないかと、心配していた。予期したとおり死後に借金が残った。
 ユージナが民衆の加害者スターリンを罪人とみなしたのは当然である。それを本人に告げたのも彼女には当然であった。彼女は自分を裏切らない勇気の持ち主であった。
 事情を知る関係者たちが驚いたのは、ユージナが殺されなかったことである。レコードはスターリンの死後に彼の執務室から見つかった。山のような贈り物にうんざりしているスターリンにとって、モーツァルト作曲ピアノ協奏曲第23番、マリーヤ・ユージナ演奏-この1枚のレコードはどうでもいい品物ではなかったのである。」

「モスクワのグネシン音楽学校および大学で合同のスターリン追悼式が行われた。全員が起立し頭をたれている。「プロコフィーエフが死んだ」というささやきが列の間を走った。一人の女性が緊張の氷列から突然抜け出て舞台に上がり、バッハを弾き始めた。
 スターリンの罪について手紙で本人に知らせたあのピアニスト、マリーヤ・ユージナである。彼女は罪人スターリンの霊に背を向け、敬愛する作曲家にバッハを捧げたのである。後年ライプツィヒを訪れたさい、バッハがオルガン奏者として働いていた聖トーマス教会の入り口で、彼女は、バッハへの深い敬意から靴を抜ぎ裸足で中に入った。そのバッハを演奏している。国のすみずみにまで組織されている国父への追悼行事よりも、彼女には自分の心に従って行動することの方が大切であった。」

 書評:カレートニコフ著『モスクワの前衛音楽家』(宮澤淳一)[walkingtune.com]
「彼女が《現代音楽》によせる愛は、じつのところ、理論的なものというよりはむしろ情緒的なものだった。彼女はしばしば、作曲家の論理的意図、あるいは、構成的意図を理解しないまま、いきなり、直観的に多くの作品にアプローチしたものだ。[……]しかし、マリア・ヴェニアミーノヴナ[・ユージナ]の端倪すべからざる直感、深く巨大な情念エモーシヨン、音楽家および人間としての繊細な知性は、こうしたすべての《欠点》をおぎなってあまりあるものだった」

関連記事:【新譜情報】 マリア・ユージナ名演集 (The Russian Archives)

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クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

愛聴するのはベートーヴェンとブラームス、それにバッハ。ロマン派ならリスト。​さらに現代(20​世紀)の音楽を探検中。特に好きなのはピアノ音楽(ソロ、コンチェルトに室内楽)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなピアノ曲:ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第30・31・32番,ピアノ協奏曲第3番&第4番。ブラームス/ピアノ協奏曲第1番&第2番、ヘンデル変奏曲、後期ピアノ作品集。バッハ:パルティータ、フランス組曲、イギリス組曲

好きなヴァイオリン曲:バッハ・ベートーヴェン・ブラームスのヴァイオリンソナタ(ピアノ&ヴァイオリン)、シベリウス/ヴァイオリン協奏曲

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
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