フィルクスニー ~ ヤナーチェク/ピアノ・ソナタ 「1905年10月1日街頭にて」 

2012, 09. 29 (Sat) 09:00

ファジル・サイの新譜情報をたまたま見ていたら、ヤナーチェクの《ピアノ・ソナタ「1905年10月1日街頭にて」》が収録されている。カップリングは、ムソルグスキーの《展覧会の絵》とプロコフィエフの《ピアノ・ソナタ第7番》とユニークな選曲。音響的な重量感があり、性格の違う曲ばかりで内容もヘビー。
試聴してみると、《展覧会の絵》は色彩感豊かでシンフォニックな演奏がとても良さそう。サイのピアニズムにぴったりの曲。リサイタルでも良く弾いていて、評判もとても良い。
ヤナーチェクの《ピアノ・ソナタ》の方は、米国NMLで全曲聴いたみたところ、テンポの伸縮が激しくリズムやアクセントに粘りがあり、結構センチメンタルでドラマティック。(個人的な好みとしては、元々叙情性が強い曲なので、もっとすっきりしたタッチで弾いて欲しい)
いつくかレビューを読むと、今回のアルバムは、極端に奇抜なところがない”まっとう”な演奏らしい。ヤナーチェクの演奏が好みと正反対だったので、どうしたものか...。(多分買わないと思うけど)

ヤナーチェクは好きな作曲家で、特にピアノ独奏曲は叙情豊かで美しい曲が多い。
初めてヤナーチェクを聴いたのは、映画『存在の耐えられない軽さ』を劇場で見た時。
映画自体も良かったし、音楽も聴いたことがない曲ばかりがほとんどだったけれど、一度聴いたら忘れれらないくらいに印象的な音楽だった。
すぐにサントラのカセットテープ(随分古い昔のことなのでCDが出ていなかった)を買って、何度も聴いたものだった。

ヤナーチェクのピアノ作品の録音といえば、若かりし頃のアンスネス(Virgin盤)とフィルクスニー(DG盤,RCA盤)が有名。
フィルスクニーはヤナーチェクの弟子で、子供の頃から師事していた。
1912年生まれのフィルスクニーが5歳の時、その演奏を初めて聴いたヤナーチェクは、「百年にひとり現れるかどうかわからない才能だ」と評したほどに、神童だったらしい。
息子を小さい時に亡くしたヤナーチェクにとって、父親を幼少期に失ったフィルクスニーにとって、お互い親子のように親密な師弟関係だったという。
フィルクスニーの演奏には、アンスネスの瑞々しく清冽なピアニズムにはない親密感がある。
昔の記事には、「フィルクスニーは柔らかさがあってしっとりとした情感と懐の深さを感じさせるし、若い頃に録音したアンスネスの方は硬質で透明感のある叙情感が美しい」と書いていた。今聴いてみてもこれは変わらない。


ヤナーチェク:ピアノ曲集ヤナーチェク:ピアノ曲集
(2008/05/21)
フィルクスニー(ルドルフ)

試聴する(米国amazonサイト)


ピアノ・ソナタ 変ホ短調 「1905年10月1日の街角で」/Sonatá pro klavírní "I.X. 1905, Z ulice"
[作品解説(ピティナ)][楽譜ダウンロード(IMSLP)]

ドイツ系市民と地元チェコ人との抗争を鎮圧するために出動した軍隊により、チェコ人の青年が射殺された事件が題材。
両方の楽章とも、ヤナーチェクらしいエキゾチック(でもと言うのか)な和声と濃密な叙情感にびっしりと覆われている。
テーマが重いだけに、標題も曲も暗澹としているけれど、突き刺さるような悲愴感が叙情的で美しくもある。


第1楽章 The Presentiment(予感)
冒頭から、明らかにヤナーチェクの作品だとわかる独特の旋律と和声が溢れ、これから訪れる悲劇を予感しているような不安げな哀感が流れている。
華麗な音のタペストリーの中にいろいろな表情がコラージュのように移り変わっていく。滴り落ちる水滴のようでも、波間にきらきらと反映する陽光のように煌いているようでもあり...。
時折、激しくドラマティックに鳴らされる和音は、”争い”なのかも。最後は全てが収束していくように安らかなエンディング。

Leoš Janáček - Piano Sonata 1. X. 1905 "From the Street" (1 of 2)


楽譜を見ていると、2連符、3連符、4連符がクロスリズムや変拍子的に入っているので、リズムのとり方が難しそう。左手アルペジオは中間2音の同音連打が効果的な音型で、アルペジオが水滴のように滴り落ちてくるような印象。


第2楽章 The Death(死)
鎮魂歌のように静寂さと哀惜の情が漂っている。
冒頭の静かでゆったりとした旋律は民謡風。”応えのない問い”のような割り切れなさや不可思議さも感じるところがあり、なぜか連想するのは、夜の森の中の”ふくろう”。(今は”招福”の象徴のふくろうも、昔の日本では”死の象徴”で、フクロウを見かけることは不吉だったという)
ピアノが音の滝のように打ち鳴らされるところは、徐々に気持ちが昂ぶって噴出する感情をぶつけるように激しい。最後は、”死”を受け入れたように静かにフェードアウト。

Leoš Janáček - Piano Sonata 1. X. 1905 "From the Street" (2 of 2)



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ヤナーチェク/ピアノ曲集
ミラン・クンデラ 『裏切られた遺言』より ~ ヤナーチェクについて(メモ)
「ヤナーチェクの作品 (2) ピアノ独奏曲、室内楽曲」
ヤナーチェクの作品 (3) 映画 『存在の耐えられない軽さ』、クンデラ 『裏切られた遺言』


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4 Comments

Tea316  

ヤナーチェク

私はヤナーチェクというと、オペラ『利口な女狐の物語』や『マクロプロス事件』が好きです。

ヤナーチェクのピアノ曲は、以前アンスネスが演奏しているのをテレビで見ましたが(どの曲かは失念)、あまり好きじゃないな~と思った記憶があります。

ピアノソナタをしかし今、こうして聴いてみると面白いですね!この映像の演奏はフィルクスニーなのでしょうか?

特に私は第2楽章が好きだな。民謡風なテイストが良いですし、このどうしょうもなく諦観してしまったような奥深い暗さ、妙に心が惹かれます。

2012/09/29 (Sat) 19:24 | EDIT | REPLY |   

yoshimi  

ヤナーチェクのピアノ曲・弦楽曲

Tea316さん、こんにちは。

私はオペラは聴いたことがないのですが、吉田秀和さんが『私の好きな曲』のなかで、「利口な女狐の物語」を紹介していましたね。それを読んでこのオペラを観た(聴いた)...という人を何人か知ってます。

ヤナーチェク、バルトークなど東欧の作曲家の作品には、民謡調の旋律がよく出てきますが、ちょっとエキゾチックで、旋律と和声がとても綺麗なので、好きな曲が多いです。
「予感」も「死」も物語的な曲ですね。激情と諦観めいた静けさが鮮やかなコントラストになっているところは、ヤナーチェクらしいですし、ヤナーチェクの作品は明暗が交錯して陰翳も濃いです。

ヤナーチェクのピアノ曲は、この「ピアノ・ソナタ」よりも、「霧の中で」か「草陰の小径にて」の方がよく演奏されます。アンスネスが弾いていたというのは、このどちらかでしょう。
ご参考までに、「草陰の小径にて」の音源です。(「霧の中で」よりも、メロディが綺麗でわかりやすい曲集です)
http://www.youtube.com/watch?v=dVFixhauFgU
Youtubeの演奏は、全てフィルクスニーのものです。

オケの好きな方なら、「弦楽のための牧歌」(Idyll for string orchestra )も美しい組曲です。
http://www.youtube.com/watch?v=3dItG8VMaM0

2012/09/29 (Sat) 20:01 | EDIT | REPLY |   

ポンコツスクーター  

フィルクスニーはいいですね

こんにちは。
昔、アンドラーシュ・シフが来日したときに、「ハンマークラヴィーア」を入れたプログラムを持ってきたので聴きに行きました。同じ日に演奏予定だったのがこのヤナーチェクだったので、予習に聴いたのがこのフィルクスニー(DG)盤でした。
結局、当時はよくわからず、シフの演奏も忘れてしまいました。今聴くとしみじみとよい音楽ですね。

2012/09/30 (Sun) 16:07 | EDIT | REPLY |   

yoshimi  

名曲だと思うんですが

ポンコツスクーター様、こんにちは。

シフが「ハンマークラヴィーア」とヤナーチェクのソナタを一緒にプログラムに入れていたというのは、ユニークな選曲ですね。
第1楽章の冒頭の突き刺すような叙情感が鮮烈で、とても好きな曲なのですが、このピアノ・ソナタを弾く人は少ないようです。
ヤナーチェクの作品自体、村上春樹の『1Q84』で登場していて広く知られるようになりましたから、最初はちょっと風変わりで馴染みにくいのかもしれません。

ヤナーチェクのピアノ曲なら、ピアノ・ソナタよりも「霧の中で」の方が、ピアニストには人気があるようです。
アンデルジェフスキは、リサイタルとCDでベートーヴェンの第31番ソナタと一緒に「霧の中で」を入れていましたし、グリモーもCDに録音してます。

アンスネスのヤナーチェクも好きですが、フィルクスニーのヤナーチェクは暖かみとしみじみとしたものがあって良いですね。
フィルクスニーにとって、父親代わりのようなヤナーチェクの作品は特別なものだったのだと思います。

2012/09/30 (Sun) 16:37 | EDIT | REPLY |   

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