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平野 洋 『伝説となった国・東ドイツ』
ドイツ留学経験者の著者が、ライプチヒと東ベルリンで取材・インタビューを行い、再統一から2001年までの東ドイツ社会と国民生活の劇的な変貌を追ったノンフィクション。

伝説となった国・東ドイツ伝説となった国・東ドイツ
(2002/08)
平野 洋

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<読書メモ>
冒頭は、土地返還訴訟問題で始まる。
東ドイツ政府によって没収された土地家屋の所有権に関する問題で、統一後、土地の帰属をめぐって各地で訴訟が起こっている。
1949年のDDR建国に対して社会主義体制を嫌って西ドイツに移住した人(ベルリンの壁建設前までに約360万人)が、再統一を機に旧東ドイツ国内の土地・家屋の返還を求めて、旧土地所有者と現在の居住者との間で訴訟が頻発。

西ドイツに移住した人の土地家屋は、旧東ドイツ政府が、ナチ党幹部と大地主のものは没収、そのほかのものは東ドイツ政府が利用。
また、移住した西ドイツ人のなかには、東ドイツ人に管理料を支払って土地家屋の管理を任せ、所有権を保持していた人もいる。
東ドイツ政府は、西側への移住者が残していった不動産に対して、補償金を支払っていた。
東独では、社会主義国としては珍しく、国との「委託(売買)」契約によって、居住している不動産を個人所有することもあった。

ほとんどの土地所有者は亡くなっているので、返還請求はその子供、または親族からのもの。
救済措置として、一定の条件を満たせば、所有権を失っても、時価の半値で買い取るか99カ年の定期借地権を行使できる。
救済措置が適応できない場合は、適正価格(おそらく時価)で買い取る、買い取りできない場合は立ち退く、もともと国に家賃を支払っていた場合は、(値上がりした)賃貸料を元所有者に支払って住み続けるなど、土地の権利関係などによって解決方法は異なる。


さらに深刻なのが失業問題。
土地返還問題は訴訟によって解決に向かっているが、多くの人々が直面している失業問題は、逆に時間の経過と共に深刻化。
統一後、半数の労働者が一度は失業を経験したと言われる。
ABM(雇用創出対策:国が失業者に対し最高2年を上限に仕事を提供する)と失業を繰り返す人も多い。
東に大量の失業者を生み出した主因は、90年夏に施行された「通過同盟」政策によるもの。
東西ドイツマルクの交換比率を1:1としたために、東独はソ連・東欧市場を一挙に失った。
品質は西独製品に劣るが、値段がやすいということで、東の企業の一部は生き残れたはず。
しかし、値段が西独製品と変わらなくなると、製品は売れずに旧東独企業は軒並みつぶれた。
また東独時代は水道・光熱費などきわめて安かったが、統一後は料金が何十倍にも跳ね上がった。
そのため人々は節約に努めたため、関連施設は閉鎖され失業者が生まれた。
このほかにも、信託公社による東独企業の民営化過程における失敗がある。

ライプチヒでは、地域の工業部門で89年に8万人にいた労働者が、94年には15000人に激減。
その要因(95年時点)は以下の通り(商工会議所シュパシーユ氏による)
a)企業は労賃の安い東欧に進出。いわゆる産業の空洞化現象が起こっている。
b)通信・交通網などの社会資本の不整備。
c)西の生産力が巨大なため、東の需要の大部分をまかなえ、生産拠点を東に移す必要がない。
d)事業を起しても東ドイツ人自身に、資本もなく商売に関する経験もないため破産する者が多い。
e)西では安価な製品は大型店が仕切り、洒落た洋服などの贅沢品は個人店が担うという棲み分けができている、東では人々に購買力が充分にないため、贅沢品への需要は少なく、日常雑貨品などの領域で商売をせざるをえない。そのため、大量生産・販売の大手と競争になり勝ち目がない。

さらに著者があげているのが2点。
f)東ドイツ人の生産性の低さが、企業家が東に進出することをためらわせている。
g)西ドイツ人の専門家が東に来たがらないことも東の発展の足枷。

2000年5月時点で、bは大幅に改善。dも徐々良い成功事例が生まれている。
他の項目は以前として変わらないが、aは状況がさらに進んでいる。

97年までに200万人の東ドイツ人が西へ移っていき、約80万人の西ドイツ人が東に流入。
差し引き120万人の東側の流出。
東にも生産工場は建てられているが、世界最先端の設備を持ち、徹底的な自動化がすすみ大量雇用は望めない。
従業員には高い専門知識と経験が要求されるので、結局は西ドイツ人のための職場になる傾向がある。
官庁でも主要なポストは西ドイツ人によって占められている。

統一後、東ドイツ人の生活は劇的によくなる。
戦前に立てられた老朽化した補修されていない建物、すさまじい大気汚染、石炭の暖房などは、環境改善が進み、街並みも一新され、最新式の設備機器も導入された。
失業率は依然として高い状態が続いているが、著者が知り合った東ドイツ人は、現状に満足している。
成功した人も、そうでない人も、東ドイツ時代に戻りたいという人には出会わなかったという。
右翼も左翼も異口同音に東ドイツにはいいところがたくさんあったと言う。しかし東独のほうがいいとは言わない。
東ドイツ人の旧体制に対する不満の中心は、国外旅行の自由がないこととシュタージの存在だったという。
ただし、東西ドイツに分裂している間でも、東ドイツから西ドイツへの移住は全く不可能ではなかったし(厄介な手続きや嫌がらせとかを耐えないといけなかったが)、西ドイツ人が東ドイツの親族を訪問することはできた。

西ドイツと東ドイツ人とは、メンタリティがかなり違うという。
徹底的な個人主義の西ドイツとは違って、(日本に似た)集団主義的な東ドイツでは、人間関係が濃くて親切。
しかし、外国人には敵対的。これは、東ドイツに限ったことではなく、西ドイツでも外国人に対してはかなり差別意識が強い。
東ドイツの場合は、それが言葉や態度、暴力となって露骨に表れるので、国際的な評判を配慮して、国家・シュタージは排外主義は取り締まっていた。


本書は、2001年までの東ドイツの状況。
現在、欧州のなかでも比較的経済が堅調なドイツでは、旧東ドイツ地域の暮らしや人々のメンタリティはどう変わっているのだろう?

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クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

愛聴するのはベートーヴェンとブラームス、それにバッハ。ロマン派ならリスト。​さらに現代(20​世紀)の音楽を探検中。特に好きなのはピアノ音楽(ソロ、コンチェルトに室内楽)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなピアノ曲:ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第30・31・32番,ピアノ協奏曲第3番&第4番。ブラームス/ピアノ協奏曲第1番&第2番、ヘンデル変奏曲、後期ピアノ作品集。バッハ:パルティータ、フランス組曲、イギリス組曲

好きなヴァイオリン曲:バッハ・ベートーヴェン・ブラームスのヴァイオリンソナタ(ピアノ&ヴァイオリン)、シベリウス/ヴァイオリン協奏曲

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