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スティーヴン・ハフ 『French Album』
スティーヴン・ハフの新譜『French Album』は、試聴した時の印象以上に素晴らしく、hyperionからリリースしたハフの小品集アルバムのなかでベストではないかと思えるアルバム。
選曲・演奏ともセンス良く、ハフの鮮やかな技巧と美しい色彩感の繊細な音色がよく映えていて、とっても満足。

Stephen Hough's French AlbumStephen Hough's French Album
(2012/09/11)
Stephen Hough

試聴する(hyperionウェブサイト)
録音時期は、2009年6月、2010年10月、2011年5月。ピアノはYAMAHAとSteinway(調律師の名前まで載っている)。


J.S.バッハ:トッカータとフーガ ニ短調 BWV.565(コルトー&ハフ編)
この曲をピアノソロで演奏するときは、ブゾーニ編曲版が使われることが多い。
ハフが使ったのは、珍しいことに、スイス生まれのピアニスト、コルトーの編曲版をベースにハフがさらに編曲したバージョン。ハフはリサイタルでもこの曲を弾いている。

コルトー版の楽譜がIMSLPにはないので、ブゾーニ版との違いは正確にはわからないけれど、ブゾーニ版の楽譜を見ながら聴いても、明らかに違うところはわかる。
違う部分のパターンとしては、(ブゾーニ版)和音⇒(コルトー&ハフ版)アルペジオ(冒頭第4小節とか)、片手スケール⇒ユニゾン(逆のパターンもあり)、四分音符の和音⇒八分音符の和音2つ(逆のパターンもあり)、両手の和音⇒片手づつ和音をずらして弾く、など。

全体的に、密度の高い和音が鳴り響く重厚さをいくぶん軽やかにして、華麗さが増した感じ。
ハフの演奏も、和音はガンガン弾かずに切れ良くシャープで、ペダルを入れたときのソノリティもクリア。
音響面以外で特に違うのは、ブゾーニ版で”non troppo staccato”や”tenuto,quasi legato”の指示が書かれているところ。
ハフは、この部分は、それまでの演奏とあまり変わらない軽快なスタッカートや、テヌートをかけていないようなレガートで、テンポを落とさず淀むことなくスラスラと弾いている。
ブゾーニ版を弾いていたガヴリリュクのライブ映像(Youtube)と聴き比べてみると、はっきりと違いがわかる。(その違いが、楽譜によるものか、演奏解釈の違いなのかは、よくわからないけれど)

J.S.バッハ:チェンバロ協奏曲第5番ヘ短調 BWV.1056より『アリオーソ』(コルトー編)
「Arioso」として有名な曲で、ケンプのピアノ編曲版(Youtube)が有名。ハフが弾いているのは、コルトー編曲版。
両方とも楽譜が見つからなかったので、ケンプの演奏と耳で聴き比べた印象では、コルトー版は和音を構成する音の数や低音部の和音を減らしているようで、和音の響きがかなり薄くて軽やか。
ハフの演奏自体も、ケンプよりも速いテンポで、タッチもふんわり軽やか。ケンプのような内省的な雰囲気は少なく、流麗でロマンティック。優しく甘美なピアノの音色がとっても綺麗。

フォーレ:夜想曲第6番変ニ長調 Op.63、即興曲嬰ハ短調 Op.84-5、即興曲第5番嬰ヘ短調 Op.102、『舟歌』第5番嬰ヘ短調 Op.66。
フォーレは鍵盤上の上下行を繰り返しながらスラスラと流麗に流れていく曲が多く、明るい響きの和声と浮遊感が特徴的。
有名な曲は《シシリエンヌ》、《夢のあとに》(ピアノ編曲版)。これは両方ともよく聴いた曲。
5曲ある《即興曲》のうち、即興曲の第2番と第5番は、幾分メカニカルな動きの躍動感があって面白い。
《即興曲Op.84-5》は、フォーレらしい甘美な旋律が綺麗。
対照的に、1909年に作曲した《即興曲第5番》は他の即興曲とは全く違い、一見エチュード風で現代的。
当時流行していた現代的な作曲技法をとり入れて、全音音階(Whole-tone scale)で進行していくところに、嬰ヘ短調といっても、独特の調性感と不安定感がある。こういう曲は好みにぴったり。
マルグリット・ロンの回想によると、フォーレは、フローレンス・シュミットが全音音階による主題をもつ作品を聴き、その斬新さが成功を納めたことに苛立ち(annoyed)、「全音音階の作品を書くつもりだ」と怒ったようにロンに言ったという。

Fauré - Dominique Merlet - Impromptu No. 5, for piano in F sharp minor, Op. 102



ラヴェル:『鏡』より「道化師の朝の歌」
”アルボラーダ(alborada)” 「朝の歌」という意味。スペイン宮廷の朝の行事の音楽のことらしい。
夜の音楽がセレナーデなら、朝の音楽はアルボラーダ。

スペイン風の旋律はとてもエキゾチックな情緒があり、軽快なリズム感は朝のように爽やかで躍動的。
リズムがいろいろ変化していくので単調さがなく、ピアニスティックな技巧が華麗。
中間部は緩徐部になり、ギターが弾くようなほの暗く情熱的な旋律。

マスネ:『田園詩』より「たそがれ」(ハフ編)
「たそがれ」と言っても、人生の黄昏..みたいな暗さはなく、高音部の透明感と繊細な響きがとても綺麗な曲。

シャブリエ:『絵画的な10の小品』より「憂鬱」
この曲も「たそがれ」と同じく、全然「憂鬱」そうに聴こえない可愛らしい曲。

プーランク:憂鬱、プーランク:夜想曲第4番ハ短調『幻の舞踏会』、即興曲第8番イ短調
全く曲想の違った曲を3曲選んだところが良くて、プーランクのピアノ曲の面白さがよくわかる。
《Mélancolie/憂鬱》の冒頭は、シャブリエ同様全く”憂鬱”なところはなく、明るく優しい雰囲気。
中間部になると、短調の旋律が交錯して、気持ちが落ち着かないような雰囲気に変わり、ちょっと溜め息をつきたくなる軽やかな”メランコリー”といった感じ。
《Nocturne No 4 'Bal fantôme'》(幽霊たちの舞踏会)は、密やかでゆらゆらと頼りなげ。本当に標題どおり、幽霊たちが舞踏会で踊っている情景が浮かんできそう。
《Improvisation/即興曲No.8》は、シニカルなタッチの旋律と、軽快で面白いリズム感で、とってもユーモラス。

Francis Poulenc - Nocturne n°4 in C minor(Alexandre Tharaud)



シャミナード:秋 Op.35-2
セシル・ルイーズ・ステファニー・シャミナードは女性作曲家。ピアノ曲《スカーフの踊り》(Pas des écharpes)が一番有名。
「秋」は、《6つの演奏会用練習曲 Op.35》の中では、一番知られている曲。
冒頭は、穏やかで爽やかな秋の風景にぴったり。
この雰囲気のまま終わるかと思ったら、突如、木枯らしがビュンビュン吹きすさぶような激しく荒々しい曲想に変わる。ちょっと意外な展開。
この中間部がなかったら、それほど有名にはならなかったかも。

アルカン:海辺の狂女の歌 Op.31-8
《長調と短調による25の前奏曲Op.31》の第8曲。タイトルどおり不気味な雰囲気が漂う曲。
ゆったりとしたテンポで、ゴンゴンと底から鳴り響くような低音のオスティナートは、死刑囚が断頭台へと一歩一歩近づいているような情景が浮かんできて、ちょっと怖い。
途中で、突如テンションが高まって暴走しかけるように、一瞬アッチェレランドして、再び元のテンポへ戻る。
現代曲以外で、この種のオドロオドロしい曲は珍しい(と思う)。ゾクっとする不気味な感覚が面白い。

Charles Valentin Alkan - La Chanson De La Folle Au Bord De La Mer Op.31 No.8 - RONALD SMITH



ドビュッシー:《ベルガマスク組曲》より「月の光」
もう何十種類もの演奏を聴いて新鮮味がない曲なのに、今まで聴いたことがないような(と私には思える)「月の光」。
ハフのピアノの音色とタッチの精妙なコントロールで、微妙なニュアンスを帯びた音の美しさが際立っている。
線が細く中空にす~っと消えていくような軽やかな響きがとても綺麗。
特に、独特のテンポの揺らぎや間合いのある旋律の歌わせ方が絶妙。
感情的でも幻想的でもなく、静寂さが全体に流れ、夜の暗闇なかでほのかな”月の光”に照らされている情景が浮かんでくるようなりアルな描写力。
アラウのスローテンポの《月の光》を別にすれば、今まで聴いたなかで一番好きな演奏になりそう。

ドリーブ:バレエ組曲『シルヴィア』より「ピチカート」(ハフ編)
ピアノで”ピチカート”を模したような、とっても可愛らしくて面白い曲。こういう曲を編曲するところが、ハフの編曲センスの良さ。

リスト:ユダヤの回想~アレヴィの歌劇のモチーフに基づく華麗な幻想曲
この曲だけ、オペラのパラフレーズなので、他の曲とは雰囲気がかなり違う。
オペラを聴かないせいか、リストのオペラパラフレーズはほとんど聴いたことがなく、まともに最後まで聴いたのはこの曲だけ。
最初の和音からして、いかにも劇中音楽らしく、ドラマティック。ピアニスティックに煌びやかで華やか。

Hough plays Liszt - Réminiscences de La Juive Audio + Sheet music



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『French Album』
このアルバム、とても気に入っています!
ハフの選曲のセンスが良いし、編曲も良いですよね。
そして何よりも音がクリスタルのように綺麗です。
演奏の仕方も好きです。流麗な歌わせ方が私好みなのかも。

バッハの2曲も他の方の演奏と比べてみると
とても面白かったです。

タローのプーランクも
ハフの演奏と比べるのが楽しかったです。
ハフのベストアルバムの一つでしょう
Tea316さん、こんばんは。

こちらの記事にもコメントいただいて、どうもありがとうございます!
ほんとに選曲・演奏ともセンスの良いアルバムですね。
それに、聴き比べるとそれぞれ違いがよくわかって、楽しみも倍増します。

バッハの「トッカータとフーガ」の編曲版は、昔からガヴリリュクの演奏を聴いているのですが、中間あたりで、ちょっと情念が強くなってウェットな感じがします。
ハフの場合はそういうところはなく、より構造堅固で古典的な端正さがありますね。
ケンプの自作自演も昔から好きなのですが、ハフと比べるとケンプが内省的なのがよくわかります。
タローのフランス・バロックものはいくつか聴きましたが、表情豊かで曲を面白く聴かせる人ですね。このプーランクの演奏はちょっと優雅なので、ハフの方がゆらゆらして摩訶不思議な雰囲気が強いような気がします。

ハフは、技巧確かなヴィルトオーゾにしては、澄んだ音色の美しさや色彩感も際立っていますし、叙情表現も豊かですが、しつこくなくてすっきりとしています。
彼のレパートリーの大半はロマン派(と現代物)ですから、もともと美しいピアノを弾ける人なのだと思います。
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クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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