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(Wed)18:00

平野昭 『ベートーヴェン』 

今まで読んだベートーヴェンの伝記は、ロマン・ロラン、メイナード・ソロモン、青木やよひ、平野昭の著作。
文体・構成からベートーヴェン像まで、それぞれ独自のものがあるので、全て読んでもいつも違ったベートーヴェンに出会える。
(それに、伝記ではないけれど、ベートーヴェンとチェルニーが登場する森雅裕のミステリー小説『ベートーヴェンな憂鬱症』と『モーツァルトは子守唄を歌わない』も、かなり好みに左右されるだろうけど、妙にリアリティがあって意外と面白い。)

この中では、青木やよひ氏の『ベートーヴェンの生涯』(平凡社新書)が一番新しい伝記。
長年にわたる”不滅の恋人研究”の集大成『ベートーヴェン〈不滅の恋人〉の探究―決定版』 (平凡社ライブラリー)の後に書き上げた『ベートーヴェンの生涯』は、先人と最新の研究成果を踏まえて書き上げた著者最後の著作。青木氏の思いが篭められたベートーヴェンの人間像がとても身近に感じられる。

平野昭氏も今年8月にベートーヴェン伝記『作曲家/人と作品シリーズ ベートーヴェン』(音楽之友社)を新たに発刊。
平野氏のベートーヴェン伝記というと、新潮文庫版『カラー版作曲家の生涯 ベートーヴェン』を随分昔に買った。頁数は少ないけれど、内容がコンパクトにまとまり、カラー写真が満載。そのわりに価格が安くて、コストパフォーマンスはとても良い。

ベートーヴェン (新潮文庫―カラー版作曲家の生涯)ベートーヴェン (新潮文庫―カラー版作曲家の生涯)
(1985/12)
平野 昭

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『作曲家/人と作品シリーズ ベートーヴェン』の方は、かなり細かく史実を記述した伝記と作品解説の2部構成で、頁数のわりに内容は充実している。
ただし、伝記部分は文字でびっしり埋められていて、改行が異常に少なく(1ページに1~2ヶ所くらい)、最初は視覚的にかなり読みづらく感じた。
慣れればさして気にはならないとはいえ、印刷コストの関係で頁数をできるだけ減らすためだろうか..と思ってしまったくらい。

内容的には、ベートーヴェンにまつわる史実や交流のあった人々(親類縁者、友人、音楽家、パトロンなど)が多数登場する。
著者が思うところのベートーヴェンの人間像を描くというよりは、史実を細かく追っていくことで、ベートーヴェンがたどった生涯の軌跡が明確に浮かび上がってくるという印象。
べートーヴェンが手紙でやりとりした内容も盛り込まれているので、肉声らしきものも伝わってくる。

メイナード・ソロモンの伝記『ベートーヴェン』(岩波書店)は欧米の伝記物らしく細かい史実・書簡などで肉付けされた伝記で、上下2巻(合計800頁)に及ぶ大部なもの。
ソロモンを読むほどではないけれど、なるべく詳しい伝記が読みたい人には、この平野氏の『ベートーヴェン』を読めば基本的な史実はかなり細かく追える。
青木氏の『ベートーヴェンの生涯』と比べると、文体やベートーヴェン像の記述は生真面目で堅いトーンではあるけれど、情報量は多く客観性のある文体なので、リファレンスには使いやすい。

ベートーヴェン (作曲家・人と作品)ベートーヴェン (作曲家・人と作品)
(2012/08/24)
平野 昭

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【目次】(「BOOK」データベースより)
生涯篇:音楽家の誕生ー一七七〇~八〇/ボンの音楽環境と宮廷楽師ー一七八一~九二/ウィーン初期~ピアニストから作曲家へー一七九三~一八〇〇/革新への目覚めと苦悩の兆し(一八〇一~〇二)/名声の確立(一八〇三~一一)/不滅の恋人との出会いと別れ、ゲーテとの邂逅、そしてスランプ(一八一二~一六)/最後の十年(一八一七~二七))
作品編:交響曲/協奏曲/弦楽四重奏曲/ピアノ・ソナタ/ピアノ変奏曲/チェロ・ソナタとヴァイオリン・ソナタ/その他の室内楽作品/声楽作品/管弦楽曲
資料篇:ベートーヴェン年譜/ジャンル別作品一覧/主要参考文献/人名索引

書評:『ベートーヴェン』平野昭(評者:今井顕/ピアニスト・国立音楽大学大学院教授)[書評空間]

                      

個々の内容には濃淡がかなりある。
ベートーヴェンの愛情の対象であり、悩みの種でもあった甥カールにまつわる出来事はとても詳しい。
「不滅の恋人」に関する部分は内容が薄く、章のタイトル「不滅の恋人との出会いと別れ」にしては、どこでどう出会って最後には別れたのかがよくわからない。
「主要参考文献」には、青木氏の「不滅の恋人」研究書が掲載されていない。読んでいるには違いないだろうけれど、その内容を引用するのをあえて避けたような印象を受けた。

<生涯篇>を読んでいて、妙に印象に残ってしまったのが、カデンツァについての一節(111頁)。
ピアノ協奏曲第5番「皇帝」を作曲したのが1809年。
この頃には難聴がかなり悪化していたため、ソリストとして自作自演することができないと悟ったベートーヴェンは、「皇帝」ではカデンツァまで楽譜に書き込んでいる。
同年、今まで発表したピアノ協奏曲4曲のための「カデンツァ集」も作ったという。
「自分ではない第三者のピアニストが使うことができる、というよりむしろ「使って欲しい」という思いで作曲したのである。」
さらに、モーツァルトのニ短調ピアノ協奏曲K466のカデンツァも一緒に作曲している。

伝記の後には、コンパクトな<作品編>(約55頁分)が掲載されている。
この作品解説がわかりやすくて、あまり聴いていなかった弦楽曲や歌曲で興味を引かれる曲もいくつか。

ベートーヴェンのピアノ・ソナタの区分は、標準的に定まってはいないので、研究家によって違う。
平野氏の場合は「ソナタ形式特性からみた創作期」として区分。

第1期:1782~92年  学習期 《3つの選帝侯ソナタ》
第2期:1793~1800年 ピアニスト期 Op.2、Op.7、Op.10、Op.13、Op.22(第1番~第11番)
第3期:1800~01年  実験的ソナタ期 Op.26、Op.27、Op.28(第12番~第15番)
第4期:1802~05年  ドラマティック・ソナタ期 Op.31、Op.53、Op.54、Op.57(第16番~第18番、第21番~第23番)
第5期:1809~10年  カンタービレ期 Op.78、Op.79、Op.81a(第24番~第26番)
第6期:1814~16年  ロマンティック・ソナタ期 Op.90、Op101(第27番~第28番)
第7期:1817~22年  孤高様式期 Op.106,Op109~Op.111(第29番~第32番)

この中で、Op.54(第22番)は、「異例づくし」の曲だと書かれている。
この曲はとても好きな曲なのに、ピアノ・ソナタ全曲演奏会でもなければ、演奏用のプログラムで見かけることは少ない。ソナタ全集を聴いていなければ、この曲を知らない人も多そう。
平野氏の解説では、珍しい2楽章形式、両楽章とも主調、舞曲・ソナタ形式・ロンド形式でもなく、両楽章に共通していて見えるのは、ポリフォニクな二声書法への強い傾斜。どのような目的で作曲されたのか不明、作曲依頼者も披献呈者もいないこの作品をなぜ作曲し、出版までしたのかも謎。

この曲で一番好きな録音は、ケンプのステレオ録音。
第1楽章の冒頭や弱音部分のまったりした語り口や、可愛らしく小鳥が囀るようなトリルなど、とてものどかでほのぼのとして、親密感を感じさせる。
第2楽章が特に素晴らしく、持続音と分散音とが重なる和声の響きがうっとりするくらい美しくて素敵。

※ケンプの音源がyoutubeになかったので、リヒテルの1992年ライブ録音の第2楽章も和声の響きが綺麗。

ベートーヴェンは、《ミサ・ソレムニス》を交響曲第9番よりもはるかに高く評価していたという。
たしかCDを持っていたはず。《ミサ曲ニ長調》の方は一時期よく聴いていたけれど、《ミサ・ソレムニス》の方はしっかりと聴いた覚えがない。これは聴いてみなくては。

あまり知られていない<民謡編曲>の作品解説も載っている。
ベートーヴェンはそういう曲も書いていたんだと発見したのが、WoO153《20のアイルランド歌曲集》の第6曲「悲しく不幸な季節」。日本では《庭の千草》として知られる原曲を編曲。
それに、WoO156《12のスコットランド歌曲集》の第11曲「過ぎさりし懐かしき日々」。
これは合唱付きの三重奏曲で、有名な《蛍の光》の原曲を編曲したもの。
友との再会を酒を酌み交わしながら歌うという曲で、ピアノ三重奏曲をバックに合唱するという編成が面白い。
日本の”蛍の光”の歌詞は、原曲の英文歌詞(スコットランドの詩人ロバート・バーンズが書いたバージョン)とかなり違う。そのせいで、ベートーヴェンの編曲は、”蛍の光”とは全然違った雰囲気。
歌詞:【雑学】"Auld Lang Syne" - 蛍の光[Eigoriki.net]

この音源は「過ぎさりし懐かしき日々」。曲名は”Auld Lang Syne”。
確かに”蛍の光”のメロディなんだけど、こっちはとても明るく楽しそう。

Ludwig van Beethoven - 12 Scottish Songs WoO 156 - 11. Auld Lang Syne



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2 Comments

アリア  

No title

yoshimiさん、こんにちは。
ソコロフの記事にコメントをしようと思いつつ
来るたびにイギリス組曲を通して聴いてしまって
それで終わってしまってるアリアです…
ここまできたら、CD買うしかないですね。(笑)

ベートーヴェンの22番のソナタは異例づくしだったのですか。
私が初めて聴いたのもケンプの録音です。
演奏会はおろか、ピアノソナタの抜粋版のCDにも入らない
マイナーぶりですが、すごく可愛らしい曲ですよね。
きっと自分で弾いてみたら、もっと可愛いんだろうなあと思ってます。
ケンプのがやっぱり好きですが、リヒテルの演奏もいい感じですね。
リヒテルって大味なところが目立つことも多いですけど
これはそんなことなくて、この曲らしい繊細な感じがします。^^

2012/12/14 (Fri) 20:15 | EDIT | REPLY |   

yoshimi  

22番ソナタはとても素敵です

アリアさん、こんにちは。

イギリス組曲のYoutbeの音源は、もしかしたらCDと同じかも。何度聴いても同じに聴こえます。
演奏時間をチェックすると、CDと数秒違いでほとんど同じ。ミスタッチも同じ場所でしてました。

ケンプの22番はとっても素敵ですね!
この曲はもともと好きなのですが、ケンプが弾くと魅力が倍増します。
特に第2楽章のソノリティの美しさは、他のピアニストの録音とは全然違います。

そうそう、リヒテルの演奏は時々大味に聴こえることがありますね。
私がリヒテルの録音を聴いていて気になるのは、フォルテ部分でブツっと素っ気なく切ったり、強打するところです。
好みとして、フォルテはもっと綺麗に弾く演奏の方が好きなので。
でも、たしかリヒテルが言っていたのは、フォルテよりも弱音をどう弾くかが大事なんだそうです。たしかにリヒテルの弱音の繊細さはフォルテとは全然違いますね。
それにこれは1992年の晩年の演奏なので、若い頃よりは演奏もずっと落ち着いているのではないかと思います。

2012/12/15 (Sat) 11:24 | EDIT | REPLY |   

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