カヴァコス&パーチェ ~ ベートーヴェン/ヴァイオリンソナタ全集(1) 第4番,第8番,第9番「クロイチェル」
2013-01-21(Mon)
ようやく1月15日にamazonから届いたカヴァコス&パーチェのベートーヴェン・ヴァイオリンソナタ全集(輸入盤)。
リリース予定の発表後すぐに予約したけれど、一度発売日が変更されたので(国内盤を先行発売するため?)、結局入手するまでに数ヶ月。
それだけ待ったかいがあったのか、試聴した時よりもずっと素晴らしく、繰り返し聴くたびにますます好きになってしまう。
ベートーヴェンのヴァイオリンソナタ全集のCDで持っているものは、抜粋盤も含めて10種類。
昔から好きなのは全集は、スーク&パネンカ、パールマン&アシュケナージ。ピアノ伴奏に限って言えば、(私には珍しく)アシュケーナージが一番好きだった。
結局、ヴァイオリニストとピアニストの両方とも好きな演奏者で、演奏内容も素晴らしく良いと思えた全集録音はこのカヴァコス&パーチェの録音。
それに、ベートーヴェンのヴァイオリンソナタを聴く時は、ピアノ伴奏の方に集中しているので、ピアノパートが細部まで克明に、ヴァイオリンと対等の存在感で聴くことができるのが、この録音の良いところ。
録音データを見ると、カヴァコスがDECCAへの移籍・専属契約締結を発表した2012年4月23日よりも以前に、7ヶ月間に3回の録音セッションを行って録音していた。
録音場所は、アテネにあるMegaron Dimitri Mitropoulos Hall。
No.4,7,10 : 2011/9/16 ~ 9/18
No.2,3,6 : 2012/2/8 ~ 2/11
No.1,5,8,9 : 2012/4/6 ~ 4/12
このCDのレビューが載っていたのが、レコ芸の2012年12月号(PRE REVIEW)と2013年1月号(新譜月評)。
新譜月評の評者2人の評価は、それぞれ「推薦」と「準」。
演奏内容のコメントが最も的確なのは「PRE REVIEW」(評者:安田和信氏)。実際、聴けばその通りなのだけれど、月評のレビューでは言及されていなかったり、ポイントがズレていたりする。
録音方法、演奏内容ではアーティキュレーション、ソノリティ、ディナーミク、テンポ設定など、この全集録音のポイントとなる点を解説している。
録音方法の特徴は、「会場全体の響きが重要な要素になっていない代りに、ヴァイオリンとピアノの音像を拮抗させながら、両者とも細部をはっきり浮き立たせる」。
近頃の残響の多い(と思う)デジタル録音とは違って、ホールの残響がかなり少ない。ピアノとヴァイオリンの両方とも、音がかなり間近から、同じくらいの距離感と音量で、細部までくっきり克明に聴こえる。
演奏の特徴については、「俊敏性を保って、闊達な語り口を実現するいっぽうで、極端な表現を求めるがあまりに乱暴になる愚を回避して、高い完成度をじっくりと磨き上げた演奏」と、長い表現でまとめている。
このベートーヴェンは、端的な言葉では言い表しにくい”わかりにくさ”があるようには思うけれど、聴けば聴くほど、独特の味わいにすっかり魅きこまれてしまった。
ただし、録音方法や奏法にクセがあるので、聴く人の好みで評価はかなり分かれそう。
こちらは、海外サイトの音楽サイトで、ポジティブなCDレビュー。
"Leonidas Kavakos: Letting Beethoven Shine”(npr music ,January 08, 2013)
カヴァコスは、この作品に輝きとスイートな色調を与えつつ、同時に引き締まった筋肉質的な強さと全体的な構造感も兼ね備えている。美しさが現れる時や音の純粋な美しさに立ち止まって耽溺するようなソリストを求めるであれば、カヴァコスはそういう演奏家ではない。彼は、むしろ舞台俳優のように、作曲家の言っていること(statement)を伝えることに関心があるのだ。例えば、クロイチェルソナタのPresto楽章冒頭の非常にシンプルな語り口を聴いてみると良い。(以上、要約)

最初聴いたときは、残響が少ない音の聴こえ方と、独特のフレージングとアーティキュレーションに慣れる時間がちょっとかかったけれど、慣れてしまうとこれがとっても面白い。
それほど速いテンポをとらず、線のしっかりした音で一音一音を刻み込むように弾き込み、克明で明晰なフレージングとアーティキュレーションで、ヴァイオリンとピアノが緊密に絡み合っていく。伴奏、ユニゾン、対位法など、2つの楽器がデュエットしたり掛け合ったりするときの音の動きと呼吸がよくわかる。
重心が低く、骨っぽい力強さと重みがあり、感情過多な表現に陥ることなく、理知的で明晰。構成感のある骨格のしっかりして、”硬派な”ベートーヴェンという感じ。
弱音部分や緩徐部分になると、落ち着いたトーンの多彩な音色と響きが美しく、穏やかでさりげなく自然に流れる叙情感がとても心地良い。
テンポ設定は全体的に遅めで、特に緩徐楽章はかなりゆったり。(第7番以降は、急速楽章のテンポが少し速くはなっている)。 ルバートは多用せず、ほぼインテンポ。
大音量の強いフォルテで強弱のコントラストを強調することはせず、弱音部分では、微妙なニュアンスや柔らかさがあり、音色とソノリティがとても綺麗。繊細さに耽溺して情緒的になることはなく、品の良い端正な叙情感。
アーティキュレーションに特徴があり、フレーズの冒頭・末尾などで、sfやスタッカートに強めのアクセントがついたり、フレーズ間のつなぎのところをはっきり区切ったりするので、スラーやレガート部分は滑らかでも、その間にゴツゴツとした突起が挟まれている。(楽譜をしっかり見ながら聴けば、もっといろいろ気がつきそう)
叙情的な雰囲気を払拭するように、ときどき挿入される力感・量感のあるフォルテがとても印象的。(第7番第2楽章、第9番第3楽章の冒頭など)
ヴァイオリンとピアノが同じ旋律を受け渡して対話したり、表現をきちっと会わせた揃ったユニゾンでデュエットしたりする2人のやりとりが明瞭ねフレージングを粒立ちの良い音で克明に聴き取れる。今まで何気なく聴いていた旋律が、言葉となって語り合っているような面白い感覚がする。
カヴァコスのヴァイオリンは、高音でも低音でも、線がしっかりして、まろやかで引き締まった響きが美しく、高音部でも、線がか細くキーキーすることが全くなく、音に潤いがあって、美音。
ルバートやヴィブラートを多用することがないので、情緒過剰なウェットな感情移入は全く感じられず、クールというか、理知的で均整のとれた情感がとても自然に思えてくる。
パーチェのピアノは、(メルニコフのような)キラキラ輝くような音色ではないけれど、色彩感は豊か。
高音部の弱音は音色が美しく、羽毛のように柔らかく優しい響きがとても素敵。
正確な打鍵で粒立ちのよい芯のしっかりした音なので、弱音部でも、速いテンポの細かいパッセージでも、一音一音が明瞭。
ペダルはそれほど多用せず(浅く短く入れていることが多い)、ソノリティはクリア。特定の楽章や、アルペジオなど部分的に響きの重層感を出す時は、ペダルをたっぷり使ってソノリティの美しさを強調しているのが、とても効果的。
特に、クロイチェルソナタの第2楽章の最終変奏(第4変奏)でのピアノの音色の美しさは夢幻的。この変奏ではペダルを長く入れるところが多いので、高音の弱音のソノリティの美しさが際立っている。
スラーのない部分ではややノンガレート気味の硬めのタッチが多く、音の線が太めでゴツゴツとした骨っぽい響きや量感のある低音には、重みと重心の低い安定感がある。
パーチェのフォルテの弾き方には特徴があり、ライブ映像で見ると、高めの位置から手・腕を降りおろして弾くというのではなく、低い手の位置から、体の体重を上から腕にかけるように前によりかかって弾いている。(アラウも似たようなフォルテの弾き方をしていた。重量奏法なのだろうか?)
ヴァイオリンとのユニゾンや掛け合っていく呼吸もよく合って、カヴァコスの演奏解釈とアーティキュレーションにパーチェのピアノがぴったり合わせている。
ようやく全曲聴き終わって気がついたのは、作曲時期によって、少し弾き方を変えている。(私がわかるのはピアノ伴奏の方だけだけど)
初期の第1番~第3番は、テンポはそれほど遅くはなく、打鍵するタッチがやや軽く、音質も少し軽くなっている。(調律で調整しているのかも)
音色も明るく、速いパッセージもスラスラと流麗。弾けるような軽やかさではなく、ちょっと優美でしとやかな雰囲気も。
第4番~第6番は(弱音以外の)打鍵に力強さがあり、ゴツゴツと骨っぽい音で、音色も少し落ち着いたトーンになっている感じがする。テンポも全体的にやや遅めで、叙情楽章ではゆったりとしたテンポでじっくりと歌いこんでいる。
特に第5番のスプリングソナタは、第1楽章の遅めのテンポやアクセントの付け方とかが面白く、あまり好きではないこのソナタがちょっと違って聴こえる。
第7番~第9番は急速楽章のテンポも速めで、打鍵の切れも良く、短調の急速楽章(第7番とクロイチェルの第1楽章)では力強くパッショネイトな雰囲気、長調の急速楽章はリズミカルな躍動感が爽快。
第10番は、嵐が去った後の秋空のように澄み切って清々しい曲。彼らの演奏も肩の力が抜けて柔らかくしなやかなタッチで、穏やかな静けさが漂っている。第3楽章や最終楽章の急速部分では、少しゴツゴツとしたタッチになるけれど、第9番までのような力強さは弱く、平穏な静寂さの方が印象に残っている。

好きな曲である第4番とクロイチェルソナタが収録されているCD2から聴き始めると、これがとっても面白くて、なかなか残り2枚のCDに進めない。
ヴァイオリンソナタ第4番 Op.23 [作品解説(Wikipedia)]
第1楽章Presto
冒頭からそれほど速くないテンポで、骨太のタッチで力強く。続く弱音部分はそっと消えるような響きのなかに微妙な翳りや憂いが漂っている。
線が太く圧力の強い音で一音一音克明に鳴らしていくので、軽快さやシャープさはないけれど、深く落ち着いた重みのあるところが良い感じ。
ピアノに関しては、フォルテはバンバンと強打するのではなく、力強く押し付けて刻印していくような骨太い圧迫感のある音。ヴァイオリンの方も線が太めで芯のしっかりした音。
第1楽章が終わると、聴いているこちらの方がほっと一息。この音の圧力のせいで、息を詰めて聴いていたらしい。
第2楽章 Andante scherzoso più allegretto
タッチが柔らかくなっているので、ヴァイオリン・ピアノの両方とも音の圧力感が軽くはなっているけれど、軽快というよりは、落ち着いた雰囲気。可愛らしく優美さはあるけれど、でもどこかクールというか、情感過多になりすぎないように抑えた感じはする。
第3楽章 Allegro molto
それほど速いテンポではなく、疾走感は強くはないけれど、第1楽章よりもフォルテはかなり強く、タッチもシャープ。弱音部での、音がす~と消えていくような力の抜き方とか間の取り方が面白い。
(時々ザーザーと何かが擦れるような雑音がするのは、何なのだろう?)
ヴァイオリンソナタ第8番ト長調 Op.30-3 [作品解説(ピティナ)]
第1楽章 Allegro assai
第4番と比べると、急速楽章のテンポが速めになり、シャープなタッチで切れも良く、力強い。
細かく音がつまったフレーズが多いので、フレーズ同士を繋いでいくときに強弱やタッチが細かく変化していく。指回りはとても良いのに、音にゴツゴツとした骨っぽさがあるせいか、軽快というよりは、ボンボンと弾むような弾力感がある。
冒頭主題では、ヴァイオリンとピアノのユニゾンから、最後にはヴァイオリンがキー!と叫ぶような高音で素っ頓狂な感じが面白い。
第2楽章 Tempo di minuetto ma molto moderato e grazioso
彼らの演奏する緩徐楽章は、の曲でもテンポは普通よりも遅め。
第7番と同じような穏やかで安らぎに満ちた旋律がとても美しい。ゆったりと歌わせる旋律は、ウェットな叙情感ではなく、さらりとした叙情感がとても穏やか。
第3楽章 Allegro vivace
第1楽章同様、軽快なテンポ。線がしっかりした音で一音一音克明に弾き込まれるので、弾力のあるリズム感が力強くて躍動的。
ヴァイオリンソナタ第9番 Op.47 「クロイチェル」 作品解説(五嶋みどり/みどり通信)]/[楽譜ダウンロード:IMSLP]
これはとっても素晴らしいクロイチェルソナタ。第1楽章の重苦しい雰囲気と和音の多い重厚な和声が、彼らの圧力感と質感のある音と奏法によく合っている。重心が低く重みのあるところが、ベートーヴェンのクロイチェルソナタにぴったり。
第1楽章 Adagio sostenuto - Presto - Adagio
ゆったりとしたテンポで始まる冒頭は、Prestoに入っても少しテンポが遅い感じがするけれど、ピアノのアルペジオが終わってa tempoになると、エンジンがかかってきたようにテンポが上がり、力強く疾走感も出てくる。
速いテンポだとピアノがもたつきがちな第226~257小節(7:44~8:00くらいの部分)も、テンポを落とさず弾いている。(ここは、ピアノパートの譜面はシンプルに見えるのに、右手と左手が三度上行または下行しながら反行し、黒鍵もかなり多くて、弾きにくそうなパッセージが続く)
細かい音の詰まった(それに和音も入った)パッセージでも、太くしっかりした音で音の粒立ちがよく、特に低音は力強くてずしっと量感豊か。
緩急が何度も交代し、急速部は圧力感のある音でインテンポで突き進んでいくので、かなり”筋肉質的”で緊張感が緩むことなく、テンション高く迫力充分。底からじわじわと立ち昇ってくるパッショネイトな白熱感が爽快。
対照的に緩徐部では、そっと柔らかな音が醸しだす静けさがとても印象的。
第2楽章 Andante con variazioni
長大な変奏楽章である第2楽章も素晴らしくて、特に最終変奏(第4変奏)の美しさにうっとり。
第1&第2変奏、第3変奏、第4変奏ではかなり曲想が変わるので、テンポ・音色・タッチもそれぞれはっきり変えている。
第1変奏はピアノパートが主旋律弾き、スタッカートが主体。リズミカルだけれど、バタつかない柔らかい軽やかなタッチ。第2変奏は主旋律がヴァイオリンに変わり、ピアノは両手が交互に軽やかな和音で伴奏。第3変奏は短調に変わって、悲愴感のある旋律とピアノの厚い和音のレガート。
第4変奏は、夢のなかで遊んでいるように、伸びやかで幸福感に溢れた曲。ヴァイオリンの高音の美しさに加えて、ピアノの音色と響きの美しさが際立っている。
この変奏では、ピアノが珍しくペダルをたっぷり使っている。トリル、スケール、アルペジオで、残響が重なる響きの美しさはまるで夢の世界。特に鐘のように鳴る響きと煌きのある高音の美しさには溜め息がでそう。
第3楽章 Presto
終楽章は音の切れがよくて、音の圧力がやや軽く感じるせいか、開放感があってリズミカルで軽快。
速いテンポでリズミカルな部分と、弱音で柔らかな旋律の緩徐部分とで、タッチと音の質の違いが明瞭で、表情の移り変わりがよくわかる。
終盤のAdagioに入る直前の第483~488小節は、珍しくたっぷりペダルを使ったピアノのアルペジオの響きがとても華麗。
この全集では、クロイチェルソナタの演奏が一番素晴らしく、この曲を聴くことができただけでも、この全集を買ったかいがあったというもの。
録音方法にかなりクセがあるので、同じ演奏であっても広いホールで実演を聴くと、音の聴こえ方がかなり違ってきて、印象が変わるのかもしれない。(リサイタルを聴いていないので、比較できないけれど)
実演だと臨場感と白熱感が体感できるのだろうけど、このCDで聴くとアーティキュレーションやソノリティの美しさが細部まで明瞭に聴き取れるのが良いところ。
音がとても悪いけれど、昨年のイタリアのFESTIVAL DELLE NAZIONIでのライブ映像。
FESTIVAL DELLE NAZIONI 2012 - Leonidas Kavakos - Enrico Pace

カヴァコスが、イタリア人の中堅ピアニストであるパーチェとなぜデュオを組んでいるのか不思議に思う人も結構いるらしく、マリンスキー劇場コンサートホールでのインタビューで彼ら自身がその経緯を語っている。
Leonidas Kavakos & Enrico Pace
カヴァコスとパーチェが初めて出会ったのは、ノルウェーの音楽祭。
メンデルスゾーンの難曲である「ヴァイオリン、ピアノと弦楽オーケストラのための二重協奏曲」で共演した。
2人は非常に”easily”(たやすく,苦もなく)協奏することができたので、そのコンサートが終わってから、数年後にスケジュールを調整して定期的にデュオ演奏をしよういうことになった。
デュオ演奏を始めてから、様々な作曲家の作品を演奏しているが、彼らのコラボレーションはとても”harmornious"(調和している)とカヴァコスは語っている。
次に録音予定のブラームスのヴァイオリンソナタ全集では、ユジャ・ワンがピアニスト伴奏をするらしい。(伊熊よし子さんのブログに載っていたインタビュー記事で、ユジャ・ワン自身が言っていた)
※右カラム中段の「タグリスト」でタグ検索できます。
リリース予定の発表後すぐに予約したけれど、一度発売日が変更されたので(国内盤を先行発売するため?)、結局入手するまでに数ヶ月。
それだけ待ったかいがあったのか、試聴した時よりもずっと素晴らしく、繰り返し聴くたびにますます好きになってしまう。
ベートーヴェンのヴァイオリンソナタ全集のCDで持っているものは、抜粋盤も含めて10種類。
昔から好きなのは全集は、スーク&パネンカ、パールマン&アシュケナージ。ピアノ伴奏に限って言えば、(私には珍しく)アシュケーナージが一番好きだった。
結局、ヴァイオリニストとピアニストの両方とも好きな演奏者で、演奏内容も素晴らしく良いと思えた全集録音はこのカヴァコス&パーチェの録音。
それに、ベートーヴェンのヴァイオリンソナタを聴く時は、ピアノ伴奏の方に集中しているので、ピアノパートが細部まで克明に、ヴァイオリンと対等の存在感で聴くことができるのが、この録音の良いところ。
![]() | Beethoven: Violin Sonatas (2012/11/06) Leonidas Kavakos、Enrico Pace 試聴ファイル(英amazon) |
録音データを見ると、カヴァコスがDECCAへの移籍・専属契約締結を発表した2012年4月23日よりも以前に、7ヶ月間に3回の録音セッションを行って録音していた。
録音場所は、アテネにあるMegaron Dimitri Mitropoulos Hall。
No.4,7,10 : 2011/9/16 ~ 9/18
No.2,3,6 : 2012/2/8 ~ 2/11
No.1,5,8,9 : 2012/4/6 ~ 4/12
このCDのレビューが載っていたのが、レコ芸の2012年12月号(PRE REVIEW)と2013年1月号(新譜月評)。
新譜月評の評者2人の評価は、それぞれ「推薦」と「準」。
演奏内容のコメントが最も的確なのは「PRE REVIEW」(評者:安田和信氏)。実際、聴けばその通りなのだけれど、月評のレビューでは言及されていなかったり、ポイントがズレていたりする。
録音方法、演奏内容ではアーティキュレーション、ソノリティ、ディナーミク、テンポ設定など、この全集録音のポイントとなる点を解説している。
録音方法の特徴は、「会場全体の響きが重要な要素になっていない代りに、ヴァイオリンとピアノの音像を拮抗させながら、両者とも細部をはっきり浮き立たせる」。
近頃の残響の多い(と思う)デジタル録音とは違って、ホールの残響がかなり少ない。ピアノとヴァイオリンの両方とも、音がかなり間近から、同じくらいの距離感と音量で、細部までくっきり克明に聴こえる。
演奏の特徴については、「俊敏性を保って、闊達な語り口を実現するいっぽうで、極端な表現を求めるがあまりに乱暴になる愚を回避して、高い完成度をじっくりと磨き上げた演奏」と、長い表現でまとめている。
このベートーヴェンは、端的な言葉では言い表しにくい”わかりにくさ”があるようには思うけれど、聴けば聴くほど、独特の味わいにすっかり魅きこまれてしまった。
ただし、録音方法や奏法にクセがあるので、聴く人の好みで評価はかなり分かれそう。
こちらは、海外サイトの音楽サイトで、ポジティブなCDレビュー。
"Leonidas Kavakos: Letting Beethoven Shine”(npr music ,January 08, 2013)
カヴァコスは、この作品に輝きとスイートな色調を与えつつ、同時に引き締まった筋肉質的な強さと全体的な構造感も兼ね備えている。美しさが現れる時や音の純粋な美しさに立ち止まって耽溺するようなソリストを求めるであれば、カヴァコスはそういう演奏家ではない。彼は、むしろ舞台俳優のように、作曲家の言っていること(statement)を伝えることに関心があるのだ。例えば、クロイチェルソナタのPresto楽章冒頭の非常にシンプルな語り口を聴いてみると良い。(以上、要約)



最初聴いたときは、残響が少ない音の聴こえ方と、独特のフレージングとアーティキュレーションに慣れる時間がちょっとかかったけれど、慣れてしまうとこれがとっても面白い。
それほど速いテンポをとらず、線のしっかりした音で一音一音を刻み込むように弾き込み、克明で明晰なフレージングとアーティキュレーションで、ヴァイオリンとピアノが緊密に絡み合っていく。伴奏、ユニゾン、対位法など、2つの楽器がデュエットしたり掛け合ったりするときの音の動きと呼吸がよくわかる。
重心が低く、骨っぽい力強さと重みがあり、感情過多な表現に陥ることなく、理知的で明晰。構成感のある骨格のしっかりして、”硬派な”ベートーヴェンという感じ。
弱音部分や緩徐部分になると、落ち着いたトーンの多彩な音色と響きが美しく、穏やかでさりげなく自然に流れる叙情感がとても心地良い。
テンポ設定は全体的に遅めで、特に緩徐楽章はかなりゆったり。(第7番以降は、急速楽章のテンポが少し速くはなっている)。 ルバートは多用せず、ほぼインテンポ。
大音量の強いフォルテで強弱のコントラストを強調することはせず、弱音部分では、微妙なニュアンスや柔らかさがあり、音色とソノリティがとても綺麗。繊細さに耽溺して情緒的になることはなく、品の良い端正な叙情感。
アーティキュレーションに特徴があり、フレーズの冒頭・末尾などで、sfやスタッカートに強めのアクセントがついたり、フレーズ間のつなぎのところをはっきり区切ったりするので、スラーやレガート部分は滑らかでも、その間にゴツゴツとした突起が挟まれている。(楽譜をしっかり見ながら聴けば、もっといろいろ気がつきそう)
叙情的な雰囲気を払拭するように、ときどき挿入される力感・量感のあるフォルテがとても印象的。(第7番第2楽章、第9番第3楽章の冒頭など)
ヴァイオリンとピアノが同じ旋律を受け渡して対話したり、表現をきちっと会わせた揃ったユニゾンでデュエットしたりする2人のやりとりが明瞭ねフレージングを粒立ちの良い音で克明に聴き取れる。今まで何気なく聴いていた旋律が、言葉となって語り合っているような面白い感覚がする。
カヴァコスのヴァイオリンは、高音でも低音でも、線がしっかりして、まろやかで引き締まった響きが美しく、高音部でも、線がか細くキーキーすることが全くなく、音に潤いがあって、美音。
ルバートやヴィブラートを多用することがないので、情緒過剰なウェットな感情移入は全く感じられず、クールというか、理知的で均整のとれた情感がとても自然に思えてくる。
パーチェのピアノは、(メルニコフのような)キラキラ輝くような音色ではないけれど、色彩感は豊か。
高音部の弱音は音色が美しく、羽毛のように柔らかく優しい響きがとても素敵。
正確な打鍵で粒立ちのよい芯のしっかりした音なので、弱音部でも、速いテンポの細かいパッセージでも、一音一音が明瞭。
ペダルはそれほど多用せず(浅く短く入れていることが多い)、ソノリティはクリア。特定の楽章や、アルペジオなど部分的に響きの重層感を出す時は、ペダルをたっぷり使ってソノリティの美しさを強調しているのが、とても効果的。
特に、クロイチェルソナタの第2楽章の最終変奏(第4変奏)でのピアノの音色の美しさは夢幻的。この変奏ではペダルを長く入れるところが多いので、高音の弱音のソノリティの美しさが際立っている。
スラーのない部分ではややノンガレート気味の硬めのタッチが多く、音の線が太めでゴツゴツとした骨っぽい響きや量感のある低音には、重みと重心の低い安定感がある。
パーチェのフォルテの弾き方には特徴があり、ライブ映像で見ると、高めの位置から手・腕を降りおろして弾くというのではなく、低い手の位置から、体の体重を上から腕にかけるように前によりかかって弾いている。(アラウも似たようなフォルテの弾き方をしていた。重量奏法なのだろうか?)
ヴァイオリンとのユニゾンや掛け合っていく呼吸もよく合って、カヴァコスの演奏解釈とアーティキュレーションにパーチェのピアノがぴったり合わせている。
ようやく全曲聴き終わって気がついたのは、作曲時期によって、少し弾き方を変えている。(私がわかるのはピアノ伴奏の方だけだけど)
初期の第1番~第3番は、テンポはそれほど遅くはなく、打鍵するタッチがやや軽く、音質も少し軽くなっている。(調律で調整しているのかも)
音色も明るく、速いパッセージもスラスラと流麗。弾けるような軽やかさではなく、ちょっと優美でしとやかな雰囲気も。
第4番~第6番は(弱音以外の)打鍵に力強さがあり、ゴツゴツと骨っぽい音で、音色も少し落ち着いたトーンになっている感じがする。テンポも全体的にやや遅めで、叙情楽章ではゆったりとしたテンポでじっくりと歌いこんでいる。
特に第5番のスプリングソナタは、第1楽章の遅めのテンポやアクセントの付け方とかが面白く、あまり好きではないこのソナタがちょっと違って聴こえる。
第7番~第9番は急速楽章のテンポも速めで、打鍵の切れも良く、短調の急速楽章(第7番とクロイチェルの第1楽章)では力強くパッショネイトな雰囲気、長調の急速楽章はリズミカルな躍動感が爽快。
第10番は、嵐が去った後の秋空のように澄み切って清々しい曲。彼らの演奏も肩の力が抜けて柔らかくしなやかなタッチで、穏やかな静けさが漂っている。第3楽章や最終楽章の急速部分では、少しゴツゴツとしたタッチになるけれど、第9番までのような力強さは弱く、平穏な静寂さの方が印象に残っている。



好きな曲である第4番とクロイチェルソナタが収録されているCD2から聴き始めると、これがとっても面白くて、なかなか残り2枚のCDに進めない。

第1楽章Presto
冒頭からそれほど速くないテンポで、骨太のタッチで力強く。続く弱音部分はそっと消えるような響きのなかに微妙な翳りや憂いが漂っている。
線が太く圧力の強い音で一音一音克明に鳴らしていくので、軽快さやシャープさはないけれど、深く落ち着いた重みのあるところが良い感じ。
ピアノに関しては、フォルテはバンバンと強打するのではなく、力強く押し付けて刻印していくような骨太い圧迫感のある音。ヴァイオリンの方も線が太めで芯のしっかりした音。
第1楽章が終わると、聴いているこちらの方がほっと一息。この音の圧力のせいで、息を詰めて聴いていたらしい。
第2楽章 Andante scherzoso più allegretto
タッチが柔らかくなっているので、ヴァイオリン・ピアノの両方とも音の圧力感が軽くはなっているけれど、軽快というよりは、落ち着いた雰囲気。可愛らしく優美さはあるけれど、でもどこかクールというか、情感過多になりすぎないように抑えた感じはする。
第3楽章 Allegro molto
それほど速いテンポではなく、疾走感は強くはないけれど、第1楽章よりもフォルテはかなり強く、タッチもシャープ。弱音部での、音がす~と消えていくような力の抜き方とか間の取り方が面白い。
(時々ザーザーと何かが擦れるような雑音がするのは、何なのだろう?)

第1楽章 Allegro assai
第4番と比べると、急速楽章のテンポが速めになり、シャープなタッチで切れも良く、力強い。
細かく音がつまったフレーズが多いので、フレーズ同士を繋いでいくときに強弱やタッチが細かく変化していく。指回りはとても良いのに、音にゴツゴツとした骨っぽさがあるせいか、軽快というよりは、ボンボンと弾むような弾力感がある。
冒頭主題では、ヴァイオリンとピアノのユニゾンから、最後にはヴァイオリンがキー!と叫ぶような高音で素っ頓狂な感じが面白い。
第2楽章 Tempo di minuetto ma molto moderato e grazioso
彼らの演奏する緩徐楽章は、の曲でもテンポは普通よりも遅め。
第7番と同じような穏やかで安らぎに満ちた旋律がとても美しい。ゆったりと歌わせる旋律は、ウェットな叙情感ではなく、さらりとした叙情感がとても穏やか。
第3楽章 Allegro vivace
第1楽章同様、軽快なテンポ。線がしっかりした音で一音一音克明に弾き込まれるので、弾力のあるリズム感が力強くて躍動的。

これはとっても素晴らしいクロイチェルソナタ。第1楽章の重苦しい雰囲気と和音の多い重厚な和声が、彼らの圧力感と質感のある音と奏法によく合っている。重心が低く重みのあるところが、ベートーヴェンのクロイチェルソナタにぴったり。
第1楽章 Adagio sostenuto - Presto - Adagio
ゆったりとしたテンポで始まる冒頭は、Prestoに入っても少しテンポが遅い感じがするけれど、ピアノのアルペジオが終わってa tempoになると、エンジンがかかってきたようにテンポが上がり、力強く疾走感も出てくる。
速いテンポだとピアノがもたつきがちな第226~257小節(7:44~8:00くらいの部分)も、テンポを落とさず弾いている。(ここは、ピアノパートの譜面はシンプルに見えるのに、右手と左手が三度上行または下行しながら反行し、黒鍵もかなり多くて、弾きにくそうなパッセージが続く)
細かい音の詰まった(それに和音も入った)パッセージでも、太くしっかりした音で音の粒立ちがよく、特に低音は力強くてずしっと量感豊か。
緩急が何度も交代し、急速部は圧力感のある音でインテンポで突き進んでいくので、かなり”筋肉質的”で緊張感が緩むことなく、テンション高く迫力充分。底からじわじわと立ち昇ってくるパッショネイトな白熱感が爽快。
対照的に緩徐部では、そっと柔らかな音が醸しだす静けさがとても印象的。
第2楽章 Andante con variazioni
長大な変奏楽章である第2楽章も素晴らしくて、特に最終変奏(第4変奏)の美しさにうっとり。
第1&第2変奏、第3変奏、第4変奏ではかなり曲想が変わるので、テンポ・音色・タッチもそれぞれはっきり変えている。
第1変奏はピアノパートが主旋律弾き、スタッカートが主体。リズミカルだけれど、バタつかない柔らかい軽やかなタッチ。第2変奏は主旋律がヴァイオリンに変わり、ピアノは両手が交互に軽やかな和音で伴奏。第3変奏は短調に変わって、悲愴感のある旋律とピアノの厚い和音のレガート。
第4変奏は、夢のなかで遊んでいるように、伸びやかで幸福感に溢れた曲。ヴァイオリンの高音の美しさに加えて、ピアノの音色と響きの美しさが際立っている。
この変奏では、ピアノが珍しくペダルをたっぷり使っている。トリル、スケール、アルペジオで、残響が重なる響きの美しさはまるで夢の世界。特に鐘のように鳴る響きと煌きのある高音の美しさには溜め息がでそう。
第3楽章 Presto
終楽章は音の切れがよくて、音の圧力がやや軽く感じるせいか、開放感があってリズミカルで軽快。
速いテンポでリズミカルな部分と、弱音で柔らかな旋律の緩徐部分とで、タッチと音の質の違いが明瞭で、表情の移り変わりがよくわかる。
終盤のAdagioに入る直前の第483~488小節は、珍しくたっぷりペダルを使ったピアノのアルペジオの響きがとても華麗。
この全集では、クロイチェルソナタの演奏が一番素晴らしく、この曲を聴くことができただけでも、この全集を買ったかいがあったというもの。
録音方法にかなりクセがあるので、同じ演奏であっても広いホールで実演を聴くと、音の聴こえ方がかなり違ってきて、印象が変わるのかもしれない。(リサイタルを聴いていないので、比較できないけれど)
実演だと臨場感と白熱感が体感できるのだろうけど、このCDで聴くとアーティキュレーションやソノリティの美しさが細部まで明瞭に聴き取れるのが良いところ。
音がとても悪いけれど、昨年のイタリアのFESTIVAL DELLE NAZIONIでのライブ映像。
FESTIVAL DELLE NAZIONI 2012 - Leonidas Kavakos - Enrico Pace



カヴァコスが、イタリア人の中堅ピアニストであるパーチェとなぜデュオを組んでいるのか不思議に思う人も結構いるらしく、マリンスキー劇場コンサートホールでのインタビューで彼ら自身がその経緯を語っている。
Leonidas Kavakos & Enrico Pace
カヴァコスとパーチェが初めて出会ったのは、ノルウェーの音楽祭。
メンデルスゾーンの難曲である「ヴァイオリン、ピアノと弦楽オーケストラのための二重協奏曲」で共演した。
2人は非常に”easily”(たやすく,苦もなく)協奏することができたので、そのコンサートが終わってから、数年後にスケジュールを調整して定期的にデュオ演奏をしよういうことになった。
デュオ演奏を始めてから、様々な作曲家の作品を演奏しているが、彼らのコラボレーションはとても”harmornious"(調和している)とカヴァコスは語っている。
次に録音予定のブラームスのヴァイオリンソナタ全集では、ユジャ・ワンがピアニスト伴奏をするらしい。(伊熊よし子さんのブログに載っていたインタビュー記事で、ユジャ・ワン自身が言っていた)
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