2013_03
05
(Tue)12:00

グレツキ/ハープシコード協奏曲 

グレツキといえば、交響曲第3番《悲歌のシンフォニー》。
ドーン・アップショウのソプラノの歌声がとても美しく、20年近く前に流行ったときは、CDショップのクラシックコーナーに行くと、いつもこの曲が流れていた。
この曲以外はほとんど知られていないような気がする。

《悲歌のシンフォニー》とは全く異なる作風でとても面白いのが、《ハープシコード協奏曲Op.40》。
現代音楽にしては珍しいハープシコード(チェンバロ)のコンチェルト。”Concerto for Piano/Harpsichord and Strings”というのが正式な曲名らしく、ハープシコード盤とピアノ盤の録音がある。
この曲は、ハープシコードの音色の方が、張り詰めた緊張感と尖ったところがあり、曲想にもぴったり合っているので、ピアノで聴くよりもずっと面白い。

ハープシコードによる有名な録音は、たぶんNAXOS盤(Catherin Perrin)とChandos盤(Elisabeth Chojnacka)の2種類。
NAXOS盤はテンポが速くて疾走感が強い。Chandos盤はテンポはやや遅いけれど、焦燥感がじわじわと滲みでてくるように感じるので、こちらの方が好みに合っている。


グレツキ:クライネス・レクイエムグレツキ:クライネス・レクイエム
(1995/07/25)
アップショウ(soprano),ホイナツカ(cembaro), ジンマン(conductor), ステンズ(conductor),ロンドン・シンフォニエッタ

試聴ファイル(仏amazon)


Harpsichord Cto / Tabula Rasa / Cto Grosso 1Harpsichord Cto / Tabula Rasa / Cto Grosso 1
(1998/01/20)
Musici de Montreal,Natalya Turovsky, Eleonora Turovsky,Catherine Perrin,Yuli Turovsky

試聴ファイル



2つの楽章ともミニマル的。それにしてはわりと飽きずに聴ける。(それでも繰り返し聴きたいという曲ではないけれど)
第1楽章 Allegro molto
強い焦燥感と切迫感のあるドラマティックな雰囲気。
映画のサントラにも使えそうなくらいわかりやすい。
最後は長調に転調してアタッカで第2楽章へ。

第2楽章 Vivace marcatissimo(4:43~)
コロっと曲想が変わって、ちょっとユーモラスな雰囲気。
面白いのは、テンポが微妙に変化して行き、まるで蒸気機関車が到着駅を目指して一生懸命にレールの上をひた走る様子を音にしたようなところ。
冒頭のハープシコードは、ガス欠気味(?)のようにだんだんテンポが遅くなっていき、トゥッティ(5:24~)が気を取り直したように少しテンポを上げ、終盤(6:45~)になるとラストスパートのようにさらに速くなっていく。最後は、第1楽章の主題が一瞬回想されてエンディング。

Henryk Mikołaj Górecki - Koncert na Klawesyn i Orkiestrę smyczkową Op.40 - Elżbieta Chojnacka



<過去記事>
グレツキ/クライネス・レクイエム、チェンバロ協奏曲

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2 Comments

matsumo  

No title

Yoshimiさん、こんにちは

グレツキですか。確かに、大昔、《悲歌のシンフォニー》が流行っていましたね。しかしながら、最近はその曲の録音、ほとんど出ないような気がします。そう言えば、氏は2010年に亡くなったのですね。

チェンバロと言えば、復活したのはランドフスカと言うイメージが強いのですが、最近、読んだ本には、グスタフ・マーラーがニューヨークでバッハを演奏した際、ピアノを改良してチェンバロ風の音にしたものを弾いていた話が書かれていたので、へえっ、その頃からチェンバロの復活が始まっているのかと驚きました。

2013/03/05 (Tue) 20:11 | EDIT | REPLY |   

yoshimi  

チェンバロ風ピアノ

matsumoさま、こんばんは。

《悲歌のシンフォニー》は、一時的なブームだったのでしょうね。
グレツキは元々、現代音楽界のメインストリームでもなかったようですし、体調を悪くしていたらしく、最近は新作も発表していませんでしたから、表舞台から消えていたのかもしれません。

マーラーがチェンバロ風ピアノを使ったのは、1909年のようですから、ランドフスカがチェンバリストでデビューしてバッハ演奏会を行った年(1903-1904年)よりも後のことですね。
マーラーがランドフスカのことを知っていた可能性はありそうです。

当時のNYでは、チェンバロがすぐに調達できなかったから、ピアノに細工したのでしょうね。
また、現代音楽で使われる内部奏法や(ケージの)プリペアードピアノのように、新しいピアノの響きを追求したようにも思えます。

2013/03/05 (Tue) 23:30 | EDIT | REPLY |   

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