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バッハ/フーガの技法 ~ コロリオフ、ソコロフ、グールド
《フーガの技法》は、バッハの鍵盤楽器曲の中でも、フーガの変奏で構成されているせいか、最も抽象性が高いと思うけれど、同時に、「彼岸」の世界を垣間見ているような独特なものも感じる。
変奏曲としては、一番人気のある《ゴルトベルク変奏曲》よりも、この《フーガの技法》の方が、聴けば聴くほど不思議な魅力が漂い、曲の内部へ引き込まれてしまいそうになる。

ピアノ版で聴いたのは、コロリオフとソコロフ、グールド、エマール。
それぞれ特徴のある四者四様の演奏。一番好きなのは、全ての声部が明瞭に浮き上がり、幾何学的で明瞭建築物のような構築性とを感じさせるコロリオフ。次が、コロリオフとは違って研ぎ澄まされた叙情感のあるソコロフ。


エマールのライブ録音は、緩徐的なフーガはタッチが柔らかく音がまろやかで(DG盤のスタジオ録音は、音がもう少しクリアに聴こえる)、時に行灯のようなうすぼんやりとした生温かさを感じることと、小刻みに切っていくフレージングと時々強めのアクセントがついているのが、耳についてしまう。(こういう弾き方はあまり好きではないので)


PIERRE-LAURENT AIMARD Bach The Art of Fugue Pt.1/3 Contrapunctus 4 & 12 (The rectus version)



グールドのスタジオ録音は珍しくも、パイプオルガンとピアノで弾いている。
Contrapunctusの1~9はパイプオルガン(1962年録音)。オルガンにしては、残響が少なくスカスカした軽い音で、重みに欠けるような気はする。あえてそういう音響で録音したのだろうけれど、オルガン演奏は本職のオルガニストの演奏で聴きたい。
おぼろげな記憶では、たしかグールドは子供の頃にオルガンは弾いていたけれど、この録音では普段引き慣れないオルガンなので腕が痛くなって、途中で録音を止めたらしい。
ピアノ版は、「Contrapunctus」の9・11・13が1967年モノラル録音。「Contrapunctus」1,2,4と未完のフーガは1981年録音で、こちらはDVDにも収録されている。
両方聴いてみても、やはりオルガンよりもピアノで弾いた方が、はるかに良く思える。

グールドは《フーガの技法》について、「鮮やかな色彩を避け、代わりに薄い灰色が無限に続く。」と言っていたという。
ピアノで弾いた「Contrapunctus1」が素晴らしく、鉛のような空と地平がどこまでも広がって、静けさに満ち、どこかしら寂寥感が漂っているような情景が浮かんで来る。
鋭く力強いタッチは厳粛・荘重で、音の間から激しい情感が噴出するようでもあり、他の誰よりも強い求心力を感じる。

グールド/ピアノ版
Glenn Gould-J.S. Bach-The Art of Fugue (HD) (Contrapunctus 1、4)


Glenn Gould - Contrapunctus XV Die Kunst der Fuge(未完のフーガ)


グールド/オルガン版(スタジオ録音)(Youtube)


Bach: the Art of FugueBach: the Art of Fugue
(2008/07/01)
Glenn Gould

試聴ファイル




色彩感と温度感という点でグールドと正反対なのは、ソコロフ。
灰色というよりは、濃い藍色を帯びたようなしっとりとした潤いと研ぎ澄まされた冷たさがあり、やや線の細いシャープなタッチで、求心力と凝縮力を感じさせる緊張感が漂っている。
「彼岸」ではなく「此岸」の世界の音楽のようで、全体的に躍動感と凝縮された緊張感があり、流麗な叙情感が美しい。

ソコロフ(スタジオ録音)
Sokolov Bach The Art of Fugue BWV 1080 (Leningrad 1978 - 1981)


Bach: DIE KUNST DER FUGE BWV 1080Bach: DIE KUNST DER FUGE BWV 1080
(2002/06/11)
Grigory Sokolov

試聴ファイル




コロリオフのバッハ録音が有名になったのは、《フーガの技法》に対する作曲家のジェルジ・リゲティの言葉。
”if I am allowed only one musical work on my desert island, then I should choose Koroliov's Bach, because forsaken, starving and dying of thirst, I would listen to it right up to my last breath.”
「もし無人島に何かひとつだけ携えていくことが許されるなら、私はコロリオフのバッハを選ぶ。飢えや渇きによる死を忘れ去るために、私はそれを最後の瞬間まで聴いているだろう。」


コロリオフの《フーガの技法》は、幾何学的・線的でフーガの構造がくっきりと浮き出ている。
グールド同様、「Contrapunc1」などの緩徐系のフーガは、とてもゆったりとしたテンポで、静謐。
でも、人気のない静かな湖のような潤いがあり、グールドのような荒涼とし灰色の世界とは違う。
やや丸みを帯びた硬質の音は、ノンレガートといってもクリスピーではなく、タッチも強すぎず、柔らか過ぎず、(私には)ほど良い音の感触で音色も美しい。
「Contrapunc2」などの急速系のフーガでも、声部が明瞭で横の線も滑らかなので、対位法的な絡みと和声の響きが一番聴き取りやすい。特に速いテンポのフーガでは、骨格がくっきりと浮き上がる明瞭な演奏がとても鮮やか。
ソコロフのような強い叙情感ではなく、叙情が堅牢な構造の中に溶け込んだようで、このバランスが私には一番合っているのかも。

BWV1080 Die Kunst der Fuge 1/6 Contrapunctus 1-4 Evgeni Koroliov 1990


CDに”Appendix”として収録されている「Fuga inversa a 2 Clavicembali」は2台のピアノによる演奏。
コープマンのチェンバロ2台による演奏の方が、ピアノよりも声部ごとの音色の違いが明瞭なので、ピアノ演奏よりは聴きやすい。
2台のピアノだと、チェンバロほど多彩な色彩感がなく声部ごとの音色が似ているため、ゴチャゴチャして声部の弾き分けが不明瞭に聴こえる。


Art of the FugueArt of the Fugue
(1990/01/01)
Evgeni Koroliov

試聴ファイルなし



                              


《フーガの技法》作品解説(ピティナ)による区分と解説があったので、それを読んでから聴くと、ずっと聴きやすくなる。
- 基本の主題に基づく単純フーガ(主題とバリエーション):Contrapunctus1-5
- 反行ストレッタフーガ:Contrapunctus 6-7
- 転回対位法による二重フーガ:Contrapunctus 9-10
- 三重フーガ:Contrapunctus 8, 11
- 鏡像フーガContrapunctus 12-13(初版には第18曲として2台チェンバロのための編曲あり。3声に声部をひとつ追加)
- カノン
- カノン未完の4声フーガ

Contrapunctus1-5:フーガ主題が明瞭に聴き取れる変奏なので、一番シンプルでわかりやすい。
Contrapunctus6:符点のリズムや主題の短縮・倒立形が多用されて、荘重・流麗で先鋭さもあるフーガ。
Contrapunctus8,11:頻出する下行形の不安定感と眩暈がするような回転感が独特。
Contrapunctus9;目まぐるしくい動きが軽快。
Contrapunctus 13:他の曲とは趣きがかなり違って、軽快ばリズムで躍動感がある舞曲のようなフーガがとても面白い。
「8度(オクターブ)のカノン」と「5度の転回対位法による12度のカノン」は、速いテンポでフーガのような目まぐるしい疾走感がある。
「未完のフーガ」の第1主題は、冒頭のフーガ主題のような静寂さと寂寥感が漂う。第2主題、第3主題と繋がって行くが、途中で中断されたまま終わる。


1.コントラプンクトゥス 1 / Contrapunctus 1(原形主題による単純フーガ(4声))
2.コントラプンクトゥス 2 / Contrapunctus 2(変形主題による単純フーガ(4声))
3.コントラプンクトゥス 3 / Contrapunctus 3(転回主題による単純フーガ(4声))
4.コントラプンクトゥス 4 / Contrapunctus 4(転回主題による単純フーガ(4声))
5.コントラプンクトゥス 5 / Contrapunctus 5(変形主題とその転回に基づく1種類の時価による反行フーガ(4声))
6.コントラプンクトゥス 6: フランス様式による4声 / Contrapunctus 6 a 4 in Stylo Francese
7.コントラプンクトゥス 7: 拡大と縮小による4声 / Contrapunctus 7 a 4 per Augmentationem et Diminutionem
8.コントラプンクトゥス 8: 3声 / Contrapunctus 8 a 3
9.コントラプンクトゥス 9: 12度の転回対位法による4声 / Contrapunctus 9 a 4 alla Duodecima
10.コントラプンクトゥス 10: 10度の転回対位法による4声 / Contrapunctus 10 a 4 alla Decima
11.コントラプンクトゥス 11 / Contrapunctus 11 a 4
12-1.コントラプンクトゥス 12: 正立4声 / Contrapunctus 12 a 4. a) Forma inversa
12-2.コントラプンクトゥス 12: 倒立4声 / Contrapunctus 12 a 4. b) Forma recta
13-1.鏡像コントラプンクトゥス: 正立3声 / Contrapunctus inversus a 3. a) Forma recta
13-2.鏡像コントラプンクトゥス: 倒立3声 / Contrapunctus inversus a 3. b) Forma inversa
10a.コントラプンクトゥス: 4声 / Contrapunctus a 4
14.反行形による拡大カノン / Canon per Augmentationenm in Contrario Motu
15.8度のカノン / Canon alla Ottava
16.3度の転回対位法による10度のカノン / Canon alla Decima in Contrapunto all Terza
17.5度の転回対位法による12度のカノン / Canon all Duodecima in Contrapunto alla Quinta
18-1.2台チェンバロのための鏡像フーガ: 正立 / Fuga inversa a 2 Clavicembali: a) Forma inversa
18-2.2台チェンバロのための鏡像フーガ: 倒立 / Alio modo. Fuga inversa a 2 Clavicembali: b) Forma recta
19.3つの主題によるフーガ / Fuga a 3 Soggetti(未完)
コラール《われら苦しみの極みにあるとき》の旋律による4声フーガ / Choral: Wenn wir in Höchsten Nöten sein. Canto fermo in Canto BVW668a

曲の録音順は、コロリオフ、ソコロフ(とエマール)では違いがある。
最後のコラールによるフーガは3人とも録音していない。
エマールはこの順番どおり。ソコロフは、「Contrapunctus」1~13を演奏した後に、「未完のフーガ」(未完のまま演奏中止)、14-17の4つのCanon..という順。
コロリオフは、「Contrapunctus」1~13の間に、カノンを1曲づつ挿入。その後に「未完のフーガ」を置き、最後は「Contrapunctus inversus」を編曲した「2 Clavicembali」2曲を、”Koroliov Duo”を組んでいる奥さんのLjupka Hadigeorgievaと2台のピアノで演奏。これは珍しい。
コロリオフのように、「Contrapunctus」の間にカノンを挟み込む曲順の方が、曲の作りと曲想に変化があって、ずっと聴きやすい。

tag : バッハ コロリオフ ソコロフ グールド エマール

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yoshimiさん、こんにちは

この曲、大好きな1曲です。オーケストラ編曲のものの方が好きですが、ピアノで演奏したものとしては、ニコラーフフのものを持っています。明日まで旅行中で、今はホテルで持参した小型スピーカーで、この曲を聴いていますが、何となく寂しい感じのtころがいいですね。
いろんな楽器編成がありますが
matsumoさま、こんばんは。

私はオケ版は聴かないのですが、ミュンヒンガーの録音が有名なようですね。
ピアノ版はニコラーエワやリフリッツなども一部聴いたことはありますが、二人ともタッチが柔らかくて、かなり叙情的なように感じました。
ピアノ版以外だと、エマーソンSQの弦楽四重奏版が同じくらいに好きです。
古楽器演奏なら、フラットワークのヴィオール合奏も素晴らしいものだと思います。

ソコロフのほうが好き
ずっと、オケ版のフーガの技法を聞いてきました。定番は、リステンパルト指揮のものだと思っています。

1年前くらいにソコロフを聞いて、感動しました。

コロリオフは、今回初めて聞きました。私はソコロフのほうが好きです。リゲティさん、ソコロフを聞いてなかった、という落ちではないですよね。

私が無人島に行くなら、リヒテルの弾く平均律クラビールか、ソコロフのフーガの技法を持っていきます。
 
かんちゃん様、はじめまして。
コメントありがとうございます。

「フーガの技法」のオケ版は、まだ聴いたことがありません。
もともとオケはあまり聴かないのと、室内楽の演奏の方が対位法の面白さがよく味わえるような気がするので。

どういう演奏に感動するかは、人によって違いますから、たとえリゲティがソコロフの演奏を聴いたとしても、コロリオフの演奏ほどに感動するとは限らないでしょうね。
何が心の琴線に触れるかというのは、極めて主観的な問題だと思いますので、自分がこれぞと思うものを無人島に持っていきたいですね。
ソコロフのは聞いたことありません。もういっぱいあって、おなか一杯。

あ、ニコラーエワの旧盤がCDになってまして、これが最初のピアノ盤のはずです。LPもってまして、当時無名で「名を聞いたこともない奏者がこれほどの演奏を成し遂げる」とありました。新盤と違って速いテンポでリズムがビシバシきます。こっちの方が評判ははるかにいいみたいです。

普段はニコラーエワの新旧だけですね。(mp3プレイヤーに入っている)
 
gkrsnama様、こんばんは。

ニコラーエワの「フーガの技法」は聴いたことがありません。
ゴルトベルクやショスタコーヴィチ「前奏曲とフーガ」とかいくつか聴きましたが、残念ながら私の好みではありませんでした。
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yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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