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小島政二郎 『眼中の人』
ここ10年くらいはノンフィクションや評論を読むことが多く、小説の類は昔読んだもの以外はほとんど読まなくなってしまった。
それが、なぜか最近になって、芥川龍之介、菊池寛、太宰治の作品と評伝を集中的に読んでいる。

太宰は学生時代に随分読んだ作家。
今読み返してみると、初めて読む作家のように、昔とは違ったものが感じられて、とても新鮮。
今回は評伝をいくつも読んだので、昔よりも太宰のメンタリティや行動をポジティブに考えられるようになってきた。

芥川は、一部の作品は学生時代に読んだけれど、今回は全集版で他の作品・紀行文もいろいろ読んでみた。
特に晩年の作品は、王朝物・民話物・寓話を読んだときの芥川作品の印象と随分違ったものがある。
芥川に関する批評・評伝はいろいろ出ているけれど、同時代の作家が書いたものが特に面白い。
芥川と交流があった作家に、小島政二郎(こじままさじろう)という人がいる。
彼の著作で有名なのは『食いしん坊』。今入手できるのは、朝日文庫や河出文庫版。
池波正太郎のような料理屋めぐりものというよりは、食を介した交友録といった趣き。文章も読みやすく、当時文壇をにぎわしていた作家たちを巡るエピソードが満載。
その政二郎の”青春小説”のような自伝作品が『眼中の人』。

眼中の人 (岩波文庫)眼中の人 (岩波文庫)
(1995/04/17)
小島 政二郎

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小島政二郎の文学上の”師”と言うと、芥川龍之介と菊池寛。
初めは文章の美しさ、描写力が文学の身上だと信じていた政二郎にとって、目指すべき理想は芥川龍之介だった。
『眼中の人』は、芥川との出会いの場面から始まる。
芥川の才人ぶり-和漢から西洋まで古今東西わたって、文学のみならず詩歌・美術・絵画から社会思想に至るまでの広範な知識と理解力、卓抜した英語力と膨大な読書量など-に対する驚愕と尊敬、憧れの念が綴られている。

この『眼中の人』は、元々は『菊池寛』という題名だったのを、さらに加筆して発表されたもの。
最初は、芥川の細部まで精緻に磨き上げられた文章を範としていたが、その芥川の友人であった菊池寛との出会いをきっかけに、政二郎の文学的信条が揺らいでいく。

菊池寛は、芥川のような美文を書く人ではなく、文体に拘泥することない客観的・直截的・描写的で簡潔明瞭な文体。
芥川の小説が「仮構」なら、菊池の方は「現実」。
芥川の言によれば、菊池寛は「道徳的意識」に根ざした「リアリズム」の人。
ぶっきら棒な文章であっても、なぜか人の心をうつ。
政二郎は徐々に菊池の作品と人となりに惹かれていき、やがて菊池のように、人間心理を描写する小説を書くようになっていく。

『眼中の人』で描かれている芥川と菊池との交友の様子は、まるで映画でも見ているかのようなリアリティがある。
芥川や菊池の言葉や書簡がふんだんに散りばめられ、評伝や作家論でもよく比較されている二人の対照的なメンタリティや作風がよくわかる。
政二郎の自己分析による性格描写も面白い。
その場を取り持つために、つい人に合わせて「嘘」をついてしまう、沈黙が耐えられずに社交家のように話術巧みに話を盛り上げようとするので、墓穴を掘ってしまうこともたびたび。

菊池寛とその作品に出会ってから、実家の商家で生活の心配なく暮らしている自分には、語るべき「生活」がないことを自覚せざるをえなくなる。
ちょうどその頃、童話・童謡の児童雑誌『赤い鳥』を発行していた政二郎の師・鈴木三重吉が、酒乱で妻へDVを加えていたため、妻が政二郎の元へ逃げてきた。
政二郎は、妻の妹と一緒に彼女を匿い、弁護士を介して三重吉との離縁交渉をする。
結局、その妻の妹と結婚して、生家を出て独立した所帯を持つことになり、政二郎自身の「生活」を築き上げていく。

面白いエピソードの一つは、芥川・菊池との旅先での出来事。
菊池が芥川からもらった睡眠薬を飲みすぎたため、宿屋で人事不省に陥り、慌てて芥川と政二郎が看病する。
面白いのは、睡眠薬で完全に昏睡状態になっている最中に、菊池が無意識に起き上がってはぶつぶつと言う言葉が、「源平盛衰記」の一節だったり、シェイクスピアの「オセロ」に出てくる英文のセリフだったりする。
これを聞いた政二郎は、菊池の精神がどれだけ深く文学に根ざしているのかがわかったのだった。

政二郎が文学(芸術)の理想とするものを見出して、『眼中の人』は終わる。
大正時代の作家の卵が、文壇の作家たちとの交流を通じて、芸術的信条と生活者としての自己を確立していくストーリーは、ドイツのビルドゥングスロマン(教養小説)のような爽やかな後味がする。


<参考情報>
 小島政二郎赤面す[書迷博客]
 『追想 芥川龍之介』芥川文/中野妙子[とみきち読書日記]

tag : 小島政二郎 芥川龍之介 菊池寛 伝記・評論

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クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

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好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
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