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菊池寛『半自叙伝・無名作家の日記 他四篇』(岩波文庫)
菊池寛といえば、代表作『父帰る』や『恩讐の彼方に』は、題名くらいは知っていたけれど、読んだことはない。それに、『文藝春秋』を創刊、「文藝春秋社」を設立、さらには直木賞と芥川章を創設した人だとは知らなかった。
小島政二郎の自伝的作品『眼中の人』に登場する菊池寛の人物像に興味を魅かれたことと、芥川の葬儀で菊池が読んだ弔辞がとても印象的だったので、彼の作品や評伝をいろいろ読んでみた。

菊池寛は、芥川龍之介の葬儀で友人代表として弔辞を読んだが、その弔辞は痛切で哀惜の念に満ちている。
彼は読み上げる前から泣き出してしまったという。
「君が自ら選び自ら決した死について我等何をかいわんや、ただ我等は君が死面に平和なる微光の漂えるを見て甚だ安心したり、友よ、安らかに眠れ! 君の夫人賢なればよく遺児をやしなうに堪えべく、我等また微力を致して君が眠りのいやが上に安らかならんことに努むべし、ただ悲しきは君去りて我等が身辺とみに蕭条たるを如何せん。」

こういう心に響く弔辞を書く人は、どういう小説を書いていたのかな..と興味を持たずにはいられない。
岩波文庫版で菊池の自伝と小説を収録した『半自叙伝・無名作家の日記』を読むと、これがとっても面白い。

半自叙伝・無名作家の日記 他四篇 (岩波文庫)半自叙伝・無名作家の日記 他四篇 (岩波文庫)
(2008/01/16)
菊池 寛

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収録作品:「半自叙伝」、小説「無名作家の日記」と「葬式に行かぬ訳」、回想「上田敏先生の事」「晩年の上田敏博士」、「芥川の事ども」。

『半自叙伝』は菊池寛自らの筆による自伝。
裕福とはとても言えない家庭に育ったので、幼少期から苦労話や挫折経験が多く、紆余曲折した青年期を送っているけれど、それにも屈せず、「生活力」の強い人だと思う。小島政二郎が菊池の「生活力」に圧倒されたのがよくわかる。
それに、窮地に陥っても不思議と助けが現れるという幸運に恵まれていたので、「強運」の持ち主だったに違いない。

子供の頃に苦学したエピソードは、『父帰る』にも盛り込まれている。
「新二郎、お前は小学校の時に墨や紙を買えないで泣いていたのを忘れたのか。教科書さえ満足に買えないで、写本を持って行って友達にからかわれて泣いたのを忘れたのか。」
その上、修学旅行に行くためのお金が出せなくて、行けなかったという。

成績は良かったので、推薦で東京高等師範学校に入学したは良いけれど、ロクロク勉強せずに授業中に観劇に行ったりして、すぐに除籍処分に。
その後、学費を出してくれる養父が現れたのは良いけれど、法律家になってくれるという養父の期待を裏切って、明治大学法科を3ヶ月でやめて、早稲田大学文学部に入り、第一高等学校受験をめざしたので、結局養子縁組は解消される。
続いて、一高に入学できたのは良いけれど、有名な「マント事件」(友人によるマント窃盗事件)で友人の罪をかぶって、卒業目前で退学。これが菊池寛の人生最大の危機。
学費を得る見込みもなく、その後の身の振り方を考えあぐねていたときに、友人である成瀬正一(後にフランス文学者になる)が大銀行の十五銀行支配人である父に菊池の窮状を話したところ、菊池を自宅に寄食させて生活と学費の面倒を見てくれるという、類稀な幸運に恵まれる。(成瀬氏は菊池と同郷の出身で、常日頃郷里の優秀な若者を書生として自宅に何人か寄食させていたという)

その後、一高の卒業検定試験にも合格して、京都帝国大学英文学科に入学。
京大を無事卒業したは良いけれど、作家として一人立ちできる見込みも就職口もなく、再び成瀬氏の世話になる。東京の自宅に寄食して、就職口も紹介してもらい、時事新報社の記者となる。
実家へ仕送りしていたため、相変わらず成瀬氏の自宅に住まわせてもらっていたが、いつまでも頼るわけにも行かないと思って考え付いたのが、「バーナード・ショオが金のある未亡人と結婚したように財力のある婦人と結婚することだった」。
郷里の親に結婚相手を探してくれるように頼むと、秀才だった評判が幸いしてか、思い通りの良縁に恵まれる。
この妻の家庭は裕福で持参金付き。妻は性格的に「高貴なものを持っていた」ので、この結婚は菊池にとって「私の生涯に於て成功したものの一つ」だった。

井上ひさしが書いた『接続詞「ところが」による菊池寛小伝』(『ちくま日本文学全集21 菊池寛』所収)は、一風変わった題名だけれど、それがまさに菊池寛の幸運に恵まれた前半生を表わしている。
たびたび窮地に陥っても、「ところが」運良く危地を脱していくという、この「ところが」の連続だった。
「菊池寛の前半生は、「そのうちなんとかなるだろう」の連続だった。危機に陥るとかならずどこからか助け舟があらわれるのである。」
「このような幸運な体験をした人間が、自作の結末を暗いままで終わらせるなぞは、到底できない相談というものである。この作家の作品の根底にある「そのうちなんとかなるだろう」という明るさは、これらいくつもの「ところが」で養われた」。


『無名作家の日記』は、菊池の実体験が反映されている部分はあるけれど、これはあくまで小説。
芥川をモデルにした山野や上田敏教授をモデルにした博士に対する憤懣は、無名作家の複雑な心理を描くための設定。
あまりにリアルなので、『無名作家の日記』を「中央公論」に掲載する際、「中央公論」編集長の滝田氏が「芥川さんに悪くありませんか、大丈夫ですか」と言って、芥川に問い合わせたり、菊池自身に念を押したという。
大学時代の恩師上田敏博士に関する回想と、芥川に関する回想『芥川の事ども』も収録されている。
これは、実際の菊池寛の心情が綴られているので、『無名作家の日記』を読み合わせてみると、上田敏・芥川の人物像が小説とは違っているのがわかる。


小島政二郎が言うとおり、菊池の文章は凝ったところはなく、文体は簡潔、明瞭。一気に読ませていく勢いと主人公の心情の描写に実にリアリティがあり、核心をつくように切り込んでくる。
心理小説の類はあまり好きではないけれど、彼の文章には、内心を吐露したジクジク・イジイジしたウェットでナルシスティックなところが全く無く、ドライな切れ味があって私には読みやすい。

菊池の短編小説は他にも多数あり、私小説風、歴史物、現代ものなど、テーマが多彩で話自体も面白い。
有名な『忠直卿行状記』『恩讐の彼方に』『藤十郎の恋』も面白いけれど、特に好きな作品は大恩ある成瀬夫人の思い出を綴った私小説風の『大島が出来る話』(これは結構感動するお話)、『仇討禁止令』『俊寛』『勝負事』、『好色成道』。
こう並べてみると、私は歴史物に好きな作品が多いのに気がついた。


<菊池寛に関するサイト>
菊池寛 作品リスト(青空文庫)
「菊池寛アーカイブ」[honya.co.jp]
「半自叙伝」(全文)[菊池寛アーカイブ]
井上ひさしさん「創作は人生経験必要」[読売新聞社/21世紀活字文化プロジェクト-読書教養講座]
菊池寛記念館(高松市)
文藝春秋の足跡を歩く[東京紅團]

tag : 菊池寛 伝記・評論

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Author:yoshimi
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クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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