バッハ/フーガの技法 ~ パイプオルガン、チェンバロ、弦楽合奏による演奏 

2013, 04. 05 (Fri) 18:00

バッハの《フーガの技法》は、楽器編成、楽曲配列、<未完のフーガ>と、謎の多いことで有名。
鍵盤楽器(クラヴィーア:チェンバロ、クラヴィコード)で演奏される曲として書かれたというのは確実らしいが、楽器を指定しなかったことで、鍵盤楽器(現代ピアノ、チェンバロ)以外の演奏としても、パイプオルガン、オーケストラ、弦楽重奏(ヴィオラ・ダ・ガンバ、現代ヴァイオリン)など、バリエーションは多い。

録音をいろいろ聴いていると、演奏する曲順は奏者によってかなり違う。
第1~13曲までは曲順どおり並んでいるけれど、初版印刷譜に残っている第10曲初期稿・2台の鍵盤楽器による第13曲の編曲・コラール編曲の扱い、カノンと<未完のフーガ>を加えた全体の配列は、研究者によって異なる。
実際の演奏では、番号どおり順番に並んだ「Contrapunctus」の間に、カノンを1曲づつ挟みこんで弾く場合が多い。
<未完のフーガ>も、楽譜どおり演奏が途中で中断されて終わっていることが多い。
ヴァルヒャなど未完部分を補筆して演奏することもある。
エマーソンSQは、<未完のフーガ>に続けて、コラールを最後に弾いている。


<関連情報>
小林義武『バッハ―伝承の謎を追う』(春秋社,1995年/2004年(軽装版)
バッハ―伝承の謎を追うバッハ―伝承の謎を追う
(2004/06/01)
小林 義武

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フーガの技法[palette d'azm]
『バッハ - 伝承の謎を追う』に書かれている小林氏の論考をベースに、《フーガの技法》にまつわる謎がコンパクトにまとまっている。

フーガの技法 研究所
おそらく《フーガの技法》の謎の分析に関しては最も詳しいサイト。

J・S・バッハ「フーガの技法」[Kenichi Yamagishi's Web Site]
楽器編成(チェンバロ、オルガン、管弦楽)による主な録音と収録曲順などの情報あり。

                           

ピアノによる録音をいくつか聴いてようやく耳も慣れたせいか、《フーガの技法》は本当に摩訶不思議で面白い。
それに、他の楽器で演奏すると、ピアノ版と別の曲みたいに聴こえてくる。
いろいろ試聴してみると、とりわけ弦楽合奏がとても聴きやすい。ピアノ版の方が抽象性と凝縮力が高く、聴く時にも集中力がいるけれど、弦楽合奏だとそれほど重たい感じがしないので、かなりリラックスして聴ける。
それに、たまたま聴いてみた2台のチェンバロ版が意外に好みに合っていた。
特に気にいってしまったエマーソンSQの弦楽四重奏版はすぐにCDをオーダー。それにフレットワークのCDも聴きたい。


<パイプオルガン>
本職のオルガニストの演奏なら、ヴァルヒャのステレオ録音が定番らしい。
パイプオルガンの響きと抑制された厳粛なタッチの演奏が、荘厳で宇宙的な空間を感じさせる。

Bach The Art of Fugue BWV 1080 Complete (1956) H. Walcha



タヘツィ(Herbert Tachezi)のオルガン演奏は、ヴァルヒャよりも軽快で音色も色彩感がより豊かで明るいせいか、重苦しさや圧迫感が多少薄い気はする。
Bach - The Art of Fugue, BWV 1080 [complete on Organ] Herbert Tachezi, organ



パイプオルガンの演奏を初めて聴いたのは、グールドの録音。
一般的なパイプオルガン演奏の音響とは随分違っていて、スカスカとした響きとタッチで、オルガンをピアノのノンレガートのように弾いていく。
ヴァルヒャとタヘツィの演奏と聴き比べると、音響とアーティキュレーションが随分違うのがわかる。
これはこれで変わっていて(新鮮で)面白いのだろうけど、これにはどうも馴染めない。

Bach. Glenn Gould - From The Art of the Fugue, BWV 1080 - Contrapunct 1-9




<チェンバロ>
チェンバロ版なら、《フーガの技法》の演奏解釈に関する論文も書いているレオンハルトの録音が定番。
しっとりとした潤いの合う色彩感豊かな音色は、オルガンで聴く《フーガの技法》とは違った流麗さが美しい。

レオンハルトの解釈では、《フーガの技法》はクラヴィールであり、完成した曲であるため「未完のフーガ」は含まれない。
この解釈どおり、1969年録音では「未完のフーガ」は未収録。(ただし、別年の録音では、<未完のフーガ>を収録したものもある)
珍しいのは、アスペレンと2台のチェンバロで弾いている曲があること。

Johann Sebastian Bach - L'art de la Fugue (Gustav Leonhardt)




コープマンは、4声のフーガは全て2台のチェンバロ演奏。デュオは(奥さんの)ティニ・マトー。
1台のチェンバロよりも、色彩感が増し、声部の分離もより明瞭になり、立体感と構築感が強くなる。
奏者2人がそれぞれの声部で装飾音を多用し、荘重で落ち着いた雰囲気のなかにも、瀟洒で華麗な趣き。(時々声部同士がごちゃごちゃともつれたようになって、主旋律がどれがわからなくなることもあるけれど)
それに、それほどアゴーギグを強調していないのでテンポの揺れが少なく、インテンポの演奏が好きな私には聴きやすい。
どちらかというと、チェンバロ独奏よりも、この2台のチェンバロ演奏の方が好みに合っている。
難点といえば、ピアノに比べてチェンバロ演奏は音色と強弱の点で変化が乏しいので、ずっと聴いていると私はだんだん単調さを感じてしまうところ。

J. S. Bach - The Art of Fugue, BWV 1080 - T. Koopman and T. Mathot






<弦楽合奏>
ピアノ版と同じくらい(もしかしてそれ以上かも)好きなのが、現代楽器による弦楽四重奏版。
ピアノ(やパイプオルガン)で聴くと、《フーガの技法》には、建築物のような幾何学的な抽象性や彼岸の世界に通じるような摩訶不思議な趣きがあるけれど、弦楽器の演奏には現世的で愉悦感のようなものさえ感じる。

現代楽器による弦楽カルテットの演奏では、シャープで切れ味と多彩で豊かなソノリティが美しく颯爽としたエマーソンSQが素晴らしく、最初の数秒を聴いただけで、私の波長がぴったり。
4つの弦楽器の音色の持つ音域と色彩感の違いが明瞭で、声部がそれぞれくっきりと浮き上がり、対位法の絡みがよくわかる。
音の減衰が速くす~と消えていく音質の軽い古楽器と違って、隅々まで明瞭な響きで音響的な曖昧さがない。
なぜかピアノ演奏を聴いているような感覚がするほど、演奏楽器の違いが気にならない。

Bach, J.S.: The Art of Fugue - Emerson String Quartet
Art of FugueArt of Fugue
(2003/08/12)
Emerson Qt

試聴ファイル


Emerson Quartet-Art of the Fugue 9




同じ弦楽合奏でも、古楽器による演奏なら、リリース時にとても話題になったフレットワークによるヴィオール合奏。6台のヴィオラ・ダ・ガンバで演奏しているらしい。
ゴルトベルク変奏曲のヴィオール合奏版の録音もあるけれど、私にはそれよりもこの《フーガの技法》の方がずっと新鮮な驚きがある。
現代楽器とは違った古楽器独特の音質なので、力感が弱く、音が宙空にふわっと浮き上がって拡散するような独特の浮遊感がある。
現代楽器よりもずっと頼りなげな響きなので、声部がお互いに溶け込んで音響的な曖昧さがあり、対位法の絡みが明瞭には聴こえない。
こういうところはもどかしさを感じないでもないけれど、バッハの時代に弦楽器で演奏したなら、これが自然なのだろう。
古楽器演奏はほとんど聴かないので、その独特の響きに最初はしっくりこないものがあったけれど、だんだんとこのソノリティと醸しだす雰囲気がとても魅力的に思えてくる。
遠い昔の緑の緑が生い茂った草原に風が爽やかに通り過ぎていくような情景が浮かんでくるくらいに、ほのぼのとしたノスタルジックな味わいが素敵。

J.S.バッハ:フーガの技法 BWV 1080 (6つのヴィオラ・ダ・ガンバ版) BACH : The Art of Fugue / FRETWORK) [catalogue CD] [limited edition]J.S.バッハ:フーガの技法 BWV 1080 (6つのヴィオラ・ダ・ガンバ版) BACH : The Art of Fugue / FRETWORK) [catalogue CD] [limited edition]
(2010/06/17)
フレットワーク

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J.S. Bach - Art of the Fugue - Contrapunctus 1 by Fretwork


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2 Comments

matsumo  

No title

yoshimiさん、こんにちは

昔、古典四重奏団のコンサートで、この曲を聴いたことがあります。最後の未完のフーガが突然終わった瞬間、非常なショックでした。後に、古典四重奏団のこの曲のCDを入手しましたが、かなりおとなしい演奏で、あの時のショックはありませんでした。やはり、コンサートの方が演奏家達は燃えるのでしょうね。

2013/04/06 (Sat) 20:22 | EDIT | REPLY |   

yoshimi  

録音と実演

matsumoさま、こんばんは。

古典四重奏団というSQは私は知らないのですが、実演はやり直しできないので緊張感があり、テンションが高くなるのでしょうね。
録音と実演とは全く別物だと考えている演奏家は多いと思います。ブレンデルやアラウのインタビューを読むと、録音と実演とでは同じ弾き方にはならないと言っていました。

2013/04/06 (Sat) 22:37 | EDIT | REPLY |   

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