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井上ひさし 『新釈 遠野物語』 『吉里吉里人』  
井上ひさしの作品は、題名だけは知っているものが多いけれど、今まで読んだことがない。
たまたま読んだ、短い評伝『接続詞「ところが」による菊池寛小伝』(『ちくま日本文学全集21 菊池寛』所収)がとっても面白い。
他の作品も読んでみようと、本のタイトルを見てすぐに興味をひかれたのが『新釈 遠野物語』。
『遠野物語』というと、学生時代に読んだ柳田国男の『遠野物語』や、日本民俗学が専門だった指導教官を久しぶりに思い出して、ちょっと懐かしい気がしてくる。
『遠野物語』は、民間伝承を記述した研究書みたいで、少し読みにくかった覚えがある。採録されていた話はほとんど覚えていない。
『新釈 遠野物語』を読んでみると、まるで語り部が話しているような語り口。
『遠野物語』に描かれた世界を井上ひさしが仕立て直しているので、『遠野物語』とは話の細部が違うのかもしれないけれど(同じ題材の話を読み比べないとわからない)、お話自体はとても面白い。
人間と人知を超えた生き物(狐、馬、こうもり、など)たちが身近に暮らしていた世界の息遣いが伝わってくる。

新釈 遠野物語 (新潮文庫)新釈 遠野物語 (新潮文庫)
(1980/10/28)
井上 ひさし

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<収録作品:鍋の中/川上の家/雉子娘/冷し馬/狐つきおよね/笛吹峠の話売り/水面の影/鰻と赤飯/狐穴>

各話の冒頭は、「私」と話し手の犬伏老人とが会うところから始まる。
回を追うごとに2人が親密になっていき、特に「ぼく」が犬伏老人の話を楽しみにしている様子を読むと、こっちまで同じ気持ちになってくる。

語られているお話は、グロテスクで不気味なものが多いけれど、どの話も程度の差はあっても、面白い。
井上ひさしの語り口が上手いせいか、映画のような情景が目の前に浮かんでくるような視覚喚起力があるし、温感・嗅覚・触覚も刺激されて、臭い・冷たさ・生ぬるさ・ぬるぬるとした触感とかが肌に感じられてくるような感覚がある。
特に気に入ったのは、「川上の家」、「冷し馬」、「水面の影」、「鰻と赤飯」、「狐穴」。

「川上の家」は、数ヶ月前に読んだサキの短編「狼少年」によく似ている。
「川上の家」は、狼少年ではなく、芥川龍之介の小説にも登場する日本古来の妖怪。
伏線がいろいろ張ってあるので、ストーリーの展開はだいたい予想できたけれど、それでも、どうなるんだろう...と期待しながら最後まで面白く読めてしまう。
サキの短編と同じところは、犠牲になったのは男の子で川で溺れたように見せかけられている、結局”謎の少年”の正体がわかったのは主人公のみ。
違っているのは、サキの「狼少年」は行方知れずで逃げおおせるし、男の子の遺体も見つからなかった。
「川上の家」では、昔からの言い伝え通り、川で溺れた男の子を「黒葬」にしたので、”謎の少年”は言い伝え通りの運命になったこと。
字面から、ぬるぬるじめじめとした質感と気持ち悪さや、”謎の少年”の不気味さが漂ってくるし、お話自体、これが一番面白かった。

「冷し馬」は、馬と飼い主の若い娘が情愛関係に陥っていくお話。
まるで馬が人間の男のような生々しさを感じさせるせいか、”恋物語”というよりは、もっと情念的な妖しげな雰囲気が漂っている。
この話で思い出したのは、子供の頃に読んだステープルドンの『シリウス』というSF小説。
天才生理学者トレローンの研究により、人間に匹敵する知性と知能を獲得した犬シリウスが、研究者の娘と恋愛関係に陥るが、彼らは他の人間たちに迫害されていく。シリウスは人間の言葉を話し、読み書きもできる点は「冷し馬」とは違うが、動物が”男性”であって、若い女性と愛し合うようになるのは一緒。

随分昔に読んだ話なので、『シリウス』の細部はすっかり忘れていた。
このブログ記事「シリウス」その①~オラフ・ステープルドン[ブログ:わしには,センス・オブ・ワンダーがないのか?]を読むと、再読したくなってきた。
この本は処分していなかったはず。どの本棚に埋もれているのか、探し出さないと...。


「水面の影」は復讐ものの怖いお話。ラストがとてもリアルで、まるで映画の一シーンを見ているみたい。

「鰻と赤飯」は、「鰻」の正体が私にはちょっと意外だった。
主人公が「鰻」に親切にも警告してあげたおかげで、主人公が祟られずに無事生き伸びたというのは、恩返しのようで義理堅い。
「赤飯」自体はほんの少し出てくるだけの小道具のような使い方だったので、さして気にもとめていなかったけれど、この「赤飯」がなければ、この話は全然成り立たなくなるくらいに重要な「小道具」だった。

最後の「狐穴」は、入れ子構造の夢のようなお話。オチが面白くて、笑える。
このオチを暗示するような伏線が、それ以前の短編にいろいろ出ているし、レビューとかでも暗にほのめかしている人もいるので、予想できないでもなかったけれど、それでも”実はそういう話しだったのか~”と、やっぱり笑えた。


                              


次に読んだのは、井上ひさしの代表作で大部な『吉里吉里人』

吉里吉里人 (1981年)吉里吉里人 (1981年)
(1981/08)
井上 ひさし

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最初から最後まで、すこぶる個性的な作品。寄り道の多い冗長な文章と、品のないシモネタの連発には辟易するし、かなりアクの強い小説。
人格円満で品の良い人にお勧めしたいとはあまり思わないけれど、面白いことは面白い。
とにかく登場人物が多く、それもユニークで多彩。賢者風な老人が出てくるのはよくあることとして、少年警官や少女アナウンサーといった非常に有能な少年少女も登場する。
単行本だと800ページを超え、文庫本は上中下の3巻に分かれている。全巻しっかり読み通すには、多少の根気はいるかも。
吉里吉里国の独立と崩壊までの時間的経過(1日半)に合わせて、小説も30時間で読めるような長さになった..という話を読んだ覚えがある。

『吉里吉里人』は、読売文学賞に加えて、なぜか日本SF大賞を受賞している。
近未来SFのようでもあるし、言語による硬派なスラップスティックのようにも思える。
扱っているテーマは、金本位制、タックス・ヘイヴン、医療制度、脳死による臓器移植、国防と自衛隊など。
かなり広範囲な政治的・社会的テーマを織り込んでいる。
作者自身の話では、「執筆動機はコメと憲法」だったという。(出典:山形新聞,2009年5月4日)
執筆当時と現在では、政治・社会情勢がかなり違っているので、本書を読んでいると”遅れてやって来た進歩主義者”みたいな主張に思えるところもある。
吉里吉里国の独立の切り札の一つが、医学・医療立国という視点はユニーク。井上ひさし自身、医学部進学を志して医大受験までした人なので、医学・医療が重要なテーマになっている。
吉里吉里国の経済制度は、タックスヘイブンと金本位制がベースで、経済面の独立を担保している。タックスヘイブンなので、外国企業が次々と支店を開設していくし、金本位制も吉里吉里国の通貨価値を高め、対円の交換レートもあれよあれよと上がっていく。
この金本位制を支える”金”の隠し場所は意外。口の極めて軽い迂闊な古橋が、それを偶然にも発見してしまったことが、吉里吉里国の不運だった。
最初はかなり冗長感を感じたけれど、小説の舞台が吉里吉里国立病院に入ってからは、吉里吉里人たちの独立をつぶそうとする各国政府との軋轢が激しくなり、騒動が次から次へと起こって、急展開していく。独立騒動が自国へ波及するのを恐れた外国政府のスパイも潜入し、終盤は銃撃戦になだれ込む。

いわゆる"ズーズー弁"風の「吉里吉里語」には、最初はとても違和感があって、意味がよくわからなった。
読み進めるうちに、だんだん理解できるようになってきたし、なぜか親近感まで湧いてきた。逆に、標準語の方が無味乾燥に思えてくる。

主人公で作者のカリカチュアらしき作家、古橋健二はアンチヒーロー型。
古橋の思考回路と言動は、極めて馬鹿馬鹿しくて、ナンセンスで、かなり俗物的。
それなのに、なぜか妙に納得できるものがあり、共感(?)らしきものを感じないでもないので、私にはあまり憎めないキャラクター。
結局、古橋の度重なる軽率な言動が吉里吉里国の滅亡につながるんだけれど。

私が一番好きなのは、吉里吉里国立病院の総看護婦長のタヘ湊(たへ みなと)
存在感抜群の頼もしい婦長さん。やたらに古橋が気絶するので、その度に人工呼吸するシーンでの古橋とのやりとりが笑える。

                              


この2冊以外に読んでいる最中なのは、『私家版 日本語文法』『自家製 文章読本』。
中身はかなりハードだけれど、堅苦しい文法書とは違って、著者独自の日本語の書き方論がユニーク。
井上ひさしの極めて政治的な言動には、ほとんど感心するものはないけれど、小説家としての言葉に対する敏感さやセンス、理論的な考察に関しては、とても勉強になりそう。

私家版 日本語文法 (新潮文庫)私家版 日本語文法 (新潮文庫)
(1984/09/27)
井上 ひさし

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自家製 文章読本 (新潮文庫)自家製 文章読本 (新潮文庫)
(1987/04/28)
井上 ひさし

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なつかしいです
吉里吉里人。
小学生の頃かな?父が買ってきたので読みました。
ずうずう弁が読みにくかった記憶があります。
「新釈 遠野物語」面白そう!
読んでみようと思います。
方言というと
Leaf Pie様、こんばんは。

「吉里吉里人」は、小学生が読むには、いささか刺激が強すぎるような気はしますが...。
しかし、800ページの小説を読んでいたとは、凄いですね。
方言は慣れてくれば、それとなくわかってくるものですね。もともと日本語がベースなので、外国語とは違いますから。
私は岡山弁や広島弁なら、親や親戚が話していたので理解できるのですが、別の地方の方言だとやはりわかりにくいです。

そういえば、戦前のとある外交交渉で、盗聴対策として、重要な機密事項は標準語ではなく方言で会話した...という話を思い出しました。(吉村昭の「ポーツマスの旗」か何かの本だったような)
でも、相手方もさるもので、その方言が理解できる日本人を探して来て読解し、盗聴を続けていたそうです。

「新釈 遠野物語」は、読みやすいし、話もバラエティがあって面白いです。
こういうお話を小学校の教科書にでも載せたら良いのに..と思うくらいです。
まちがえました
小学生ではなく中学生の頃でした!
その頃は福島の会津に住んでいましたが、英語の先生の訛りが強く、
どこからが英語でどこからが日本語なのか?という感じでした。
確かに早口で話すと暗号文のようで、盗聴対策になりますね。

今の小学生が問題として読む文章は、現実的な物が多いように思います。
災害や貧富の差など、刺激が強く大人でも考えさせられます。
でも、ときには現実離れした楽しい文もあってもいいんじゃないかと思います。
そうじゃなくても被災地の子ども達は現実と向き合っているんだから。
民間伝承
Leaf Pie様、こんばんは。

中学生の頃に読むなら、考えさせられる内容が盛り込まれているので、面白く読めそうです。
私にとっては、一昔前の進歩主義者みたいな主張が多いので、その部分はなんとも言えないものがありますけど。
個人的には、タックスヘイブンや医療関係の話には興味を引かれました。

最近の学校の教科書がどういう内容になっているのかよく知りませんが、現実の問題を扱うといろいろややこしいことが多いでしょうね。
民話や語り伝えなどの民間伝承を題材にした作品は、誰にでも自然に受け入れられるし、変な物議を醸しだすことがないと言う点で、安心です。
懐かしいです。
おはようございます。

井上ひさしは大学生くらいの時よく読みました。特に戯曲が好きでよく読みました。演劇もテレビでやれば、よく見ました。でももうほとんど忘れちゃってます(爆)。

吉里吉里人は確か発売されてすぐに読んだと思います。とにかく長すぎる!本でしたが(笑)、面白かったので最後まで読みました。

>タヘ湊
懐かしいなあ~。なんだか強烈なキャラだけど、好きだったな。

この吉里吉里国は井上さんの理想の国だよなあ!と思った記憶が残っているんですが、正しいかどうだか自信なしです。

方言については、私は好きで興味があることなので、楽しく読みました。

井上ひさしはとにかく、小説でも戯曲でもこれでもか!というほど、しつこく下ネタが多いです。私もまだ若かったので、その点はかなりうんざりしました(笑)。
タヘ湊的なキャラは好きですね
Tea316さん、こんにちは。

今も昔も、戯曲と演劇には縁がないので、井上ひさしに関して記憶に残っていたのは、すこぶる遅筆なことと、奥さんと離婚した時の報道記事でした。それと、DVに関する暴露本が出てましたね。

「タヘ湊」的な頼りがいのあるタフネスな女性キャラクターは、昔からとっても好きなのです。
映画のヒロインで言えば、「エイリアン2」のシガニー・ウィーバー、「デンジャラス・ビューティー」のサンドラ・ブロック、とかですね。

井上ひさしは、政治的にはいわゆる革新主義者だったようなので、執筆当時の彼の理想が「吉里吉里国」にかなり詰め込まれているように思いました。
『吉里吉里人』は実験小説的で斬新なのですが、彼のシモネタの品の無さには本当に閉口します。
まあ、それでこの小説が嫌いになるほどではありませんが、他の小説を読むのはちょっと引けてしまいますね。
それよりも日本語関係の著作の方は、国語を勉強し直している気がして、目からウロコ的な部分もあって、面白いです。
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yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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