フィルクスニー ~ ヤナーチェク/コンチェルティーノ、カプリッチョ「挑戦」

最近はよく演奏されるようになったヤナーチェクのピアノ作品。
私の持っているCDのなかでよく聴くのは、新しいものではアンデルジェフスキ(ライブ録音)、少し古いものだと若い頃のアンスネス、定番中の定番といえば、フィルクスニー。

ヤナーチェクのピアノ作品集として、一番収録曲が多いのは、フィルクスニー盤。
フィルクスニーは子供の頃からヤナーチェクに師事しており、子供のいないヤナーチェクと父親のいないフィルクスニーは親子のような関係でもあったという。
フィルクスニーの録音には、DG盤とRCA盤(廃盤。Newton Classics盤で再販)の2種類があり、録音年と収録曲がかなり違う。
DG盤は1971年録音で独奏曲と協奏作品を収録した2枚組。
独奏曲では、RCA盤には収録されていない《主題と変奏(ズデンカ変奏曲)/Tema con variazioni (Zdenka-Variations》と《思い出/Reminiscence (Vzpominka)》が入っているのが珍しい。
ピアノ協奏作品として、《コンチェルティーノ(ピアノと室内管弦楽のための)/Concertino For Piano And Chamber Orchestra》《Capriccio"Vzdor"/カプリッチョカプリッチョ「挑戦」》を収録。伴奏は、クーベリック指揮バイエルン放送響。

RCA盤は1989年録音で、ピアノ独奏曲のみ収録。《ズデンカ変奏曲》と《思い出》は入っていない。
長らく廃盤だったけれど、2011年にNewton Classicsから再販されている。

初めてヤナーチェクを聴いたのは、たしかアンスネスのDG盤。
映画『存在の耐えられない軽さ』を観たときに、劇中でヤナーチェクの曲が多数使われていた。
それがとても気に入ったので、サントラを買い、その後にアンスネスの録音を見つけて購入。
さらに、昔から定評のある録音が、ヤナーチェクの弟子だったフィルクスニーのものだと知り、RCA盤も購入した。
数年前に、フィルクスニーのDG盤が出ているのを知り、これには独奏曲とピアノ協奏曲でまだ聴いたことのない曲が収録されていた。

DG盤の2枚組。
Piano WorksPiano Works
(1998/1/19)
Rudolf Firkusny,Rafael Kubelk,Bavarian Radio Symphony Orchestra

試聴する



Newton Classics盤。廃盤になっているRCA盤のリイシュー盤。
Piano WorksPiano Works
(2011/12/21)
Rudolf Firkusny

試聴する(amazon.de)



《ズデンカ変奏曲》は1880年の初期の作品、《思い出》は1928年に書かれたヤナーチェクの最後の作品。
演奏時間が数分足らずの小品で、演奏されることは少ない。
どちらも叙情的ではあるけれど、《ズデンカ変奏曲》はシンプルでやや感傷的。(何度も聴くには曲が単調で飽きてくる)

Tema con Variazioni (Zdenka Variations) (1880)
Rudolf Firkušný, piano



最晩年の作品《思い出》は、やや不調和的な重層的な響きと、移り変わる色彩感が美しい。
タイトルが《思い出》というわりに、感傷的なところは稀薄。

Leoš Janáček - Reminiscence



ヤナーチェクのピアノ作品は、独奏曲と協奏曲とでは、随分趣きが違う。
独奏曲で有名な作品は、主に1900年代から1910年代前半に作曲されている。旋律・和声・叙情感とも美しい曲が多い。

それに対して、10~20年経った晩年に書かれた2つのピアノ協奏作品は、より現代的で感性的に乾いたような和声と、諧謔さと侘びしさの両方を帯びたような雰囲気がする。
両曲とも通常のオケとは違って、室内オケよりもさらに小規模で、楽器編成も変わっているので、音色も独特。



ピアノと室内管弦楽のためのコンチェルティーノ
1925年の作品。ピアノと室内アンサンブル(2台のヴァイオリン、ヴィオラ、クラリネット、フレンチホルン、バスーン)で演奏する。
4楽章形式で、速度指定のみ。1.Moderato、2.Pi mosso、3. Con moto、4.Allegro。

英文Wikipediaの解説によれば、ピアニストのJan Heřmanの演奏にインスピレーションを受けたヤナーチェクが、Heřmanのために作曲したという。初版楽譜には、"To Jan Heřman"と記されている。
当初、ヤナーチェク最初のピアノ協奏曲という構想だったが、後に小規模な室内協奏曲に変更。"Spring"という曲名が最初は付けられていた。初演が成功し好評だったため、すぐにヨーロッパ中に広まったという。

冒頭のピアノソロの旋律からして、怪しげな雰囲気が漂い、それに加えてホルンなどの管楽器の音色が茫漠として、全体的に摩訶不思議な雰囲気が漂う。
(なぜか、”エイコーラ、エイコーラ”と連呼したロシア民謡(?)みたいな旋律に聴こえてくる)
旋律は、器楽的というよりは、声楽的というのか、人の話し声のように聴こえる。
ヤナーチェクはモラヴィア民謡の「話し言葉(の抑揚)」を研究し、それを作曲に活用していたので、代表作のオペラに限らず、晩年には器楽曲でも”話し言葉”的な要素が強いのかもしれない。
主題らしきものはあるのだけれど、旋律は歌謡的というよりは、物語的。
それに、劇伴音楽のように、音楽の背後に特定の情景描写が透けて見えてくるような気もする。
ピアノ協奏曲というよりは、ピアノと室内楽アンサンブルが、対話しながら融合していくような一体感もある。
無調ではないので、調性感は比較的安定しているとはいえ、現代曲のピアノ協奏曲のなかでは一風変わった曲だと思う。

Leoš Janáček - Concerto for Piano, 2 Violins, Viola, Clarinet, French Horn and Bassoon
Members of Czech Philharmonic Orchestra - Vaclav Neumann, Rudolf Firkusny - piano



カプリッチョ「挑戦」
1926年に完成。左手のピアノと吹奏楽アンサンブル(フルート、2台のトランペット、2台のトロンボーンとテナーチューバ)のための作品。
《コンチェルティーノ》と同じく4楽章形式。いずれも速度指定のみ。1.Allegro、2.Adagio、3.Allegretto、Andante。
ヤナーチェクと同時代人のストラヴィンスキーも、ピアノ協奏作品の《カプリッチョ》を書いている。(この曲はレーゼルが録音している)

左手のピアノ協奏作品はそれほど多くはない。右手を故障したピアニストのヴィトゲンシュタインが当時の著名な作曲家に委嘱して書かれた曲がほとんど。
英文Wikipediaの解説によると、この《カプリッチョ》も、右手を第1次大戦中に失ったピアニストのOtakar Hollmannのためにヤナーチェクが作曲したもの。
Hollmannと初めて会ったとき、ヤナーチェクは左手のピアノ作品を書くことに否定的だったという。その後、考えを改めて、左手のためのピアノ協奏曲を書いたが、Hollmannにも知らせず、初演に弾く権利も与えず。しかし、結局のところ、ヤナーチェクはHollmannに楽譜を送り、それを元に勉強したHollmannが、ブルーノのヤナーチェク宅でこの曲を弾きこなしたのに満足して、1928年3月にプラハで初演が行われた。ヤナーチェクは、Kamila Stösslováへの手紙の中で、この曲をよく"Vzdor" (Defiance)と呼んでいたという。

低音域のホルンなどの管楽器と、高音域のピアノの音色とが対照的。ピアノパートがくっきり浮かびあがる。
類似した音型を執拗に繰り返すオスティナートが、《コンチェルティーノ》よりもさらに強まっている。
全体的に旋律が断片的で、緩急・静動が頻繁に交代し、時おり叙情的な美しい旋律が挿入されたりと、主題と展開というような構造的な安定感が感じられず、様々な心象風景が次から次へと移り変わっていくような音楽。
音楽的なコラージュというか、つかみどころがなくて、やっぱり《コンチェルティーノ》と同じく、摩訶不思議な曲。
それでも、モチーフがコロコロと変容していくので、面白いことは面白くて、結構飽きずに最後まで聴けてしまう。この曲はもう少し聴きこんでみたくなる。
《コンチェルティーノ》と比べて、《カプリッチョ》の方がモチーフの変化が多彩で、どちらというと話し言葉的ではない器楽的なフレーズが多い気がする。
それに、断片的ではあるけれど美しい旋律も多くて、ファンタスティック。どちらか好きかといえば、《カプリッチョ》の方。


Leoš Janáček - Capriccio for Piano Left Hand and Wind Ensemble
Members of Czech Philharmonic Orchestra - Vaclav Neumann, Rudolf Firkusny - piano



<参考情報>
作曲家レオシュ・ヤナーチェクの生涯と芸術[Isato Aoki]
 ヤナーチェクの詳しい伝記が載っているホームページ。
 「17.同時代の音楽と」に、《コンチェルティーノ》と《カプリッチョ》の作曲経緯が書かれている。


<関連記事>
ミラン・クンデラ 『裏切られた遺言』より ~ ヤナーチェクについて(メモ)
ヤナーチェク/ピアノ曲集

タグ:ヤナーチェク フィルスクニー

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コメント

ヤナーチェクの世界

こんにちは!

ヤナーチェクって、日本では演奏される機会が殆どないですよね。村上春樹の小説で、急にちょっとスポットを浴びるようになりましたが、それでも演奏される機会は少ない。もっと機会が増えると良いのに!と思います。

私もカプリッチョが気に入りました。
左手だけの曲って、あまり好きなものは無いんですけど、これは好き。カプリッチョという特性が好きだからかもしれないけど。

あとはヤナーチェクのトランペットの使い方好きだなあ。

《カプリッチョ》と左手のピアノ曲

Tea316さん、こんばんは。

村上春樹の小説で使われる音楽は、たしか「海辺のカフカ」の時も注目されたようですが、ヤナーチェクと同様、一過性のブーム(にもなっていない?)で終わったような気がします。
今回の《巡礼の年》の方は、CDのセールスが結構良いらしいです。
ヤナーチェクよりはずっと綺麗な曲が多くて、聴きやすいからでしょうか。

《カプリッチョ》は、ピアノもそれなりに目立って、コラージュのようにコロコロと旋律が変化するし、ファンタジックな雰囲気もあって、面白い曲でした。
管楽器の音は(トランペットに限らず)総じてあまり好きではないのですが、この曲はなぜかそれも気にならなかったです。

ストラヴィンスキーも、同じく《カプリッチョ》という曲名のピアノ協奏曲を書いてます。(こっちは両手の曲ですが)
近々記事に書こうと思っていますが、私の好みからいえば、ヤナーチェクの方が気に入ってます。

左手のピアノ曲で、名曲といわれる曲は少ないですね。
一番有名なのは、ラヴェルのコンチェルトでしょうか。
私は、それよりもブリテンの《ディヴァージョン》の方が好きなのですが、これも演奏機会は少ないです。(今年はブリテンイヤーなんですけどね)
曲の技巧的難易度にもよりますが、左手だけで弾くというのは、結構難しいのでしょう。
ピアノソロの名曲といえば、ブラームスの《左手のためのシャコンヌ》ですね。
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Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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