サンドリーヌ・ピオー『évocation』

2013.09.30 18:00| ♪ 管弦楽曲/声楽曲
ソプラノ歌手のサンドリーヌ・ピオーの最初のコンセプトアルバム『évocation/エボカシオン』は、女性にまつわる歌曲集。
私はピオーの名さえ全然知らなかったけれど、いつも拝見しているブログの記事でたまたま紹介されていたドビュッシーの<2つのロマンス>を聴いて、とても興味を惹かれてしまった歌手。
ディスコグラフィの中で特に選曲が私の好みに合っていた『évocation/エボカシオン』は、今まで買った歌曲アルバムのなかでも、とりわけ気にいったものの一つ。
ビオーの潤いのある甘く可憐で表情豊かな歌声がとても魅力的。
この歌声を聴いているだけでも、とても心地良い。
吉田秀和氏がピオーを評して「どんな時も、人肌のぬくもりから、遠く離れることはない。この声の与える手ざわり、その感触は-そう、精妙なガラス細工を思わせる」という。
高音の美しいアーメリンクのソプラノのような透明感と砂糖菓子のような甘さとは違って、しっとりとした潤いと”人肌のぬくもり”のある歌声なのが、心地良さの理由なのかも。

アルバムのブックレットには、ピオー自筆の序文が載っている。
このアルバムには「欠如や幸せ、悲しみといった感覚。また、意識と無意識のあやふやな境界線上にある夢。時に女性性や愛といった偉大なる神秘を背景に立ち上ってくる、くらくらするようなエロティシズムへの招待、といったものが存在している」。
伴奏ピアニストはスーザン・マノフ。マノフまで序文を書いているのが珍しい。

『évocation/エボカシオン』は選曲がとてもユニーク。
前半は、詩的で叙情豊かなショーソン、シュトラウス、ドビュッシー。
後半は、ツェムリンスキー、ケックラン、シェーンベルク。現代色が強くなるけれど、それほど前衛的ではないので、比較的聴きやすい作品ばかり。
ツェムリンスキーとシェーンベルクの歌曲集は随分昔に買って聴いたことがある。
その時は歌手の声質と歌い方が好みと違っていたせいか、(それに、まだ現代音楽とはかなり距離感があったので)、それほど好きには慣れなかった。
でも、同じ歌をピオーの歌声で聴くと、以前とは全然違った歌に聴こえてくるせいか、とても魅力的。

evocationevocation
(2007/11/20)
ピオー(サンドリーヌ)

試聴ファイル
このジャケット写真がとてもお洒落で素敵。女性の内面の多様性を表わすが如く、3人のピオーがそれぞれ違う方向を向いている。多面鏡を模したようなセピア色の格子柄がとてもファンタスティック。

《収録曲》
ショーソン
1. ヘベ /Hbe op.2 n°6
2. 魅惑/Le Charme op.2 n°2
3. セレナード/Srnade op.13
4. 蜂雀/Le Colibri op.2 n°7
5. 愛と海の詩より「リラの花咲くころ」/Le Temps des Lilas op.19

ショーソンは、フランス歌曲集などによく入っているけれど、まとめて聴いたことがない。
ピオーの歌うショーソンは、メロディがとても美しく、繊細で夢見るように詩情豊か。
こんなに素敵な曲だとは、今まで全然わからなかった。
<ヘベ>と<魅惑>は、最初の方に出てくる旋律が特に綺麗で印象的なので、特に好きな曲。
哀感を帯びた<蜂雀>も綺麗。

ショーソンの音楽を心理学的な色合で表現すれば、(見事に調和した和声で強められた)”resignation”(諦め、忍従)だと解説に書かれていた。
そう言われると、ドビュッシーのような物憂げな翳りではなく、透明感のある哀感が漂っているような気がする。

R. シュトラウス:《乙女の花 op.22》
6. 矢車菊/Kornblumen
7. ポピー/Mohnblumen
8. 木づた/Epheu
9. 睡蓮/Wasserrose

"Flower Maidens(花の乙女達)の万華鏡”を見ているような《乙女の花》は、ショーソンとドビュッシーとは曲の雰囲気もピオーの歌い方もちょっと違っている。
<矢車菊>は<魅惑>に良く似た旋律が出てくる。
ショーソンの歌曲の方が、繊細な詩情を感じさせるし、旋律も美しくてより印象に残る。
シュトラウスの<ポピー>の最後のところは、オペラを聴いている感じがする。
シュトラウスの歌では、最後の短調の<睡蓮>が、メロディとピアノ伴奏がとても詩的で美しい。

ピオーは、コンセプトアルバム《Apres un rave》で、シュトラウスの《Morgen! Opus 27/4》を録音していて、これがとても美しい。


ドビュッシー:

10. 星月夜/Nuit d'Etoiles
11. 2つのロマンス(ブールジェ詩)より「そぞろな悩める心」/Romance "L'Ame Evapore"
12. 麦の花/Fleur des Bls
13. 西風/Zphir

ドビュッシーの歌曲は、他の作曲家に比べて、ピアノの伴奏パートがとても美しい。
流麗なパッセージと煌くような輝きのある音色は、独奏曲を聴いているのと同じ。
<星月夜>の冒頭のピアノのアルペジオや、高音部の響きがとても綺麗。
<星月夜>と<2つのロマンス>は、ショーソンの<ヘベ>と<魅惑>で聴いたような旋律がどきどき出てくる。
こういうメロディが、ピオーはとても好きみたい。
ショーソンとドビュッシーのなかでは、この4曲が一番好きなのだけれど、どれがどの曲なのか、時々こんがらがってきそうになる。

解説を読むと、”2つのロマンスの歌とピアノの対話は、マリー=ブランシュとサロンロマンスへの、二重奏の別れ(double farewell)として聴こえるかもしれない”というようなことが書かれていた。
マリー=ブランシュが誰なのかわからなかったのでドビュッシーの略伝を読むと、彼はマリー=ブランシュだけでなく、女性関係での問題を度々引起していたらしい。
ドビュッシー特有の憂愁を感じさせる音楽は、そういう経験がかなり影響しているのかも。


ツェムリンスキー
14. 愛と春/Liebe und Frhling
15. バラのリボン/Das Roseband
16. 春の歌/Frhlingslied
17. 私が夜の森を歩くと/Wandl'ich im Wald des Abends
18. 誘拐/Enfhrung
19. 夏/Sommer op.27

ツェムリンスキーは、長らく作曲の教師、マーラーの”satellite”といったイメージで語られてきたが、近年再評価が進んでいるらしい。
<愛と春>は、聴けばするがわかるくらいに、ブラームス風。
ブックレットの解説によると、<バラのリボン>はシューマン風。
その次の2曲はメンデルスゾーン風。<春の歌>は夢見るように美しく幸福感があり、<私が夜の森を歩くと>も静かで温もりがあり、いずれも旋律はシンプル。メンデルスゾーンの調和した世界を連想さえるような曲。

最後の2曲は作風がちょっと変わっている。
<誘拐>は、途中で不協和的な和声が混ざって、どことなく不安定感がある。
最後の<夏>は、第二次大戦中の65歳の時に書かれた作品で、タイトルとは裏腹に、当時の暗い時代の翳りが覆っているような陰鬱さが漂う。(解説によれば、作家ステファン・ツヴァイクのような”昨日の世界”への深いノスタルジーが現れているという)


ケクラン:《グラディスのための7つの歌/Sept Chansons pour Gladys op.151》
20. 愛は私に言った/M'a Dit Amour
21. おまえは彼をとりこにしたと思った/Tu Croyais le Tenir
22. 罠にとらわれて/Prise au Pige
23. ナイアス/La Naade
24. サイクロン/Le Cyclone
25. 鳩/La Colombe
26. 運命/Fatum

ケクランはフォーレの弟子で。ドビュッシーとラヴェルの影響を受けているという。
《グラディスのための7つの歌》は、ケクランが60歳代の時の作品。
このアルバムの他の作曲家とは随分作風が違って、音の密度が低くて、静けさが漂うモノローグのように聴こえる曲が多い。。
特にピアノ伴奏が、音が少なくて和声が厚みが薄く、パッセージもシンプル。
どの曲も、歌謡的ではなく、ナレーティブ(語り的)な感じがする。
時にリュート歌曲や、中世期のアカペラを連想することもある。それを現代的にしたような曲なのかも。
一番好きなのは、静謐さがとても美しくアカペラのような<愛は私に言った>と<罠にとらわれて>。


珍しくも、このケクランの歌曲集をリサイタルで歌っていたのが、北村さおりさんというソプラノ歌手。
自身のブログに掲載されている2011リサイタルのプログラムノートにも、この歌曲集の簡単な解説が載っている。



シェーンベルク:《四つの歌/Vier Lieder op.2》
27. 期待/Erwartung
28. イエスの物乞い『あなたの金の櫛を渡しにおくれ』/Schenk mir deinen goldenen Kamm
29. 高揚/Erhebung
30. 森の木漏れ日/Waldsonne

シェーンベルクの初期作品なので、調性感もかなり残っているせいか、無調・十二音技法のシェーンベルクの曲だとはわからないくらいにロマンティック。
初期の有名な作品《浄められた夜》のような和声と旋律がよく出てくる。
<期待>は、タイトルどおり、来るべき何かへの憧れや待望を感じさせる、ポジティブな雰囲気に満ちた曲。
同名のOp.17《期待》という曲もあり、こちらは管弦楽伴奏のモノドラマで形式も曲想も全く違う。
第3曲の<高揚>は、《清められた夜》を連想させるような濃密な叙情感とドラマティシズムがあり、まるで《清められた夜》のピアノ独奏版のような曲。
最後の<森の木漏れ日>は、とても素朴な詩と素直な情感がほのぼの。高音域を多用したノスタルジックなピアノ伴奏も美しく、幸福感と郷愁溢れる曲。

タグ:ショーソン ドビュッシー シュトラウス シェーンベルク ピオー

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コメント

サンドリーヌ・ピオー

yoshimiさん

こんにちは。
これはまた素敵なアルバムですね!早速試聴してみました。
ショーソンの歌曲は初めてなのですがとても惹かれます。

サンドリーヌ・ピオーは、バッハのカンタータの録音などを通して聴いてきましたが、透明感のある美しい歌声、豊かな表現力が魅力的な歌手ですね。

リヒャルト・シュトラウスの「Morgen!」の歌唱もすばらしいです。ご紹介のアルバムとともにコンセプトアルバム「APRES UN REVE」も気になります。

聴いてみたいアルバムがまた増えてとても嬉しいです。ありがとうございます!

 

とても素敵なアルバムです

ANNA様、こんばんは。

私自身は全くピオーのことは知らなかったのですが、Tea316さんの<Whohin?>ブログで紹介されていた「ロマンス」がとてもよかったので、このCDを買いました。(Teaさん、どうもありがとうございます)

オペラとバロックの歌曲録音はまず聴くことはないのですが、これは現代歌曲が多いので、私の好みにぴったりです。
本当にショーソン歌曲には、とても魅かれるものを感じます。
以前にも、「愛と海の詩」とか数曲は聴いた覚えはあるのですが、まあその頃は私の耳が悪かったのでしょう。

『Apres un rave』も良さそうです。
ノーマンとはまた違ったピオーの「Morgen」も良いですね。「Die Nachtopus」も好きな曲です。
それに、マノフのピアノ伴奏も素敵。まるでハープみたいな響きと、しっとりとした叙情感が美しいです。

他にも、ブショー、プーランク、ブリテンの歌は聴きたくなってきます。
この分だと、このCDも買ってしまいそうです。
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yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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