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(Sat)12:00

佐藤優『インテリジェンス人間論』 

最近、佐藤優の『獄中記』を読んで、彼の読書論やバックボーンとなっている思想信条にかなり興味を持ったので、多数の著作のなかから数冊を選んで読書中。
有名な『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』と『自壊する帝国』は、すでに単行本発刊時に購入してすぐ読み終えた。
両方とも自身の体験を綴った刺激的で面白い本だったけれど、その後に読んだ本が全然なかった。

久しぶりに読んだのは『獄中記』(岩波書店)。
獄中の環境・生活状況など、日常的な話は(幸いにして)縁遠いものなので、興味深々。(『獄中記』はそのうち読書記録を記事として残しておく予定)

『獄中記』の次に、読んだのが『インテリジェンス人間論』。
”インテリジェンス”とは直接関係ない人物の章も多いような気がしないでもないけれど、もともとインテリジェンスの話には興味がないので(スパイものの小説とノンフィクションは好きだけど)、歴史的人物やキリスト教関係の話の方がはるかに面白かった。

インテリジェンス人間論 (新潮文庫)インテリジェンス人間論 (新潮文庫)
(2010/10/28)
佐藤 優

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<目次>(新潮社ホームページ)

取り上げている人物は、前半は主に著者が外務省時代に関わった政治家(鈴木宗男、橋本龍太郎、小渕恵三など)や、ロシア関係の政治家たち。
他の著作でも登場する人たちが多く、新鮮味があまりないし、体験談や裏話的なものが多いので、あまり好きなスタイルではない。

目次を読んで興味を持ったし、実際読んで面白かったのは、著者と知己ではないが、伝記や著作からその人物像を読み解いていく章。
「スパイ・ゾルゲ「愛のかたち」」は、本書でも引用されている『ゾルゲ 引裂かれたスパイ』を読んだことがあり、それに比べるとそれほど詳しいものではないけれど、ゾルゲの女性観と律儀な一面が垣間見える。

「「異能の論客」蓑田胸喜の生涯」は、立花隆が『東大と天皇』で取り上げていた。
蓑田胸喜の言説と当時の状況に関しては、そちらの方が詳しい。

意外にも面白かったのが、「不良少年『イエス・キリスト』」「二十一世紀最大の発見「ユダの福音書」」
「不良少年『イエス・キリスト』」は、謎の多いイエスの少年時代に関する福音書に関する話。
終末遅延により、現世の終わりがなかなかやって来ない。記憶が薄れないうちに、イエス・キリストについて文書を残しておかないといけないと、古代のキリスト教徒たちが新誓約書というものをまとめ上げた。
イエス誕生時の記録は詳細に残っているが、12歳のイエスを両親がエルサレムの神殿に連れて行く時までの記録がない。
新約聖書の編纂時に却下された文書のうち、「トマスによるイエスの幼児物語」は2世紀終わりに書かれたとされる。
大衆的読物であると同時に、宗教的宣伝の書であるため、まず第一に、少年イエスの神的超能力と異常な知恵を出来うる限り誇張して述べようとする。
イエスの神性を強調しすぎて、超能力者にしてしまったことが問題点。
イエスは自分の超能力で、ちょっとしたことに腹を立てて近所の子供を殺したり、イエスを非難する大人を失明させたり、父親のヨゼフを脅したり。
その後、善行を施して人々に感謝されるが、そもそも自分が危害を与えた人たちを原状回復しただけのこと。
この「幼児物語」は偽典と定まっている。
佐藤氏は、イエスが不良少年であったという印象が拭い去れない。
新約聖書でも、神殿の境内でお店を出していた人々を追い出したり、酒とメシが大好きだったり(大食漢の大酒のみと言われた)。

本書のなかで、最もスリリングな話が「ユダの福音書」
「ユダの裏切りはキリストの命令だった」ことが記されているパピルス「ユダの福音書」が解読されたが、これは今までのユダ像が大転換してしまうくらい(天動説から地動説くらい?)の大発見らしい。
弟子たち全てが、形は違えどイエスを裏切っていたので、ユダは裏切り行為を代表して行ったに過ぎない。それもイエスの命によって。
これが定説になると、「イエス・キリストを裏切った」悪役ユダは消滅し、その代わりに、人は自分の内なる悪と向き合わなければならなくなるという。
神学の世界でこの発見が定説化するには数十年かかるらしく、さらに、一般の人たちの固定観念を変えるには、もっと時間がかかるのだろう。
(「ユダの福音書」の話がとても面白かったので、読書記録を記事にする予定)

聖書などキリスト経典類はほとんど読んだことがないので、「ユダ」と言えば、すぐに思い出すのは、太宰治の『駆込み訴え』。
イエスへの愛憎が交錯する心中の葛藤が一気に書き下され、異様な緊迫感とリアリティを持っている。
口述筆記した美知子夫人曰く、「全文、蚕が糸を吐くように口述し、淀みもなく、言い直しもなかった」 という・
 『駆込み訴え』(青空文庫)



最後の章は「ティリッヒ神学とアドルノ」
アドルノは大学時代に社会哲学を勉強していたことから、彼の著作を数冊読んでいた。(難解な本が多くて、理解できたとは言えないけれど)。
師のティリッヒは、アドルノの才能を早くから見抜いていたが、博士論文を読んで言った言葉が「私は一言もわからないが、この論文はすばらしい」。
神学の世界で、自らの知の枠組みと異なる言説を評価する場合、よく使う表現形態だという。
ティリッヒは正確にアドルノの言わんとしていうところを理解していたが、必ずしも同意はしなかった。
この言葉は、自分の思考的枠組みとは違っていても、学問的に正当な評価をしようという学者の良心のあらわれなのだろう。

後半部分は、キリスト教神学の著名な神学者パウル・ティリッヒ、カール・バルト、フリードリヒ・シュライエルマッハー、それに、ヨセフ・ルクル・フロマートカの話になり、各人の神学論の違いがわかる。
キリスト教にも神学自体には全く縁がないけれど、”思想史”としての神学の変遷を知るにはわかりやすい章。

時々挿入される同志社大学神学部時代の恩師の話も面白い。
パウル・ティリッヒは、20世紀プロテスタント神学を代表する「知の巨人」。
同志社大学時代の恩師、緒方純雄教授が言うには、
「バルトは神学は『最も美しいビッセンシャフト(学問=体系知)』といった「美しい」という形容詞が危険に思えた。バルトの弁証法を身につければ、世の中の全てのことが説明できるようになる。ここに自己絶対化の誘惑が潜んでいる。」
「ロマン主義をきちんと押さえておかなければ、現代神学はわかりません。ロマン主義的情熱が、結果としてヨーロッパを戦争と破滅に導いたこと、その後の、ニヒリズムの試練を経て、バルト神学が誕生したこと、この過程を性格に理解しなくてはなりません。そのシュライエルマッヘルに遡及しなくてはならないのです。初めからバルト神学で出発すると哲学を軽視して、独断論になってしまう。」

佐藤氏は、歴史や自然に肯定的価値を一切認めないカール・バルトよりも、歴史と地政学に制約された状況の中でイエス・キリストの真実を生全体で証するというフロマートカの「受肉の神学」に惹き付けられ、その引力圏から抜け出すことが未だにできていないという。
外務省時代に、フロマートカ門下の神学者や反体制派哲学者とチェコで議論したときに、もっとも波長が合ったのが、プロテスタント神学校のミラン・オボチェンスキー教授。
教授によれば、「ティリッヒだけでなく欧米アカデミズムの左翼神学者は、現実の具体的政治問題にかかわっていない。だから過ちを犯すこともないし、つまづくこともない。」
「1930年代初頭、ドイツでティリッヒがナチスに”否(ナイン)”を唱えたとき、その言葉には命があった。戦後、アメリカの安全圏から聞こえてくるティリッヒの言葉には、命がなかった。従って、僕たちの心を打たなかった。」
神は神学研究室での真摯な思索からではなく、この世の汚れた現実の中で見出されるということを、フロマートカとその門下の神学者たちから、著者が学んだという。
佐藤氏がキリスト教神学の解説書を書くことがいつかあったなら、読んでみたくなる。


(参考情報)
『聖書を読む』- 中村うさぎ・佐藤優が語り尽くす聖書のディープな世界[CREAおすすめ書籍]
かの有名な浪費家(?)の中村うさぎがキリスト教徒だとは、ついぞ知らなかった。佐藤氏とは同じ同志社大学出身だけど、神学部ではなく英文学科卒。

タグ:佐藤優 伝記・評論

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2 Comments

よんちゃん  

佐藤さん

こんにちは。

佐藤優は結構好きなので、時折読んでいます。
「インテリジェンス人間論」は読んでみたいと思いつつまだ読んでいません。

>佐藤氏がキリスト教神学の解説書を書くことがいつかあったなら、読んでみたくなる<
ということですが、「はじめての宗教論 右巻」と「はじめての宗教論 左巻」が、ひょっとすると希望しておられる内容に少し近いかもしれません。

僕は「右巻」だけ読みました。
レベルが高くてチンプンカンプンでしたが、yoshimiさんにはちょうどよいかもしれません。

2013/10/13 (Sun) 20:17 | REPLY |   

yoshimi  

『はじめての宗教論』、読んでみます

よんちゃん様、こんばんは。

佐藤さんの本は読みやすくて、知的刺激に富んだものが多いですね。
最近は多筆すぎるためか、似たような内容の本が出版社を変えて出ているような気がしないでもないですが。

他に読んだのは「読書の技法」。速読術などのテクニカルな話ではなくて、読書術として参考になることがありました。これはそのうち記事にします。
「私のマルクス」「蘇るロシア帝国」「功利主義者の読書術」も、本は入手しましたので、順番に読むつもりです。
「インテリジェンス人間論」も読みやすいです。
政治家について興味があれば、前半は面白いのではないかと思います。

「はじめての宗教論」は、以前にカスタマーレビューだけ読んだのを思い出しました。
基本的知識で間違いが散見されるという指摘がありましたので、読んでいてもどこが間違いかわからないとは思いますが、一応注意しながら読んでみます。
宗教社会学と宗教哲学(エリアーデ)は、大学時代に少し齧ったので、久しぶりに錆ついた頭の体操になりそうです。
ご紹介くださってどうもありがとうございました。

2013/10/13 (Sun) 22:38 | EDIT | REPLY |   

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