武満徹/リタニ、雨の樹素描、フォー・アウェイ

昔は全然受け付けなかった武満徹のピアノ作品。あまりに音の密度が低く、静寂で沈黙が支配するような内省的な音楽だったので、集中力が続かず、どうも私には合わない作風だと思ったものだった。
随分以前に聴いたピアノ作品集のCDは、もう聴くことがないだろうと思って処分してしまったので、それが誰の演奏だったか思い出せない...
記憶をたどると、最後のトラックに収録されていたのは《2つのレント》だったし、ジャケット写真が藤井一興の『武満徹 鍵盤作品集成』に似ていた。当時《2つのレント》を録音していたCDはこれだけだったはず。

久しぶりに買った武満徹のピアノ作品集のCDを数枚聴いてみると、意外なくらいに自然に耳に入ってくるようになっていた。
その理由を考えてみると、ドビュッシーやメシアンを随分聞くようになったことので、武満作品の和声的な響きに慣れたこと。
それに、音と音のあいだにある「間」、休止府、それに、残響の余韻が消えていく部分など、音が鳴っていない時に感じ取れるものがあるのに気がついたこと。
緩徐楽章はあまり好きではないのに、武満作品のゆったりと遅いレントやアダージョには、ニュアンス豊かというか、意味に満ちているように感じるものがあるので、自然に集中して聴いてしまう。

武満徹のピアノ作品はそれほど多くはない。作曲年順に列記すると、独奏曲では、

ロマンス(1949)
2つのレント(1950)
遮られない休息I (1952)
遮られない休息II (1959)
遮られない休息III (1959)
ピアノ・ディスタンス (1961)
ピアニストのためのコロナ (1962)
フォー・アウェイ(1973)
こどものためのピアノ小品 (1978)
閉じた眼I -瀧口修造の追憶に-(1979)
雨の樹素描I (1982)
閉じた眼II(1988)
リタニ -マイケル・ヴァイナーの追憶に-(1989)[2つのレントを改作したもの]
雨の樹素描II -オリヴィエ・メシアンの追憶に-(1992)


ピアノ協奏曲風の作品は数曲。《アステリズム》《弧(アーク)》《テクスチュアズ》《リヴァラン》、2台のピアノによる《夢の引用》、チェロとピアノのための《オリオンとプレイアデス》。

室内楽アンサンブルとオーケストラによる協奏的作品では、《クロッシング》《カトレーン》、室内楽曲では《悲歌》などで、ピアノが使われている。(武満徹作品一覧)

武満作品では、管弦楽曲よりも、室内アンサンブルやピアノ独奏曲の方がずっと聴きやすい。
管弦楽曲で好きなのは、《弦楽のためのレクイエム》や《ノスタルジア》、《精霊の庭》など、それほど多くはない。
室内楽曲や室内アンサンブルが入った曲は、それぞれの楽器パートがクリアで旋律も辿りやすく、和声もすっきり。
一番すっと聴けるのは、旋律がくっきりと浮かび上がってくるピアノ独奏曲。
好きな曲は、《リタニ》、《雨の樹素描Ⅰ・Ⅱ》、《閉じた眼》、《フォー・アウェイ》。
《フォー・アウェイ》以外は、それぞれ、瀧口修造(閉じた眼)、マイケル・ヴァイナー(リタニ)、オリヴィエ・メシアン(雨の樹素描Ⅱ)を追悼している。
比較的動きが多く、表情も多彩で、追悼曲として書かれていない曲よりも、ずっと叙情的。
故人を偲んで、過去の思い出や感情記憶を表現しているのだろうか。

リタニー -マイケル・ヴァイナーの追憶に-
初期のデビュー作《二つのレント》を改作したもの。Ⅰ.アダージョ(コン・ルバート) 、Ⅱ.レント・ミステリオーソの2楽章構成。(ピティナの作品解説)
武満徹のピアノ作品のなかでは、もっとも叙情的で美しいのではないか思う。

《リタニ Ⅰ》は、ゆっくりとしたテンポで静寂さが漂い、鎮魂歌のように重苦しさはあるけれど、とても美しい。
日本的音階(五音階)というのか、和楽器で弾く調べのような旋律と和声が頻繁に出てきて、日本式庭園・箱庭にある池や井戸の水面の静けさや水音を感じさせる。
ピアニストによって音色や響きの違いで、この印象は変わる。(これは小川典子の録を聴いた時の印象)

《リタニ Ⅱ》は沈鬱な雰囲気はやや薄らぎ、部分的に音の密度がはるかに増し、動的で浮遊感もあり、強い情感を感じさせる。
神秘的な雰囲気が漂い、メシアン風の音色・和声・旋律が頻繁に現れてくる。

Takemitsu - Litany
I. Adagio,II. Lento misterioso





雨の樹素描Ⅰ・Ⅱ(ピティナ作品解説)
《雨の樹素描Ⅰ》も、どこか異世界の風景のようなミステリアスな雰囲気。
リアルな雨と樹ではなく、ガラス細工のような人工的な質感がする。

《雨の樹素描Ⅱ-オリヴィエ・メシアンの追憶に-》は、最後に作曲したピアノ独奏曲。
メシアン風の色彩感豊かな旋律や和声が時々聴こえる。
低音~高音の異なる旋律と響きの重なりは、長さと音の密度の違いや、休止に漂う余韻が長く、いくつもの時間軸が交錯するような独特の感覚。


武満「リタニ」(クロスリー),「雨の樹素描Ⅰ&Ⅱ」(小川典子)
小川典子のピアノの音色は、録音を聴いた時はとても好きだったし、このライブ映像でも、ガラスか氷のように硬質で鋭く研ぎ澄まされて透明感があり、温度感も冷たく、美しい。





フォー・アウェイ
《雨の樹素描》よりは音も少なく響きもシンプル。
音の配列と響きの質感は、水滴がしたたり落ちているような。
いくつか演奏を聴いたなかでは、一番すっと入ってくるのが高橋悠治の演奏。
硬質でシャープなタッチ、残響が少なく厚みの薄い響きで、余計な飾りのない引き締まった演奏には、明晰さと理知的な鋭さを感じる。
音に少し柔らかさと丸みがあり、残響もふっと消えていくので、意外と聴き心地が良い。
なぜか時々、妖艶というか、セクシーというか、幻惑される何かを感じてしまうのが、ちょっと不思議。
武満作品を聴いた米国人のジャズ奏者は、一種の麻薬的な陶酔感を感じる人も多いという。
どうやらそれと似たものを私も感じているのかも。

Tōru Takemitsu: For Away (1973) (これはPeter Serkinの演奏)




<参考情報>
武満徹とピアノ

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コメント

閉じた眼とオディロン・ルドン

yoshimiさん

こんばんは。
咳が続いているとのことでしたが、その後お加減はいかがでしょうか?どうぞお大事になさってくださいね。

 武満徹の音楽で知っているのは「小さな空」と「ギターのための12の歌」だけ、という私なのですが昨年オディロン・ルドンの展覧会にて、ある絵画を観てから氏の「閉じた眼」という作品に興味を持っています。

 ルドンの絵画「眼を閉じて」にインスパイアされて作曲したのが「閉じた眼」なのだということ、展覧会を観終えたあとに色々調べていくなかで知りました。
yoshimiさんのおすすめの録音がありましたら教えてください。




武満ピアノ作品集について

ANNA様、こんばんは。

咳の方は、通院せずにほとんど治まりました。
お気遣いいただいてありがとうございます。
一日中マスクをして、喉を乾燥させないようにしたのが良かったのかもしれませんね。

「閉じた眼」はあまりしっかりとは聴いていないので、お勧めの録音がどれかについて、確たることは言えないのですが、武満ピアノ作品集のメジャーな録音から選べば、それほど外れることはないと思います。

ピアニストは、ピーター・ゼルキン、高橋アキ、小川典子、福間洸太朗、藤井一興あたりでしょうね。
藤井さんのCDは試聴ファイルがなかったように思います。
武満作品なら高橋悠治の録音は落とせないのですが、「閉じた眼」は録音していないようです。

音や表現、間のとり方とニュアンスなど、ピアニストによっていろいろ違いがありますので、試聴ファイル(とYoutubeの音源)で聴いて見て、ご自分の感覚と合いそうな演奏を選ばれると良いでしょう。

ちょうど武満ピアノ作品集の記事を書きかけていましたので、20日(月)18:00に公開予定です。少しはCD選びのご参考になるかもしれません。
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yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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