『武満徹 自らを語る』

2014.01.18 18:00| ・ 音楽(Books&Movies)
武満徹の著作は、自伝、音楽論、エッセイなど、多数出版されている。
対談が好きな人だったらしく、対談集も多い。そのなかで一番有名なのが、新潮文庫から出ている小澤征爾との対談集『音楽』。

随分昔に武満作品を聴いて、これは全然合わない...と思ったので、この本は未読だった。
それが、最近になってようやく、武満作品がなぜか普通に聴けるようになっていたので、作曲経緯や作品解説を知りたくて、これも読んでみた。

音楽  新潮文庫音楽 新潮文庫
(1984/05/29)
小澤 征爾、武満 徹 他

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30年前の出版で当時の社会情勢を反映した経験談が多い。(そういう部分はさほど興味はなくて、そんなこともあったんだ~と思うくらいだったけれど)
武満作品にまつわるエピソードは、彼の曲を聴く時のヒントになることがいろいろあって、そこはとても勉強になった。
なぜ日本よりも海外で武満作品の人気が高いのかよくわからないところがあったけれど、どうやら武満徹独特の響きに対する感じ方が違うのかも。

武満徹の自伝や作品論をもっと知りたくて読んだのが、『武満徹 自らを語る』
インタビュー形式なので、話し言葉で幼少~60歳くらいまでの半生について、語っている。
武満自身が校正することができなかったので、ほぼ会話体のまま記述されている。
ところどころ意味がとりにくいところはあっても、自伝として読むにはとても良い。

武満徹 自らを語る武満徹 自らを語る
(2009/12/18)
武満徹、安芸光男 他

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冒頭は、60歳の誕生日を記念した国内外の演奏会の話題。(以下は要旨のメモ)

幼少期~学生時代の音楽との関わり
幼少の音楽的な環境の話。父親が尺八、叔母が筝のお師匠さんで毎日筝を弾いていたので、よく筝を触っていたし、日常的に日本の伝統的音楽にはわりと慣れ親しんでいた。

「音楽をやりたい」と思うようになったきっかけ
勤労動員の時の上官だった見習い士官が、当時禁止されていたフランスのシャンソン「聞かせてよ、愛の言葉を」のレコードを聞かせてくれたこと。
戦後は音楽をやりたいと思ったけれど、楽器のことも全然知らずに、作曲家になりたいとか、具体的なものはなかった。でも、楽器も持っていないので、作曲家がいちばんいいんじゃないかと思っただけだという。

当時、早坂文雄のピアノコンチェルトを梶原完が弾いているのや、伊福部昭のヴァイオリン協奏曲を江藤俊哉が演奏するのを聴いた。
※梶原完は当時人気のあったピアニストで、後に欧州に渡って演奏活動を続け、現地の音楽院でも教えていた。日本に帰ることはほとんどなく、病気のためドイツで亡くなった。


出会った人々
友だちが良かった。音楽だけでなく、美術とかいろんなジャンルに友人がいた。

<清瀬保二>
作品を聴いて感動した武満が、清瀬の自宅を訪問して、音楽をやりたいのだと言い、作曲した楽譜を見せたら、「君はもしかしたら、こういう人の音楽が好きかもしれませんね」と、モンポウやセラヴィックの曲を弾いてくれた。
実際、そういう音楽が好きだった。清瀬は早坂文雄を紹介してくれたりして、清瀬や早坂のところによく立ち寄る。
清瀬から作曲を指導されたことはなく、人間的な面での影響は受けた。

<瀧口修造>
文学・詩、美術、新しい音楽(シュトックハウゼン、ブーレーズ、ヴァレーズ)の話をよく聞かせてもらった。

<一柳彗>
一柳彗とは偶然に友人となって、メシアンの楽譜をもらったり、音楽についてよく教わった。

<谷川俊太郎>
病院に入院していた時に、「20億光年の孤独」発表直後の谷川俊太郎が、友人に連れられてきた。


ピアノを贈られた話
ピアノを買えなかったので、ボール紙で作った紙ピアノ(折りたたみ式で白鍵と黒鍵を貼っていた)をいくつも作って、指を動かしていた。
岡本太郎を若い頃から知っていた縁で、すでに有名な作曲家として知られていた芥川也寸志の妻で絵かきの沙織夫人を知り、芥川也寸志のところへ出入りするようになる。
芥川が黛敏郎に、武満がピアノを持っていないという話をしたところ、会ったこともない黛から、突然ピアノが贈られてくる。
びっくりした武満が黛に会いに行くと、結婚したばかりの黛の奥さんのピアノだという。2台もピアノがあっても仕方がないので、使ってくださいと言われて、貸してもらうことにした。
そのお礼に、天台声明とインドのレコード、声明の楽譜を黛に贈った。(それで、黛は涅槃交響曲を書いたんだと思う、と武満は言っている)


「弦楽のためのレクイエム」にまつわる有名なエピソード
日本の初演時には、メロディーもリズムもハーモニーもないと不評だった。
来日時にNHKのアーカイブでこの曲の演奏を聴いたストラヴィンスキーが、印象に残った音楽として記者会見で言及。
米国に帰ってから武満と「弦楽のためのレクイエム」のことを紹介したらしく、それがきかっけで、ドナルド・リーチが記事で賞賛したり、クーセヴィッツキー財団から委嘱(地平線のドーリア)されたりする。
ハチャトリアンは「この世の音楽ではない、深海の底のような音楽」と評していた。(武満自身は、否定的な批評だと思っていた)
来日中のストラヴィンスキーから、突然東京の椿山荘で昼食に招待されて、ガチガチに上がっていた。
ロバート・クラフトとリーチも同席していて、リーチが片言の日本語で通訳してくれた。
ストラヴィンスキーと親しかったコープランドがその1~2年後に来日した時に、会いたいと言ってきた。
それが縁が、コープランドの指揮で「地平線のドーリア」が初演されることになった。


「二つのレント」について
若い頃に作ったピアノ曲はほとんど楽譜を捨ててしまった。
「二つのレント」も福島和夫のところでピアノをよく弾いていて、そこに捨ててきたけれど、それを彼が上野学園の図書館に保管しておいた。
それをピアニストの藤井一興が見つけて、フォンテックに録音して、事後承諾で「聞いてみてください」と言われた。
本当は嫌だといったけれど、良い演奏をしてくれてるし、まあいいかと思って承諾したという。でも、完成譜ではない。

※「二つのレント」を録音しているのは、高橋悠治と高橋アキ。「二つのレント」を改作したのが、「リタニ」。聴き比べてみても、よく似ている。


「ノーヴェンバーステップス」について
小澤征爾との出会いがきっかけで、「ノーヴェンバーステップス」を書く事になる。
当時、日本の伝統音楽は全然知らなかった小澤征爾が「尺八と琵琶のための「エクリプス」」を聴いてびっくりして、NYに録音テープを持って帰った。
バーンスタインが音楽監督?だったニューヨーク・フィルから、尺八と琵琶のためのオーケストラ曲の依頼があって、有頂天になって引き受けたが、なかなか書けなかった。

当時、映画音楽の時代劇の劇伴を書いていた関係で、琵琶を2年間練習していた。
その後、琵琶の鶴田さんと尺八の横山さんとに出会った。
鶴田さんとの出会いが非常に大事な決定的なものがあった。進取りの気風というか、新しいものに関心がある人。
「ノーヴェンバーステップス」を書くのに苦労したのは、技術的な問題ではない。
尺八や琵琶で作曲するのは難しいことはない。オーケストラを書く時の方が難しい。
その頃は、西洋音楽にはない日本の音楽の本質的に重要な面を出したい、西洋音楽とはこんなに違うのだということをはっきりさせたいと思っていたので、難しく考えていた。

琵琶も尺八も、西洋音楽と同じピッチを取ることは不可能。
鶴田さんは純粋に日本の音感で育ってきた人で、五線譜も読めない。
琵琶のパートは、琵琶の昔の記譜法で書いておいた。いろんな微妙な音程というものが大事なので、平均律にして使うつもりはなかった。
「五線譜の勉強をする」という鶴田さんには、絶対にそれだけはしないでくださいとお願いした。
「ノーヴェンバーステップス」では、尺八があるので、フルートは使わない。琵琶との仲介のためにハープを2台おき、特殊な奏法や、金属の打楽器だけ使って音程感を曖昧にしていた。
オーケストラパートには、いろんな四分音がたくさん使ったり、琵琶の方の音感にいくらか近づけているが、西洋と日本の楽器の音感は違うということをはっきりさせようとした。

同じ編成で書いた「秋」の方は、オーケストラと尺八・琵琶とどこか共通のところを見つけだして一緒にしようという課題があった。
作品としては好きだが、結果的には思うようにいかなかった。オーケストラの音、インターバル、音程が、日本の楽器とは違うような。

日本楽器は、自分の表現したいものには向いていない。
日本の楽器はひとつの音でも意味深く、多義的で、西洋音楽のように単純ではない。西洋音楽はどんどん単純化する、ピュアに、綺麗にしていく。
尺八の良さはそれと正反対。西洋の音楽が整合性をもった美しいものだとすれば、日本の楽器は整合性が整っていない、自然の雑音とかそういうものに近い。
西洋音楽は一音自体にそれほど性格がなく、細やかないろんなニュアンスというものがないから、新しい表情を作ったりするには都合が良い。

音楽を作る時に形というもの(ソナタとかロンドなどの形式。主題とか展開とか)には興味がない。
心理的に音を聴いて、それで必ずしも視覚とは言わないけれど、心象的なものを作りたい。

「鳥は星形の庭に降りる」は、楽譜には書いていないけれど、自分のスケッチには小見出しがついている。「飛ぶ」「雲から見える」「欲望の鳥たり」とか。
メシアンは響きを聞くと色が見えるそうだけれど、複合された響きを聴くと視覚的なイメージが出てくる。
表現したいものがあって、音楽を書いて、実際響きを聴いてみたり、作っていく過程で、だんだんある風景になっていく。具体的な風景ではなく、それは意識下的なものなのかもしれない。
(メモ終わり)


武満徹が書いた文章は、彼の書いた音楽のように、繊細で美しい言葉と文章だと感じる。
印象に残った文章はいろいろあるけれど、「音、沈黙と測りあえるほどに」に記されている 「私は-言葉に限らず自身の音楽について考えるのだが-concreateな音を手にすることこそ大事だと思う。それは<沈黙>と測り合えるほどに、強い少ない音であるべきなのである。」 という言葉を読んで、武満作品に音が少なく、音と音の隙間にある”間”と”沈黙”に深いニュアンスがあるのか、少しわかったような気がした。


武満徹自身の著作以外で、今読みたいのは、武満夫人の著書『作曲家・武満徹との日々を語る』。
友人・知人が伝える武満像とはまた違った面を知るのに、良さそう。

作曲家・武満徹との日々を語る作曲家・武満徹との日々を語る
(2006/02)
武満 浅香、武満徹全集編集長 他

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タグ:武満徹 伝記・評論

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クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
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