『TBS Vintage Classics/Julias Katchen』

発売予定が第1回発売分から第3回発売分へと変更になったけれど、無事にリリースされた”TBS Vintage Classics”シリーズの『Julias Katchen』。
ヨーロッパ以外のクラシック演奏家として、1954年に初来日したアメリカ人ピアニスト、ジュリアス・カッチェン(当時28歳)のリサイタルのライブ録音。

”TBS Vintage Classics”リリース一覧[UNIVERSAL MUSIC JAPAN](11/21現在、第1回~第3回まで発売)

OTTAVA Presents “TBS VINTAGE CLASSICS SPECIAL”(ラジオ番組)
9月15日(日)に放映された4時間の特別番組が聴ける。(番組概要(PDF))
”TBS Vintage Classics”シリーズに収録された演奏家と録音の紹介、ライブ録音の一部が放送されている。
このシリーズのCDを買うか検討中なら、参考になる音源がいろいろ。
カッチェンの場合は、ショパンの《バラード第3番》が全曲放送されている。

「Part2」でカッチェンのリサイタルにまつわるエピソードが紹介されていて、これが面白い。
ベートーヴェンとブラームスを弾く気満々で来日したカッチェン。
カッチェンを招聘したラジオ東京の音楽部長は、近代の技巧鮮やかな曲を弾いて欲しいと言う。(ケンプとバックハウスがベートーヴェンを演奏した後だったので)
このリサイタルのプログラムをめぐって、4時間近く、両者が喧々囂々とやりあったらしい。
来日前にプログラムをちゃんと決めていなかった..というのが可笑しい。

カッチェンは、当然ベートーヴェンとブラームスを弾くつもりで練習して、来日したに違いない。
それが、12月8日来日した後で、10日の演奏会のプログラムがショパン、ドビュッシー、リスト、バルトークになってしまってちょっと慌てたかも?
でも、カッチェンは、国内外の演奏旅行でも、楽譜を持ち歩かなかったという逸話の持ち主。
指先に楽譜が全て転写されているらしく、暗譜の不安は全くないので、1日練習すれば大丈夫だったのかもしれない。
カッチェンは、来日中何回かリサイタルを行ったらしく、最後はベートーヴェンとブラームスを弾いて帰ったという。
やっぱり、どうしても弾きたかったみたい。そのリサイタルのライブ録音があるのなら、それもぜひCD化して欲しいもの。


TBS Vintage Classsic  8 ジュリアス・カッチェン ショパン:幻想即興曲他TBS Vintage Classsic 8 ジュリアス・カッチェン ショパン:幻想即興曲他
(2013/11/13)
カッチェン(ジュリアス)

試聴する
ジャケットのカラーが黒とゴールドでシック。DECCAのCDでもよく使われているカッチェンの若い頃のポートレートがとても素敵。

ブックレットの解説も貴重な資料。今まで手に入れた資料には載っていなかったことも多い。
カッチェンの来日に合わせて、『レコード藝術』(1954年12月号)にはカッチェンの紹介記事、『音楽の友』(1955年3月号)には、カッチェンのインタビュー記事が掲載された。その一部がブックレットで紹介されている。

- カッチェン自身は、ピアニストの母親、祖母(モスクワとワルシャワの音楽学校の先生)、祖父(音楽理論の教授)からピアノを習ったので、「アメリカ育ちですが、実は伝統的なロシアの音楽教育を受けたわけです」と自負していたこと。
- フランスのピアノ界に対するコメント。「フランスでは画一的な詰め込み主義が行われていて、精神的にもテクニックの上でも個性的な面が抑圧されている。一口にいって不自然なのです。」
- 「大きな強い音を出すときには上からばんと鍵盤に指を下ろす。それでは全然ダメです。ロシアのメトードは、体重をかける。その方が強烈な音がでる。コンサートが終わっても少しも疲労を感じない。...自然にやっているから疲れないのです。」
→いわゆる「重量奏法」なのかどうかよくわからないけれど、「アラウとの対話」でアラウが同じ趣旨のことを言っていた。


<収録曲>
ショパン:バラード第3番変イ長調 op.47
ショパン:ワルツ第1番変ホ長調 op.18『華麗なる大円舞曲』
ショパン:スケルツォ第3番嬰ハ短調 op.39
ショパン:子守歌 変ニ長調 op.5
ショパン:ポロネーズ第6番変イ長調 op.53『英雄』
リスト:『詩的で宗教的な調べ』より第7曲『葬送』
ショパン:練習曲 第7番嬰ハ短調 op.25-7
ショパン:練習曲 第11番イ短調 op.25-11『木枯らし』
ショパン:幻想即興曲 嬰ハ短調 op.66
ドビュッシー:前奏曲集第1巻より『沈める寺』
バルトーク:『ミクロコスモス』第151番『ブルガリアのリズムによる舞曲 第4番』
バルトーク:『ミクロコスモス』第153番『ブルガリアのリズムによる舞曲 第6番』
ファリャ:バレエ音楽『恋は魔術師』より『火祭りの踊り』

                          

1954年のライブ録音なので、あまり良い音質は期待していなかったけれど、聴いてみるとかなり音がよくて、音色の色彩感も美しく、とても自然な音に聴こえる。
マスターテープの状態もリマスタリングも良かったのだろうし、SACDで聴けばさらに良くなりそう。(私のCDプレーヤーはSACD対応ではないのが残念)
スタジオ録音で聴いたことのある曲でも、ライブ独特の臨場感と自然に湧き上がる情感、カッチェン自身の息遣いが伝わってくる。


ショパン/バラード第3番変イ長調 op.47
ドラマティックなフォルテの響きには、19世紀のロマンティシズム風(?)のちょっと時代がかったもの(グランド・マナーというらしい)を感じないでもないけれど、ベタベタと粘着的なところは感じないし、弱音は優しく触れるように柔らかく可愛らしくて、このバラードは結構好きな弾き方。
スタジオ録音よりも演奏時間が短く、勢いの良さと臨場感はライブ録音ならでは。
聴衆の拍手にはとても熱が篭っていて、敗戦後ようやく社会が落ち着いた時代に音楽を渇望する熱気を感じる。


これは1950年代のスタジオ録音。この他には、1965年10月4日のロンドンでのライブ録音が残っている。



ショパン/ワルツ第1番変ホ長調 op.18「華麗なる大円舞曲」
子供の頃に練習して、すっかり嫌になってしまった思い出のあるワルツ。
ショパンのワルツをほとんど聴かなくなったのも、このワルツにまつわるトラウマのせい?
カッチェンの演奏は、優雅というよりは、結構元気で賑やか。
リタルダンドをたっぷりとってテンポの落差が大きいのが、ちょっと面白い感じはする。


ショパン/スケルツォ第3番嬰ハ短調 op.39
バラードと同じくスケルツォもとってもロマンティック。
繊細で優雅というよりは、太めでしっかりした線で力強いタッチでかなりパワフル。
テンポを落として弾くところはたっぷりとした情感がこもって、高音部はきらきらと星が振り落ちてくるような煌き。


ショパン/子守歌 変ニ長調 op.5
パワフルなショパンを聴いた後なので、意外なくらいに叙情豊かで優しい《子守歌》。
指まわりがよくて技巧鮮やかなわりに、こういう緩徐系の曲になるとタッチも随分変わって柔らかくなり、歌い回しもロマンティック。
こういうショパンだって弾けんだよ..とはっきりわかるような選曲にしたようにも思える。
この曲も高音部の音がきらきらと輝いて、こんなに色彩感豊かな音を持っていたとは思わなかったくらい。


ショパン/ポロネーズ第6番変イ長調 op.53「英雄」
スタジオ録音でも骨太いタッチで勇猛果敢なポロネーズだったけれど、ライブ録音ではそれを上回るくらい。
展開部は、猛スピードと低音が地鳴りのように鳴り響き、黒光りする重戦車が爆走しているように迫力満点。
ペダル踏みっぱなしなので、左手のオクターブで移動する低音が、幾層にも重なって混濁しているのが逆に迫力を増しているような...。
カッチェンが弾くショパンの中では、面白さではこの《英雄ポロネーズ》が私には一番。何度聴いても楽しくて好き。


リスト/『詩的で宗教的な調べ』より第7曲「葬送」
リストの『葬送』は、曲想がころころ変わって、厳しく、静かで内省的で、ヒロイックで、とってもドラマティック。
冒頭からカッチェンの太くて力感・量感のある低音が厳しく響いて、まるで死刑囚が断頭台へ向かうようなオドロオドロしい雰囲気満点。
この曲は、ショパンの「英雄ポロネーズ」に似たような旋律が出てくるところが面白い。ここは、カッチェンらしく勇猛でヒロイックな雰囲気。
ときどきカッチェンも感情が嵩っているのか、なんだか唸るようなはもるような声が聴こえる。
演奏が終わった後に、カッチェン自身が聴衆へ向かって、”Etude by Chopin”と、次に弾く曲名を告げている。


これはスタジオ録音。ライブ録音の方がややテンポが速く、音質が良いので低音の響きも厳めしく、冒頭部分はじりじりと迫ってくるような怖さが強く出ている。
Liszt - Funérailles (Julius Katchen)



ショパン/練習曲 第7番嬰ハ短調 op.25-7
深い呼吸でとても叙情的なエチュード。明るい《子守歌》と同じく、こういう緩徐系の曲はとても美しい。
このトラックの最後でも、カッチェンが”○○○...(意味が聞き取れなかった)Etude by Chopin”が告げている。
リストとショパン2曲はアンコールだったのかも。


ショパン/練習曲 第11番イ短調 op.25-11「木枯らし」
力強いタッチでダイナミックなところは、木の葉が舞う『木枯らし』というよりは、風がビュンビュン吹きすさんでいるような...。


ショパン/幻想即興曲 嬰ハ短調 op.66
やたらに速い幻想即興曲。ライブになると、勢いあまってしまうのか、もともとこういう弾き方なのか(たぶんそうだと思う)、左手のアルペジオが(団子みたいに)音がまとまって聴こえるのが何とも言えない。
展開部はさすがにタッチもまろやかになるけれど。
「幻想」というには、ファンタジックな雰囲気にやや欠けるような気がしないでもないけれど、男性的でダイナミックなところが面白い。


ドビュッシー/前奏曲集第1巻より『沈める寺』
カッチェンのドビュッシー録音は、《月の光》しかなかったので、これはとても珍しい録音。
標題の寺院のイメージ-神秘性、荘厳、華麗、静寂など-がくっきり。
カッチェンのピアノの音色・ソノリティの美しさと多彩なところを聴くなら、この曲が一番良いかもしれない。


バルトーク/ミクロコスモスより
第151番「ブルガリアのリズムによる舞曲 第4番」
第153番「ブルガリアのリズムによる舞曲 第6番」

両曲ともとてもジャジーな練習曲。カッチェンのスタジオ録音も聴いたはずなのに、全然覚えていなかった。
そちらを聴き直してみると、このライブ録音の方が生き生きとしてリズミカルで躍動的。
第4番はジャズピアニストのオリジナル曲と言われても、違和感がない。可愛らしくも不協和的な響きがとてもモダン。
第6番の方は、リゲティのエチュードを少し連想するような曲。


ファリャ/バレエ音楽『恋は魔術師』より「火祭りの踊り」
この曲は、演奏会のアンコールでよく弾いていたらしい。
一番最後の録音は、1969年12月にローリングストーンズのサーカスのDVDに収録されたライブ映像。
結局、このライブ録画がカッチェン最後の録音になった。


好きな演奏を数えていたら、ショパンの「バラード第3番、スケルツォ第3番、子守歌、練習曲第7番、英雄ポロネーズ」、リストの「葬送」、ドビュッシーの「沈める寺」バルトークの「ミクロコスモス」の2曲と随分多かった。
ショパン、リスト、バルトークの演奏は、スタジオ録音では特に好きというほどではなかったけれど、このライブ楼音で聴くと印象が随分変わって、とても気に入ってしまったのが思わぬ収穫。
ショパンはオーソドックスな弾き方ではないのかもしれないけれど、カッチェンのライブ録音を聴いていると、28歳に初めて日本で演奏するカッチェンの若々しさと意気込みが伝わってくる。
今年のクリスマスは、このカッチェンのライブ演奏とハフのブラームス&ショパンを聴いて、とっても楽しく過ごせそう。


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【新譜情報】 ジュリアス・カッチェン /初来日公演ライヴ(1954年)
ジュリアス・カッチェンにまつわるお話

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yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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