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高橋悠治 『Yuji Plays Bach』
Leaf Pieさんのブログ<花と星と音楽と>の記事「主よ、人の望みの喜びよ」で紹介されていた高橋悠治のバッハ編曲集。

高橋悠治は、自作の《光州》を最初に聴いて以来、武満作品、サティなど何枚か聴いてきたけれど、このバッハ編曲集はとりわけ強く魅かれる。

”超絶技巧”の持ち主らしいのだけれど、メカニックとしては精緻で緻密な構造感は薄く、(私には)どこかぎこちなさを感じてしまうタッチ。
少なくとも、私の好きなコロリオフやレーゼルの演奏のような細部まで精密で揺ぎ無く、滑らかなタッチとは違う。

そういうテクニカルなところは気にならないほど、彼の演奏は、今まで聴いたどのバッハ編曲集とも違った独自の解釈がとても個性的で新鮮。
厚みの少ない響きで声部をくっきりと浮かびあがらせて、リーンな骨格と硬質で涼しげな音色がすっきりと清々しい。
ウェットな感情移入を感じさせることはない淡々としたタッチなのに、クールな情熱と瑞々しい叙情感が心に染み渡る。
試聴ファイルを聴いただけで惹きこまれてしまったので、全曲聴かないわけにはいかない。

プレイズ・バッハプレイズ・バッハ
(2000/05/24)
高橋悠治

試聴ファイル(HMV)

<収録曲>
フーガ ト短調 BWV.578(高橋悠治編)
シチリアーノ BWV.1031(ケンプ編)
主よ、人の望みの喜びよ BWV.147(ヘス編)
目覚めよと呼ぶ声あり BWV.645(ブゾーニ編)
わが心からの望み BWV.727(ケンプ編)
主よ、あわれみ給え BWV.244(高橋悠治編)
シャコンヌ ニ短調 BWV.1004(ブゾーニ編)
トッカータとフーガ ニ短調 BWV.565(ブゾーニ編)

収録曲は、ヘス、ケンプ、ブゾーニの有名なピアノ編曲版と、高橋悠治自身によるピアノ編曲版《フーガ ト短調 BWV578「小フーガ」》、マタイ受難曲の有名なアリア《主よ、あわれみ給え BWV244》。
彼が37歳とかなり若かった1975年の録音。

音源がYoutubeにあるのは、《フーガ ト短調 BWV.578》。
Yuji Takahashi - Fugue in G minor, BWV 578


音自体は硬質だと思うけれど、どこかしたしっとり瑞々しく、タッチが軽やかなので音に丸みと柔らかさもあり、耳に心地よく響く。
特に高音の弱音が美しい。(ピアニストが拘る)微妙なニュアンスのある繊細さに拘泥することなく、ちょっと無骨かもしれないけれど、飾り気のない素朴さと自然な情感がこもり、短調の哀感のある旋律になると、それが甘く優しく切なく響く。
《シシリアーノ》や《主よ、哀れみたまえ》ではその音色がよく映えて、淡々としてつぶやくような語り口のなかに、さりげない哀感がこもっている。

声部によって音色とソノリティが違うので、立体感があってそれぞれの旋律がくっきりと聴こえてくる。
滑らかで流麗というよりは、ごつごつ硬さのある訥々とした語り口で、強弱の起伏やアクセントのつけ方やフレージングが明瞭で、型にとらわれない、”整然”としていない自由さというか何というか、独特のものがある。
荘重・重厚さは薄いけれど、ひそやかに語りかけてくるような親近感や自然な感情のほとばしりを感じる。

どの曲も素晴らしい演奏(と編曲)で、特に好きなのは自作(編曲)自演の《フーガ ト短調》と《主よ、あわれみ給え》、《シチリアーノ》、《シャコンヌ》。
なかでも、自作自演の《主よ、あわれみ給え》は、ピアノ編曲版自体が珍しい。
<Bach With Piano>の「バッハの音楽の曲目データベース」によると、「神よ、あわれみたまえ」のピアノソロ編曲版は、高橋悠治とヤーダスゾーン(Salomon Jadassohn)の編曲版のみ。(IMSLPで編曲版楽譜を探してみると、他にLouis Kohler、Arthur Willnerの編曲版もあった)

カウンターテナーのマイケル・チャンスが歌う《主よ、あわれみ給え》が昔からとても好きで、数えきれないくらい繰り返し聴いたけれど、高橋悠治のピアノソロは、そのアリアと同じかそれ以上に好きかもしれない。
優しく語り掛けてくるような親密感とさりげなくも切ない哀感が心に染み入ってくる。

Bach/ Erbarme dich mein Gott




あまり好きとは言えないオルガン曲の《フーガ ト短調》は、パイプオルガンの荘重な響きとは全然違って、ピアノの響きが瑞々しく、清楚な叙情感が清々しい。
淡々とした語り口の《シチリアーノ》は、繊細な響きとしっとりとした深い叙情感のある編曲者ケンプ自身の演奏とは、方向性が違う。
速めのテンポで淡々として弾き進めていくなかに、すっきりとした響きの透明感とさらりとした哀感は、どこかしら明るく爽やかで優しげ。

《シャコンヌ》も、ロマン派的な荘重華麗な装飾はせずに、ウェットな感情を感じさせることない引き締まった表現なのに、クールな情熱がほとばしるような熱さがある。(ほとんど編集していないのか、ミスタッチが残っているところが、逆にライブ的な臨場感があったりする)
ペダルは短く浅めに入れて、スタッカート気味の粒の明瞭なタッチで、和声の響きが薄くてすっきり。
冒頭の和音からして力まず軽やかなタッチで、フォルテでもそれは同じ。さすがに終盤になるとかなり強めのタッチで弾いているけれど、シャープで切れよい打鍵には、飛翔するような軽やかさがある。
(チェンバロ奏法のように)1拍目を少し引き伸ばしたり、頻繁に揺れるテンポに、わりとスパスパ切っていくフレージングと、何度聴いても面白い。
一種の即興的な自由さというか、型にはめられるのを避けるかのように、あえて”崩した”というのか、端正・精緻さを追求するような弾き方はせず。(テンポの速い強奏部のタッチは結構粗いところがあるし)
CD帯に「音楽の持つ生命力を我々に感じさせてくれる演奏」と書いてあったけれど、これはまさしくその通り。
生身の人間の持つ感情が伝わってくるようなリアティと生気を感じる。
不思議なのは、彼の演奏を聴いていると、どうしてこういうバッハを弾くのだろう?という問いが浮かんできて、いろいろ考えさせられてしまうところ。
重厚・荘重な既成概念(と権威で?)で覆われたバッハや、ロマン派的に演奏者の過剰な感情移入で装飾されたバッハを否定するかのように思える。
まだ聴いていない《フーガの技法》と《パルティータ》や、ベートーヴェンやメシアンなど、もう少し聴きたくなってきた。


<関連情報>
高橋悠治ホームページ


(インタビュー)
高橋悠治「トロイメライ」インタビュー(録音)[2009年9月7日、金沢21世紀美術館]
高橋悠治の話しぶりは、想像とは違って意外と穏やか。

特集 ピアノの時間 その5 インタビュー 高橋悠治[新潮社『考える人』]

高橋悠治Q&A[平井洋の音楽旅]
ちょっとボケた質問に対する高橋悠治の答えが、ビシッと厳しくて面白い。


<ピアノ編曲版楽譜>
高橋悠治の編曲版楽譜は、全音ピアノピース92番。残念なことに、すでに廃版らしい。IMSLPにも登録されていない。
IMSLPにある編曲版楽譜は3種類(JadassohnKöhlerWillner)。
高橋悠治版の演奏を聴きながら、楽譜をみてわかるくらいの違っている部分はあるけれど、かなり似ている部分が多い。

tag : バッハ 高橋悠治

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(非公開コメント受付中)

宝物の一枚
「憐れみたまえ、わが神よ」で、困難の時に救われたという友人から紹介された中の一枚でした。
その時のわたしは歌が入っているよりも、高橋悠治さんの「主よ、あわれみ給え」ピアノソロの方が心にすっと来るものがあり、あれから何度も聴いています。
自分の宝物を紹介された様な、とても嬉しい気持ちで記事を拝見いたしました。
素晴らしい編曲と演奏でした!
Leaf Pie様、こんばんは。

先月のブログ記事を拝見してから、すぐにCDを購入しましたが、このアルバムを”宝物の一枚”とされているのもよくわかります。
なかでも、「主よ、あわれみ給え」と「シャコンヌ」がとりわけ好きで、もう数十回は聴いています。
おっしゃるとおり、「主よ、あわれみ給え」は、歌で聴くよりも、ピアノソロの方がしみじみと心打たれるものがありますね。
バッハ編曲集のCDはかなり持っているのですが、このアルバムがこれから一番よく聴くことになるのは間違いないでしょう。
こんなに素晴らしいアルバムをご紹介くださって、本当にありがとうございました。
彼、高橋悠治の演奏に出会ったのは、メディアです。
何にも機器を持っていない時に出会うチャンスは、テレビとラジオ放送でした。
日本に帰って来て、教育テレビで現代ものと言うのか、普段弾いている物でした。
彼に言わすと、作曲なんかしても、飯が食えない訳だし、その頃はコンピューターを使って作曲をしていたけれど、人間の手ではできない面白い響きを探していたのだそうだ。
だけど、自分が作曲した後で、コンピューターの技術者が、機械に使われるのよ。
今は随分良くなったけれど、ムーグなんかが出てくる前で、楽譜を書かせる訳。
技術者が、夜も寝ないで仕事して、身体を悪くするし、結婚出来ないし・・・。
見えたな・・・と言う感じがして、コンピューターを使うのをやめて、最初の通り数学や物理の手計算でするようになったけれど、それもやめた。
ピアノを弾ければ・・・違うな・・・他人が弾かない物を弾いてるように聴こえれば、飯が食えるわけだし、自分が作曲や編曲をした物を弾けば、実入りが良い訳だし・・・。
バッハの音楽は、全て編曲で、その時はそうやったと言う事だけで、別に、どれが本物だと言う事じゃないし、弾き分けた訳じゃなくて、全部一から作曲するよりは、労力は掛からないし・・・。


自分の働きだして組んだステレオセットは、まだLP時代で、違うな、カセットの時代かな。
これもLPで買ったのだけれど、『Yuji Plays Yuji』と、対になっているイメージだった。
録音も同じ時期だったし・・・。
だけど、自分には、武満徹と言う高橋悠治と仲の悪い作曲家で、世評の高い人のピアノ曲の録音(古い)とで、セットと言う気がしている。
裏面の、武満のコロナの演奏は(図形楽譜)、作曲家への贈り物だと書かれていたが、完全に作曲者を越えていたし、作曲者を表現していた。


ようやく、このバッハのアルバムの話に入る。
「弾いてるように、聴こえれば・・・」なのでしょうね。
実に、無造作に弾いていて、他人に良い所を見せようとか、上手に聞こえるようにとか、そういう煩悩を感じさせない事が、自分にはとても気持ちが良い。
良い評価を受けようともしていないのが、とっても素晴らしい事だし、恵まれた事だ。



吉田秀和全集の、最初の10巻が一度に出た時に、分厚くて豪華な装丁の本の後ろにおまけで、薄い冊子が入っていた。
柴田南雄の言う事だけはよく聞いた、かつての弟子は、色んな事を書いていたけれど、思い出せないし、どこの図書館にも残ってはいないだろう。
かつて、作曲の学習をしていた時に、数小節を書いて来るのだった。
とても良いアイデアで、面白い作品が出来るように、柴田には思えれけれど、高橋は書いて来ない。
また次の週に、面白いアイデアが籠った作品の最初の辺りを書いてくるが、続きを書いて来ない。
柴田は、優秀な生徒は、最後まで書かなくても、見えてしまうので書かないのだと言っていた。
ある時、そのアイデアいいね。僕にくれないかなと言って、貰ってしまう。
そして出来たのが、「北園克衛による三つの詩」だった。
高橋は、出来の悪い弟子は、最後まで書き続ける事が出来なかったのだと、書いているけれど、それは最近の事だ。


打楽器奏者の吉原すみれさんには、アフリカの野生動物のいる国立公園内を、つまりアフリカの大地の上を、車の運転をしかるべき車種でする趣味がおありのようだ。
その時には、高橋さんの、このアルバムを、カセットに落として聴いておられた時代があったそうだ。
高橋さんの演奏が良いけれど、バッハがどのように演奏されても、編曲されても、素晴らしい。
涙が出ると書かれていた。

どこで聴いても、そうなのだろう・・・吉原すみれさんと、同じ感覚になったのだろう。
日本人が、無理して、西洋音楽をしないで、構える事なく、工夫する事なく、化学で言えば触媒やホルモンを多量に発生させるのが、高橋さんなのだ。
学生の頃から、ある種のカリスマになった今でさえ。

別に、頑張って構えた、素晴らしい編曲でもないし、演奏でもない。
無理に力を抜いたのでもない。
それで良いのだと思う。
 
kansojin 様

高橋悠治さんに大変傾倒されていらっしゃるのですね。
毎回立派な文章と内容をコメント欄に書いて下さっているのですが、あまりに長文ですので、ご自分のブログでお書きになった方が良いように存じます。
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プロフィール

yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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