武満徹/アステリズム 

2014, 02. 12 (Wed) 18:00

武満徹が作曲したピアノ協奏曲は次の4曲。

《アーク(弧)第1部、第2部》(1963年,1964年,1966/76年)
《アステリズム/asterism》(1968年)
《リヴァラン/riverrun》(1984年)
《夢の引用/Quotation of Dream―Say sea, take me!》(2台のピアノのための)(1991年)

まだ現代音楽の世界が前衛全盛期だった1960年代の《アーク(弧)》・《アステリズム》と、微温的・耽美的で色彩感豊かな作風の1980年代以降に書かれた、夢のなかでふわふわさまようようなファンタスティックなピアノの響きが美しい《リヴァラン》、《夢の引用》とでは、その作風の違いが極端なくらいによくわかる。

《アーク(弧)》と《アステリズム》は、打楽器的なピアノ奏法が使われて、全編、鋭く突き刺すようなピアノの音と、極限まで突き詰められたような厳しさと緊張感が、冷徹で妖しく光るような美しさ。
《アステリズム》の後半に出てくるオーケストラの長大なクレッシェンドは不協和の大音響。耳に突き刺すように痛く、脳の中がかき乱すようなうねうねとした旋律で脳がおかしくなりそう。
その後に訪れる静寂さのなかで響くピアノの音が異様に美しい。断片的なモチーフは、星々が衝突して爆発したあとの破片のよう。
高橋悠治のピアノの硬質で鋭いタッチは、バッハやベートーヴェン演奏のときとは全く違い、硬く冷たい音色がクリスタルのように鋭く美しく、峻厳さと緊張感に満ちている。

最近は、現代音楽といっても、耳ざわりの良い旋律と和声の曲が増えて、それはそれで楽しめるとはいえ、久しぶりにこういう厳しく緊張感に満ちた前衛的な曲を聴くと、キリキリと神経が絞り上げられていくようなある種の気持ち良さ(というのか)と新鮮さを感じる。

《アステリズム》は、RCAビクターからの委嘱により1968年に完成。初演は翌年1月14日、高橋悠治のピアノ、小澤征爾指揮トロント交響楽団による。
「アステリズム」とは「星群」を意味する言葉で、普通みかける88星座とは違った形の正座・星群の形のこと。
武満徹と高橋悠治は、その後(政治的問題に対する音楽のあり方について姿勢が違うことから?)仲違いをしたらしく、高橋が《アステリズム》を再演するのは、30年以上経た2006年5月28日の演奏会-[武満徹─Visions in Time]オーケストラ・コンサート「武満徹の宇宙」-だった。

この音源は雑音が入って聴きづらいけれど、いろんな楽器の色彩感豊かな音色が鮮やか。
音と静寂が交錯し、緊張と弛緩が反復されて、終盤は虫がうねうねと這いずり回っているような小刻みに絞り上げられた音がクレッシェンドしていき、最後はそれが大音響とともに爆発して、消滅。
どことなく、前衛映画の劇半音楽を聴いているような描写的な音楽のようでもあり、全編に渡って緊張感が漂い、メロディアスな旋律がないのに、なぜか面白く聴けてしまう。





《アステリズム》は初演と同じメンバーで録音されている。
このCDには、同時期に作曲された作品が収録されているので、この当時の武満徹の前衛的な作風がよくわかる。
1. ノヴェンバー・ステップス [作曲者監修による/世界初録音]
2. アステリズム~ピアノと管弦楽のための [RCAレコードによる委嘱作/世界初録音]
3. グリーン [世界初録音]
4. 弦楽のためのレクイエム
5. 地平線のドーリア [北米初録音]


武満徹:ノヴェンバー・ステップス武満徹:ノヴェンバー・ステップス
(2012/12/05)
小澤征爾

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<CDレビュー>
武満徹「アステリズム」小澤征爾&トロント交響楽団、P:高橋悠治[音楽とともに]


<吉松隆による武満論>
11月の階段への巨人の歩み~ノヴェンバー・ステップスへのジャイアント・ステップス/武満徹/追悼小論

<参考記事>
【音楽プロデューサーという仕事 第7回】武満徹と高橋悠治という2人の天才 彼らが決別してしまった本当の理由は何か(諸石幸生)[2007年7月13日,日経ビジネス]

タグ:武満徹 高橋悠治

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