古澤巌&高橋悠治 ~ ブラームス/ヴァイオリンソナタ全集 

2014, 03. 26 (Wed) 12:00

コンポーザーピアニストの高橋悠治のCDを集めているときに見つけたのが、珍しくもブラームスのヴァイオリンソナタ全集。
バッハ・ベートーヴェン・現代音楽(バルトーク、サティ、メシアン、クセナキスなど)の録音なら違和感はないけれど、ロマン派のブラームスというのは、彼のピアニズムを思い浮かべると、ちょっと意外な気がする。
(聴いたことはないけれど評判だけは知っている)ヴァイオリニストの古澤巌とのデュオというのも、興味を魅かれる。
少し調べてみると、この2人のデュオコンサートでは、ブラームスのヴァイオリンソナタの他に、シューマン、フランク、それにベートーヴェン(5,9,10番)を演奏していた。

amazonに載っていたCDレビューを読むと、一風変わったブラームスらしい。
実際CDで聴いてみると、たしかにレビューの通り、今まで聴いてきたいろんな録音とはかなり異なるブラームス。
といっても、”三途の川の淵に佇むブラームス”みたいなクレーメル&アファナシエフの録音のような奇抜さも陰鬱さはなくて、むしろロマン派よりもずっと古典派よりの構築性を感じさせるところがある。

2006年録音ということは、当時高橋悠治68歳、古澤巌47歳の頃の録音。
ピアノのテンポがベースになって、その上をヴァイオリンが流れて、まるでピアノに寄り添うように、ヴァイオリンが”伴奏”しているようにも聴こえてくる。
それに、低音がずしっと重く、量感のある和声のピアノの響きがシンフォニックなせいか、ヴァイオリンソナタというよりは、ピアノとヴァイオリンの協奏ソナタのような趣き。

ブラームス ヴァイオリン ソナタ全集ブラームス ヴァイオリン ソナタ全集
(2005/08/24)
古澤厳×高橋悠治

試聴ファイル
「確かにブラームスの響きは聴こえているのだが、どこか何かが違う。仕掛けはどうやら高橋悠治のピアノである。物理的に“遅い”というよりは、差し迫らないテンポ。低域に重心を置きながら、分厚さの中に響きを畳み掛けるのではなく、むしろ意図的にぶつりと響きを切って、ステディなベースの動きを際立たせるアーティキュレーション。それでいて一音一音に深く蒼く量感をたたえてあくまで豊かに美しい音色。熱く昂ぶって白熱しないのである。丁々発止ヴァイオリンとせめぎ合わないのである。お馴染みの身振りをほとんど削ぎ落としてしまっている。古澤もタップリと歌いながら“節回し”にはオチない。にもかかわらず、何やら素朴な抒情が聴こえる、物思いに耽る孤独が聴こえる、不思議に耳が吸い寄せられるのである。おそらく、彼らはブラームスが書いた音を一旦素裸にすることで、その根っこの抒情を聴き取ろうとしているのだ。その企みが快感に触れている。清新と言おう。 (中野和雄)」(CDジャーナル・レビュー,2005年09月号)

古澤巌のヴァイオリンの音色は、やや線が細い気はするけれど、芯がしっかりしていて華奢な感じはしない。
それに、音質が中性的というかくぐもった色合いがするというか(歌曲で言えば、ソプラノではなく、メゾソプラノを聴いているみたいな)、(スーク・ツィンマーマン・カヴァコスのような)明晰な美音とは違うタイプの音なので、私の好みとは少し違う。
でも、聴きなれると、穏やかな色彩感にしっとりとした落ち着きがあって、こういうまったりした音色はとても心地良い。
ヴァイオリンの歌いまわしは、しなやかでありつつ、弱音でもしなしなせず、ベタベタ情緒過剰になることがない。
ややさっぱりとした叙情感が、私にはちょうど良い。
息の長いレガートで流麗に流れるところは、ゴツゴツとしたタッチのピアノと対照的。(このアンバランス(?)なところが良いのかも)
思いがけないくらいに、聴けば聴くほど、このヴァイオリンのブラームスがしっくりと染み込んできて、とても素敵。

高橋悠治のピアノは、やっぱり個性的。
聴きどころがいろいろあって、何度聴いても楽しめる。(もっと若いピアニストの技巧達者な録音と比べると、いささか指回りの悪さは感じるけれど、そういうことは気にならない)
ピアノ伴奏という役割を超えて、独立独歩というか、ソリストみたいな存在感がある。
線の太いゴツゴツとした量感のある音で、特に低音がズシっと響いて揺るぎなく、それに比べると、滑らかで穏やかな音色のヴァイオリンの存在感がいくぶん弱く感じることも。
フォルテでもむやみに強打しないので騒々しさはなく堂々とした落ち着きがあり、重層感のある和声がシンフォニックで力強い。

ピアノのアーティキュレーションも面白い。
一音一音をマルカート的にしっかり打鍵し、強いアクセント/スフォルツァンドを使うので、フレージングがゴツゴツとして、滑らかではなく、その飾り気のなさは無骨というべきか..。(ちょっとゼルキンに似ているかも)
フレーズの終わりで途切れるようにスパっと切っていることがあり、さらに骨っぽさを増している。
あまりタッチを磨きぬいたような響きの繊細さとか美しさに拘っていないようだけれど、そのわりに明晰なソノリティと、骨格がくっきりと浮かびあがるアーティキュレーションで、太く量感のある音なのに、清々しさを感じる。

あまり速いとは言えないテンポに加えて、ルバートも多用せずほぼインテンポで、アッチェレランドする場面でも、テンポがほとんど走らない。
時を刻むようなピアノの打鍵には疾走感が無く、一歩一方着実に踏みしめていくように進んでいく。
このピアノの歩調に合わせている単音の旋律を弾くヴァイオリンは、息がかなり長く感じる。
緩徐楽章になると、さらにまったりと穏やかになり、叙情的というよりも、一人物思いにふけるように内省的な雰囲気も漂う。

ロマン派激情に溺れることのない落ち着きと(時として)静けさが漂っているけれど、ブラームス的な陰翳と圧迫感のある重厚さはない。
逆に、(まるでベートーヴェンのような)堂々として、大らかな開放感があり、室内楽ではなく協奏曲のような空間的な広がりを感じさせる。

第1番《雨の歌》は、ロマン派的甘さは少なく、大らかでのびのびとして爽やか。
第2楽章はかなりゆったりしたテンポで穏やかではあるけれど、どこか沈み込むように内省的でもあり、ときに運命が忍び寄ってくるように劇的。
第3楽章は、ピアノパートの響きが厚くなり、かなりシンフォニックに聴こえる。

第3番とFAEソナタは、ピアノパートは厚みのある和音が多く、強調された低音の響きに重みがあり、第1番と第2番よりもピアノの存在感がずっと大きく、協奏曲のようにシンフォニック。
FAEソナタになると、テンポは遅いけれど、時に弾丸のように力強いタッチのピアノがカッコ良くて。
第3番でも、やはりテンポはゆったりとして、盛り上がるところでも、走らない。
第1楽章では、ピアノが低音で鳴らし続けるオスティナートが、通奏低音のようにくっきりと深く響いて、とても印象的。
第3楽章も軽やかさはなく、ズシっズシっと杭を打ち込むようなピアノの打鍵が、くぐもった問いのようなこの楽章の雰囲気に妙に合ってたりする。
さすがにテンポが速くなった(それでも若干遅めだけど)第4楽章は、ピアノの重厚で力強い響きが、雄渾でシンフォニック。この楽章はピアノがとりわけ目立っている。
ロマン派的な感情が横溢するような白熱感はないとしても、曲が曲だけに、ゆっくりと湧き上がるような高揚感と白熱感があり、意外なくらいにカッコ良くてゾクゾクしてくる。

試聴したときは、もう一つわからないところがあったけれど、CDで全曲聴いてみると、期待以上に私が好きなブラームス。
ヴァイオリンソナタとは言え、やはりこのCDはピアニストで選んだのが正解だった。


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6 Comments

Leaf  

聴かなくては!

これは持っていませんでした。ファンとして買わなくては!
購入して、ゆっくり聴いてみようと思います。とても楽しみです。

”三途の川の淵に佇むブラームス”
このコピー凄いですね。yoshimiさんが考えたのですか?
クレーメルとアファナシエフが今夜 夢に出てきそうです。
(@_@;)

2014/03/27 (Thu) 00:45 | EDIT | REPLY |   

yoshimi  

聴きましょう!

Leaf様、こんばんは。

このブラームスはとてもお勧めです!
この曲集が好きなこともありますが、悠治さんのピアノがとっても素敵です。惚れ直してしまうくらい。
昔から愛聴しているスーク&カッチェン盤と並ぶベスト盤になりました。

もともとはアファナシエフのブラームスのピアノソロを聴いたときの印象が、”三途の川の淵に佇むブラームス” だったんですよね~。
ヴァイオリンソナタの録音を見つけたときに、嫌~な予感がしましたが、予感的中。やっぱりアファナシエフらしいブラームスです。
ソロもヴァイオリンソナタも、私にはブラームスとは全く異質の受け入れ難い演奏です。
このブラームスに比べれば、クレーメルがアルゲリッチと録音したベートーヴェンのヴァイオリンソナタでさえ、普通に思えてきます。

2014/03/27 (Thu) 01:03 | EDIT | REPLY |   

ポンコツスクーター  

気にしていました。

こんにちは。
ご紹介のCD、近所の図書館に置いてあり、前から気になっていたのです。ですが、古澤はクラシックというよりは、イージーリスニングの音楽が得意という先入観があり、躊躇していました。
面白そうな演奏ですね。
是非聴いてみます。

クレーメルの、”三途の川の淵に佇むブラームス”はいいですね!

2014/03/29 (Sat) 16:24 | EDIT | REPLY |   

yoshimi  

意外といいですよ

ポンコツスクーター様、こんにちは。

このCDは、高橋悠治のピアノを聴くのが目的だったのですが、初めて聴いた古澤巌のヴァイオリンが、予想外に良かったです。
ロマンティックになりすぎず、落ち着きがあって、(ポピュラー音楽が得意といえど)軽すぎるということはありません。
ゆったりしたピアノのテンポに良く合わせていると思います。
彼のヴァイオリン歴を見ると、非常にまっとうですから、クラシック曲でも、変な演奏はしないのでしょう。
図書館のCDでしたら、ハズれだったとしてもフトコロは傷みませんので、ものは試しで、聴いて見てください。

”三途の川の淵に佇むブラームス”を主導したのは、たぶんアファナシエフでしょうね。
超個性的で対照的なアルゲリッチとアファナシエフに、卒なく合わせていけるクレーメルは、器用というかカメレオン的というか、芸風の幅の広さと柔軟さは、天才とはいえ凄いです。

2014/03/29 (Sat) 20:06 | EDIT | REPLY |   

kansojin  

高橋さんは邦楽の世界に近い所にいる

近所の図書館にあるって、良いですねえ。
羨ましいです。

高校時代、高橋さんの弾いた、ブラームスのバイオリンソナタを、エアチェックしました。
バイオリンはさすがに古澤さんではなく、ポール・ズーコフスキーと言う、これまた現代音楽のスペシャリスト。
彼がいたから、高橋さんも、「この歌を君たちに」何て、作曲していて、今でも色んな所で色んな人が弾いています。

バスフのカセットテープだったので、そのうちに伸びてしまいました。
高校生には、SDに入れていれば、今でも残っていたでしょう。


三宅榛名さんも、ズーコフスキーに会って、バイオリン音楽を聴くべきだし、書くべきだと言うエッセイを残しておられました。
大学生の頃には、まだ聴く事が可能で、色んなブラームスの名演の中で、異色であると認識しました。
シューマン→ブラームス→クララ・シューマン→ヨアヒム→カザルス→アドルフ・ブッシュ→ゼルキン父→スターン→ザーキン→シュナイダー・・・。
こんな、伝言ゲームから見事に切れているのです。見事過ぎる位で、オイストラフ・リヒテルなんかでも、繋がっていなくても繋がろうとしている。想像している。
普通の東京芸大の先生方でも、繋がろうとするものですし、ウイーンに留学したりしたら、その線から離れられません。

高橋さんは、ブラームスがどんな楽譜を書いたのかと言う事に、興味の中心があるのです。
1970年代の、物の再評価の中に、クラシック音楽も入ってしまったのです。
力が抜けていると言っても、まだまだ相当に肩に力が入っていて、ふぬけにやっとこさ成れたのです。
良いのではないでしょうか。
たかが音楽じゃないですか・・・冷戦下の、核の冬とかいう概念に、立ち向かうにはそれ位の事が無ければやっていけません。

伝言ゲームで怖がっていたら、怖すぎる世界の中に生きているのです。
そんなメッセージを貰いました。

2017/06/04 (Sun) 21:52 | EDIT | REPLY |   

yoshimi  

 

kansojin様、こんばんは。

確かに異色のブラームスですね。
最近聴き直してみるとテンポの遅さが気になりましたが、こういうシンフォニックな演奏は聴いたことがありません。
アファナシエフのブラームスを聴いて感じるような奇妙・奇抜なところはなく、堂々とした正統派の音楽のように感じました。

2017/06/04 (Sun) 22:29 | EDIT | REPLY |   

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